【完結】私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした

第三章 旦那様はモテモテです

独りぼっち

　ヒソヒソと囁き合う声が聞こえる。

「ヘマタイト公爵様お可哀想。よりによってあんなのを奥様にしなければならなかったなんて」
「アンジェラ様とでしたら、まるで絵画のようにお似合いの二人でしたのに、あれでは公爵様の光に霞んで存在に気付くことすら難しいですわね」
「光が強くなると影も濃くなると申しますけれど、あの方は光に浄化されて消えているかのようですわ……」

　どれもこれも、私に対する誹謗中傷ばかり。

　私が伯爵令嬢だった頃から、アンジェラお姉様と何かにつけて比べられ、嫌味や蔑みの言葉をぶつけられることは、日常茶飯事だったけれど。

　私が筆頭公爵家の公爵夫人となったことと、社交界一の美男子と謳われるリーゲル様の妻となったことが面白くないんだろう。

　リーゲル様のお相手が完璧令嬢と言われていたお姉様であれば諦めることもできたのに、お姉様がいなくなったことにより、結婚相手が地味令嬢、若しくは薄幸令嬢と噂の私になったのでは、納得できないと。

　そう思う皆様の気持ちはよく分かるし、少なからず私もそう思っているけれど、私達の結婚は本人同士の意向でもなんでもなく、国によって決められた政略結婚なのだから仕方がない、と割り切って考える人がいないのはどういうわけだろうか。

　数人とは言わない。寧ろ一人でも良いから、そんな風に考えてくれている人はいないものかと会場内を見回すも、皆明らかに私へと不躾な視線を送りながら囁き合っていて、味方になってくれそうな人は見当たらず。

「相変わらずというわけね……」

　お姉様がいた頃と、何も変わってはいない。

　陰口を言われるのが嫌で、長らく社交から遠ざかっていたけれど、復帰したらやはりこうなるのか。

　いつまで経っても私は嘲笑の的なのね、と悲しくなる。

　リーゲル様と一緒にいれば、そんな口さがない人達のことなんて、気にもならないと思っていたのに。

「夜会の間中一緒にいるなんて無理だってこと、分かってたじゃない」

　自分自身に言い聞かせるかのように呟く。

　否、本当は分かっていなかった。

　夜会に出席するのが久しぶりすぎるせいもあったけれど、周囲に仲睦まじい姿を見せつけるため、ずっと一緒にいられるのだと思っていた。

　ところが実際は、主要な人物への挨拶周りを終えた後、リーゲル様は王太子殿下からお呼びがかかり、私を置いていなくなってしまったのだ。

　そこからは当然始まる嘲笑と、罵詈雑言の嵐。

　面と向かって言われれば少しぐらいは言い返せるのに、貴族令嬢は控え目を是とするためか、皆ヒソヒソ囁き合うだけで、誰一人として私に声をかけてくる人はいない。

「当然か……。家格としては王家の次だものね」

　伯爵家であった頃ならいざ知らず、公爵夫人となった今、正面切って私に喧嘩を売ろうものなら、不敬を働いたとして家ごと処罰される可能性がある。

　それを知っているから、私が一人でいる時を狙って、ここぞとばかりに聞こえよがしな陰口を叩くのだ。

「女ってほんと悪質だよねぇ」
「え？」

　不意にかけられた声と共に、シャンパングラスを差し出される。

「あ……ありがとうございます」

　グラスを手に取り、声の主を見上げると、艶のある真っ黒な髪にグレーの瞳を持つ青年が、にこやかに微笑みかけていた。

「僕はアダマン侯爵家嫡男のエルンストと申します。ヘマタイト公爵夫人にはお初に──」
「いいの、大丈夫！」

　丁寧に挨拶しようとしたアダマン侯爵令息の言葉を、慌てて遮る。同時に、私は早速やらかしたことに気付いた。

「いえ、あの……だ、大丈夫です。ご存知かと思いますが、私は伯爵家出身なので、あまり丁寧にされても恐縮してしまいますし……」

　こんなこと言っていいものかと思いつつ、あまり丁寧にされても受け答えに自信がないため、話してしまう。

　なんとなく悪い人には思えなかったし、彼に対しては先程慌てるあまり、つい敬語を使うのを忘れ、砕けた口調で言葉を遮ってしまったのだから、今更だとも思って。

　すると彼は、キョトンとした後、吹き出して笑った。

「あはははは！　なるほど分かりました。実は僕、つい先日留学から帰ってきたばかりなもので、この国の情勢について全く知らないんですよね。で、おあつらえ向きに夜会があったんで参加したんですが、誰も彼もグループで固まって喋ってるから、声をかけられる人がいないなぁって、一人でいる方を探してたんです」
「まあ、そうだったんですね。ですが、そういうことでしたら残念ながら、私ではお役にたてないかと」
「どうしてですか？」
「アダマン侯爵令息様の仰られる通り、私は大抵いつも一人ですから、得られる情報など少ないですし、世間を騒がせる噂などにも疎くて……」

　せっかくなのでお役に立ちたいと思うも、基本引き篭もりの私では、彼の助けになれそうもない。

　公爵夫人として情勢を知ることは必要不可欠と理解しているけれど、お飾りの妻なら必要ないと、気にすることもなかったから。

「う～ん、なるほどぉ。今回僕には好都合でしたが、いつも一人というのはいただけませんね」
「へ？」

　突然予想と違うことを言われ、私はつい声が高くなる。

　知りたかったのは情勢についてなんじゃないの？　私がいつも一人かどうかなんて、どうでも良くない？

「女性というものはお喋りが好きだと思い込んでいましたが、そうでない場合もあるのか……」
「あの、アダマン侯爵令息様？　私の場合はお喋りが好きじゃないというわけではなくて、いえあの、確かにそういった方もいらっしゃるのかもしれませんが……」

　話しかけるも、彼はまったく私の話を聞いている様子がない。

「しかし公爵夫人ともあろうお方が一人とは、一体全体どういう了見で……この国の危機管理はどうなっているんだ……」

　ぶつぶつと独り言を言いながら、懸命に何事かを考えている。

　彼の呟きはところどころしか聞き取れないけれど、私が予期しない部分の言葉に、彼ががっつり食いついたことだけは分かった。

「変わった方ね……」

　グラスを傾けて喉を潤していると、会場内の曲調が変わったことに気付く。

　これは──ダンスタイムが始まる合図だ。

　けれどリーゲル様は、まだ会場内に戻ってきていない……いないわよね？

　実は密かに戻ってきていて、他の令嬢と仲良くされていたら嫌だなと思い、会場内を探して歩くことにした。

　そうしてほどなく。

　──いた。

　いつの間にやら戻ってきていたリーゲル様は、未だ王太子殿下と一緒に居られるものの、そこにはいつの間にやら殿下の妹君である王女殿下も混ざっていて。

　何やら三人で楽し気に話し、笑い合っていた。