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第一章 旦那様と仲良くなりたい
幕間 悩めるリーゲル
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分からない……全くもって分からない!
妻であるグラディスを退室させた後、リーゲルは片手で顔を覆ったまま、凍りついたように動きを止めていた。
彼女は一体なんなんだ。何を考えているんだ。
現在彼を悩ませているのは、逃げられた婚約者──アンジェラ──の代わりとして自分に嫁いできた彼女の妹──グラディス──だ。
彼女の言うこと為すことリーゲルにとっては予想外で、理解できないものばかり。そのため対処の仕方が分からず、どうするのが正解なのか、まるで分からないのだ。
最も引っかかっているのは、先程放たれた彼女の一言。
『私が好きなのは旦那様だけ──』
驚いたことに、彼女は自分を好きだと言った。
避けられない政略結婚の相手として、急遽姉の身代わりとなることを強要されて無理矢理嫁がされた自分のことを好きだと言ったのだ。
「はっ……馬鹿馬鹿しい」
口から乾いた笑いが漏れる。
この世に生を受けた瞬間から公爵家嫡男として品行方正を義務として育てられたリーゲルは、愛だの恋だのを知らずに育った。
無論、家族からの愛情はあったと思う。
公爵家嫡男であり、一人っ子であるリーゲルは、後継として厳しく育てられた反面、冷徹になり過ぎないようにと、周囲からの愛情も受けてきたから。
だが、家族や周囲のものに対する家族愛的な愛情や友情は、男女のそれとは明らかに違うもので。
見目麗しく、身体能力も抜群、身分も相俟って他より秀でた存在であった彼は、幼い頃から年下年上問わず色目を使われ、貴族学院に入学すると「一夜だけでも……」と異性──時には同性からも──に襲われることまであり、人間関係に辟易していた。
唯一婚約者であるアンジェラだけは、自分と同じような境遇であったため、気持ちを分かり合う者同士として、心穏やかに付き合うことができていたが。
それでも、彼女に抱いていた気持ちもまた、恋愛感情ではなかったと思う。
お互いが婚約者同士であると周囲に知らしめ、仲睦まじく見せることでお互いの心と身体を守りあう、仲間のような。そんな感情であった気がする。
今思えば、あれは愛情などではなく、友情だったのではないだろうか。彼女と一緒にいた時は、その気持ちが何であるかハッキリさせる必要がなかったため、敢えて考えたことはなかったが。
そしてそれは、恐らく彼女も同じであったのだろう。だからアンジェラは最終的にリーゲルを捨て、騎士の男と駆け落ちすることを選んだに違いない。
それを知った時はショックだったが、どちらかというと婚約間近で捨てられたということより、駆け落ちするまで恋人の存在を知らされていなかったということに対してのショックのほうがリーゲルにとっては大きかった。
もし知っていたら、自分だって協力したのに……。
同じ傷を持ち、似たような境遇で慰め合う同士だと思っていた。だからこそ、そんなに大切なことを秘密にされていたことが信じられなかった。
自分はそんなにも、信用できない人間だと思われていたのか?
なんでも話せると思っていた。彼女にはなんでも話してきたつもりだった。
しかし彼女はそうではなかったのか?
そう考えた瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。
アンジェラと婚約してから築いてきた信頼関係が、音を立てて崩れていくようだった。
これまで培ってきた自分の自尊心や矜持、そういったものが砕かれるような。
そんな感覚に襲われ、結果、リーゲルは心を閉ざしたのだ。
自分には価値などない。自分が信頼を寄せた人間の信頼を得られない自分など。
なんの価値もないのだ──。
けれど公爵家嫡男として命を粗末にすることはできず、心を殺して生き続けるしかなかった。
見目麗しく、聡明なアンジェラと違い、平凡な妹のグラディスではリーゲルの盾となり得なかったから、婚姻までの半年間、他からの誘惑の魔の手が鬱陶しくはあったが、心のない人形として無視を決め込んでいたら、やがてそれもなくなり、平和な日常を手に入れることができた。
何故か新たに婚約者となったグラディスだけは、最初から彼女も生きる人形であるかのように無言であったため、何回かあった定期の茶会では、内心首を傾げることになったけれども。
そんなこんなで成人して正式に爵位を継ぎ、リーゲルはグラディスと無事、結婚した。
結婚後は流石に人形の振りもできないと思ったから、初夜で試しに爆弾を落としたところ、見事な反撃に遭い、こちらが愕然とする羽目になったが。
そもそもそこから彼女は規格外だった。
「君を愛せない」と言った自分に対し、彼女の返答は「やっぱりね」。
しかもそれを言った後、パタリと倒れ、意識を失ったのだ。
驚いて声をかけたが意識は戻らず、人を呼ぼうとしたら、穏やかな寝息をたてていることに気付いて、疲労のせいかと安堵した。
しかし万が一のことを考え、仕方なく自分も同じ部屋のソファで夜を明かしたのだ。リーゲルとて、彼女に負けず劣らず結婚式やら披露宴やらで疲れていたのに。
それでも放置できなかったのは、多少なりとも自分の爆弾発言のせいもあるかもしれないという懸念があったからだ。でなければ、眠っていることに気付いた時点で侍女を呼び、さっさと交代していたに違いないのだから。
そして今回の浮気騒動。
侍女とグラディスが何かよからぬことを企んでいると耳にし、外出の予定を調べて待ち伏せたら、なんと変装までして公園へ現れた。
婚約後にした素行調査では、真っ白で何の問題もなかったのに。
何故、できたこともない恋人を、わざわざ結婚してから作ろうとするのか。
そこまで夫となった自分に魅力がないか、はたまた自分との結婚生活がそうさせるのかが分からず、馬車内で問い詰めれば泣きそうになったから、改めて部屋に招いたら露骨に嬉しそうな顔をした。
「本当に、わけが分からない……」
公園でカップルを観察して、自分とイチャつく? 仲睦まじく見せるための正しいイチャつき方?
言ってる意味が、まるで理解できなかった。
しかも、浮気をしようとしておいて、自分のことを好きだと言う。
あれは誤魔化すための嘘なのか、それとも──。
「なんて厄介なんだ……。私は面倒なのを嫁に貰ってしまったのかもしれん……」
頭を抱え、体内の空気全てを出す勢いでもって、ため息を吐く。
すると、今まで一言も言葉を発しなかった家令が、不意に物申した。
「でしたら、もう少し関わりを持ってみるのは如何でございましょうか」
突然かけられた声に、リーゲルはピクリと反応して顔をあげる。
「関わりか? しかし、関わりなど持ったところで──」
意味などないのではないか。
と思ったが、どうやら家令の考えは違ったらしい。
「旦那様と奥様は、この先長い時間を夫婦として共に過ごされるのですから、関わりを持ったとて無駄になることはないかと存じます。寧ろお互いの理解を深めた方が、今後生活しやすくなるのではありませんかな?」
そう諭すように言われ、それも一理あるか、と考えた。
何よりこの家令は、リーゲルにとって幼い頃から一緒にいた父親にも似た存在であり、言うことを無碍にもできない存在だ。また、グラディスの奇行に毎回悩まされるよりは、少しでも理解を深めて行動の意味を知る方がマシかもしれないと思えたことも確かで。
「……そうだな、今後は少しばかり関わりを増やしてみるか」
それで今まで出会った他の令嬢のように、気持ち悪く自分に擦り寄って来るようなら、その時はまた対策を考えれば良い。
けれど、そうはならず、彼女の奇行の理由を知る──若しくは事前に止めることができれば、それが一番最善だろう。
たとえ自分達の婚姻が、政略結婚という名の契約結婚だとしても、期間が決められてない以上、永ければ一生夫婦として生きていかなければならないのだから。
面倒だと思う反面、予想もつかない行動を繰り返すグラディスの心情を知ることに、少しだけ楽しみを感じる。
何かを楽しみに思う気持ちなど久しく忘れ去っていたリーゲルは、グラディスとの結婚生活に、初めてほんの少しだけ、前向きな気持ちを抱いた。
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お気に入りだけじゃなく、いいねまで有難うございます!
嬉しくて嬉しくて感無量です!
気力とやる気が湧いてきます! 頑張ります~!
妻であるグラディスを退室させた後、リーゲルは片手で顔を覆ったまま、凍りついたように動きを止めていた。
彼女は一体なんなんだ。何を考えているんだ。
現在彼を悩ませているのは、逃げられた婚約者──アンジェラ──の代わりとして自分に嫁いできた彼女の妹──グラディス──だ。
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驚いたことに、彼女は自分を好きだと言った。
避けられない政略結婚の相手として、急遽姉の身代わりとなることを強要されて無理矢理嫁がされた自分のことを好きだと言ったのだ。
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この世に生を受けた瞬間から公爵家嫡男として品行方正を義務として育てられたリーゲルは、愛だの恋だのを知らずに育った。
無論、家族からの愛情はあったと思う。
公爵家嫡男であり、一人っ子であるリーゲルは、後継として厳しく育てられた反面、冷徹になり過ぎないようにと、周囲からの愛情も受けてきたから。
だが、家族や周囲のものに対する家族愛的な愛情や友情は、男女のそれとは明らかに違うもので。
見目麗しく、身体能力も抜群、身分も相俟って他より秀でた存在であった彼は、幼い頃から年下年上問わず色目を使われ、貴族学院に入学すると「一夜だけでも……」と異性──時には同性からも──に襲われることまであり、人間関係に辟易していた。
唯一婚約者であるアンジェラだけは、自分と同じような境遇であったため、気持ちを分かり合う者同士として、心穏やかに付き合うことができていたが。
それでも、彼女に抱いていた気持ちもまた、恋愛感情ではなかったと思う。
お互いが婚約者同士であると周囲に知らしめ、仲睦まじく見せることでお互いの心と身体を守りあう、仲間のような。そんな感情であった気がする。
今思えば、あれは愛情などではなく、友情だったのではないだろうか。彼女と一緒にいた時は、その気持ちが何であるかハッキリさせる必要がなかったため、敢えて考えたことはなかったが。
そしてそれは、恐らく彼女も同じであったのだろう。だからアンジェラは最終的にリーゲルを捨て、騎士の男と駆け落ちすることを選んだに違いない。
それを知った時はショックだったが、どちらかというと婚約間近で捨てられたということより、駆け落ちするまで恋人の存在を知らされていなかったということに対してのショックのほうがリーゲルにとっては大きかった。
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しかし彼女はそうではなかったのか?
そう考えた瞬間、目の前が真っ暗になったような気がした。
アンジェラと婚約してから築いてきた信頼関係が、音を立てて崩れていくようだった。
これまで培ってきた自分の自尊心や矜持、そういったものが砕かれるような。
そんな感覚に襲われ、結果、リーゲルは心を閉ざしたのだ。
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けれど公爵家嫡男として命を粗末にすることはできず、心を殺して生き続けるしかなかった。
見目麗しく、聡明なアンジェラと違い、平凡な妹のグラディスではリーゲルの盾となり得なかったから、婚姻までの半年間、他からの誘惑の魔の手が鬱陶しくはあったが、心のない人形として無視を決め込んでいたら、やがてそれもなくなり、平和な日常を手に入れることができた。
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「旦那様と奥様は、この先長い時間を夫婦として共に過ごされるのですから、関わりを持ったとて無駄になることはないかと存じます。寧ろお互いの理解を深めた方が、今後生活しやすくなるのではありませんかな?」
そう諭すように言われ、それも一理あるか、と考えた。
何よりこの家令は、リーゲルにとって幼い頃から一緒にいた父親にも似た存在であり、言うことを無碍にもできない存在だ。また、グラディスの奇行に毎回悩まされるよりは、少しでも理解を深めて行動の意味を知る方がマシかもしれないと思えたことも確かで。
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たとえ自分達の婚姻が、政略結婚という名の契約結婚だとしても、期間が決められてない以上、永ければ一生夫婦として生きていかなければならないのだから。
面倒だと思う反面、予想もつかない行動を繰り返すグラディスの心情を知ることに、少しだけ楽しみを感じる。
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