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クレストの思惑

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 その日の放課後、私はクレストさんに誘われて、ルーブルさんも一緒に三人で街中のカフェへとやって来ていた。

 本音を言えばクレストさんのことは苦手で、できる限り関わり合いになりたくないと思っているのだけど、ドノヴァンからの告白をキッパリと断ることができたのも、あの時あの場所から逃げ出すことができたのも、クレストさんのお陰のような気がするから、一度ぐらいはお礼がてら付き合おうと思い、やって来たのだ。

 何故だか彼が「ルーブル君も誘えば良い」と言ってきたから、遠慮せずに声をかけさせてもらったけれど。二人は知り合いだったのだろうか?

「……さて。ラケシスには……いや、ラケシスさん、と言った方が良いよな。今まで勝手に呼び捨てていてごめん」

 三人分の飲み物が提供されたところで、クレストさんがぺこりと頭を下げてくる。

 ちょっと待って。いきなりそんな殊勝な態度にでられても困るから!

「いいえ! 私なんて伯爵家の娘ですし、呼び捨てしてもらって全然……気にしませんから」

 クレストさんの家柄は知らないけれど、恐らく私より下ではない筈。

 そういえば、ルーブルさんの家柄も聞いたことないな……まぁ、いいか。

 学園内は基本的に平等だしね、と自分自身を納得させる。実際に聞いてルーブルさんの家の家格が高かったら……そう思うと、とてもじゃないけど今更怖くて尋ねられない。

 だから、極力こだわらない態度を装った──のに。

「そういえば、君は──」

 クレストさんが興味あり気に、ルーブルさんへと視線を移してしまった。

 ダメ、やめて! そこは知りたくない! お願いだから突っ込まないで!

 妨害することもできず、祈るような思いで見つめていると、ルーブルさんはクスリと笑って肩を竦めた。

「申し訳ありません。学園生の間は、家柄に拘らず過ごしたいので、そういった質問は控えてもらえますか?」
「あ。そ、それは……そうだな。申し訳ない」

 若干顔色を悪くして頭を下げるクレストさんと、にこやかに「気にしないで」と言っているルーブルさんを見て、私はハッとする。

 ルーブルさんて、もしやかなり良い家柄のお坊ちゃまではないのかしら? と──。

 読書が趣味だというのが私達の共通点ではあるけれど、元となる紙が高額であることから書籍はかなりの高額品となり、おいそれと購入することは中々できない。だから私は基本的にいつもは図書館を利用しているし、どうしても欲しい本があった時のために、日々お小遣いを地道に貯めている。

 だけどルーブルさんは、以前話をきいた時、何冊も本を所持しているというようなことを言っていた。あの時はなんとも思わず聞き流してしまったけど、よく考えてみると、それってかなりのお金持ちじゃないと無理なのでは?

 ヤバい。そんなことも知らずに私ってば、普通の友達のような接し方をしてしまった。これって後から不敬罪に問われたりしないわよね?

「……ん? 僕の顔に何かついてる?」

 考え事をしつつ、じーっとルーブルさんの顔を見つめていたら、本人に気付かれてしまった。って、当たり前よね。

 私は慌てて頭をぶんぶんと横に振ると「なんでもない」と言って、訝し気に首を傾げるルーブルさんを、ジュースを飲んで誤魔化した。

「それじゃ、そろそろ本題に入ってもいいか?」

 クレストさんが一際真面目な声色で喋り出し、私とルーブルさんは思わず居住いを正す。

「どうぞ」と手振りで伝えれば、彼は机に頭をくっつける勢いで、私に向かって頭を下げてきた。え、何事?

「すまなかった! 俺は自分の目的のために、何度も君を傷付けた。無論、そうすることに躊躇いがなかったわけじゃない。だが、俺が敢えて君を傷付けたことは誤魔化しようのない事実だ。本当にすまなかった!」
「え……」

 どうしてクレストさんに謝られるのかが分からなくて、私はポカンとしてしまう。

 確かに彼は、今まで何度も木の裏のベンチで私のことをドノヴァンと話していて、その時のドノヴァンの発言に、私は毎回傷付けられていたけれど。

「まさか……」

 嫌な考えが、頭を過ぎる。

 もしかして彼は知っていたのだろうか? あのベンチの裏の木の縁に、私が座っていたことを。

「まさか、そんな……違うわよね?」

 声を震わせて尋ねるも、私の思いは見事に裏切られてしまった。

 とてもすまなさそうな、クレストさんの表情によって。

「実は俺……あそこに君がいることを知ってたんだ。知っててドノヴァンをあのベンチに連れて行き、態と君を傷付けるようなことを言わせた。こういう言い方をすると、決められた科白を俺がアイツに言わせたんじゃないかと疑われるかもしれないけど、そうじゃない。アイツは何も知らなかった。何も知らずに、ちょっと俺が誘導しただけで、面白いぐらい簡単に君を傷付けるような科白を吐いてくれたよ。こちらの思惑にのせられているとも知らないで」
「あなたの思惑……?」

 まさか、あのベンチでの二人のやりとりが、クレストさんによって導かれたものだったなんて知らなかった。

 私があのベンチの裏にいるということを知りつつ、ドノヴァンとの会話を態と聞かせていたなんて。

 知らなかった……。

 では彼が、クレストさんがそのことを知っていながら、あそこであんな話をしたのはどうしてだろう? 一体彼に何の狙いがあったというの?

 そう疑問に思った時、私がそれを口に出すまでもなく、クレストさんが言葉を継いだ。

「実は……これは他にはあまり知られていないことなんだが、俺とアリーシャも幼馴染なんだ」
「「ええっ!?」」

 クレストさんが語った衝撃の事実に、私とルーブルさんの声が重なる。

「それで……ドノヴァンからラケシスの話を聞いた時、俺と似てるなって思って。といっても、俺は単に家格の違いによって虐げられていただけで、君みたいに進んでアリーシャの世話をやいていたわけじゃないけどな」

 力なく笑うクレストさんは、なんだかとても辛そうで。私は彼の表情に、ぎゅっと胸を締めつけられるような気がした。

「俺はずっと……昔からアリーシャの良いように使われていて、なんとか逃げ出したいと思っていた。アイツの下僕のような生活から、抜け出したいと思っていたんだ。そんな時学園でアリーシャがドノヴァンを見初めて、付き合いたいと言い出した。俺はチャンスだと思ったね。面倒な幼馴染を押し付ける絶好のチャンスだと」

 ドノヴァンに好かれたくて尽くしていた私と、クレストさんは真逆の気持ちでアリーシャさんに尽くしていたんだ。ううん、尽くすことを強制されていた分、きっと彼の方が何倍も辛かっただろう。

 幼い頃から家格の違いのせいで虐げられてきたなんて、どれだけ理不尽な思いをしてきたのだろうか。クレストさんは、恐らく私なんかじゃ想像もつかないほどの思いをしながら、今まで過ごしてきたんだろうな。

 そんな彼はあのベンチで、一体どんな気持ちで私に対するドノヴァンの話を聞いていたのだろうか。

 内心でははらわたが煮えくり返るような思いを味わいながら、何でもない風を装って、隣で笑っていたのだろうか。

 だとすると、なんて強い人なんだろう。






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ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次が最終話となります!




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