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恋人と幼馴染
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「は、はあっ!? お前ふざけるなよ! 何が嫌だ、だ。お前の恋人はアリーシャだろ? さっさと手を離せって──」
「だから嫌だと言っている!」
大声をあげ、ドノヴァンは自分の腕を掴むお友達の手を、乱暴に振り払う。まるで、友達ではないみたいに。
「うわっ! な、なんだよ、お前……」
思い切り振り払われたせいで尻餅をついたお友達は、茫然と呟く。
けれどドノヴァンは、少しも悪いと思っていないだろう口調で、こう言ったのだ。
「そもそも俺はアリーシャと付き合ってない! 確かに彼女から告白はされたが、俺は受け入れなかった。だから、俺がこうしてラケシスを抱きしめていたところで、誰にも文句を言われる筋合いなどない」
「ドノヴァン……」
本当なら、ここで喜びを感じるところなんだろう。けれど私の心は、不思議とそれを感じなかった。
確かに、さっきのドノヴァンからの告白は、正直とても嬉しかった。
小さい頃からずっと好きだった人に、自分も好きだよと言われたのだ。嬉しくない筈がない。
でも、つい今し方彼が友達にした仕打ちが信じられなくて。
いくら痛い思いをさせられたとはいえ、仲の良いお友達を、あそこまで強引に振り払わなくても良いのでは? 何か後ろめたいことでもあるの?
そう、思ってしまったから。
そしてその気持ちは、お友達の方も一緒だったらしい。
彼はよろめきながらも立ち上がると、ドノヴァンに向かって吐き捨てるかのように言った。
「だ、だけどお前達はあんなにも仲睦まじくしていたじゃないか。二人で一緒に通学して、お弁当だって毎日作ってもらって、学園の中でも腕を組んで楽しそうに……それで今更付き合ってません、だって? そんなの信じられるか!」
それは確かに、そうだ。
お友達の言い分に、私もつい同意してしまう。
だって私も、学園内で二人が仲良さ気にする光景を、何度も目にしていた。
通学も一緒、お昼も一緒、しかもお昼には、彼女の作って来たお弁当を二人で食べる。偶然街で出会った時には、そのまま二人でデートして……。
これのどこが付き合ってないというのだろうか。
そういえば、ドノヴァンに誘われて街に二人で行った時、アリーシャさんとのことを聞いたら「付き合ってると言えなくもない」と言っていた。
だったらあれは何だったの? 彼女からの告白を受け入れてもいないのに、付き合ってると言えなくもないって?
なんだかそれ、都合が良すぎない?
思い出せば思い出す程あやふやなドノヴァンの言動に、胸の中がモヤモヤしてくる。
「大体お前にとって幼馴染は、便利で使い勝手が良いだけの存在なんだろ? だったら同じ役割を恋人が熟してくれれば、幼馴染なんていらないじゃないか」
「そ、それは……!」
以前、私がベンチの裏で聞いた言葉だ。
あれからずっと呪いか何かのように、私の頭の中を絶えず巡り続けている言葉。
「それに、幼馴染と恋人は別に持てるしね……」
「え?」
動揺したドノヴァンの腕の力はとっくに緩んでいて、それに気付いた私は、そっとそこから抜け出す。
「ラ、ラケシス!」
そのまま数歩離れれば、ドノヴァンが焦ったように手を伸ばして来たけれど、それは私達の間に立ちはだかったお友達のおかげで、私には届かなかった。
「幼馴染のことなんて放っておけよ。お前にはアリーシャがいるじゃないか」
「うるさい! だから俺はアリーシャとは付き合ってないと何度も──」
「だったら付き合え。既に学園内では公認の仲なんだ。今更付き合ってないと言ったところで、誰も信じやしねぇよ」
君だってそうだろ? と振り返って問われ、私は無言で頷く。
私を好きだと言ってくれたドノヴァンの言葉は嬉しかったし、もしこの場にいたのが私達二人だけであったなら、私は素直にドノヴァンだけを信じ、彼の言う通りにしていただろう。
だけどお友達の言う通り、学園内でドノヴァンの恋人だと周知されているのはアリーシャさんだ。
ここで私がドノヴァンの気持ちに応え、彼と恋人同士になったところで、私が恋人扱いしてもらえるかどうかは微妙なところ。
なにせドノヴァンは『恋人と幼馴染は別に持てる』と言っていたのだから。
──恐らく、今のドノヴァンの行動理由はこうだ。
アリーシャさんに告白され、返事を保留にしたまま微妙な関係を楽しんでいたところで、幼馴染の私の様子が変わった。
異性の幼馴染を持つ特権として、アリーシャさんも私も同時に手元に置いておこうと思っていたのに、私が急にドノヴァンから距離を取り始めた。
通学を一緒にすることもなければ、お弁当を作ってあげることもない。休みの日だって、外出へ誘おうと家を尋ねてみれば不在ばかり──。
これでは、恋人としてアリーシャさんを手に入れられたとしても、幼馴染である私のことは失ってしまう。
尤も、ついさっきお友達の方が言ったように、恋人であるアリーシャさんが幼馴染である私の役割りを全て熟してくれるなら、私なんていてもいなくても良い筈だけど。
それでも、そうすることを良しとしなかったドノヴァンは、私の心を自分に繋ぎ止めるための行動に出たのだ。
恋人は破局しても新たにまた作れば良いけど、幼馴染はそうもいかない。一度関係が破綻してしまえば、元に戻せないということぐらいは、ドノヴァンも理解していただろうから。
だから、明らかに自分に好意を持っているアリーシャさんを一時放置してでも、自分から離れて行こうとしている私を、都合の良い幼馴染として確保しておく必要があった。
そんなところかしらね。
「だから嫌だと言っている!」
大声をあげ、ドノヴァンは自分の腕を掴むお友達の手を、乱暴に振り払う。まるで、友達ではないみたいに。
「うわっ! な、なんだよ、お前……」
思い切り振り払われたせいで尻餅をついたお友達は、茫然と呟く。
けれどドノヴァンは、少しも悪いと思っていないだろう口調で、こう言ったのだ。
「そもそも俺はアリーシャと付き合ってない! 確かに彼女から告白はされたが、俺は受け入れなかった。だから、俺がこうしてラケシスを抱きしめていたところで、誰にも文句を言われる筋合いなどない」
「ドノヴァン……」
本当なら、ここで喜びを感じるところなんだろう。けれど私の心は、不思議とそれを感じなかった。
確かに、さっきのドノヴァンからの告白は、正直とても嬉しかった。
小さい頃からずっと好きだった人に、自分も好きだよと言われたのだ。嬉しくない筈がない。
でも、つい今し方彼が友達にした仕打ちが信じられなくて。
いくら痛い思いをさせられたとはいえ、仲の良いお友達を、あそこまで強引に振り払わなくても良いのでは? 何か後ろめたいことでもあるの?
そう、思ってしまったから。
そしてその気持ちは、お友達の方も一緒だったらしい。
彼はよろめきながらも立ち上がると、ドノヴァンに向かって吐き捨てるかのように言った。
「だ、だけどお前達はあんなにも仲睦まじくしていたじゃないか。二人で一緒に通学して、お弁当だって毎日作ってもらって、学園の中でも腕を組んで楽しそうに……それで今更付き合ってません、だって? そんなの信じられるか!」
それは確かに、そうだ。
お友達の言い分に、私もつい同意してしまう。
だって私も、学園内で二人が仲良さ気にする光景を、何度も目にしていた。
通学も一緒、お昼も一緒、しかもお昼には、彼女の作って来たお弁当を二人で食べる。偶然街で出会った時には、そのまま二人でデートして……。
これのどこが付き合ってないというのだろうか。
そういえば、ドノヴァンに誘われて街に二人で行った時、アリーシャさんとのことを聞いたら「付き合ってると言えなくもない」と言っていた。
だったらあれは何だったの? 彼女からの告白を受け入れてもいないのに、付き合ってると言えなくもないって?
なんだかそれ、都合が良すぎない?
思い出せば思い出す程あやふやなドノヴァンの言動に、胸の中がモヤモヤしてくる。
「大体お前にとって幼馴染は、便利で使い勝手が良いだけの存在なんだろ? だったら同じ役割を恋人が熟してくれれば、幼馴染なんていらないじゃないか」
「そ、それは……!」
以前、私がベンチの裏で聞いた言葉だ。
あれからずっと呪いか何かのように、私の頭の中を絶えず巡り続けている言葉。
「それに、幼馴染と恋人は別に持てるしね……」
「え?」
動揺したドノヴァンの腕の力はとっくに緩んでいて、それに気付いた私は、そっとそこから抜け出す。
「ラ、ラケシス!」
そのまま数歩離れれば、ドノヴァンが焦ったように手を伸ばして来たけれど、それは私達の間に立ちはだかったお友達のおかげで、私には届かなかった。
「幼馴染のことなんて放っておけよ。お前にはアリーシャがいるじゃないか」
「うるさい! だから俺はアリーシャとは付き合ってないと何度も──」
「だったら付き合え。既に学園内では公認の仲なんだ。今更付き合ってないと言ったところで、誰も信じやしねぇよ」
君だってそうだろ? と振り返って問われ、私は無言で頷く。
私を好きだと言ってくれたドノヴァンの言葉は嬉しかったし、もしこの場にいたのが私達二人だけであったなら、私は素直にドノヴァンだけを信じ、彼の言う通りにしていただろう。
だけどお友達の言う通り、学園内でドノヴァンの恋人だと周知されているのはアリーシャさんだ。
ここで私がドノヴァンの気持ちに応え、彼と恋人同士になったところで、私が恋人扱いしてもらえるかどうかは微妙なところ。
なにせドノヴァンは『恋人と幼馴染は別に持てる』と言っていたのだから。
──恐らく、今のドノヴァンの行動理由はこうだ。
アリーシャさんに告白され、返事を保留にしたまま微妙な関係を楽しんでいたところで、幼馴染の私の様子が変わった。
異性の幼馴染を持つ特権として、アリーシャさんも私も同時に手元に置いておこうと思っていたのに、私が急にドノヴァンから距離を取り始めた。
通学を一緒にすることもなければ、お弁当を作ってあげることもない。休みの日だって、外出へ誘おうと家を尋ねてみれば不在ばかり──。
これでは、恋人としてアリーシャさんを手に入れられたとしても、幼馴染である私のことは失ってしまう。
尤も、ついさっきお友達の方が言ったように、恋人であるアリーシャさんが幼馴染である私の役割りを全て熟してくれるなら、私なんていてもいなくても良い筈だけど。
それでも、そうすることを良しとしなかったドノヴァンは、私の心を自分に繋ぎ止めるための行動に出たのだ。
恋人は破局しても新たにまた作れば良いけど、幼馴染はそうもいかない。一度関係が破綻してしまえば、元に戻せないということぐらいは、ドノヴァンも理解していただろうから。
だから、明らかに自分に好意を持っているアリーシャさんを一時放置してでも、自分から離れて行こうとしている私を、都合の良い幼馴染として確保しておく必要があった。
そんなところかしらね。
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