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待ちぼうけ
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その日私は、遅刻ギリギリになって学園内へと滑り込んだ。
遅刻しそうになった理由は、来るはずのないドノヴァンを、ずっと待っていたから。
いつも通り家の前でドノヴァンを待っていたら、いつまで経っても彼は出て来ず、そろそろ時間的にまずいという頃になって、漸く彼の家の門番が教えに来てくれた。
彼はとっくに他のご令嬢の馬車に乗って学園へ向かったと。
そんな事は聞いていない、事前に教えてくれれば良かったのにと怒ったけれど、彼の中で『幼馴染』の扱いはその程度のものなのかもと思ったら、ストンと納得できてしまった。
気を遣う必要のない幼馴染。嫌われても何てことない存在。
「だから、そのせいで私が遅刻しても、何とも思わないって言いたいの……?」
さすがにそれは酷いと思う。
遅刻したら先生に怒られてしまうし、理由だって聞かれるだろう。
先に行ってしまった幼馴染を、遅刻するまで家の前で待っていました──なんて言えるわけがない。
「私って馬鹿みたい……」
ポツリと口から言葉が漏れる。
好きだから、拒絶されないから。
その理由だけで、今までずっと頑張って来た。
自分がそうしたいから──なんてただの言い訳。本当はそうすることで、少しでも彼の気持ちが自分に向かないかな? なんて下心を持っていたのだ。
「そんな上手く行くわけなかったのに……」
彼の中では自分は便利屋扱いされていて、恋愛対象とはされていなかった。
もしこの先ドノヴァンに恋人ができても、自分は永遠に『幼馴染』という別枠のまま。
「そんなの……悲しすぎるよ」
たとえドノヴァンが良くても、恋人となった女性は自分が彼の傍にいることを嫌がるだろう。
そうなったら、どうしたって自分達は離れなければいけない。
それにラケシス自身も、貴族としての役割を果たす為、いつまでも独り身でいるわけにはいかないのだ。
自分と一緒に家を守り立ててくれる伴侶を探し、入り婿として迎え入れなければならない。
「もう潮時……なの?」
家族には、結婚相手を探すのは学園を卒業してからでも良いと言われている。
でも出来ることなら、学園で誰か良い人に巡り逢えるといいね、とも。
学園にはドノヴァンがいるし、彼以外を好きになることなんてないと思っていたから、在学中に両思いになれれば、もしかして──と夢見ていたけれど。
まさか本当に、夢となってしまうなんて。こんなにも簡単に断たれてしまう関係だったなんて、考えもしていなかった。
学園への送り迎えも、お弁当作りでさえも奪われて。
「そうしたら私達の接点なんて……一つも、ないんだ……」
知らず、声が震える。
幼馴染として、ずっと仲良くしてきた。
ドノヴァンが大好きで、彼に自分と同じ気持ちがなくとも、幼馴染みとして好意を持ってくれていると思っていた。
最悪結婚はできなくても、何らかの形で一生関わっていける。私達には幼馴染としての絆があるんだから──と思い込んでいた。
本当に、自分だけがそう思い込んでいただけだったなんて。
馬鹿らしくて、涙が溢れる。
ポタポタと、開いた本の上に水滴が落ちていく。
「あ、いけない」
本のインクが滲んでしまう。焦ってハンカチを取り出せば、横から出て来た誰かのハンカチが、先に水滴を吸い取った。
「え?」
驚いて隣を見ると、同じクラスの男子生徒が優しく微笑んでいて。
「あ、ええと、あなたは……」
名前を口にしようとすると、それより早く、彼が自分から名乗った。
「同じクラスのルーブルですよ、ラケシスさん」
にこりと微笑み、彼は本の状態を確認すると、小さく頷いてパタンと閉じた。
そうして、それを私に手渡しながら、アドバイスをしてくれる。
「本を読みながら泣く時は、本を立てることをお薦めします。……でも、あれ? この本って、泣けるような箇所なんてありましたっけ?」
不思議そうに首を傾げながら、今度は私の涙を拭おうと思ったらしく、彼がハンカチを持った手を、無造作に私の顔へと伸ばしてきた。
さすがにそれは恥ずかしいと私が咄嗟に両手で防御すると、ルーブルさんはキョトンとしてから笑い声をあげる。
「ははっ! 申し訳ありません。恋人でもないのに、ご令嬢の顔にハンカチ越しといえど触れるのは失礼でしたね。どうぞお許しください」
「い、いえ……。単に私が恥ずかしかっただけなので……気にしてません」
言いながら、サッと顔にハンカチをあて、涙を拭う。
ルーブルさんのお陰で、一時的とはいえドノヴァンのことが頭から消えたから、涙も止まった。
家でならまだしも、学園でこんな風に泣いてばかりいるのは良くない。どこで誰にみられているとも限らないのだから。
「そ、そういえばルーブルさんは読書が好きなんですか? この本の内容も知ってるみたいですけど……」
泣いていたことを誤魔化すように話を振れば、ルーブルさんは愛想良く答えてくれた。
「はい。実は僕、三度の食事より読書が好きで。だからラケシスさんがよく本を読んでいるのをお見かけしていて、一度お話をしてみたいなと思ってました」
「えっ、そ、そう……デスカ。アリガトウゴザイマス」
「なんで片言!? ラケシスさん面白いなぁ」
「アハハハハ」
そんな、本を読んでいるところを見られてたなんて恥ずかしい!
私ってばいつも本を読みながら泣いたり笑ったり、ニヤついたりしてるから……あ、穴があったら入りたい……。
ルーブルさんと話しながらもずっとそんなことを考えていた私は、彼の話にひたすら片言で答え、予期せず彼の腹筋を鍛えるお手伝いをする事になったのだった。
遅刻しそうになった理由は、来るはずのないドノヴァンを、ずっと待っていたから。
いつも通り家の前でドノヴァンを待っていたら、いつまで経っても彼は出て来ず、そろそろ時間的にまずいという頃になって、漸く彼の家の門番が教えに来てくれた。
彼はとっくに他のご令嬢の馬車に乗って学園へ向かったと。
そんな事は聞いていない、事前に教えてくれれば良かったのにと怒ったけれど、彼の中で『幼馴染』の扱いはその程度のものなのかもと思ったら、ストンと納得できてしまった。
気を遣う必要のない幼馴染。嫌われても何てことない存在。
「だから、そのせいで私が遅刻しても、何とも思わないって言いたいの……?」
さすがにそれは酷いと思う。
遅刻したら先生に怒られてしまうし、理由だって聞かれるだろう。
先に行ってしまった幼馴染を、遅刻するまで家の前で待っていました──なんて言えるわけがない。
「私って馬鹿みたい……」
ポツリと口から言葉が漏れる。
好きだから、拒絶されないから。
その理由だけで、今までずっと頑張って来た。
自分がそうしたいから──なんてただの言い訳。本当はそうすることで、少しでも彼の気持ちが自分に向かないかな? なんて下心を持っていたのだ。
「そんな上手く行くわけなかったのに……」
彼の中では自分は便利屋扱いされていて、恋愛対象とはされていなかった。
もしこの先ドノヴァンに恋人ができても、自分は永遠に『幼馴染』という別枠のまま。
「そんなの……悲しすぎるよ」
たとえドノヴァンが良くても、恋人となった女性は自分が彼の傍にいることを嫌がるだろう。
そうなったら、どうしたって自分達は離れなければいけない。
それにラケシス自身も、貴族としての役割を果たす為、いつまでも独り身でいるわけにはいかないのだ。
自分と一緒に家を守り立ててくれる伴侶を探し、入り婿として迎え入れなければならない。
「もう潮時……なの?」
家族には、結婚相手を探すのは学園を卒業してからでも良いと言われている。
でも出来ることなら、学園で誰か良い人に巡り逢えるといいね、とも。
学園にはドノヴァンがいるし、彼以外を好きになることなんてないと思っていたから、在学中に両思いになれれば、もしかして──と夢見ていたけれど。
まさか本当に、夢となってしまうなんて。こんなにも簡単に断たれてしまう関係だったなんて、考えもしていなかった。
学園への送り迎えも、お弁当作りでさえも奪われて。
「そうしたら私達の接点なんて……一つも、ないんだ……」
知らず、声が震える。
幼馴染として、ずっと仲良くしてきた。
ドノヴァンが大好きで、彼に自分と同じ気持ちがなくとも、幼馴染みとして好意を持ってくれていると思っていた。
最悪結婚はできなくても、何らかの形で一生関わっていける。私達には幼馴染としての絆があるんだから──と思い込んでいた。
本当に、自分だけがそう思い込んでいただけだったなんて。
馬鹿らしくて、涙が溢れる。
ポタポタと、開いた本の上に水滴が落ちていく。
「あ、いけない」
本のインクが滲んでしまう。焦ってハンカチを取り出せば、横から出て来た誰かのハンカチが、先に水滴を吸い取った。
「え?」
驚いて隣を見ると、同じクラスの男子生徒が優しく微笑んでいて。
「あ、ええと、あなたは……」
名前を口にしようとすると、それより早く、彼が自分から名乗った。
「同じクラスのルーブルですよ、ラケシスさん」
にこりと微笑み、彼は本の状態を確認すると、小さく頷いてパタンと閉じた。
そうして、それを私に手渡しながら、アドバイスをしてくれる。
「本を読みながら泣く時は、本を立てることをお薦めします。……でも、あれ? この本って、泣けるような箇所なんてありましたっけ?」
不思議そうに首を傾げながら、今度は私の涙を拭おうと思ったらしく、彼がハンカチを持った手を、無造作に私の顔へと伸ばしてきた。
さすがにそれは恥ずかしいと私が咄嗟に両手で防御すると、ルーブルさんはキョトンとしてから笑い声をあげる。
「ははっ! 申し訳ありません。恋人でもないのに、ご令嬢の顔にハンカチ越しといえど触れるのは失礼でしたね。どうぞお許しください」
「い、いえ……。単に私が恥ずかしかっただけなので……気にしてません」
言いながら、サッと顔にハンカチをあて、涙を拭う。
ルーブルさんのお陰で、一時的とはいえドノヴァンのことが頭から消えたから、涙も止まった。
家でならまだしも、学園でこんな風に泣いてばかりいるのは良くない。どこで誰にみられているとも限らないのだから。
「そ、そういえばルーブルさんは読書が好きなんですか? この本の内容も知ってるみたいですけど……」
泣いていたことを誤魔化すように話を振れば、ルーブルさんは愛想良く答えてくれた。
「はい。実は僕、三度の食事より読書が好きで。だからラケシスさんがよく本を読んでいるのをお見かけしていて、一度お話をしてみたいなと思ってました」
「えっ、そ、そう……デスカ。アリガトウゴザイマス」
「なんで片言!? ラケシスさん面白いなぁ」
「アハハハハ」
そんな、本を読んでいるところを見られてたなんて恥ずかしい!
私ってばいつも本を読みながら泣いたり笑ったり、ニヤついたりしてるから……あ、穴があったら入りたい……。
ルーブルさんと話しながらもずっとそんなことを考えていた私は、彼の話にひたすら片言で答え、予期せず彼の腹筋を鍛えるお手伝いをする事になったのだった。
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