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第二章 赤い魔性
地に堕ちた栄光
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過去一度だけ、隊長が魔性を生け捕りにしたと聞いたことがあったから、魔性を甘く見ていた。
無力な人間の娘を背後に庇い、そのせいで動くことのできない状態の魔性相手に、負ける要素などなかった。無能なのはお前だと、格下なのはお前の方なんだと、知らしめる筈だったのに。
寧ろ奢っていたのは自分であり、魔性の言い分が正しかったなどと──認めたくはない。絶対に認めたくはないが、悲惨な目にも遭いたくなかった。
団長であるミルドには及ばずとも、数々の功績をあげ、副団長の座に就いていた騎士──アランは、他人にはどこまでも残酷で厳しかったが、対して自分には極甘の人間であった。
俺様はまだまだ遊び足りない。王宮騎士団──小隊──副団長の座を存分に利用して、もっと楽しみたいんだ。
侮蔑の対象である魔性に謝罪するなど、とても首肯できることではないが、変な意地を張っても損するだけだということは分かっている。ならば形だけ謝って、後から報復すれば良い。簡単なことだ。
心底反省している振りをして、涙まで浮かべれば上出来だろう。
目の前の魔性はともかく、娘はきっと騙される筈。
そんな風に考えたアランは、一瞬ラズリへと視線を向けた後、躊躇うことなく地面へと這いつくばった。
俺の渾身の芝居を見せてやる。見物料は、お前ら二人の命だけどなぁ!
地面に額を擦り付けながら、アランはひっそりと口角を上げる。
そうして彼は、上辺だけの謝罪の言葉を述べるべく、口を開いた。
「申し訳っ──」
しかし。
「アラン、見え透いた偽りの謝罪はやめろ。そんなものに騙されるほど魔性は愚かではない」
冷静な声が、彼の言葉を遮った。
※※※
聞き覚えのある声に驚いたアランは、慌てて顔を上げ、声の主を見上げた。
「ミルド隊長……」
いつの間にすぐ側へと来ていたのか。鋭い瞳で睨まれ、アランはびくりと身を竦ませる。
相手の油断を誘うため、敢えてした土下座だった。
破落戸だった時は、命のためなら安いものだと、簡単に土下座していた。それによって油断した相手を襲い、立場を逆転させたことは数えきれないほどある。
だから今回もそのつもりで、魔性を油断させるためにしたものだった。しかしそれを隊長に見られたとなると、話が違う。
アランは過去、ミルドの隊の所属となった際、「騎士となったからには土下座などするな」とキツく注意を受けたことがあった。
騎士とは誇りを重んじるものであり、騎士の頂点ともいえる王宮騎士は、なによりも矜持を持って任務にあたらなければいけないのだから、と。
王宮騎士が土下座などすれば全ての騎士の矜持が踏み躙られ、これまでの栄光が地に堕ちる。故に王宮騎士となったからには絶対に土下座などしてはならないと、地に這いつくばった状態で背を叩かれ、手を踏まれながら、痛みと共に身体へと覚えさせられたのだ。
なのにそれを破ってしまった。こんなにも簡単に。
隊長がどこから見ていたかは分からないが、抵抗する様子もなく、即座に自分が土下座したことは把握されているだろう。
それがわかるだけに、アランは咄嗟に言い訳することも、立ち上がることもできなかった。
「あ、あの……ミルド隊長、お、俺様……俺……は」
頭の中が真っ白な状態で、しかし何かを言わなければと懸命に口を開くも、「まず、立て」と冷たい声で命令される。
「は、はい……」
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
同じ言葉だけが脳内を巡り、それ以外考えられず、アランはただミルドの指示に従うだけ。
立ち上がり、ミルドと向き合ったところで膝に付いた土を払われ、アランは何故だかグルリと身体の向きを変えられた。次いで、勢いよく後ろからドン! と押される。
「た、隊長⁉︎ 俺は……っ」
よろめきながらも振り返り、アランは抗議しようと口を開いたが──それ以上、言わせてはもらえなかった。
「お前がいると話がややこしくなる。副隊長の座から降ろされたくなければ、さっさと向こうへ行け!」
まるで敵であるかのような目で睨まれ、鋭い声で命令されれば、反論などできるわけがない。
悔しさに唇を噛むも、アランはそこから去るしかなかった。
自分はあくまでも副隊長であり、隊長ではないのだ。隊長であるミルドの言い付けを破り、土下座した姿を晒した今となっては、素直に従う以外、今の地位を守る術はない。
尤も、それですら今の彼には守ることができるかどうか、怪しいところではあったけれども──。
無力な人間の娘を背後に庇い、そのせいで動くことのできない状態の魔性相手に、負ける要素などなかった。無能なのはお前だと、格下なのはお前の方なんだと、知らしめる筈だったのに。
寧ろ奢っていたのは自分であり、魔性の言い分が正しかったなどと──認めたくはない。絶対に認めたくはないが、悲惨な目にも遭いたくなかった。
団長であるミルドには及ばずとも、数々の功績をあげ、副団長の座に就いていた騎士──アランは、他人にはどこまでも残酷で厳しかったが、対して自分には極甘の人間であった。
俺様はまだまだ遊び足りない。王宮騎士団──小隊──副団長の座を存分に利用して、もっと楽しみたいんだ。
侮蔑の対象である魔性に謝罪するなど、とても首肯できることではないが、変な意地を張っても損するだけだということは分かっている。ならば形だけ謝って、後から報復すれば良い。簡単なことだ。
心底反省している振りをして、涙まで浮かべれば上出来だろう。
目の前の魔性はともかく、娘はきっと騙される筈。
そんな風に考えたアランは、一瞬ラズリへと視線を向けた後、躊躇うことなく地面へと這いつくばった。
俺の渾身の芝居を見せてやる。見物料は、お前ら二人の命だけどなぁ!
地面に額を擦り付けながら、アランはひっそりと口角を上げる。
そうして彼は、上辺だけの謝罪の言葉を述べるべく、口を開いた。
「申し訳っ──」
しかし。
「アラン、見え透いた偽りの謝罪はやめろ。そんなものに騙されるほど魔性は愚かではない」
冷静な声が、彼の言葉を遮った。
※※※
聞き覚えのある声に驚いたアランは、慌てて顔を上げ、声の主を見上げた。
「ミルド隊長……」
いつの間にすぐ側へと来ていたのか。鋭い瞳で睨まれ、アランはびくりと身を竦ませる。
相手の油断を誘うため、敢えてした土下座だった。
破落戸だった時は、命のためなら安いものだと、簡単に土下座していた。それによって油断した相手を襲い、立場を逆転させたことは数えきれないほどある。
だから今回もそのつもりで、魔性を油断させるためにしたものだった。しかしそれを隊長に見られたとなると、話が違う。
アランは過去、ミルドの隊の所属となった際、「騎士となったからには土下座などするな」とキツく注意を受けたことがあった。
騎士とは誇りを重んじるものであり、騎士の頂点ともいえる王宮騎士は、なによりも矜持を持って任務にあたらなければいけないのだから、と。
王宮騎士が土下座などすれば全ての騎士の矜持が踏み躙られ、これまでの栄光が地に堕ちる。故に王宮騎士となったからには絶対に土下座などしてはならないと、地に這いつくばった状態で背を叩かれ、手を踏まれながら、痛みと共に身体へと覚えさせられたのだ。
なのにそれを破ってしまった。こんなにも簡単に。
隊長がどこから見ていたかは分からないが、抵抗する様子もなく、即座に自分が土下座したことは把握されているだろう。
それがわかるだけに、アランは咄嗟に言い訳することも、立ち上がることもできなかった。
「あ、あの……ミルド隊長、お、俺様……俺……は」
頭の中が真っ白な状態で、しかし何かを言わなければと懸命に口を開くも、「まず、立て」と冷たい声で命令される。
「は、はい……」
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
同じ言葉だけが脳内を巡り、それ以外考えられず、アランはただミルドの指示に従うだけ。
立ち上がり、ミルドと向き合ったところで膝に付いた土を払われ、アランは何故だかグルリと身体の向きを変えられた。次いで、勢いよく後ろからドン! と押される。
「た、隊長⁉︎ 俺は……っ」
よろめきながらも振り返り、アランは抗議しようと口を開いたが──それ以上、言わせてはもらえなかった。
「お前がいると話がややこしくなる。副隊長の座から降ろされたくなければ、さっさと向こうへ行け!」
まるで敵であるかのような目で睨まれ、鋭い声で命令されれば、反論などできるわけがない。
悔しさに唇を噛むも、アランはそこから去るしかなかった。
自分はあくまでも副隊長であり、隊長ではないのだ。隊長であるミルドの言い付けを破り、土下座した姿を晒した今となっては、素直に従う以外、今の地位を守る術はない。
尤も、それですら今の彼には守ることができるかどうか、怪しいところではあったけれども──。
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