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第二章 赤い魔性
歪んだ兜
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アランは未だ気を失ったままのミルドの身体の下から這い出ると、兜を着けた頭を軽く振った。
まだ少しばかり目眩がするものの、動けない程ではない。何故だか背中に強い痛みを感じるが、それ以外は特にこれといったダメージもなさそうだ。
覚えているのは、全身を真っ赤に染め上げた男に隊長と二人掛かりで襲い掛かったら、否応なく身体が吹っ飛ばされたこと。恐らくその際に意識を失いでもしたのだろう。飛ばされた後の記憶が全くない。
つまり自分は、魔性の男に負けたということだ。あんなにもふざけた格好をした、全身赤色尽くしの男に。
面白くねぇな……。
苛つきながら、アランはゆっくりとした動作で身体を起こした。そして、目の前に立っている男と、攫う筈だった娘の方へと視線を向ける。
「お目覚めか? だなんて、随分と失礼な奴だな。俺様は別に好きで寝てたわけじゃねぇってのに」
そう、魔性の男によって強制的に意識を失わされた結果だ。
幾ら魔性相手とはいえ、二人纏めて吹っ飛ばされるとは予想だにしていなかった。魔性と戦うのは初めてだったが、見た目的に全く強そうに見えず、楽勝だと油断していたら、この体たらく。ミルド隊長は魔性と戦闘経験があると聞いていたのに、とんだとばっちりを食わされたものだ。
「……ったく、隊長だったら部下を守れよな」
いつまでも寝てんじゃねーよ。
悪態を吐きながらミルドの身体を横へ押しやり、アランは視界を塞ぐ兜を外す。
吹っ飛ばされた時の衝撃のせいか、兜はものの見事にひしゃげてしまっており、既に使い物にならなさそうだった。一応王宮からの支給品であるため、それなりの強度を持っていた筈だが、こんなにも簡単に歪む程度の材質であるなら、実はそれほど大した物ではなかったのかもしれない。
隊長なんて、被ってすらいなかったしな……。
大切な頭を守るための物であるというのに、先頭で指揮する隊長が装着していない時点で、その重要度が知れるというもの。尤も、隊長が被っていないからといって、部下である自分達が被らないわけにはいかず、アランとしては別の目的も兼ねていたため、重宝していたわけなのだが。
自力では修理不可能なほど歪んだ兜に大きく舌打ちして、アランは乱暴に兜を投げ捨てた。
「悪さする時の顔バレ予防に結構役立ってたってのに、壊れちまったならしょうがねぇ。隊長に言って新しい兜を支給してもらうしかねぇな」
支給品の面倒なところは、無料である代わりに、新しい物を貰う際、色々な手続きが必要であることだ。だが今は有事であるし、ミルドに言えば、それぐらいの事は代わりにやってくれるだろう。その中でも一番手っ取り早いのは、使っていないと思われるミルドの兜を、そのまま横流ししてもらう事だが……。
「流石にそれは無理か……?」
使っていないなら、必要ないのだろうから、何も問題はないように思える。
アランにとって王宮騎士の証でもある兜は、装備品としては何の価値もないが、別の目的のためには、絶対に必要な物だった。
「あ~~、くそ! 俺様の楽しみはアレだけなのに、兜無しでどうしろってんだよ!」
ムシャクシャして大声で叫び、乱暴に頭を掻きむしる。
どう贔屓目に見ても、自分の見た目が異性を惹きつけるようなものでないことは、アラン自身、嫌というほど理解していた。だからこそ、人間なら誰しも持っているであろう生殖本能による欲求を満たすために、アランは王宮騎士の兜などという顔を隠す物が必要であったのだ。
ミルドほど容姿が整っていれば、必要はないかもしれない。しかし悲しいことに、アランは王宮騎士という誉れある立場をチラつかせてさえも、女性に相手にされないことが多々あった。
それ程までに自分の容姿は酷いのか、王宮騎士になってでさえも受け入れられないのかと、怒り、落ち込み、絶望したアランは、悩んだ挙句、ある日同じような境遇の者達を集めて凶行に及んだ。自分達の名前は決して明かさず、顔だけを兜で完全に隠して。
そんな彼等に襲われた女性達は、みな一様に恐怖で顔を引き攣らせ、泣き喚いていたが、栄えある王宮騎士に穢されたなどと言っても信じる者はほぼおらず、稀に信じる者が居たとしても、逆に他の者達に「王宮騎士様になんてことを」という叱責と共に迫害され、泣き寝入りする羽目に陥ったため、訴えられることはなかった。
最初こそ、アランもそんな犠牲者達に罪悪感を抱いたりしたものの、やがて「男を顔で選ぶ女達が悪い」と決めつけ、回数を重ねる毎に、何も感じなくなっていった。
どうせ、一度王宮へと連れて行き、主君に「必要なし」と判断された女達だ。どう扱おうが問題ない。寧ろ、王宮騎士である自分達の相手が出来たことに感謝するべきだろう。
そんな自分勝手な考えのもと、アランは任務の傍ら好みの女性を物色し、欲を満たす日々だった。
だがそれも、兜で顔を隠せなければ、行動を制限されてしまう。基本的には王宮騎士という立場によって守られているとはいえ、顔バレは流石にマズい。
「ったく、厄介な事してくれたもんだぜ……」
文句を言いつつ顔を上げれば、睨むように自分を真っ直ぐ見つめている娘と目が合った。
……なんだ?
絶望ではない、怒りではない。何かもっと別の……疑いを持たれているような、何かを見極めようとしているかのような、不快に感じる視線。
「なんだぁ? お嬢ちゃん。もしかして俺様に、一目惚れでもしちまったのか?」
揶揄いを込めて言ってやると、娘は何故か大きく目を見開いた。かと思ったら、射殺すかのように視線を鋭くし、小刻みに身を震わせながら、口を開いたのだ。
娘の言葉は、ある意味、アランの予想通りのものだった──。
まだ少しばかり目眩がするものの、動けない程ではない。何故だか背中に強い痛みを感じるが、それ以外は特にこれといったダメージもなさそうだ。
覚えているのは、全身を真っ赤に染め上げた男に隊長と二人掛かりで襲い掛かったら、否応なく身体が吹っ飛ばされたこと。恐らくその際に意識を失いでもしたのだろう。飛ばされた後の記憶が全くない。
つまり自分は、魔性の男に負けたということだ。あんなにもふざけた格好をした、全身赤色尽くしの男に。
面白くねぇな……。
苛つきながら、アランはゆっくりとした動作で身体を起こした。そして、目の前に立っている男と、攫う筈だった娘の方へと視線を向ける。
「お目覚めか? だなんて、随分と失礼な奴だな。俺様は別に好きで寝てたわけじゃねぇってのに」
そう、魔性の男によって強制的に意識を失わされた結果だ。
幾ら魔性相手とはいえ、二人纏めて吹っ飛ばされるとは予想だにしていなかった。魔性と戦うのは初めてだったが、見た目的に全く強そうに見えず、楽勝だと油断していたら、この体たらく。ミルド隊長は魔性と戦闘経験があると聞いていたのに、とんだとばっちりを食わされたものだ。
「……ったく、隊長だったら部下を守れよな」
いつまでも寝てんじゃねーよ。
悪態を吐きながらミルドの身体を横へ押しやり、アランは視界を塞ぐ兜を外す。
吹っ飛ばされた時の衝撃のせいか、兜はものの見事にひしゃげてしまっており、既に使い物にならなさそうだった。一応王宮からの支給品であるため、それなりの強度を持っていた筈だが、こんなにも簡単に歪む程度の材質であるなら、実はそれほど大した物ではなかったのかもしれない。
隊長なんて、被ってすらいなかったしな……。
大切な頭を守るための物であるというのに、先頭で指揮する隊長が装着していない時点で、その重要度が知れるというもの。尤も、隊長が被っていないからといって、部下である自分達が被らないわけにはいかず、アランとしては別の目的も兼ねていたため、重宝していたわけなのだが。
自力では修理不可能なほど歪んだ兜に大きく舌打ちして、アランは乱暴に兜を投げ捨てた。
「悪さする時の顔バレ予防に結構役立ってたってのに、壊れちまったならしょうがねぇ。隊長に言って新しい兜を支給してもらうしかねぇな」
支給品の面倒なところは、無料である代わりに、新しい物を貰う際、色々な手続きが必要であることだ。だが今は有事であるし、ミルドに言えば、それぐらいの事は代わりにやってくれるだろう。その中でも一番手っ取り早いのは、使っていないと思われるミルドの兜を、そのまま横流ししてもらう事だが……。
「流石にそれは無理か……?」
使っていないなら、必要ないのだろうから、何も問題はないように思える。
アランにとって王宮騎士の証でもある兜は、装備品としては何の価値もないが、別の目的のためには、絶対に必要な物だった。
「あ~~、くそ! 俺様の楽しみはアレだけなのに、兜無しでどうしろってんだよ!」
ムシャクシャして大声で叫び、乱暴に頭を掻きむしる。
どう贔屓目に見ても、自分の見た目が異性を惹きつけるようなものでないことは、アラン自身、嫌というほど理解していた。だからこそ、人間なら誰しも持っているであろう生殖本能による欲求を満たすために、アランは王宮騎士の兜などという顔を隠す物が必要であったのだ。
ミルドほど容姿が整っていれば、必要はないかもしれない。しかし悲しいことに、アランは王宮騎士という誉れある立場をチラつかせてさえも、女性に相手にされないことが多々あった。
それ程までに自分の容姿は酷いのか、王宮騎士になってでさえも受け入れられないのかと、怒り、落ち込み、絶望したアランは、悩んだ挙句、ある日同じような境遇の者達を集めて凶行に及んだ。自分達の名前は決して明かさず、顔だけを兜で完全に隠して。
そんな彼等に襲われた女性達は、みな一様に恐怖で顔を引き攣らせ、泣き喚いていたが、栄えある王宮騎士に穢されたなどと言っても信じる者はほぼおらず、稀に信じる者が居たとしても、逆に他の者達に「王宮騎士様になんてことを」という叱責と共に迫害され、泣き寝入りする羽目に陥ったため、訴えられることはなかった。
最初こそ、アランもそんな犠牲者達に罪悪感を抱いたりしたものの、やがて「男を顔で選ぶ女達が悪い」と決めつけ、回数を重ねる毎に、何も感じなくなっていった。
どうせ、一度王宮へと連れて行き、主君に「必要なし」と判断された女達だ。どう扱おうが問題ない。寧ろ、王宮騎士である自分達の相手が出来たことに感謝するべきだろう。
そんな自分勝手な考えのもと、アランは任務の傍ら好みの女性を物色し、欲を満たす日々だった。
だがそれも、兜で顔を隠せなければ、行動を制限されてしまう。基本的には王宮騎士という立場によって守られているとはいえ、顔バレは流石にマズい。
「ったく、厄介な事してくれたもんだぜ……」
文句を言いつつ顔を上げれば、睨むように自分を真っ直ぐ見つめている娘と目が合った。
……なんだ?
絶望ではない、怒りではない。何かもっと別の……疑いを持たれているような、何かを見極めようとしているかのような、不快に感じる視線。
「なんだぁ? お嬢ちゃん。もしかして俺様に、一目惚れでもしちまったのか?」
揶揄いを込めて言ってやると、娘は何故か大きく目を見開いた。かと思ったら、射殺すかのように視線を鋭くし、小刻みに身を震わせながら、口を開いたのだ。
娘の言葉は、ある意味、アランの予想通りのものだった──。
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