天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第一章 回り出した歯車

砕かれた矜持

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「なかなかに厄介だな……」

 近くにいた村人から娘の弱点と呼ぶべきものを聞き出した後、ミルドは大きなため息を吐いていた。

 何故かというと、彼女の弱点が──彼女自身の祖父であったからだ。

 祖父が孫娘可愛さに、娘を王宮へ連れていく事を渋ったケースは今までにも何件かあったものの、その逆はあり得なかった。

 無論、おじいちゃん子やおばあちゃん子というのは居たが、弱点といえる程ではなかったように思う。

 しかし、あの村人は嘘を吐いている風でもなかったし、村で娘と老人を引き離した際に、妙な悲壮感が漂っていた事も確かだ。

「だが、だからと言って……」

 今更老人の命を盾に脅したところで、娘が言う事を聞くとは思えない。

「せめてアランのやつが馬鹿な真似さえしなければ、もう少しやりようもあったかもしれないが……」

 当初の計画では、一度王宮へ行きさえすれば村へ帰れると、言葉巧みに信じさせて連れて行く算段だった。それが無理なら、脅して連れて行けば良いと。

 なのに実際はどうだ。

 王宮騎士である自分に嘘を吐いたと無理矢理二人を引き離し、あまつさえ村人達にまでも乱暴を働いた。

 今でこそ両手足を拘束しているから村の外までは連れ出せているが、この先はそうもいかないだろう。

 これまで連れ去った娘は、両手を結び、馬に同乗する騎士に縛り付ければ、さして抵抗らしい抵抗はせず、みな大人しく王宮へと運ばれた。

 だが、あの娘はどうもそれでは危険な気がする。

 こんな小さな村に閉じ込められて生きてきた関係上、馬に対する知識など持ち合わせてはいないだろうし、僅かな接触で知り得た性格だって、女らしいとは言い難かった。

 そんな娘を不用意に馬に乗せたら最後、何の躊躇いもなく馬の腹を蹴る可能性がある。かといって、足まで縛ると流石に危険だし、馬の腹を蹴ると危ないと教えたところで、言うことを聞くかどうか分からない。

 となると、残された手段は一つしかないわけなのだが。それとて完璧とは言えない方法であるし、完璧でない以上、一抹の不安が残る。

「どうしたものか……」

 悩みながら、ミルドは狭い門のような木の間を通り抜け、村から森の中へと出た。

 そこで待ち構えていたアランから、村を出たすぐのところでラズリが意識を失った、との報告を受ける。

「そうか。それなら……」
 
 意識がないうちに馬に乗せ、少しでも距離を稼ぐか──と言いかけて、ミルドは口を噤んだ。

 それよりも、もっと良い方法を思いついたからだ。

「どうせ始末するんだ、後でも先でも変わらない。いや、寧ろ先の方が生きる気力を失くして、大人しくなるかもしれないな?」

 明言したわけではないのに、何の事か分かったのだろう。

 呟くように言ったミルドの言葉に、未だラズリを抱えたままのアランは瞳を輝かせた。 

「隊長を待つ間に準備は進めておいたんで、すぐにでも実行できますよ!」

 そんな指示を出した覚えはない。

 だが、どうやらアランは指示を出してもいないのに、勝手に動いていたようだ。

 本来であれば、命令無視を咎めるところであるが……今は逆にありがたい。そういう方面に関しては、本当に動きが早いなと、ミルドは苦笑せずにいられなかった。

 まさか、こっちの作戦を早めるために、わざと村人達に手を出したわけではないだろうな?

 一瞬そんな疑いを持ってしまったが、さすがにないか、とため息を吐いて、その考えを追いやった。

 今はそんなことより、作戦を実行する方が先だ。

 本来なら、娘を先に出発させてから決行する予定の作戦だったが、状況が変わった今、そんな悠長なことは言っていられない。娘を確実に王宮へと連れ帰らなければ、自分達に平穏は訪れないのだから。

 ミルドとて、不用意にラズリを傷つけたいわけではないから、できることなら知らせずに済ませたかった。必要に迫られなければ、彼女にはその事実を知らないまま、生きていって欲しいとも思っていた。

 だが、今更仕方がないことだ。

 これは自分のせいだけではない。ラズリとて悪いのだ。

 お前が素直にこちらの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかった。そうしなかったお前にこそ、非があるのだ。

 未だ意識を失ったままのラズリにチラと視線を向け、ミルドは最後の躊躇いを切り捨てるかのように、大声で部下達に指示を飛ばした。

「……いいか! 五分後に第二の作戦を決行する! 全員配置に着け!」

 栄えある王宮騎士である自分達が、こんな人殺しのような真似をする日が来るなど、思ってもみなかった。

 いや、これは人殺しの真似などではない。明らかな人殺しなのだ。

 意識すると、沈んでしまいそうな気持ちを叱咤しながら歩を進め、ミルドは全員の配置を確認する。

 騎士として、犯罪者や危険人物を手に掛けたことはこれまでに何度もあった。だが、無実の人間や民間人に手を掛けたことは一度としてない。

 それがミルドの騎士としての自尊心プライドであり、矜持でもあった。

 今日までは──。






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