15 / 94
第一章 回り出した歯車
砕かれた矜持
しおりを挟む
「なかなかに厄介だな……」
近くにいた村人から娘の弱点と呼ぶべきものを聞き出した後、ミルドは大きなため息を吐いていた。
何故かというと、彼女の弱点が──彼女自身の祖父であったからだ。
祖父が孫娘可愛さに、娘を王宮へ連れていく事を渋ったケースは今までにも何件かあったものの、その逆はあり得なかった。
無論、おじいちゃん子やおばあちゃん子というのは居たが、弱点といえる程ではなかったように思う。
しかし、あの村人は嘘を吐いている風でもなかったし、村で娘と老人を引き離した際に、妙な悲壮感が漂っていた事も確かだ。
「だが、だからと言って……」
今更老人の命を盾に脅したところで、娘が言う事を聞くとは思えない。
「せめてアランのやつが馬鹿な真似さえしなければ、もう少しやりようもあったかもしれないが……」
当初の計画では、一度王宮へ行きさえすれば村へ帰れると、言葉巧みに信じさせて連れて行く算段だった。それが無理なら、脅して連れて行けば良いと。
なのに実際はどうだ。
王宮騎士である自分に嘘を吐いたと無理矢理二人を引き離し、あまつさえ村人達にまでも乱暴を働いた。
今でこそ両手足を拘束しているから村の外までは連れ出せているが、この先はそうもいかないだろう。
これまで連れ去った娘は、両手を結び、馬に同乗する騎士に縛り付ければ、さして抵抗らしい抵抗はせず、みな大人しく王宮へと運ばれた。
だが、あの娘はどうもそれでは危険な気がする。
こんな小さな村に閉じ込められて生きてきた関係上、馬に対する知識など持ち合わせてはいないだろうし、僅かな接触で知り得た性格だって、女らしいとは言い難かった。
そんな娘を不用意に馬に乗せたら最後、何の躊躇いもなく馬の腹を蹴る可能性がある。かといって、足まで縛ると流石に危険だし、馬の腹を蹴ると危ないと教えたところで、言うことを聞くかどうか分からない。
となると、残された手段は一つしかないわけなのだが。それとて完璧とは言えない方法であるし、完璧でない以上、一抹の不安が残る。
「どうしたものか……」
悩みながら、ミルドは狭い門のような木の間を通り抜け、村から森の中へと出た。
そこで待ち構えていたアランから、村を出たすぐのところでラズリが意識を失った、との報告を受ける。
「そうか。それなら……」
意識がないうちに馬に乗せ、少しでも距離を稼ぐか──と言いかけて、ミルドは口を噤んだ。
それよりも、もっと良い方法を思いついたからだ。
「どうせ始末するんだ、後でも先でも変わらない。いや、寧ろ先の方が生きる気力を失くして、大人しくなるかもしれないな?」
明言したわけではないのに、何の事か分かったのだろう。
呟くように言ったミルドの言葉に、未だラズリを抱えたままのアランは瞳を輝かせた。
「隊長を待つ間に準備は進めておいたんで、すぐにでも実行できますよ!」
そんな指示を出した覚えはない。
だが、どうやらアランは指示を出してもいないのに、勝手に動いていたようだ。
本来であれば、命令無視を咎めるところであるが……今は逆にありがたい。そういう方面に関しては、本当に動きが早いなと、ミルドは苦笑せずにいられなかった。
まさか、こっちの作戦を早めるために、わざと村人達に手を出したわけではないだろうな?
一瞬そんな疑いを持ってしまったが、さすがにないか、とため息を吐いて、その考えを追いやった。
今はそんなことより、作戦を実行する方が先だ。
本来なら、娘を先に出発させてから決行する予定の作戦だったが、状況が変わった今、そんな悠長なことは言っていられない。娘を確実に王宮へと連れ帰らなければ、自分達に平穏は訪れないのだから。
ミルドとて、不用意にラズリを傷つけたいわけではないから、できることなら知らせずに済ませたかった。必要に迫られなければ、彼女にはその事実を知らないまま、生きていって欲しいとも思っていた。
だが、今更仕方がないことだ。
これは自分のせいだけではない。ラズリとて悪いのだ。
お前が素直にこちらの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかった。そうしなかったお前にこそ、非があるのだ。
未だ意識を失ったままのラズリにチラと視線を向け、ミルドは最後の躊躇いを切り捨てるかのように、大声で部下達に指示を飛ばした。
「……いいか! 五分後に第二の作戦を決行する! 全員配置に着け!」
栄えある王宮騎士である自分達が、こんな人殺しのような真似をする日が来るなど、思ってもみなかった。
いや、これは人殺しの真似などではない。明らかな人殺しなのだ。
意識すると、沈んでしまいそうな気持ちを叱咤しながら歩を進め、ミルドは全員の配置を確認する。
騎士として、犯罪者や危険人物を手に掛けたことはこれまでに何度もあった。だが、無実の人間や民間人に手を掛けたことは一度としてない。
それがミルドの騎士としての自尊心であり、矜持でもあった。
今日までは──。
近くにいた村人から娘の弱点と呼ぶべきものを聞き出した後、ミルドは大きなため息を吐いていた。
何故かというと、彼女の弱点が──彼女自身の祖父であったからだ。
祖父が孫娘可愛さに、娘を王宮へ連れていく事を渋ったケースは今までにも何件かあったものの、その逆はあり得なかった。
無論、おじいちゃん子やおばあちゃん子というのは居たが、弱点といえる程ではなかったように思う。
しかし、あの村人は嘘を吐いている風でもなかったし、村で娘と老人を引き離した際に、妙な悲壮感が漂っていた事も確かだ。
「だが、だからと言って……」
今更老人の命を盾に脅したところで、娘が言う事を聞くとは思えない。
「せめてアランのやつが馬鹿な真似さえしなければ、もう少しやりようもあったかもしれないが……」
当初の計画では、一度王宮へ行きさえすれば村へ帰れると、言葉巧みに信じさせて連れて行く算段だった。それが無理なら、脅して連れて行けば良いと。
なのに実際はどうだ。
王宮騎士である自分に嘘を吐いたと無理矢理二人を引き離し、あまつさえ村人達にまでも乱暴を働いた。
今でこそ両手足を拘束しているから村の外までは連れ出せているが、この先はそうもいかないだろう。
これまで連れ去った娘は、両手を結び、馬に同乗する騎士に縛り付ければ、さして抵抗らしい抵抗はせず、みな大人しく王宮へと運ばれた。
だが、あの娘はどうもそれでは危険な気がする。
こんな小さな村に閉じ込められて生きてきた関係上、馬に対する知識など持ち合わせてはいないだろうし、僅かな接触で知り得た性格だって、女らしいとは言い難かった。
そんな娘を不用意に馬に乗せたら最後、何の躊躇いもなく馬の腹を蹴る可能性がある。かといって、足まで縛ると流石に危険だし、馬の腹を蹴ると危ないと教えたところで、言うことを聞くかどうか分からない。
となると、残された手段は一つしかないわけなのだが。それとて完璧とは言えない方法であるし、完璧でない以上、一抹の不安が残る。
「どうしたものか……」
悩みながら、ミルドは狭い門のような木の間を通り抜け、村から森の中へと出た。
そこで待ち構えていたアランから、村を出たすぐのところでラズリが意識を失った、との報告を受ける。
「そうか。それなら……」
意識がないうちに馬に乗せ、少しでも距離を稼ぐか──と言いかけて、ミルドは口を噤んだ。
それよりも、もっと良い方法を思いついたからだ。
「どうせ始末するんだ、後でも先でも変わらない。いや、寧ろ先の方が生きる気力を失くして、大人しくなるかもしれないな?」
明言したわけではないのに、何の事か分かったのだろう。
呟くように言ったミルドの言葉に、未だラズリを抱えたままのアランは瞳を輝かせた。
「隊長を待つ間に準備は進めておいたんで、すぐにでも実行できますよ!」
そんな指示を出した覚えはない。
だが、どうやらアランは指示を出してもいないのに、勝手に動いていたようだ。
本来であれば、命令無視を咎めるところであるが……今は逆にありがたい。そういう方面に関しては、本当に動きが早いなと、ミルドは苦笑せずにいられなかった。
まさか、こっちの作戦を早めるために、わざと村人達に手を出したわけではないだろうな?
一瞬そんな疑いを持ってしまったが、さすがにないか、とため息を吐いて、その考えを追いやった。
今はそんなことより、作戦を実行する方が先だ。
本来なら、娘を先に出発させてから決行する予定の作戦だったが、状況が変わった今、そんな悠長なことは言っていられない。娘を確実に王宮へと連れ帰らなければ、自分達に平穏は訪れないのだから。
ミルドとて、不用意にラズリを傷つけたいわけではないから、できることなら知らせずに済ませたかった。必要に迫られなければ、彼女にはその事実を知らないまま、生きていって欲しいとも思っていた。
だが、今更仕方がないことだ。
これは自分のせいだけではない。ラズリとて悪いのだ。
お前が素直にこちらの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかった。そうしなかったお前にこそ、非があるのだ。
未だ意識を失ったままのラズリにチラと視線を向け、ミルドは最後の躊躇いを切り捨てるかのように、大声で部下達に指示を飛ばした。
「……いいか! 五分後に第二の作戦を決行する! 全員配置に着け!」
栄えある王宮騎士である自分達が、こんな人殺しのような真似をする日が来るなど、思ってもみなかった。
いや、これは人殺しの真似などではない。明らかな人殺しなのだ。
意識すると、沈んでしまいそうな気持ちを叱咤しながら歩を進め、ミルドは全員の配置を確認する。
騎士として、犯罪者や危険人物を手に掛けたことはこれまでに何度もあった。だが、無実の人間や民間人に手を掛けたことは一度としてない。
それがミルドの騎士としての自尊心であり、矜持でもあった。
今日までは──。
10
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる