天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第一章 回り出した歯車

不可思議な声

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「そいつらにとっては失態だが、俺様達にとっては幸運だった。なんせ、俺様達が森の中を彷徨ってる時に、そいつらがキノコを採ってるところに偶然出会したんだからな。これはラッキーってことで、王宮騎士の名の下、この村に案内してもらったってわけだ」

 得意気に話す、騎士の男。

 言われてラズリは、ふと思い出した。

 そういえば、ウォルターからお裾分けにと度々キノコを貰っていたが、どこに生えているものなのか、ずっと疑問に思っていた事を。

 本人に聞いても教えてくれなかったし、家に招待された時にさり気なく探してみても、どこにも元となるもの──キノコの原木とか──が見つけられなかったから、実はずっと気になっていた。それがまさか、村の外のものだったなんて。

「すまない、ラズリ……。村長には何度も注意されていたんだが、キノコだけはどうしても村の中には生えなくて……だから極力少ない回数、時間のみで外の森へ採りに行っていたんだ。こんな深い森の中にやって来る人間がいるとは思わなかったから。だけど、俺が村長の言う通りにしていれば、こんな事には……」

 ウォルターは地面に這い蹲りながら身体を丸くし、ラズリに向かって土下座するかのように、額を地べたに擦り付ける。それを見た他の村人達も、みな同じようにラズリに向かって頭を下げてきた。

「俺達も同罪だ。すまねぇラズリ、すまねぇ……」
「俺達が村のルールを破ったせいで、こんなことになっちまって……」
「村長の言葉を軽く考えていた俺達が悪いんだ。すまない……何遍謝ったって足りないとは思うが、すまないラズリ……」

 何度も何度も地面に額を打ち付け、擦り、村人達は謝罪を繰り返す。

 そんな風に謝罪するぐらいなら、最初から村の外へ出なければ良かったのに。

 今更謝られたところで、王宮騎士達に村が見つかってしまった事実は変えられない。そして、自分が王宮へと連れて行かれる運命も、もはや変える事はできないのだ。

 謝罪し続ける村人達の姿に居た堪れなくなり、ラズリは土下座する村人達の姿から目を逸らした。と同時に、ふわりと身体が浮き上がり、騎士の男にまるで荷物のように、小脇に抱えられてしまう。

「………!?」
「もう十分だろう。少しは楽しませてくれはしたが……安っぽい芝居に興味はねえんだ」

 土下座し続ける村人達の様子など気にも留めず、騎士は何事もなかったかのように、村の出口へ向かって歩き出す。

「……っ!」

 瞬間、思わずラズリは村人達に助けを求めようとしたが、未だ一様に地面へと額を擦り付けている彼等の姿を見て、力無く項垂れた。

 いくら助けを求めたところで、彼等では騎士の男に敵わない。

 だったらこのまま、大人しく連れて行かれる方が良いのではないか──そう思ったから。

 彼等はもう十分に、自分への義理を果たしてくれた。愛用の農具を折られ、敵わないと知りつつも、精一杯戦ってくれた。

 ならばもう、それで良いではないか。これ以上、何を望むというのだろうか。

 暫く無言で運ばれた後、騎士の手によって村から外へと連れ出されたラズリは、堪えきれずに涙を流した。

 村から出たいと思ったことは、これ迄に何度もあったけれど。

 それでも、こんな風に出たかったわけじゃない。ただちょっと外へ遊びに行く……その程度の感覚で、夢見ていただけだった。

 悲しくて、辛くて、とめどなく涙が頬を伝って流れ落ちていく。

 せめて、せめておじいちゃんと、きちんとお別れをしたかったな……。

 久し振りに、外で祖父と会えたのに。何も言葉を交わす事なく、別れさせられてしまった。

 この村と王宮との往復は、何日ぐらいかかるのだろう。

 王様に会えば帰してくれるとは聞いたけれど、何の為に会うのかすら分からない。分からないまま、ただ無理矢理に連れて行かれる事しか出来ないなんて。

 じわじわと、疑問や心残りが黒い染となって、胸の中へと広がっていく。

 ずっと村にいたかった。なのにどうして自分だけが、こんな目に遭うのだろう?

 悪いことなんてしていない。祖父や村のみんなのため、一生懸命やってきただけなのに。

 どす黒い何かが、黒い染のようなものから、霧になり、もやになり、際限なく広がっていくような気がする。と同時に、ラズリの胸の中にある負の感情も、大きく膨れていくような気がした。

 ──悪いのは、誰だと思う?

 ふと、何処からか、声がした。聞いた事のない、男の声が。

 この声はなに? 一体何処から聞こえてくるの?

 周囲を見回しても、一緒にいる騎士の男以外、誰の姿も見えない。それに、聞こえてくる男の声は、外というより頭の中に直接響いてくるようだ。

 ──考えてみるが良い。そして答えよ。悪いのは誰だ?

 妙な声に引き摺られたくないと思うのに、心が言う事を聞かない。不可思議な男の声に導かれるようにして、答えを探し求めてしまう。

 悪いのは私じゃない。村のみんなでもない。突然現れて、無茶な要求を突きつけてきた王宮の男達……。

 ──そいつらを、消し炭にしたくはないか?

 消し炭……?

 騎士達がそうなった時の姿を思わず想像して、ラズリは首を横に激しく振った。

 そこまでの事は望んでない! 私はただ、村に戻りたいだけ! 消し炭にしたいなんて思わない!

 ──だが、そうしなければ堂々巡り。分からぬか?

 それは……それは確かに、そうかもしれない。けれどそんな事をしてしまったら、今後は普通に暮らせなくなるだろう。王宮騎士達を消し炭にしたという、後悔の念に苛まれるかもしれない。いや、絶対にそうなる。

 だから、できない。

 どんなに自分が辛くても、相手の事が憎くても、それだけは。

「それだけは、絶対に嫌っ‼︎」 

 心の中で、叫んだ。

 刹那、身体の内に小さな熱を感じた。その熱は段々と方範囲へと広がっていき、ラズリの全身を満たしていく。

 代わりにどす黒く染まり冷えた心が、元の色を取り戻していくようで。不思議な感覚だった。

 そして、心底悔し気な声が聞こえたのは、その時。

 ──今は引いてやろう。だが、これで終わりではない。其方はいずれ我のものに……。

 段々と、声が遠くなる。

 自らの内なる熱に身を委ねていたラズリは、完全にその声が聞こえなくなる前に、意識を手放した──。









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