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第一章 回り出した歯車
知られたくない事
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いつも助けてもらってばかりだった。
村のみんなは、ラズリが小さい頃からずっと、優しく見守ってきてくれた。
最近になって、自分一人でも漸く畑仕事などがこなせるようになり、これから少しずつでも恩返ししていくつもりだったのに。
まだ、何も返せてない。それなのに、最後の最後まで、こんな風に迷惑をかけることしかできないなんて。
「あ、ああ……わしの、わしの鍬が……」
愛用の農具を無惨に折られた村人が、力無くその場に膝をつく。
「わりい。つい手に力が入りすぎちまった」
騎士の男は謝罪を口にするものの、声の調子から、悪いなどとは思っていない事が伝わってくる。
既に村人達は何人も男にやられ、未だ立っているのは、ほんの数人だけ。
「さあ、どうする? 俺様としてはもう十分に遊んだし、そろそろやめてやっても良いが」
お前らには借りがあることだし? と男は愉快そうに続けた。
それに首を傾げたのは村人達だ。
「借り……? 一体何の事だ?」
問えば、騎士の男は堪えきれないといった風に笑いを溢し、答えを返した。
「くくっ……。思えば最初からお前達は親切だったよな。当てもなく森を彷徨っていた俺様達に、この村の場所を教えてくれたばかりか、道案内までしてくれて……。そうして今度は、あまりにも呆気なくて面白くないと思っていた所へ、こうして雁首揃えてやって来てくれたんだからな」
こんなにも親切な人間がいるとは思わなかったと心底楽し気に笑い、森の中にその声がこだまする。
本当に、なんて嫌な人なんだろう。こんな人が王宮騎士になれるだなんて、王宮はどうなっているんだろうか。
こんな最低な人間が王宮騎士になれるなら、その主君である王様も、大した人物ではないかもしれない。
ミースヴァル島を統べる王様に対し、随分失礼だと思うものの、ラズリはどうしても、そう思わずにはいられなかった。
それにしても──この騎士が言った内容は、どうにも不可解で。
彼の言葉を鵜呑みにするなら、騎士達を村に案内したのは、村人達だという事になる。けれど、そんな事あり得るのだろうか?
今までずっと、誰一人として村に入れた事のなかった村人達。そんな彼等が、いくら相手が王宮の人間だからといって、村長である祖父に何の相談もなく、勝手に人を招き入れたりするだろうか?
村の場所を教える事自体ありえないのに、そのうえ道案内までするなんて……。
どうもおかしいような気がする。だけど──。
その時、騎士の男がまた別の事を口にしようとした。
「そういや、あのキノコはそんなに美味いのか? 熱心に採ってたようだったが──」
「言うなああああああああ!」
男の声を遮るように、残った村人達が叫び声をあげて、一斉に騎士へと突撃する。
「ふはっ!」
楽し気に笑う、騎士の声。
男は一番近くにいたウォルターからの攻撃を難なく躱すと、その腹を、重い甲冑を着けた足で蹴り飛ばした。
「ぐっ……!」
受け身を取る事すらできず、ただ無防備に吹っ飛ばされるウォルター。
どうして突然。
敵わない事なんて、最初から分かりすぎる程に分かっていた筈なのに。
どうして、また攻撃を?
村人達の心情が理解できず、ラズリはただ頭を悩ませる。
さっきの騎士の男の言葉が、何かいけなかったの? 言われたくない事でも言われたとかなの?
考えて、考えて──ラズリが自力で答えに辿り着く前に、全ての村人を片付け終えた騎士の男が答えを告げた。
「こいつら、よっぽどお前に自分達の失態を知られたくなかったんだな。……必死すぎて笑える」
倒れ伏した村人達を見回し、騎士の男は楽し気に肩を揺らした。
彼等の失態? この男は何を言っているんだろう?
訝し気な目を男に向ける。すると彼は、ラズリの目の前にしゃがみ込んで聞いてきた。
「知りたいか?」
反射的に頷きかけて、ギリギリのところで思い留まる。
敵わないと知りつつ村のみんなが騎士に向かって行ったのには、それなりの理由があったのだろう。そしてそれはきっと、ラズリには知られたくない事だった。
でなければ、無理と知りつつ騎士に向かって行く筈がない。それが分かったから、好奇心のまま聞いても良いものかと、逡巡したのだ。
けれど、そこまで村人達が隠したい事って何なんだろうと、気になってしまう自分もいて。
だから結局頷いてしまった。好奇心を抑えきれずに。
「ラ、ラズリ……」
後生だから聞かないでくれとばかりに、村人がラズリの名を呼ぶ。
しかし、村人達の気持ちなど意に介さない騎士は、なんの躊躇いもなく、つらつらと彼等の失態について、ラズリに語ってくれたのだ。
村のみんなは、ラズリが小さい頃からずっと、優しく見守ってきてくれた。
最近になって、自分一人でも漸く畑仕事などがこなせるようになり、これから少しずつでも恩返ししていくつもりだったのに。
まだ、何も返せてない。それなのに、最後の最後まで、こんな風に迷惑をかけることしかできないなんて。
「あ、ああ……わしの、わしの鍬が……」
愛用の農具を無惨に折られた村人が、力無くその場に膝をつく。
「わりい。つい手に力が入りすぎちまった」
騎士の男は謝罪を口にするものの、声の調子から、悪いなどとは思っていない事が伝わってくる。
既に村人達は何人も男にやられ、未だ立っているのは、ほんの数人だけ。
「さあ、どうする? 俺様としてはもう十分に遊んだし、そろそろやめてやっても良いが」
お前らには借りがあることだし? と男は愉快そうに続けた。
それに首を傾げたのは村人達だ。
「借り……? 一体何の事だ?」
問えば、騎士の男は堪えきれないといった風に笑いを溢し、答えを返した。
「くくっ……。思えば最初からお前達は親切だったよな。当てもなく森を彷徨っていた俺様達に、この村の場所を教えてくれたばかりか、道案内までしてくれて……。そうして今度は、あまりにも呆気なくて面白くないと思っていた所へ、こうして雁首揃えてやって来てくれたんだからな」
こんなにも親切な人間がいるとは思わなかったと心底楽し気に笑い、森の中にその声がこだまする。
本当に、なんて嫌な人なんだろう。こんな人が王宮騎士になれるだなんて、王宮はどうなっているんだろうか。
こんな最低な人間が王宮騎士になれるなら、その主君である王様も、大した人物ではないかもしれない。
ミースヴァル島を統べる王様に対し、随分失礼だと思うものの、ラズリはどうしても、そう思わずにはいられなかった。
それにしても──この騎士が言った内容は、どうにも不可解で。
彼の言葉を鵜呑みにするなら、騎士達を村に案内したのは、村人達だという事になる。けれど、そんな事あり得るのだろうか?
今までずっと、誰一人として村に入れた事のなかった村人達。そんな彼等が、いくら相手が王宮の人間だからといって、村長である祖父に何の相談もなく、勝手に人を招き入れたりするだろうか?
村の場所を教える事自体ありえないのに、そのうえ道案内までするなんて……。
どうもおかしいような気がする。だけど──。
その時、騎士の男がまた別の事を口にしようとした。
「そういや、あのキノコはそんなに美味いのか? 熱心に採ってたようだったが──」
「言うなああああああああ!」
男の声を遮るように、残った村人達が叫び声をあげて、一斉に騎士へと突撃する。
「ふはっ!」
楽し気に笑う、騎士の声。
男は一番近くにいたウォルターからの攻撃を難なく躱すと、その腹を、重い甲冑を着けた足で蹴り飛ばした。
「ぐっ……!」
受け身を取る事すらできず、ただ無防備に吹っ飛ばされるウォルター。
どうして突然。
敵わない事なんて、最初から分かりすぎる程に分かっていた筈なのに。
どうして、また攻撃を?
村人達の心情が理解できず、ラズリはただ頭を悩ませる。
さっきの騎士の男の言葉が、何かいけなかったの? 言われたくない事でも言われたとかなの?
考えて、考えて──ラズリが自力で答えに辿り着く前に、全ての村人を片付け終えた騎士の男が答えを告げた。
「こいつら、よっぽどお前に自分達の失態を知られたくなかったんだな。……必死すぎて笑える」
倒れ伏した村人達を見回し、騎士の男は楽し気に肩を揺らした。
彼等の失態? この男は何を言っているんだろう?
訝し気な目を男に向ける。すると彼は、ラズリの目の前にしゃがみ込んで聞いてきた。
「知りたいか?」
反射的に頷きかけて、ギリギリのところで思い留まる。
敵わないと知りつつ村のみんなが騎士に向かって行ったのには、それなりの理由があったのだろう。そしてそれはきっと、ラズリには知られたくない事だった。
でなければ、無理と知りつつ騎士に向かって行く筈がない。それが分かったから、好奇心のまま聞いても良いものかと、逡巡したのだ。
けれど、そこまで村人達が隠したい事って何なんだろうと、気になってしまう自分もいて。
だから結局頷いてしまった。好奇心を抑えきれずに。
「ラ、ラズリ……」
後生だから聞かないでくれとばかりに、村人がラズリの名を呼ぶ。
しかし、村人達の気持ちなど意に介さない騎士は、なんの躊躇いもなく、つらつらと彼等の失態について、ラズリに語ってくれたのだ。
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