90 / 94
第九章 魔力を吸う札
動かないもの
しおりを挟む
「それじゃあ私、ちょっとあの魔性に近付きたいんだけど……」
ヒックヒックと泣き真似をしながら、ラズリは奏の動向を窺う。
ちょっと……いや、かなり卑怯な気がしないでもないが、こうでもしなければ奏は自分を女魔性に近付けさせてはくれないだろうから仕方がない。
彼が自分を心配してくれるのは有り難いし、いつも助けてもらって感謝しているけれど、過保護過ぎるのも、それはそれで困ってしまう。
ついさっきまで、私の事を放って置いたくせに……。
何度も自分が奏を呼んでいた事を知りつつ姿を現してくれなかった事については、内心消化し切れていない部分もあるが、それはそれ。奏にも事情があったのだからと、何とか自分を納得させている。
でも一度放置された身としては、ほんの少し。
ほんの少~しだけ、こういう時自分一人だったら、好き勝手できたのになぁ……と思ってしまうのは、どうしようもない事だろう。
ラズリだって分かってはいる。
自分が近付いたところで、氷依の何がおかしいのかなんて、分からないかもしれない。否、十中八九何も分からないだろう。
だが、どうしても気になるのだ。彼女が突然ああなってしまった理由が。
だから分かる、分からないに関係なく、ラズリは氷依に近付き、自分の目でその異常さを確かめたいのだ。
何故、彼女が此処へ現れたのか。何故、あんな状態になっているのか。
知りたいと思うのは当然の事だと思う。
そもそも、自分はこんなにも女魔性の様子が気になっているのに、奏は何とも思わないのだろうか?
元々、人間と魔性という違いがある為、そこら辺の感性の違い? なのかもしれないが。
せめて奏が自分と同じように興味を持ってくれたら話は早いのに……と思いつつ、ラズリは泣き真似を続けた。
「奏……お願い……」
必死に声を振るわせ、顔を覆った指の隙間から奏の姿を盗み見る。
普段のラズリは、無論こんな風に泣いたりする事はない。しかし、だからこそ効果があるかもしれない、と期待を持って奏の反応を待つ。
「けどなぁ……。それで万が一ラズリに何かあっても困るし……」
ブツブツ言いながら頭を掻く奏の仕草は、彼が答えを決めかねている時にする癖のようなものだ。
つまり、彼はラズリの泣き真似に絆され、迷っているのだという事。
最近では、そういった小さな事にも気付く事ができるようになって来た。つまりはそれだけの長い期間、二人が一緒にいるという事でもあるわけなのだが。
ここでもう一押しね!
そう判断したラズリはギュッと奏の手を握ると、両目を潤ませながら懇願した。
「お願い……決して危ない事はしないから。私のお願い……聞いてくれるでしょう?」
暗に『そう言ったわよね?』という言葉を匂わせ、自分史上最大限に弱々しい表情でもって奏を見上げる。
ラズリはこれまで、こんな風に人に頼み事をした事はなかった。何故なら村にいた頃は、大抵の事は全て自分で何とかする事が出来たから。出来ない事など、ほぼないに等しかったから。
だけど今は違う。
村にいた時とはほぼ逆で、殆ど全ての事に対して奏を頼らなければ何も出来ない。
自分一人で出来る事など高が知れている。
だからこそ、どう頼むのが奏にとって一番効果的なのか、それを探りたいという思いもあった。
「ねぇ、奏……良いの? 駄目なの?」
下から見上げ、祈るように奏の手を握り込めば、彼は明らかな迷いを瞳に浮かべて視線を空中に彷徨わせた後、諦めたかのように大きな溜息を吐いた。
「……分かったよ。なんでも聞くって言ったのは俺だしな。……但し危ないと思ったらすぐに引き離すから、分かったな?」
「うん! ありがとう!」
つい満面の笑顔で返事をしたのがいけなかったのか、刹那、奏に訝し気な視線を向けられてしまったが、ラズリは彼のそんな視線から逃げるように、氷依の側へと駆け寄った。
結構まぁまぁな時間、奏と押し問答をしていたような気がしたが、氷依の状態は最初に見た時と何も変わってはいなくて。
頭の先から足の先までキッチリ覚えていたわけではないが、ラズリの見る限り、ほんの少しも動いていないように思えた。
勿論それは、とても奇妙な事であり。
「……何となくだけど、この人全く動いてないんじゃない?」
「ん? そうか?」
確認するように奏へと問えば、彼の視線が漸く氷依へ向けられる。
その様子から見て、彼は本当に女魔性への興味が一ミリもないようだ。
一応相手は女性である事から、それを喜んで良いのか、自分が興味を持ってるんだから、少しぐらい気にしてよ! と思えば良いのか、なんとも複雑な気持ちになる。
「ん~……そうだな、これは動いてないと言うより、動けないと言った方が正しいのかもしれねぇな……」
ラズリのすぐ隣に来て氷依をまじまじと見つめた奏は、そんな事を言う。
「動けないって、どういう事なの?」
意味が分からず尋ねると、彼は徐に氷依の身体のある部分を指差した。
「あそこ、見てみろ」
「え?」
彼の指が指し示す方向へと視線を向け、そこにある物を認めた瞬間、ラズリは大きく目を見張った。
ヒックヒックと泣き真似をしながら、ラズリは奏の動向を窺う。
ちょっと……いや、かなり卑怯な気がしないでもないが、こうでもしなければ奏は自分を女魔性に近付けさせてはくれないだろうから仕方がない。
彼が自分を心配してくれるのは有り難いし、いつも助けてもらって感謝しているけれど、過保護過ぎるのも、それはそれで困ってしまう。
ついさっきまで、私の事を放って置いたくせに……。
何度も自分が奏を呼んでいた事を知りつつ姿を現してくれなかった事については、内心消化し切れていない部分もあるが、それはそれ。奏にも事情があったのだからと、何とか自分を納得させている。
でも一度放置された身としては、ほんの少し。
ほんの少~しだけ、こういう時自分一人だったら、好き勝手できたのになぁ……と思ってしまうのは、どうしようもない事だろう。
ラズリだって分かってはいる。
自分が近付いたところで、氷依の何がおかしいのかなんて、分からないかもしれない。否、十中八九何も分からないだろう。
だが、どうしても気になるのだ。彼女が突然ああなってしまった理由が。
だから分かる、分からないに関係なく、ラズリは氷依に近付き、自分の目でその異常さを確かめたいのだ。
何故、彼女が此処へ現れたのか。何故、あんな状態になっているのか。
知りたいと思うのは当然の事だと思う。
そもそも、自分はこんなにも女魔性の様子が気になっているのに、奏は何とも思わないのだろうか?
元々、人間と魔性という違いがある為、そこら辺の感性の違い? なのかもしれないが。
せめて奏が自分と同じように興味を持ってくれたら話は早いのに……と思いつつ、ラズリは泣き真似を続けた。
「奏……お願い……」
必死に声を振るわせ、顔を覆った指の隙間から奏の姿を盗み見る。
普段のラズリは、無論こんな風に泣いたりする事はない。しかし、だからこそ効果があるかもしれない、と期待を持って奏の反応を待つ。
「けどなぁ……。それで万が一ラズリに何かあっても困るし……」
ブツブツ言いながら頭を掻く奏の仕草は、彼が答えを決めかねている時にする癖のようなものだ。
つまり、彼はラズリの泣き真似に絆され、迷っているのだという事。
最近では、そういった小さな事にも気付く事ができるようになって来た。つまりはそれだけの長い期間、二人が一緒にいるという事でもあるわけなのだが。
ここでもう一押しね!
そう判断したラズリはギュッと奏の手を握ると、両目を潤ませながら懇願した。
「お願い……決して危ない事はしないから。私のお願い……聞いてくれるでしょう?」
暗に『そう言ったわよね?』という言葉を匂わせ、自分史上最大限に弱々しい表情でもって奏を見上げる。
ラズリはこれまで、こんな風に人に頼み事をした事はなかった。何故なら村にいた頃は、大抵の事は全て自分で何とかする事が出来たから。出来ない事など、ほぼないに等しかったから。
だけど今は違う。
村にいた時とはほぼ逆で、殆ど全ての事に対して奏を頼らなければ何も出来ない。
自分一人で出来る事など高が知れている。
だからこそ、どう頼むのが奏にとって一番効果的なのか、それを探りたいという思いもあった。
「ねぇ、奏……良いの? 駄目なの?」
下から見上げ、祈るように奏の手を握り込めば、彼は明らかな迷いを瞳に浮かべて視線を空中に彷徨わせた後、諦めたかのように大きな溜息を吐いた。
「……分かったよ。なんでも聞くって言ったのは俺だしな。……但し危ないと思ったらすぐに引き離すから、分かったな?」
「うん! ありがとう!」
つい満面の笑顔で返事をしたのがいけなかったのか、刹那、奏に訝し気な視線を向けられてしまったが、ラズリは彼のそんな視線から逃げるように、氷依の側へと駆け寄った。
結構まぁまぁな時間、奏と押し問答をしていたような気がしたが、氷依の状態は最初に見た時と何も変わってはいなくて。
頭の先から足の先までキッチリ覚えていたわけではないが、ラズリの見る限り、ほんの少しも動いていないように思えた。
勿論それは、とても奇妙な事であり。
「……何となくだけど、この人全く動いてないんじゃない?」
「ん? そうか?」
確認するように奏へと問えば、彼の視線が漸く氷依へ向けられる。
その様子から見て、彼は本当に女魔性への興味が一ミリもないようだ。
一応相手は女性である事から、それを喜んで良いのか、自分が興味を持ってるんだから、少しぐらい気にしてよ! と思えば良いのか、なんとも複雑な気持ちになる。
「ん~……そうだな、これは動いてないと言うより、動けないと言った方が正しいのかもしれねぇな……」
ラズリのすぐ隣に来て氷依をまじまじと見つめた奏は、そんな事を言う。
「動けないって、どういう事なの?」
意味が分からず尋ねると、彼は徐に氷依の身体のある部分を指差した。
「あそこ、見てみろ」
「え?」
彼の指が指し示す方向へと視線を向け、そこにある物を認めた瞬間、ラズリは大きく目を見張った。
10
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる