天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第九章 魔力を吸う札

動かないもの

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「それじゃあ私、ちょっとあの魔性に近付きたいんだけど……」

 ヒックヒックと泣き真似をしながら、ラズリは奏の動向を窺う。

 ちょっと……いや、かなり卑怯な気がしないでもないが、こうでもしなければ奏は自分を女魔性に近付けさせてはくれないだろうから仕方がない。

 彼が自分を心配してくれるのは有り難いし、いつも助けてもらって感謝しているけれど、過保護過ぎるのも、それはそれで困ってしまう。

 ついさっきまで、私の事を放って置いたくせに……。

 何度も自分が奏を呼んでいた事を知りつつ姿を現してくれなかった事については、内心消化し切れていない部分もあるが、それはそれ。奏にも事情があったのだからと、何とか自分を納得させている。

 でも一度放置された身としては、ほんの少し。

 ほんの少~しだけ、こういう時自分一人だったら、好き勝手できたのになぁ……と思ってしまうのは、どうしようもない事だろう。

 ラズリだって分かってはいる。

 自分が近付いたところで、氷依の何がおかしいのかなんて、分からないかもしれない。否、十中八九何も分からないだろう。

 だが、どうしても気になるのだ。彼女が突然ああなってしまった理由が。

 だから分かる、分からないに関係なく、ラズリは氷依に近付き、自分の目でその異常さを確かめたいのだ。

 何故、彼女が此処へ現れたのか。何故、あんな状態になっているのか。

 知りたいと思うのは当然の事だと思う。

 そもそも、自分はこんなにも女魔性の様子が気になっているのに、奏は何とも思わないのだろうか?

 元々、人間と魔性という違いがある為、そこら辺の感性の違い? なのかもしれないが。

 せめて奏が自分と同じように興味を持ってくれたら話は早いのに……と思いつつ、ラズリは泣き真似を続けた。

「奏……お願い……」

 必死に声を振るわせ、顔を覆った指の隙間から奏の姿を盗み見る。

 普段のラズリは、無論こんな風に泣いたりする事はない。しかし、だからこそ効果があるかもしれない、と期待を持って奏の反応を待つ。

「けどなぁ……。それで万が一ラズリに何かあっても困るし……」

 ブツブツ言いながら頭を掻く奏の仕草は、彼が答えを決めかねている時にする癖のようなものだ。

 つまり、彼はラズリの泣き真似に絆され、迷っているのだという事。

 最近では、そういった小さな事にも気付く事ができるようになって来た。つまりはそれだけの長い期間、二人が一緒にいるという事でもあるわけなのだが。

 ここでもう一押しね! 

 そう判断したラズリはギュッと奏の手を握ると、両目を潤ませながら懇願した。

「お願い……決して危ない事はしないから。私のお願い……聞いてくれるでしょう?」

 暗に『そう言ったわよね?』という言葉を匂わせ、自分史上最大限に弱々しい表情でもって奏を見上げる。

 ラズリはこれまで、こんな風に人に頼み事をした事はなかった。何故なら村にいた頃は、大抵の事は全て自分で何とかする事が出来たから。出来ない事など、ほぼないに等しかったから。

 だけど今は違う。

 村にいた時とはほぼ逆で、殆ど全ての事に対して奏を頼らなければ何も出来ない。

 自分一人で出来る事など高が知れている。

 だからこそ、どう頼むのが奏にとって一番効果的なのか、それを探りたいという思いもあった。

「ねぇ、奏……良いの? 駄目なの?」

下から見上げ、祈るように奏の手を握り込めば、彼は明らかな迷いを瞳に浮かべて視線を空中に彷徨わせた後、諦めたかのように大きな溜息を吐いた。

「……分かったよ。なんでも聞くって言ったのは俺だしな。……但し危ないと思ったらすぐに引き離すから、分かったな?」
「うん! ありがとう!」

 つい満面の笑顔で返事をしたのがいけなかったのか、刹那、奏に訝し気な視線を向けられてしまったが、ラズリは彼のそんな視線から逃げるように、氷依の側へと駆け寄った。

 結構まぁまぁな時間、奏と押し問答をしていたような気がしたが、氷依の状態は最初に見た時と何も変わってはいなくて。

 頭の先から足の先までキッチリ覚えていたわけではないが、ラズリの見る限り、ほんの少しも動いていないように思えた。

 勿論それは、とても奇妙な事であり。

「……何となくだけど、この人全く動いてないんじゃない?」
「ん? そうか?」

確認するように奏へと問えば、彼の視線が漸く氷依へ向けられる。

 その様子から見て、彼は本当に女魔性への興味が一ミリもないようだ。

 一応相手は女性である事から、それを喜んで良いのか、自分が興味を持ってるんだから、少しぐらい気にしてよ! と思えば良いのか、なんとも複雑な気持ちになる。

「ん~……そうだな、これは動いてないと言うより、動けないと言った方が正しいのかもしれねぇな……」

 ラズリのすぐ隣に来て氷依をまじまじと見つめた奏は、そんな事を言う。

「動けないって、どういう事なの?」

 意味が分からず尋ねると、彼は徐に氷依の身体のを指差した。

「あそこ、見てみろ」
「え?」

 彼の指が指し示す方向へと視線を向け、そこにある物を認めた瞬間、ラズリは大きく目を見張った。

  
 
 
 
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