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第九章 魔力を吸う札
奪われた魔力
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何が……起きた?
たった今自らの身に起きた出来事に、死灰栖は理解が追いつかないでいた。
考え事をしながら、いつもの如く床に寝そべっていたら、突如魔力を奪われるような感覚を覚え、咄嗟に背後を振り返った。
だが、そこにいたのは攫って来た状態そのままの女魔性のみで。
何も変わっていなかった。
漆黒の城内にいるのは、死灰栖と女魔性の二人だけ。しかも女は、自分がこの場所に連れて来たまま、身動ぎすらしていない。
だが同時に、違和感を覚えてもいた。
ならば先程の感覚はなんだったのか。あれは絶対に気のせいなどではなかった。
行動を起こした相手が攫って来た女魔性でないと言うなら、一体何処の誰がどのようにしてやったと言うのか。
死灰栖が考えを巡らせようとした矢先、それは起こった。
なんと、女魔性が何の前触れもなく、床に投げ出されたそのままの状態で転移し、いなくなったのだ。
転移できる魔力など、彼女には残っていなかった筈なのに。
「何故転移できたのだ? 貼り付けられた紙切れのせいで、あの女の魔力は尽きかけていた。現に、ここへ連れて来てから指一本ですら動かせない状態だったではないか。それなのに何故……」
女魔性が横たわっていた場所を見つめながら呟くが、当然ながら答えを返す者はいない。
信じられなかった。
こんな事が出来る筈はない。
他者の魔力を吸収するなど、魔性としてあり得ない能力だ。
実際にそう出来る事自体は、人間の騎士に与えた自分の魔力を妙な紙切れに吸収された事により実感したが、あれは魔性の能力ではなかった。
故にあの時は、そのような事の出来る者が他の種族にはいるのだと、あのように不可解な物を作り出せる者が存在するのかと、驚きはしたものの受け入れることも出来たのだが。
相手が魔性となれば、話は違う。
しかもあの女魔性は、青氷の魔神の配下だった女だ。
彼の魔神がそのような能力を有していないことは彼の纏う色からもハッキリしているし、もしそのような能力を持っていたとしたら、何処かから必ず自分の耳にも入っていただろう。──そのような稀有な能力を隠す事など、自分の能力を誇示する事にこだわる魔性がする筈はないのだから。
それがないということは、やはり彼の魔神絡みの能力ではないということだ。
「それだけ分かれば十分。だが……」
問題は、あの女がどのようにして自分の魔力を吸収したのかということにある。
自らの魔力を吸われている状態で、他者の魔力を吸う事などできるのか?
瀕死の状態であったあの女に。
「いや……しかし、待てよ」
ふと頭に思い浮かんだのは、人間の騎士二人が向き合い、黒い靄を纏った騎士が、もう一人の騎士の胸に剣を突き立てようとする姿だ。
あの時、剣を突き立てられそうになった騎士は、自分の体にあの紙切れを貼り付けていた。
「ということは……」
一つの答えに行き着き、死灰栖はぶるりと身を震わせる。
あの紙切れは、身体に貼り付けられればその者の魔力を奪う。ただそれだけの代物だと思っていた。
だからこそ、自分の身体にさえ貼り付けられなければ、恐るるに足るものではないと。
だが違ったのだ。
それは全くの勘違いであった。
そもそも、あの紙切れが死灰栖の思っていたような代物であったのならば、あれを身体に貼り付けられなかった人間の魔力が奪われることなどなかった筈だ。奪われるのであれば、剣を突き立てられそうになった人間の方であった筈。
なのに実際はどうだ。
紙切れを自身の身体に貼り付けた人間は無事で、死灰栖が力を貸し与えた人間だけが魔力を一滴も残さず吸われ、出涸らしのようになって死んだ。
今更になってその時の状況をよく思い出してみれば、相手の男は手すら触れてはいなかった。
そう、相手は一ミリも目の前の男に触れていなかったのだ。
だというのに問題の紙切れは、人間の男に貸し与えた死灰栖の魔力を容赦なく吸い尽くした。
愚かな人間に一時貸し与え、その者の負の感情により大きな魔力となったところで回収しようと考えていた死灰栖の企みごと、全てを吸い尽くしてしまったのだ。
死灰栖にとって、なんとも言えない口惜しい結末を残して。
そのせいで今、死灰栖の魔力は通常より減った状態となってしまっている。
普段であれば、気にも留めない僅かな量。少し休めばすぐに回復する程の、なんてことはない誤差程度の魔力。
だが──。
何故か今回は、魔力の回復がいつもより遅い気がした。
久方振りに忙しく動き回ったせいだろうか、いつも身体全体に満ち溢れている魔力に、何故だか翳りのようなものを感じるのだ。
暫く動くのをやめれば、床に寝ているだけでも魔力は回復する。ならば今は、回復を最優先に考えるべきなのかもしれない。
逃げた女魔性を再び捕らえて連れ戻したい気持ちはあるが、なんとも言えない今の気持ちを払拭してからでなければ、動いた所で下手を打ちそうな気もする。
「どうせ、向かった先は分かっているしな……」
間違いなく、妙な紙切れを作り出した男の所にいるだろう。
あちらはあちらで、再度狙われる可能性を考えて対処方を考えてはいるだろうが、そもそも人間が魔性の侵入を拒むなど、どう考えても不可能だ。
どのような手段を用いたとしても、自分から女魔性を守り切る事など到底出来はしない。
ならば魔力が回復してから向かったところで遅過ぎるということはない筈。
「せいぜい束の間の平和を楽しむが良い……」
ゴロリと床に身体を横たわらせると、死灰栖は緩やかに口角を上げた。
たった今自らの身に起きた出来事に、死灰栖は理解が追いつかないでいた。
考え事をしながら、いつもの如く床に寝そべっていたら、突如魔力を奪われるような感覚を覚え、咄嗟に背後を振り返った。
だが、そこにいたのは攫って来た状態そのままの女魔性のみで。
何も変わっていなかった。
漆黒の城内にいるのは、死灰栖と女魔性の二人だけ。しかも女は、自分がこの場所に連れて来たまま、身動ぎすらしていない。
だが同時に、違和感を覚えてもいた。
ならば先程の感覚はなんだったのか。あれは絶対に気のせいなどではなかった。
行動を起こした相手が攫って来た女魔性でないと言うなら、一体何処の誰がどのようにしてやったと言うのか。
死灰栖が考えを巡らせようとした矢先、それは起こった。
なんと、女魔性が何の前触れもなく、床に投げ出されたそのままの状態で転移し、いなくなったのだ。
転移できる魔力など、彼女には残っていなかった筈なのに。
「何故転移できたのだ? 貼り付けられた紙切れのせいで、あの女の魔力は尽きかけていた。現に、ここへ連れて来てから指一本ですら動かせない状態だったではないか。それなのに何故……」
女魔性が横たわっていた場所を見つめながら呟くが、当然ながら答えを返す者はいない。
信じられなかった。
こんな事が出来る筈はない。
他者の魔力を吸収するなど、魔性としてあり得ない能力だ。
実際にそう出来る事自体は、人間の騎士に与えた自分の魔力を妙な紙切れに吸収された事により実感したが、あれは魔性の能力ではなかった。
故にあの時は、そのような事の出来る者が他の種族にはいるのだと、あのように不可解な物を作り出せる者が存在するのかと、驚きはしたものの受け入れることも出来たのだが。
相手が魔性となれば、話は違う。
しかもあの女魔性は、青氷の魔神の配下だった女だ。
彼の魔神がそのような能力を有していないことは彼の纏う色からもハッキリしているし、もしそのような能力を持っていたとしたら、何処かから必ず自分の耳にも入っていただろう。──そのような稀有な能力を隠す事など、自分の能力を誇示する事にこだわる魔性がする筈はないのだから。
それがないということは、やはり彼の魔神絡みの能力ではないということだ。
「それだけ分かれば十分。だが……」
問題は、あの女がどのようにして自分の魔力を吸収したのかということにある。
自らの魔力を吸われている状態で、他者の魔力を吸う事などできるのか?
瀕死の状態であったあの女に。
「いや……しかし、待てよ」
ふと頭に思い浮かんだのは、人間の騎士二人が向き合い、黒い靄を纏った騎士が、もう一人の騎士の胸に剣を突き立てようとする姿だ。
あの時、剣を突き立てられそうになった騎士は、自分の体にあの紙切れを貼り付けていた。
「ということは……」
一つの答えに行き着き、死灰栖はぶるりと身を震わせる。
あの紙切れは、身体に貼り付けられればその者の魔力を奪う。ただそれだけの代物だと思っていた。
だからこそ、自分の身体にさえ貼り付けられなければ、恐るるに足るものではないと。
だが違ったのだ。
それは全くの勘違いであった。
そもそも、あの紙切れが死灰栖の思っていたような代物であったのならば、あれを身体に貼り付けられなかった人間の魔力が奪われることなどなかった筈だ。奪われるのであれば、剣を突き立てられそうになった人間の方であった筈。
なのに実際はどうだ。
紙切れを自身の身体に貼り付けた人間は無事で、死灰栖が力を貸し与えた人間だけが魔力を一滴も残さず吸われ、出涸らしのようになって死んだ。
今更になってその時の状況をよく思い出してみれば、相手の男は手すら触れてはいなかった。
そう、相手は一ミリも目の前の男に触れていなかったのだ。
だというのに問題の紙切れは、人間の男に貸し与えた死灰栖の魔力を容赦なく吸い尽くした。
愚かな人間に一時貸し与え、その者の負の感情により大きな魔力となったところで回収しようと考えていた死灰栖の企みごと、全てを吸い尽くしてしまったのだ。
死灰栖にとって、なんとも言えない口惜しい結末を残して。
そのせいで今、死灰栖の魔力は通常より減った状態となってしまっている。
普段であれば、気にも留めない僅かな量。少し休めばすぐに回復する程の、なんてことはない誤差程度の魔力。
だが──。
何故か今回は、魔力の回復がいつもより遅い気がした。
久方振りに忙しく動き回ったせいだろうか、いつも身体全体に満ち溢れている魔力に、何故だか翳りのようなものを感じるのだ。
暫く動くのをやめれば、床に寝ているだけでも魔力は回復する。ならば今は、回復を最優先に考えるべきなのかもしれない。
逃げた女魔性を再び捕らえて連れ戻したい気持ちはあるが、なんとも言えない今の気持ちを払拭してからでなければ、動いた所で下手を打ちそうな気もする。
「どうせ、向かった先は分かっているしな……」
間違いなく、妙な紙切れを作り出した男の所にいるだろう。
あちらはあちらで、再度狙われる可能性を考えて対処方を考えてはいるだろうが、そもそも人間が魔性の侵入を拒むなど、どう考えても不可能だ。
どのような手段を用いたとしても、自分から女魔性を守り切る事など到底出来はしない。
ならば魔力が回復してから向かったところで遅過ぎるということはない筈。
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