85 / 94
第九章 魔力を吸う札
返品不可
しおりを挟む
既に真っ暗になった森の中──月明かりを頼りに、ラズリは無言で短剣を振り続ける。
彼女が剣を振るうたび木々の枝葉は足元へ落ちていくのだが、ラズリは上しか見ていない為、足元で山のように積み上がっていくものに気付いている様子はない。
あまりに積み上がればそれが元で転ぶ可能性だってあるというのに、そんなことは考えてもいないようで、ただひたすらに剣を振り、邪魔な枝葉を切り落としていく。
そんな彼女を助けるかのごとく、一定の間隔で切り落とされた枝葉を纏め、端へ寄せてやっているのは奏だ。
無論堂々と姿を見せてやっているわけではなく、近場の木の上からラズリの動向を観察しながらやっているため、ラズリ本人は奏の存在に気が付いてはいない。
だが、奏はそのことに不満を言うわけでもなく、ただただ作業のように無言で枝葉を纏め続ける。
いや、実際作業なのだろう。ひたすら枝葉を切り落とすラズリと、それを纏め続ける奏。
つまらなさそうな顔をしながらも、せっせと手助けする奏を横目で見ながら、闇は僅かに首を傾げた。
この人は、こんなにもマメだっただろうか?
というより、いつからこんなに甲斐甲斐しくなったんだ?
闇の知っている奏は、いつでも自分のことだけを考え、自分のやりたいように動き、他者のことなど考えないような人だった。
たまに気紛れで人助けをしたりもするが、それすらいつでも彼自身の為であり。
『俺はお前を助けたわけじゃない。単に弱い者虐めをする奴らが気に入らなかっただけだ』だの、『被害妄想に取り憑かれたお前が目障りだったから、今後そんな妄想に囚われないよう引き摺り出してやっただけだ』とか。
一事が万事そんな調子で。
決して人助けなどではなく、自分がしたかったから、気が向いたからやっただけだの一点張りで、善行すらも全て自分の我儘なのだと言い張って譲らなかった。
そんな彼だからこそ、ラズリを連れ戻すことなく無言で手助けするなどあり得ないことだったのだ。
以前の奏であれば確実に、問答無用でラズリを宿に連れ帰っていたことだろう。
なのに今回はそれをせず、ただラズリを見守ることを選択した。見守るといっても、これまでのように遠距離からではなく、咄嗟の出来事に対処できるよう、すぐ側に移動はしたが。
「……天変地異の前触れですかね?」
あまりにも予想外な奏の行動に、つい小さな声で呟けば、鋭い瞳で睨まれた。
「……どういう意味だ?」
不機嫌も露わに此方を振り返った奏にやんわりと微笑んで見せると、「いえ、別に」と闇は涼しい顔で答える。
森の中は静寂に満ち、ラズリが枝葉を落とす音以外は基本的に何も聞こえない。
それゆえ闇は小さな声で言葉を紡いだのだが、普段からあまり周囲を気にすることのない奏に、その配慮のほどは伝わらなかったらしい。彼はあからさまに表情を歪めると、大声を出して闇に詰め寄って来た。
「大体お前はいつも──」
「え、奏!?」
が、奏が大声を出した途端、聞き覚えのある声がそれを遮った。
静かな場所で大声を出せば、気付かれるのは当然だ。しかもそれが、ずっと待っていた相手の声となれば、尚更興味を引いてしまうのは仕方のないことだろう。
結果、奏が慌てて口を閉ざすも既に手遅れ。
すぐ側にある木の上に奏の姿を見つけたラズリは、嬉しそうに駆け寄って来た。
「奏! 良かった、漸く会えたわ。今まで何処に行ってたの? 近くにいたなら声を掛けてくれれば良かったのに」
「わ、悪い。俺にも色々と事情があってさ……」
別に大した事情ではないでしょう? と内心で突っ込みを入れつつも、闇は表立って口を開くことはしない。
ラズリに木登りをさせるわけにはいかないからか、渋々地面に降り立った奏が助けを求めるように木の上の闇を見上げてくるが、当然助ける気などなかった。
散々面倒くさい状態になった奏の相手をしてきたのだ。此処らで解放されても良いだろう。
そもそもラズリに見つかったのは完全に奏の自業自得であり、闇の過ちではないのだから。
それに、闇には色々と気になることが幾つもあるのだ。
それらを調べる為に少しの時間でも惜しいというのに、面倒な奏の相手をさせられていては、その時間さえ捻出できない。
そろそろ在るべき場所へ戻ってもらわなければ……。
決してラズリを『奏にとっての在るべき場所』と認めたわけではないが、それでも現状起きている様々な問題について考えれば、二人が一緒にいてくれた方が障害は少なくて済むと思えた。
何よりもうこれ以上、奏の愚痴に付き合わされたくはない。
「ラズリ殿、私は自分の仕事がありますので、暫くこの方をお願い致します。返品されても受け取れませんので、あしからず」
言いたいことだけを早口でラズリへと伝え、返事も聞かずに闇はその場から姿を消す。
「ち、ちょっと待てよ、闇!」
呆然とするラズリとは対照的に、奏はすぐさま闇の後を追おうとしたが──いつの間にやらラズリに強く腕を掴まれていて、転移することは叶わなかった。
「くそ……闇のやつ、覚えてろよ……」
期せずしてラズリの元へ戻ることになってしまった奏は、悔し気にそう呟いた。
自分の腕を掴むラズリの手の上に、そっと自らの手を添えながら……。
彼女が剣を振るうたび木々の枝葉は足元へ落ちていくのだが、ラズリは上しか見ていない為、足元で山のように積み上がっていくものに気付いている様子はない。
あまりに積み上がればそれが元で転ぶ可能性だってあるというのに、そんなことは考えてもいないようで、ただひたすらに剣を振り、邪魔な枝葉を切り落としていく。
そんな彼女を助けるかのごとく、一定の間隔で切り落とされた枝葉を纏め、端へ寄せてやっているのは奏だ。
無論堂々と姿を見せてやっているわけではなく、近場の木の上からラズリの動向を観察しながらやっているため、ラズリ本人は奏の存在に気が付いてはいない。
だが、奏はそのことに不満を言うわけでもなく、ただただ作業のように無言で枝葉を纏め続ける。
いや、実際作業なのだろう。ひたすら枝葉を切り落とすラズリと、それを纏め続ける奏。
つまらなさそうな顔をしながらも、せっせと手助けする奏を横目で見ながら、闇は僅かに首を傾げた。
この人は、こんなにもマメだっただろうか?
というより、いつからこんなに甲斐甲斐しくなったんだ?
闇の知っている奏は、いつでも自分のことだけを考え、自分のやりたいように動き、他者のことなど考えないような人だった。
たまに気紛れで人助けをしたりもするが、それすらいつでも彼自身の為であり。
『俺はお前を助けたわけじゃない。単に弱い者虐めをする奴らが気に入らなかっただけだ』だの、『被害妄想に取り憑かれたお前が目障りだったから、今後そんな妄想に囚われないよう引き摺り出してやっただけだ』とか。
一事が万事そんな調子で。
決して人助けなどではなく、自分がしたかったから、気が向いたからやっただけだの一点張りで、善行すらも全て自分の我儘なのだと言い張って譲らなかった。
そんな彼だからこそ、ラズリを連れ戻すことなく無言で手助けするなどあり得ないことだったのだ。
以前の奏であれば確実に、問答無用でラズリを宿に連れ帰っていたことだろう。
なのに今回はそれをせず、ただラズリを見守ることを選択した。見守るといっても、これまでのように遠距離からではなく、咄嗟の出来事に対処できるよう、すぐ側に移動はしたが。
「……天変地異の前触れですかね?」
あまりにも予想外な奏の行動に、つい小さな声で呟けば、鋭い瞳で睨まれた。
「……どういう意味だ?」
不機嫌も露わに此方を振り返った奏にやんわりと微笑んで見せると、「いえ、別に」と闇は涼しい顔で答える。
森の中は静寂に満ち、ラズリが枝葉を落とす音以外は基本的に何も聞こえない。
それゆえ闇は小さな声で言葉を紡いだのだが、普段からあまり周囲を気にすることのない奏に、その配慮のほどは伝わらなかったらしい。彼はあからさまに表情を歪めると、大声を出して闇に詰め寄って来た。
「大体お前はいつも──」
「え、奏!?」
が、奏が大声を出した途端、聞き覚えのある声がそれを遮った。
静かな場所で大声を出せば、気付かれるのは当然だ。しかもそれが、ずっと待っていた相手の声となれば、尚更興味を引いてしまうのは仕方のないことだろう。
結果、奏が慌てて口を閉ざすも既に手遅れ。
すぐ側にある木の上に奏の姿を見つけたラズリは、嬉しそうに駆け寄って来た。
「奏! 良かった、漸く会えたわ。今まで何処に行ってたの? 近くにいたなら声を掛けてくれれば良かったのに」
「わ、悪い。俺にも色々と事情があってさ……」
別に大した事情ではないでしょう? と内心で突っ込みを入れつつも、闇は表立って口を開くことはしない。
ラズリに木登りをさせるわけにはいかないからか、渋々地面に降り立った奏が助けを求めるように木の上の闇を見上げてくるが、当然助ける気などなかった。
散々面倒くさい状態になった奏の相手をしてきたのだ。此処らで解放されても良いだろう。
そもそもラズリに見つかったのは完全に奏の自業自得であり、闇の過ちではないのだから。
それに、闇には色々と気になることが幾つもあるのだ。
それらを調べる為に少しの時間でも惜しいというのに、面倒な奏の相手をさせられていては、その時間さえ捻出できない。
そろそろ在るべき場所へ戻ってもらわなければ……。
決してラズリを『奏にとっての在るべき場所』と認めたわけではないが、それでも現状起きている様々な問題について考えれば、二人が一緒にいてくれた方が障害は少なくて済むと思えた。
何よりもうこれ以上、奏の愚痴に付き合わされたくはない。
「ラズリ殿、私は自分の仕事がありますので、暫くこの方をお願い致します。返品されても受け取れませんので、あしからず」
言いたいことだけを早口でラズリへと伝え、返事も聞かずに闇はその場から姿を消す。
「ち、ちょっと待てよ、闇!」
呆然とするラズリとは対照的に、奏はすぐさま闇の後を追おうとしたが──いつの間にやらラズリに強く腕を掴まれていて、転移することは叶わなかった。
「くそ……闇のやつ、覚えてろよ……」
期せずしてラズリの元へ戻ることになってしまった奏は、悔し気にそう呟いた。
自分の腕を掴むラズリの手の上に、そっと自らの手を添えながら……。
10
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる