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第八章 黒い靄
面倒くさい人
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「そぉっとそぉっと……」
壺を割らないように注意しながら、貰ってきた短剣をラズリはそっと壺の中へと挿し込む。
頭の中に思い描くのは、壺の内部を漂う黒い靄を短剣へと満遍なく行き渡らせつつ、全ての靄を短剣に吸収させるイメージだ。
これがラズリの考えた通りにいけば、不可思議な黒い靄を纏う短剣の出来上がりとなる。
長剣ほどの威力はなくとも、かなり使える物となるだろう。
そうしたら、自分とて奏に頼りきりじゃなくとも、一人でなんとかできる場面が増える筈。
「……そろそろ良いかな?」
壺から短剣を取り出し、確認する。
良い感じに靄を纏っているように見えるが、万が一にも壺の中に靄が残っていたら、宿屋の人に迷惑をかけてしまう。
その憂いを取り払うため、ラズリは短剣を机に置くと、その上で壺をひっくり返して何度か優しく底を叩いた。
用心のため、そっと壺を振ってもみる。
それでも中から何も出てこないことを確認すると、今度は日の当たる場所で壺の中を覗き込み、内部に黒い靄が残っていないことを目視でも確かめてから、漸く壺を元の場所へと戻した。
「宿の人達に迷惑をかけてはいけないものね」
一息吐くと今度は短剣を持ち、自分から少し離して全体像を見る。
仕方のないことではあるが、黒い靄が剣の周りをただ漂っているだけのように見えて、見た目的にはあまり宜しくない。
この状態で鞘に入れても、恐らく靄だけ外へ漏れ出してしまうだろう。
「それはあんまり……というか、非常に良くないわよね……」
腰の周りに黒い靄を漂わせている人間など、魔性が擬態していると思われかねない。
そうしたら宿から確実に追い出されてしまうし、下手したら攻撃だってされるだろう。
どんな言い訳をしたところで、聞き入れてもらえるとは思えないし。
「この靄をなんとかして、もっと短剣に馴染ませないと……」
黒い靄が短剣に馴染んだ姿──真っ黒な短剣をイメージしながら、ラズリはそっと短剣に手を添わせる。
そうして目を閉じ、意識を集中させると、手の中の短剣が仄かに熱を持ったような気がした。
それを合図に目を開き、手にした短剣へと目を向ける。
するとそこには、ラズリがイメージした通りの漆黒に染め上がった美しい短剣が存在していた。
まるで最初から漆黒の鋼で仕立て上げられたような、黒光りする刀身を持つ、美しい短剣。
「上手くいったわ」
喜んでそれを鞘にしまうと、ラズリは早速近くの森へ向かって宿屋を出発した。
辺りは既に暗くなりかけていたのだが──。
※ ※ ※ ※ ※
「危機感がなさすぎるっ!」
そんなラズリを見ていた──監視していたともいう──奏は、大声を張り上げた。
「周囲の暗さが目に入ってないのか? どう考えたってこんな時間に女が一人で外へ出たら危ないだろう。なのに何故誰もそれを咎めないんだ!?」
イライラしながら言うが、闇はそれに答えない。
ただ黙って奏を見つめているだけだ。
「街中はまだ明るいかもしれないが、森なんかに行ったら……。それにあの剣! 本当に大丈夫なんだろうな?」
ラズリに何かあったらタダじゃおかないという気迫を込めて、奏が闇を睨み付けてくる。
能力的に奏と闇とはほぼ同等の力を有しているのだから、闇が分かることは奏も分かりそうなものなのだが、何故だか彼は闇へと問い掛けてくるのだ。
この人は本当に、頭を使うのが嫌いだからな……。
決して馬鹿だというわけではないが、物事をあまり深く考えず、感覚のみで動くことが多い為、基本的に奏はあまり頭を使わない。
大抵のことは闇に聞き、その返答を持ってすぐさま思いつきで行動する。
それで殆ど失敗したことがない故に、奏の中では既にそのスタイルが定着してしまっているのだ。
既に慣れてしまったこととはいえ、少々甘やかし過ぎたかなと、闇はため息を吐いて言葉を紡いだ。
「そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。あなたがずっとこうして監視……いえ、見守っているわけですし、何かありましたらすぐ私が助けに向かいますので」
こう言えば落ち着くだろうと思ったのだが、今回ばかりは対応を間違えてしまったようで。
「なんでお前が助けに行くんだよ? ラズリを助けるのは俺だ! 俺だって決まってるんだよ、分かったか!」
と怒鳴られ、更に睨み付けられることとなってしまった。
そんな状態に、闇はやれやれとばかりに肩を竦め、先程よりも大きなため息を吐く。
なんとまぁ面倒くさい。
この人はこんなにも面倒な人だったろうか?
以前はもう少しマシだったような気もするが、イマイチ自信が持てないのは何故だろう?
実は元からこんな感じだったのが、今までは単に表に出ていなかっただけだろうか?
どちらにしろ、今現在こうなっている以上、面倒なことに変わりはないのだが。
「危なくなったら助けに行くぐらいでしたら、最初から一緒に行かれては如何です? こんな所から監視しているより、その方が余程効率的な気もしますが……」
奏への助言のつもりで闇はそう言ったのだが、返されたのは苦虫を噛み潰した時より更に険しい顔だった。
「あのなぁ、それができないから苦労してるんだろ? それに俺はラズリを監視してるわけじゃない。心配で見守っているだけだ。そこを勘違いするなよ!?」
「はぁ……分かりました」
本当に面倒くさい。
監視だろうが見守りだろうが、やっていることは同じなのだから、どちらでも良いだろうと思うのだが、やっている本人にとっては違うらしい。
闇としては、いつまでもそんなことをやっていないで、サッサと奏がラズリの所へ行けば問題は解決するのに……と思うものの、無論口に出すことはない。
ラズリが危険な目に遭わないに越したことはないが、この際そういった目に遭ってもらった方が簡単かもしれない……などと、つい考えてしまう程、この時の闇は奏のことを持て余していた。
壺を割らないように注意しながら、貰ってきた短剣をラズリはそっと壺の中へと挿し込む。
頭の中に思い描くのは、壺の内部を漂う黒い靄を短剣へと満遍なく行き渡らせつつ、全ての靄を短剣に吸収させるイメージだ。
これがラズリの考えた通りにいけば、不可思議な黒い靄を纏う短剣の出来上がりとなる。
長剣ほどの威力はなくとも、かなり使える物となるだろう。
そうしたら、自分とて奏に頼りきりじゃなくとも、一人でなんとかできる場面が増える筈。
「……そろそろ良いかな?」
壺から短剣を取り出し、確認する。
良い感じに靄を纏っているように見えるが、万が一にも壺の中に靄が残っていたら、宿屋の人に迷惑をかけてしまう。
その憂いを取り払うため、ラズリは短剣を机に置くと、その上で壺をひっくり返して何度か優しく底を叩いた。
用心のため、そっと壺を振ってもみる。
それでも中から何も出てこないことを確認すると、今度は日の当たる場所で壺の中を覗き込み、内部に黒い靄が残っていないことを目視でも確かめてから、漸く壺を元の場所へと戻した。
「宿の人達に迷惑をかけてはいけないものね」
一息吐くと今度は短剣を持ち、自分から少し離して全体像を見る。
仕方のないことではあるが、黒い靄が剣の周りをただ漂っているだけのように見えて、見た目的にはあまり宜しくない。
この状態で鞘に入れても、恐らく靄だけ外へ漏れ出してしまうだろう。
「それはあんまり……というか、非常に良くないわよね……」
腰の周りに黒い靄を漂わせている人間など、魔性が擬態していると思われかねない。
そうしたら宿から確実に追い出されてしまうし、下手したら攻撃だってされるだろう。
どんな言い訳をしたところで、聞き入れてもらえるとは思えないし。
「この靄をなんとかして、もっと短剣に馴染ませないと……」
黒い靄が短剣に馴染んだ姿──真っ黒な短剣をイメージしながら、ラズリはそっと短剣に手を添わせる。
そうして目を閉じ、意識を集中させると、手の中の短剣が仄かに熱を持ったような気がした。
それを合図に目を開き、手にした短剣へと目を向ける。
するとそこには、ラズリがイメージした通りの漆黒に染め上がった美しい短剣が存在していた。
まるで最初から漆黒の鋼で仕立て上げられたような、黒光りする刀身を持つ、美しい短剣。
「上手くいったわ」
喜んでそれを鞘にしまうと、ラズリは早速近くの森へ向かって宿屋を出発した。
辺りは既に暗くなりかけていたのだが──。
※ ※ ※ ※ ※
「危機感がなさすぎるっ!」
そんなラズリを見ていた──監視していたともいう──奏は、大声を張り上げた。
「周囲の暗さが目に入ってないのか? どう考えたってこんな時間に女が一人で外へ出たら危ないだろう。なのに何故誰もそれを咎めないんだ!?」
イライラしながら言うが、闇はそれに答えない。
ただ黙って奏を見つめているだけだ。
「街中はまだ明るいかもしれないが、森なんかに行ったら……。それにあの剣! 本当に大丈夫なんだろうな?」
ラズリに何かあったらタダじゃおかないという気迫を込めて、奏が闇を睨み付けてくる。
能力的に奏と闇とはほぼ同等の力を有しているのだから、闇が分かることは奏も分かりそうなものなのだが、何故だか彼は闇へと問い掛けてくるのだ。
この人は本当に、頭を使うのが嫌いだからな……。
決して馬鹿だというわけではないが、物事をあまり深く考えず、感覚のみで動くことが多い為、基本的に奏はあまり頭を使わない。
大抵のことは闇に聞き、その返答を持ってすぐさま思いつきで行動する。
それで殆ど失敗したことがない故に、奏の中では既にそのスタイルが定着してしまっているのだ。
既に慣れてしまったこととはいえ、少々甘やかし過ぎたかなと、闇はため息を吐いて言葉を紡いだ。
「そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。あなたがずっとこうして監視……いえ、見守っているわけですし、何かありましたらすぐ私が助けに向かいますので」
こう言えば落ち着くだろうと思ったのだが、今回ばかりは対応を間違えてしまったようで。
「なんでお前が助けに行くんだよ? ラズリを助けるのは俺だ! 俺だって決まってるんだよ、分かったか!」
と怒鳴られ、更に睨み付けられることとなってしまった。
そんな状態に、闇はやれやれとばかりに肩を竦め、先程よりも大きなため息を吐く。
なんとまぁ面倒くさい。
この人はこんなにも面倒な人だったろうか?
以前はもう少しマシだったような気もするが、イマイチ自信が持てないのは何故だろう?
実は元からこんな感じだったのが、今までは単に表に出ていなかっただけだろうか?
どちらにしろ、今現在こうなっている以上、面倒なことに変わりはないのだが。
「危なくなったら助けに行くぐらいでしたら、最初から一緒に行かれては如何です? こんな所から監視しているより、その方が余程効率的な気もしますが……」
奏への助言のつもりで闇はそう言ったのだが、返されたのは苦虫を噛み潰した時より更に険しい顔だった。
「あのなぁ、それができないから苦労してるんだろ? それに俺はラズリを監視してるわけじゃない。心配で見守っているだけだ。そこを勘違いするなよ!?」
「はぁ……分かりました」
本当に面倒くさい。
監視だろうが見守りだろうが、やっていることは同じなのだから、どちらでも良いだろうと思うのだが、やっている本人にとっては違うらしい。
闇としては、いつまでもそんなことをやっていないで、サッサと奏がラズリの所へ行けば問題は解決するのに……と思うものの、無論口に出すことはない。
ラズリが危険な目に遭わないに越したことはないが、この際そういった目に遭ってもらった方が簡単かもしれない……などと、つい考えてしまう程、この時の闇は奏のことを持て余していた。
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