天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

文字の大きさ
上 下
80 / 94
第八章 黒い靄

失った魔力

しおりを挟む
 札の中の黒ずみが、出口を求めて蠢いている。

 ミルドに使用済みの札を返されたルーチェは、異様な動きを見せる黒ずみを見て、まずそう思った。

 まるで意思があるかのように蠢くそれは、札の中という狭い範囲内を絶えず行ったり来たりして、出口へと繋がる部分を探しているかのようだ。

 そんなもの、いくら探そうともありはしないのに。

 だが、魔性本体から離れても蠢き続けるそれは、とても不気味だ。

 特に、ミルドが他の札で包むようにして渡してきた、真っ黒に染め上がった札は格別に。

「この一枚だけ、どうして真っ黒になっているのか聞いてもいいかい?」

 ミルドに問えば、彼はその一枚のみを表面に晒し、他はしまったままにしてあったからだと答えた。

 たった一枚だけ表に出ていたからこそ、それだけが限界まで力を吸収し、吸収しきれず取りこぼした分の力を他の札が均等に吸収したのではないか? と。

「確かに、そう言われればそうかもしれないね……」

 けれど、引っかかることがある。

 氷依を捕まえた時は一枚の札で事足りたし、吸収した彼女の力が札の内部で暴れ回るなんてこともなかった。

 なのに何故、今回だけこんなことになっているのか?

 札の性能は、氷依に使った時と比べて、そこまで変わっているわけではない。

 基本的なことは同じだし、改良したといっても、若干自分の力を以前より多めに注ぎ込んだだけだ。

 だから然程違いはないのに、どうして結果はこんなにも違う?

「もしかしたら……元々の魔性の強さに関係があるのかもしれませんね」
「どういうことだ?」

 間髪入れず聞き返せば、ミルドは氷依と赤の魔性が戦った時のことを詳細に語った。

 全力ともいえる力を使った氷依に対し、赤の魔性は余裕綽々であったこと。

 黒い靄を纏ったアランと戦った際も、氷依は押され気味であったとミルドは話した。

「成る程。確かにそうかもしれないが……」

 何日か前に、ルーチェは氷依から『力が戻っていない』と報告を受けたばかりだ。

 そんな状態で戦っていたのだから、氷依が他の魔性より弱かったのは、当然のことであったろう。

 だが、ミルドが氷依を捕らえた時はどうだったのか?

 もしかしたら、その時には既に魔力が減っていたのかもしれない。

 だから捕らえるのに札が一枚で済んだ可能性がある。

 そう考えるのが一番妥当な気がした。

 しかしそうなると、十分な魔力に満ち溢れた状態の魔性を捕らえるのに、札は何枚必要なのか? という問題が出てくる。

 今回ミルドに渡していた札は五枚。

 四枚はまばらな染まり方をしているから、それらを凝縮すれば三枚ほどになるかもしれない。

 だがこれは、あくまでアランが纏っていたという靄の量であり、アランにこれを与えた魔性本体の魔力量ではないのだ。

 目に付いた人間に札三枚分の魔力を簡単に貸し与えられる程の力を持つ魔性の本来の魔力量など、想像すらできない。

 そんな魔性を捕らえるのに、札は一体何枚必要となるのか。

 十枚? 二十枚? それよりもっと?

 それ程の枚数、簡単に作れはしない。

 札自体は簡易な物であるため時間は掛からないが、それにルーチェの力を籠めるのが大変なのだ。

 あまり能力を使うと、すぐに疲れてしまう。

 それはまだ能力を使うことにあまり慣れていないこともあるし、年齢が若いせいもある。あとは、力の使い方を教えてくれる人がいないことも大きな原因の一つだ。

「だけど、最も大きい原因は……」

 呟き、目を伏せる。

 早く少女を捕まえなければ。

 ああでも、少女を捕まえるのに魔性が必要なんだった。

 少女と魔性。どちらを捕まえるにもどちらかが必要で、自分の手の内には今、力を失った魔性が一体いるだけ。

 たったこれだけで、何ができる?

 しかし一つだけ、光明があった。

 魔性の魔力の取り戻し方は分からないが、魔性は一度失った魔力を簡単には取り戻せぬということだ。

 もしも簡単に取り戻せるなら、氷依もとっくに全回復していた筈だから。

 それが出来なかったからこそ、彼女は今なお苦しんでいた。

「ということは……」

 アランに力を貸し与えた魔性は、今現在、札三枚分の魔力を失っていることになる。

 ならば今すぐ捕まえに動けば、少ない札の枚数で捕らえることが可能かもしれない。

「問題は、どうやって本体を誘き寄せるかということだけど……」
 
 ルーチェは未だに動き続ける黒い札を一瞥する。

 もしかしてこの札内に捕らえられている力は、主人の元へ戻ろうとしているのか?

 その為に、札の中から必死に逃げ出そうとしている?

 それが一番納得できる答えではある。当然逃すことはできないし、主人の元へ戻すつもりもないが。

 一瞬だけ『道案内に使えるか?』とも考えたが、空間転移されたら転移できない自分では簡単に逃げられてしまうと気付き、それはダメだと首を振った。

「なかなかに難しい問題だな……」

 これを放置するのはあまりに危険だ、とも思う。
 
 しかし絶えず監視しているわけにもいかないし、有用な使い方もすぐには思い浮かばない。

 ならばどうするか……。

 暫く考えた後、ルーチェはある妙案を思い付き、口角を上げた。

「試してみる価値はあるよね……」

 ミルドに黒い札の監視を言いつけ、ルーチェは他の札を持って謁見の間を後にする。

 彼はこれから、残酷な実験をしようとしていた。

 







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...