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第八章 黒い靄
失った魔力
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札の中の黒ずみが、出口を求めて蠢いている。
ミルドに使用済みの札を返されたルーチェは、異様な動きを見せる黒ずみを見て、まずそう思った。
まるで意思があるかのように蠢くそれは、札の中という狭い範囲内を絶えず行ったり来たりして、出口へと繋がる部分を探しているかのようだ。
そんなもの、いくら探そうともありはしないのに。
だが、魔性本体から離れても蠢き続けるそれは、とても不気味だ。
特に、ミルドが他の札で包むようにして渡してきた、真っ黒に染め上がった札は格別に。
「この一枚だけ、どうして真っ黒になっているのか聞いてもいいかい?」
ミルドに問えば、彼はその一枚のみを表面に晒し、他はしまったままにしてあったからだと答えた。
たった一枚だけ表に出ていたからこそ、それだけが限界まで力を吸収し、吸収しきれず取りこぼした分の力を他の札が均等に吸収したのではないか? と。
「確かに、そう言われればそうかもしれないね……」
けれど、引っかかることがある。
氷依を捕まえた時は一枚の札で事足りたし、吸収した彼女の力が札の内部で暴れ回るなんてこともなかった。
なのに何故、今回だけこんなことになっているのか?
札の性能は、氷依に使った時と比べて、そこまで変わっているわけではない。
基本的なことは同じだし、改良したといっても、若干自分の力を以前より多めに注ぎ込んだだけだ。
だから然程違いはないのに、どうして結果はこんなにも違う?
「もしかしたら……元々の魔性の強さに関係があるのかもしれませんね」
「どういうことだ?」
間髪入れず聞き返せば、ミルドは氷依と赤の魔性が戦った時のことを詳細に語った。
全力ともいえる力を使った氷依に対し、赤の魔性は余裕綽々であったこと。
黒い靄を纏ったアランと戦った際も、氷依は押され気味であったとミルドは話した。
「成る程。確かにそうかもしれないが……」
何日か前に、ルーチェは氷依から『力が戻っていない』と報告を受けたばかりだ。
そんな状態で戦っていたのだから、氷依が他の魔性より弱かったのは、当然のことであったろう。
だが、ミルドが氷依を捕らえた時はどうだったのか?
もしかしたら、その時には既に魔力が減っていたのかもしれない。
だから捕らえるのに札が一枚で済んだ可能性がある。
そう考えるのが一番妥当な気がした。
しかしそうなると、十分な魔力に満ち溢れた状態の魔性を捕らえるのに、札は何枚必要なのか? という問題が出てくる。
今回ミルドに渡していた札は五枚。
四枚はまばらな染まり方をしているから、それらを凝縮すれば三枚ほどになるかもしれない。
だがこれは、あくまでアランが纏っていたという靄の量であり、アランにこれを与えた魔性本体の魔力量ではないのだ。
目に付いた人間に札三枚分の魔力を簡単に貸し与えられる程の力を持つ魔性の本来の魔力量など、想像すらできない。
そんな魔性を捕らえるのに、札は一体何枚必要となるのか。
十枚? 二十枚? それよりもっと?
それ程の枚数、簡単に作れはしない。
札自体は簡易な物であるため時間は掛からないが、それにルーチェの力を籠めるのが大変なのだ。
あまり能力を使うと、すぐに疲れてしまう。
それはまだ能力を使うことにあまり慣れていないこともあるし、年齢が若いせいもある。あとは、力の使い方を教えてくれる人がいないことも大きな原因の一つだ。
「だけど、最も大きい原因は……」
呟き、目を伏せる。
早く少女を捕まえなければ。
ああでも、少女を捕まえるのに魔性が必要なんだった。
少女と魔性。どちらを捕まえるにもどちらかが必要で、自分の手の内には今、力を失った魔性が一体いるだけ。
たったこれだけで、何ができる?
しかし一つだけ、光明があった。
魔性の魔力の取り戻し方は分からないが、魔性は一度失った魔力を簡単には取り戻せぬということだ。
もしも簡単に取り戻せるなら、氷依もとっくに全回復していた筈だから。
それが出来なかったからこそ、彼女は今なお苦しんでいた。
「ということは……」
アランに力を貸し与えた魔性は、今現在、札三枚分の魔力を失っていることになる。
ならば今すぐ捕まえに動けば、少ない札の枚数で捕らえることが可能かもしれない。
「問題は、どうやって本体を誘き寄せるかということだけど……」
ルーチェは未だに動き続ける黒い札を一瞥する。
もしかしてこの札内に捕らえられている力は、主人の元へ戻ろうとしているのか?
その為に、札の中から必死に逃げ出そうとしている?
それが一番納得できる答えではある。当然逃すことはできないし、主人の元へ戻すつもりもないが。
一瞬だけ『道案内に使えるか?』とも考えたが、空間転移されたら転移できない自分では簡単に逃げられてしまうと気付き、それはダメだと首を振った。
「なかなかに難しい問題だな……」
これを放置するのはあまりに危険だ、とも思う。
しかし絶えず監視しているわけにもいかないし、有用な使い方もすぐには思い浮かばない。
ならばどうするか……。
暫く考えた後、ルーチェはある妙案を思い付き、口角を上げた。
「試してみる価値はあるよね……」
ミルドに黒い札の監視を言いつけ、ルーチェは他の札を持って謁見の間を後にする。
彼はこれから、残酷な実験をしようとしていた。
ミルドに使用済みの札を返されたルーチェは、異様な動きを見せる黒ずみを見て、まずそう思った。
まるで意思があるかのように蠢くそれは、札の中という狭い範囲内を絶えず行ったり来たりして、出口へと繋がる部分を探しているかのようだ。
そんなもの、いくら探そうともありはしないのに。
だが、魔性本体から離れても蠢き続けるそれは、とても不気味だ。
特に、ミルドが他の札で包むようにして渡してきた、真っ黒に染め上がった札は格別に。
「この一枚だけ、どうして真っ黒になっているのか聞いてもいいかい?」
ミルドに問えば、彼はその一枚のみを表面に晒し、他はしまったままにしてあったからだと答えた。
たった一枚だけ表に出ていたからこそ、それだけが限界まで力を吸収し、吸収しきれず取りこぼした分の力を他の札が均等に吸収したのではないか? と。
「確かに、そう言われればそうかもしれないね……」
けれど、引っかかることがある。
氷依を捕まえた時は一枚の札で事足りたし、吸収した彼女の力が札の内部で暴れ回るなんてこともなかった。
なのに何故、今回だけこんなことになっているのか?
札の性能は、氷依に使った時と比べて、そこまで変わっているわけではない。
基本的なことは同じだし、改良したといっても、若干自分の力を以前より多めに注ぎ込んだだけだ。
だから然程違いはないのに、どうして結果はこんなにも違う?
「もしかしたら……元々の魔性の強さに関係があるのかもしれませんね」
「どういうことだ?」
間髪入れず聞き返せば、ミルドは氷依と赤の魔性が戦った時のことを詳細に語った。
全力ともいえる力を使った氷依に対し、赤の魔性は余裕綽々であったこと。
黒い靄を纏ったアランと戦った際も、氷依は押され気味であったとミルドは話した。
「成る程。確かにそうかもしれないが……」
何日か前に、ルーチェは氷依から『力が戻っていない』と報告を受けたばかりだ。
そんな状態で戦っていたのだから、氷依が他の魔性より弱かったのは、当然のことであったろう。
だが、ミルドが氷依を捕らえた時はどうだったのか?
もしかしたら、その時には既に魔力が減っていたのかもしれない。
だから捕らえるのに札が一枚で済んだ可能性がある。
そう考えるのが一番妥当な気がした。
しかしそうなると、十分な魔力に満ち溢れた状態の魔性を捕らえるのに、札は何枚必要なのか? という問題が出てくる。
今回ミルドに渡していた札は五枚。
四枚はまばらな染まり方をしているから、それらを凝縮すれば三枚ほどになるかもしれない。
だがこれは、あくまでアランが纏っていたという靄の量であり、アランにこれを与えた魔性本体の魔力量ではないのだ。
目に付いた人間に札三枚分の魔力を簡単に貸し与えられる程の力を持つ魔性の本来の魔力量など、想像すらできない。
そんな魔性を捕らえるのに、札は一体何枚必要となるのか。
十枚? 二十枚? それよりもっと?
それ程の枚数、簡単に作れはしない。
札自体は簡易な物であるため時間は掛からないが、それにルーチェの力を籠めるのが大変なのだ。
あまり能力を使うと、すぐに疲れてしまう。
それはまだ能力を使うことにあまり慣れていないこともあるし、年齢が若いせいもある。あとは、力の使い方を教えてくれる人がいないことも大きな原因の一つだ。
「だけど、最も大きい原因は……」
呟き、目を伏せる。
早く少女を捕まえなければ。
ああでも、少女を捕まえるのに魔性が必要なんだった。
少女と魔性。どちらを捕まえるにもどちらかが必要で、自分の手の内には今、力を失った魔性が一体いるだけ。
たったこれだけで、何ができる?
しかし一つだけ、光明があった。
魔性の魔力の取り戻し方は分からないが、魔性は一度失った魔力を簡単には取り戻せぬということだ。
もしも簡単に取り戻せるなら、氷依もとっくに全回復していた筈だから。
それが出来なかったからこそ、彼女は今なお苦しんでいた。
「ということは……」
アランに力を貸し与えた魔性は、今現在、札三枚分の魔力を失っていることになる。
ならば今すぐ捕まえに動けば、少ない札の枚数で捕らえることが可能かもしれない。
「問題は、どうやって本体を誘き寄せるかということだけど……」
ルーチェは未だに動き続ける黒い札を一瞥する。
もしかしてこの札内に捕らえられている力は、主人の元へ戻ろうとしているのか?
その為に、札の中から必死に逃げ出そうとしている?
それが一番納得できる答えではある。当然逃すことはできないし、主人の元へ戻すつもりもないが。
一瞬だけ『道案内に使えるか?』とも考えたが、空間転移されたら転移できない自分では簡単に逃げられてしまうと気付き、それはダメだと首を振った。
「なかなかに難しい問題だな……」
これを放置するのはあまりに危険だ、とも思う。
しかし絶えず監視しているわけにもいかないし、有用な使い方もすぐには思い浮かばない。
ならばどうするか……。
暫く考えた後、ルーチェはある妙案を思い付き、口角を上げた。
「試してみる価値はあるよね……」
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