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第七章 不可思議な力
傀儡
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さて、どうしよう?
自分に向かって首を垂れる女魔性を見つめながら、ルーチェは次に打つ手を考えていた。
恐らくミルドも今此処へ向かって来ているところだろうから、出来上がった札は全てあいつに渡すとして、この女魔性はどのように使うのが最も有用だろうか?
一人しかいない。
替えもきかない。
故に安易には使えず、使い所を考える必要がある。
下手に使って命を落とされたり、万一暗示が解けて逃げ出されでもしたら取り返しがつかない。
かといって、手持ちの魔性は彼女しかいないのだから、使わないわけにもいかないというジレンマ。
どうする? このままミルドを待って共に娘のいる場所へと向かわせるか、それとも一人で動かして、赤い魔性を誘き寄せるのに使うか……。
様々な場合を考え、ルーチェは思考を巡らせる。
その過程で、ふと感じた疑問を口にした。
「そういえば、娘と一緒にいるという赤い魔性。君は彼を倒すことはできないのかい?」
何度も自分の邪魔をした赤い魔性。
彼さえいなければ、目的の少女をもっと早くに手に入れることができていたに違いない。
なのに、あの男がいるせいで、自分は未だ彼女に会うことすらできていないのだ。
あの男さえ始末してしまえば、問題は何もないというのに。
「君も彼と同じ魔性であるなら、何か手はないのかい? 例えば彼の弱みを握るとか、そういったことでも構わない。何とかして、あの魔性を彼女から遠ざけたいんだ。何か思い付くことはないか?」
しかし、それに答える氷依の声は、とても弱々しいものだった。
「申し訳ございません。わたくしは……まだ力が回復しておらぬ故、今の状態では赤い魔性どころか他の魔性相手ですらも厳しいかと……」
「なんだって!?」
ガタン、と音を立ててルーチェは玉座から立ち上がる。
そんなことは知らない。そんな話は聞いていない。
氷依が未だ本来の力を取り戻せずにいるなんて。
「何故僕に言わなかった!?」
問い詰めるも、氷依は目を伏せ、唇を噛む。
何故だ? 何故自分に言ってくれなかった?
そのことを話してくれさえいれば、対処のしようもあったのに。
ルーチェはそう思ったが、氷依はそんな彼の考えを否定するかのような言葉を口にした。
「言ったところでどうなりましょう? 人間である貴方に、我ら魔性の力を戻す方法など分かるわけがない。なのに言ったところでどうなると? 奪うだけ奪って、地下牢へ長期間わたくしを捕らえておいて、放置していた貴方などに!」
一転して強い力で語られた言葉に、ルーチェは瞳を丸くする。
まさか氷依が、こんな風に言い返してくるとは思ってもいなかった。
心を支配してからというもの、氷依はずっと大人しくルーチェの言葉に淡々と従い続けていたから。
「君を放置していたことについては……悪かったと思っている。だからこそ今、私は心を入れ替え、君にも相応の対価を与えるべきだと判断したんだ。その為にも、君にはもう少し役立ってもらう必要があるんだけど……力が戻らないことには、そうもいかないということだよね?」
玉座から離れ、氷依のすぐ傍に膝をつき、ルーチェは尋ねる。
「君をもっと優遇してあげる為にも、なんとかして力を取り戻せると良いんだけど……どうしたら良いかな? もし僕にできることがあれば、教えて欲しい」
極力優しい声音で告げて、彼女の頬へとそっと手を伸ばし顔を上げさせると、至近距離から瞳を合わせた。
刹那、ビクン、と氷依の身体が何かの衝撃を受けたかのように反応する。
「あ……や……」
咄嗟に離れようとする彼女の腕を掴み、顔を固定し、ルーチェは無理矢理視線を合わせ続ける。
その最中も、氷依はなんとかしてルーチェの視線から逃れようと無駄な抵抗を試みていたが──ややあって、突然意識をなくし、彼女はその場へと倒れ込んだ。
「おっと……」
その身体が床に付く直前で氷依を抱き止め、ルーチェはうっすらと笑みを浮かべる。
彼女の意思を尊重しようだなんて、少しでも考えた自分が甘かった。
本気で魔性を操ろうと思うのなら、最初からこうすべきだったんだ。
全ての意思を奪っては、面白くない。少しぐらい自我があった方が会話になり、楽しめる。
そう思ったからこそ、氷依を傀儡にする際自我を奪うことまではせず、中途半端ともいえる状態で留めておいたのだが。
「完全に、失敗だったな」
だからこそ、こんなことになってしまった。
彼女の力が回復していない事実も何も、自分は知らずに。
そのせいで──かどうかはハッキリしないが──二度も少女の奪還に失敗し、辛酸を舐めることとなった。
「僕もまだまだ甘かったということか……」
目的の少女を手に入れる為なら、手段さえ厭わないと思ったのは誰だったか。
その為に、欲しくもない玉座を手に入れ、権力を欲したのではなかったか。
「もう一度……やり直そう」
そうだ、最初から。
まだやり直しは効く筈。
決して遅くはないだろう。
「僕はもう手加減しない。自分の全力を尽くして君を奪いに行くと決めたよ」
意識を失った氷依を抱きしめながら思い浮かべるのは、自分が知るかつての少女の姿。
甘さなど自分には必要ない。
非情であろうがなんだろうが、自分にとって彼女は何をおいても絶対手に入れなければならない存在なのだから。
「小細工なんてもうやめる。なりふり構わず君を取り返しに行くよ」
立ち上がると、近場にいた騎士へと指示を出し、ルーチェは氷依を抱え玉座の間を後にする。
しかし、自らの私室のソファに氷依を下ろしたところで、扉の外から声がかかった。
「陛下! ミルド騎士隊長がお戻りになられました! 陛下への謁見を申し出られておりますが、如何されますか?」
来たか……。
思ったよりも早かったな。距離的に、もう少し時間が掛かると思ったが。
再び娘を取り逃したことと、部下であったアランの乱心。その二つを大事と見做し、急いで来たのか?
おおよその内容は氷依から報告を受けたが、ミルド本人からの報告はどういったものだろうか。
「二人の報告内容の間違い探しをするのも、また一興というところかな?」
少しだけ口角を上げ、ルーチェは踵を返す。
「すぐに行くとミルドに伝えろ」
「ははっ!」
開かれた扉から、ルーチェは玉座の間へ向かおうとして──なんとなく氷依を振り返った。
部屋へ置いて行っても大丈夫だろうか?
彼女はまだ意識を失っている。
たとえ意識を取り戻したところで妙な真似はしないだろうが、それでも。
「……まあ、問題ないよね」
悩みながらも、ルーチェは結局氷依を置いていく決断をした。
自我を失った彼女は既に、ルーチェの命令なしには動けない傀儡へと成り果ててしまっていたから──。
自分に向かって首を垂れる女魔性を見つめながら、ルーチェは次に打つ手を考えていた。
恐らくミルドも今此処へ向かって来ているところだろうから、出来上がった札は全てあいつに渡すとして、この女魔性はどのように使うのが最も有用だろうか?
一人しかいない。
替えもきかない。
故に安易には使えず、使い所を考える必要がある。
下手に使って命を落とされたり、万一暗示が解けて逃げ出されでもしたら取り返しがつかない。
かといって、手持ちの魔性は彼女しかいないのだから、使わないわけにもいかないというジレンマ。
どうする? このままミルドを待って共に娘のいる場所へと向かわせるか、それとも一人で動かして、赤い魔性を誘き寄せるのに使うか……。
様々な場合を考え、ルーチェは思考を巡らせる。
その過程で、ふと感じた疑問を口にした。
「そういえば、娘と一緒にいるという赤い魔性。君は彼を倒すことはできないのかい?」
何度も自分の邪魔をした赤い魔性。
彼さえいなければ、目的の少女をもっと早くに手に入れることができていたに違いない。
なのに、あの男がいるせいで、自分は未だ彼女に会うことすらできていないのだ。
あの男さえ始末してしまえば、問題は何もないというのに。
「君も彼と同じ魔性であるなら、何か手はないのかい? 例えば彼の弱みを握るとか、そういったことでも構わない。何とかして、あの魔性を彼女から遠ざけたいんだ。何か思い付くことはないか?」
しかし、それに答える氷依の声は、とても弱々しいものだった。
「申し訳ございません。わたくしは……まだ力が回復しておらぬ故、今の状態では赤い魔性どころか他の魔性相手ですらも厳しいかと……」
「なんだって!?」
ガタン、と音を立ててルーチェは玉座から立ち上がる。
そんなことは知らない。そんな話は聞いていない。
氷依が未だ本来の力を取り戻せずにいるなんて。
「何故僕に言わなかった!?」
問い詰めるも、氷依は目を伏せ、唇を噛む。
何故だ? 何故自分に言ってくれなかった?
そのことを話してくれさえいれば、対処のしようもあったのに。
ルーチェはそう思ったが、氷依はそんな彼の考えを否定するかのような言葉を口にした。
「言ったところでどうなりましょう? 人間である貴方に、我ら魔性の力を戻す方法など分かるわけがない。なのに言ったところでどうなると? 奪うだけ奪って、地下牢へ長期間わたくしを捕らえておいて、放置していた貴方などに!」
一転して強い力で語られた言葉に、ルーチェは瞳を丸くする。
まさか氷依が、こんな風に言い返してくるとは思ってもいなかった。
心を支配してからというもの、氷依はずっと大人しくルーチェの言葉に淡々と従い続けていたから。
「君を放置していたことについては……悪かったと思っている。だからこそ今、私は心を入れ替え、君にも相応の対価を与えるべきだと判断したんだ。その為にも、君にはもう少し役立ってもらう必要があるんだけど……力が戻らないことには、そうもいかないということだよね?」
玉座から離れ、氷依のすぐ傍に膝をつき、ルーチェは尋ねる。
「君をもっと優遇してあげる為にも、なんとかして力を取り戻せると良いんだけど……どうしたら良いかな? もし僕にできることがあれば、教えて欲しい」
極力優しい声音で告げて、彼女の頬へとそっと手を伸ばし顔を上げさせると、至近距離から瞳を合わせた。
刹那、ビクン、と氷依の身体が何かの衝撃を受けたかのように反応する。
「あ……や……」
咄嗟に離れようとする彼女の腕を掴み、顔を固定し、ルーチェは無理矢理視線を合わせ続ける。
その最中も、氷依はなんとかしてルーチェの視線から逃れようと無駄な抵抗を試みていたが──ややあって、突然意識をなくし、彼女はその場へと倒れ込んだ。
「おっと……」
その身体が床に付く直前で氷依を抱き止め、ルーチェはうっすらと笑みを浮かべる。
彼女の意思を尊重しようだなんて、少しでも考えた自分が甘かった。
本気で魔性を操ろうと思うのなら、最初からこうすべきだったんだ。
全ての意思を奪っては、面白くない。少しぐらい自我があった方が会話になり、楽しめる。
そう思ったからこそ、氷依を傀儡にする際自我を奪うことまではせず、中途半端ともいえる状態で留めておいたのだが。
「完全に、失敗だったな」
だからこそ、こんなことになってしまった。
彼女の力が回復していない事実も何も、自分は知らずに。
そのせいで──かどうかはハッキリしないが──二度も少女の奪還に失敗し、辛酸を舐めることとなった。
「僕もまだまだ甘かったということか……」
目的の少女を手に入れる為なら、手段さえ厭わないと思ったのは誰だったか。
その為に、欲しくもない玉座を手に入れ、権力を欲したのではなかったか。
「もう一度……やり直そう」
そうだ、最初から。
まだやり直しは効く筈。
決して遅くはないだろう。
「僕はもう手加減しない。自分の全力を尽くして君を奪いに行くと決めたよ」
意識を失った氷依を抱きしめながら思い浮かべるのは、自分が知るかつての少女の姿。
甘さなど自分には必要ない。
非情であろうがなんだろうが、自分にとって彼女は何をおいても絶対手に入れなければならない存在なのだから。
「小細工なんてもうやめる。なりふり構わず君を取り返しに行くよ」
立ち上がると、近場にいた騎士へと指示を出し、ルーチェは氷依を抱え玉座の間を後にする。
しかし、自らの私室のソファに氷依を下ろしたところで、扉の外から声がかかった。
「陛下! ミルド騎士隊長がお戻りになられました! 陛下への謁見を申し出られておりますが、如何されますか?」
来たか……。
思ったよりも早かったな。距離的に、もう少し時間が掛かると思ったが。
再び娘を取り逃したことと、部下であったアランの乱心。その二つを大事と見做し、急いで来たのか?
おおよその内容は氷依から報告を受けたが、ミルド本人からの報告はどういったものだろうか。
「二人の報告内容の間違い探しをするのも、また一興というところかな?」
少しだけ口角を上げ、ルーチェは踵を返す。
「すぐに行くとミルドに伝えろ」
「ははっ!」
開かれた扉から、ルーチェは玉座の間へ向かおうとして──なんとなく氷依を振り返った。
部屋へ置いて行っても大丈夫だろうか?
彼女はまだ意識を失っている。
たとえ意識を取り戻したところで妙な真似はしないだろうが、それでも。
「……まあ、問題ないよね」
悩みながらも、ルーチェは結局氷依を置いていく決断をした。
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