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第七章 不可思議な力
奏の不在
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次に目が覚めた時、そこは宿屋だった。
以前泊まった部屋とは微妙に違う室内の造り。家具。
けれど、違うといってもそこが宿屋であることは疑う余地がない程の、僅かな違いで。
だから目覚めて周囲へと目を向けた時、ラズリにはそこが宿屋であるとすぐに分かった。
「私……どうして?」
何故自分がベッドに寝かされているのか、すぐには思い出すことができず、首を傾げる。
取り敢えず身体を起こし、室内をゆっくりと見回すと、ラズリは意識を失う前の記憶を辿った。
意識を失う寸前までは、森にいた筈。
あの時目の前には、憎き王宮騎士であるミルドがいて、隣には奏がいた。
ミルドと自分は幾つか言葉を交わして、そうしたら奏が……奏が何かを言ったような気がする。
でも、彼がなんと言ったのかは覚えていない。
何故だか記憶がぼんやりとして、頭の中に霧がかかっているかのようだ。
「あの時……どうしたんだっけ?」
そして何故今、自分は宿屋にいるのだろうか。
奏は、ミルドは、どうしたんだろう?
「奏……?」
そこでラズリは、いつも自分の傍にいる青年魔性の姿がないことに、漸く気付いた。
否、目が覚めた時から気付いていたが、意識を取り戻したばかりで自覚できていなかった、というのが正しい。
ともかく、改めてもう一度室内を見回し、赤い髪の青年の姿がないことを確認すると、ラズリは眉間に皺を寄せた。
いつもだったら、必ずといっていいほど傍にいてくれるのに。
どうして奏はいないんだろう? もしかして、彼に何かあったのだろうか?
気を失う前のことを覚えていないだけに、彼のいない理由が分からず、不安になる。
自分が宿屋のベッドで寝ているということは、奏がここまで連れて来てくれたに違いないけれど。
だったら何故、彼はここにいないのだろう?
何か問題が起きて、取り敢えず自分だけをここに置いて出て行った?
それとも、自分が中々目を醒まさないから、待ってるのが退屈になって何処かへ出掛けて行っただけ?
けれど奏なら、自分が意識を取り戻せば気付くだろうし、呼べばすぐに戻ってきてくれる筈。
なのにどうして、今は戻って来ないのだろうか。
「奏……本当にいないの?」
部屋の中を見回しながら再度彼の名を呼ぶも、それに答える声は無い。
どうして? 一体何があったの? 奏は大丈夫なの?
名前を呼んで、ここまで彼が姿を現さないことは今までなかった。だから余計に不安を掻き立てられる。
以前の自分であれば、恐らくこんなことはなかっただろう。
いつも一緒にいる人が少しの間傍にいないからといって、こんな風に落ち込んだり、怯えたりすることなんてなかった。
いつでも心を強く持って、一人でも頑張っていられたのに。
「いつから……こんな風になったのかしら?」
自分はいつから、こんなに弱くなってしまったのだろうか。
村にいる時は、一人でも頑張っていた。
最初のうちこそ祖父と二人三脚で頑張っていたけれど、年齢を重ねるにつれ祖父が身体を悪くすると、それからは一人で頑張った。
二人分の家事を一人でして、畑の世話や村人達との定期的な交流。祖父の代わりにできることは、なんでも一人でやった。
祖父の手を煩わせないように。祖父が少しでも楽できるようにと。
なのに、奏と一緒にいるようになって、様々な場面で甘やかされ、頑張らなくてもすむようになった。
いつでもどこでも奏が一緒にいてくれて、色々と気遣ってくれる。それでも、掃除や洗濯など、魔性である彼にとって必要ないことは自分でしなければならなかったが、食べる物には困らないし、気持ちが不安定な時は傍で安心させてくれた。
だからだろうか?
祖父を支えねばと一人で頑張っていた時と違い、自分が支えられるようになったことで、頼ることに慣れてしまった。
一人でいるのが寂しい、心細いと思うようになってしまった。
「以前はこんなこと、考えたこともなかったのに……」
ため息を吐き、ベッドから下りる。
窓から外を見てみれば、やはりそこには見覚えのない街並みが広がっていて。
先日まで泊まっていた街とは明らかに違う場所にいるのだと、すぐに分かった。
ここは何処なのか。王宮には近いのか、遠いのか。
何も分からないけれど。
それすらどうでも良いと思ってしまうほど、ラズリの頭の中は奏のことだけでいっぱいだった。
以前泊まった部屋とは微妙に違う室内の造り。家具。
けれど、違うといってもそこが宿屋であることは疑う余地がない程の、僅かな違いで。
だから目覚めて周囲へと目を向けた時、ラズリにはそこが宿屋であるとすぐに分かった。
「私……どうして?」
何故自分がベッドに寝かされているのか、すぐには思い出すことができず、首を傾げる。
取り敢えず身体を起こし、室内をゆっくりと見回すと、ラズリは意識を失う前の記憶を辿った。
意識を失う寸前までは、森にいた筈。
あの時目の前には、憎き王宮騎士であるミルドがいて、隣には奏がいた。
ミルドと自分は幾つか言葉を交わして、そうしたら奏が……奏が何かを言ったような気がする。
でも、彼がなんと言ったのかは覚えていない。
何故だか記憶がぼんやりとして、頭の中に霧がかかっているかのようだ。
「あの時……どうしたんだっけ?」
そして何故今、自分は宿屋にいるのだろうか。
奏は、ミルドは、どうしたんだろう?
「奏……?」
そこでラズリは、いつも自分の傍にいる青年魔性の姿がないことに、漸く気付いた。
否、目が覚めた時から気付いていたが、意識を取り戻したばかりで自覚できていなかった、というのが正しい。
ともかく、改めてもう一度室内を見回し、赤い髪の青年の姿がないことを確認すると、ラズリは眉間に皺を寄せた。
いつもだったら、必ずといっていいほど傍にいてくれるのに。
どうして奏はいないんだろう? もしかして、彼に何かあったのだろうか?
気を失う前のことを覚えていないだけに、彼のいない理由が分からず、不安になる。
自分が宿屋のベッドで寝ているということは、奏がここまで連れて来てくれたに違いないけれど。
だったら何故、彼はここにいないのだろう?
何か問題が起きて、取り敢えず自分だけをここに置いて出て行った?
それとも、自分が中々目を醒まさないから、待ってるのが退屈になって何処かへ出掛けて行っただけ?
けれど奏なら、自分が意識を取り戻せば気付くだろうし、呼べばすぐに戻ってきてくれる筈。
なのにどうして、今は戻って来ないのだろうか。
「奏……本当にいないの?」
部屋の中を見回しながら再度彼の名を呼ぶも、それに答える声は無い。
どうして? 一体何があったの? 奏は大丈夫なの?
名前を呼んで、ここまで彼が姿を現さないことは今までなかった。だから余計に不安を掻き立てられる。
以前の自分であれば、恐らくこんなことはなかっただろう。
いつも一緒にいる人が少しの間傍にいないからといって、こんな風に落ち込んだり、怯えたりすることなんてなかった。
いつでも心を強く持って、一人でも頑張っていられたのに。
「いつから……こんな風になったのかしら?」
自分はいつから、こんなに弱くなってしまったのだろうか。
村にいる時は、一人でも頑張っていた。
最初のうちこそ祖父と二人三脚で頑張っていたけれど、年齢を重ねるにつれ祖父が身体を悪くすると、それからは一人で頑張った。
二人分の家事を一人でして、畑の世話や村人達との定期的な交流。祖父の代わりにできることは、なんでも一人でやった。
祖父の手を煩わせないように。祖父が少しでも楽できるようにと。
なのに、奏と一緒にいるようになって、様々な場面で甘やかされ、頑張らなくてもすむようになった。
いつでもどこでも奏が一緒にいてくれて、色々と気遣ってくれる。それでも、掃除や洗濯など、魔性である彼にとって必要ないことは自分でしなければならなかったが、食べる物には困らないし、気持ちが不安定な時は傍で安心させてくれた。
だからだろうか?
祖父を支えねばと一人で頑張っていた時と違い、自分が支えられるようになったことで、頼ることに慣れてしまった。
一人でいるのが寂しい、心細いと思うようになってしまった。
「以前はこんなこと、考えたこともなかったのに……」
ため息を吐き、ベッドから下りる。
窓から外を見てみれば、やはりそこには見覚えのない街並みが広がっていて。
先日まで泊まっていた街とは明らかに違う場所にいるのだと、すぐに分かった。
ここは何処なのか。王宮には近いのか、遠いのか。
何も分からないけれど。
それすらどうでも良いと思ってしまうほど、ラズリの頭の中は奏のことだけでいっぱいだった。
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