天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第七章 不可思議な力

掴めないもの

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「そう……そんなことが、あったんだね」

 アランの検分を終え、すぐさま王宮へと戻って来た氷依から報告を受けたルーチェは、思案しながらも頷く。

 彼は、魔性ではない。

 故にミルドや氷依に指示を出しはするものの、その結果を自分で知ることはできず、毎回報告待ちになってしまう。

 氷依を手駒に加えてからは、こうして一瞬で行き来して報告をしてくれるため、そういったまどろっこしさは解消されたが。

 それでも、要所要所で毎回先を越される感は拭い去ることができず、後手に回らざるを得ない自分に、悔しさが込み上げる。

 自分にも能力はあるのに。魔性とは違えども、確かな能力を持っているのに。

 その使い勝手は、魔性のものと比べれば雲泥の差があり。

 仕方ないと思いながらも、一人だけ蚊帳の外にいるような気がして、ルーチェは唇を噛んだ。

「今回は主様の作りし札により事なきを得ましたが、もしあれがなかったならば、ミルドなる男も魔に取り込まれた者と共に命を落としていたことでございましょう」
 
 それでも氷依の言葉が、後手に回りつつも先を見越したルーチェの行動に称賛を唱え、僅かながら彼の心を持ち上げてくれる。

 例えその内容が彼の望んだものでなかったとしても、それを知るのはルーチェ本人のみ。

 王宮騎士団の小隊長であるミルドの死を密かに願っているなど、王宮にいる誰にも知られてはならないことだ。

 そして当然、それを願う理由も。

 ミルドにのみ、術のかかりが悪いから、なんて……。

 言い訳になるかどうからすら分からない怪しい理由で、ミルドの死を願っているなど言えるわけがない。

 言えば、理由を尋ねられる。

 部下に主君が術を掛けているなど知られてはいけない。また、そうする理由も絶対に知られてはならないのだ。

 だからこそ、口を閉ざす。

 自分がどのようにして玉座へと就いたのか、また、如何にして王宮の人間達を掌握しているのか、誰にも知られるわけにはいかないから。

「娘は今、どうしている?」

 ミルドのことを考えると、どうにも思考が後ろ向きになる。

 考えを切り替えようと、ルーチェは氷依に目当ての娘のことについて尋ねた。

「あの娘ね……」

 氷依は、どこか遠くを見つめるような目をしてから、暫く間を置いて口を開く。

 その間に何か意味があるのか、はたまた意味など何もないのか、分からないが、ルーチェは何も言わずに氷依の次の言葉を待った。

「あの娘は、赤の魔性が眠らせて何処かへ連れ去ってしまったわ。追うことも考えたけれど、ミルドを置いて行けば確実に殺されてしまうと思ったから、結局そのまま……ごめんなさい」
「そうか……」

 また、逃してしまった。

 漸く見つけたと思ったのに、捕まえようとすると逃げてしまう。掴んだと思っても、指の隙間から溢れてしまう。

 何故、たかだか一人の娘を手に入れるために、ここまで苦労しなければいけないんだろう?

 見つけて、連れ去って、囲って……たったそれだけの筈だった。それだけで済む筈だった。

 なのに何故、こんな簡単なことが実行できない?

 魔性が傍についているから? ルーチェ自身が迎えに行っていないから?

 そんな理由ではない気がした。

 何か……運命そのものに邪魔をされているかのような。

「そんな筈はない……」

 自分は、何よりも誰よりも愛されるべき存在だ。

 世界の全てが忌み嫌われようと、自分は、自分だけは。

「僕は、選ばれた存在なんだから……」

 そしてラズリも。

 自分と同じように、彼女も選ばれた存在なのだ。

 だから何としても彼女を手に入れなければならない。

 他の何を置いてでも、彼女を早急に手に入れなければ。

 だが、どうする?

 彼女の傍には、面倒な魔性がいる。

 札を使って、そいつの能力を抑え込むか?

 だとしたら、誰に札を使わせる?

 魔性である氷依は札に触れない。触った途端に否応なく魔力が吸収されてしまうため、魔力が減った状態である今の氷依が触れば、確実に死んでしまうだろう。

 ではやはりミルドか?

 気持ち的にもの凄く嫌だが、それでも適任となるとミルド以外にいない。

 現在の王宮は、王がルーチェへ代替わりした際に不必要と思われる人間を全てクビにしてしまったため、最低限ともいえる人数しか人が配置されていないのだ。

 その中でも、騎士だけは一応多目に残してはあるものの、皆それぞれに役割があり、欠けると困る部署にいる。

 ミルド率いる小隊含め、彼が一番使い勝手が良いのは事実であり。

「せめてもう一人魔性がいれば、なんとかなるんだけど……ね」 

 詮無いことと知りながらも呟き、ため息を吐く。

 魔性など、そう簡単に捕まえられるものではない。

 氷依を捕らえることができたのも、ミルドに報告を受けた限り、多分に偶然の要素が強く。

 まさに『運良く』という言葉がピッタリ当て嵌まるような状況であったから、捕えられたようなものらしい。

 そんな状況下で、偶然の産物によるものだとはいえ、奇跡的に魔性を捕らえたミルドを気持ちのままに廃するのは、さすがに悪手だということぐらい、ルーチェとて理解している。

 どうせなら、使って使って使い倒してボロ切れのようになってから捨てるのが最善だということも。

 ルーチェの術が他の人間より効きにくいまでも、まったく効果がないわけでもないのだから、そこまで慌てて始末する必要もいまのところは感じない。

 術の効きが悪いせいで、ちょくちょく反抗的な態度を取るのは気に食わないが、主君と臣下という関係上、本気でミルドが反旗を翻してくることはないだろうから。

 ならば自分が少しばかり大人になってやろうではないか。
 
 目先の小さなことに囚われるのではなく、太極を見据え、今は慎重に次の一手を考えるべきと自らに言い聞かせ。

「どうせを手に入れたら、他は全ていらなくなるんだ……」

 氷依には聞こえないよう、小さな声で呟いた。

 氷依は今、自分の術中に嵌まっているとはいえ、いつ何時、どのような状況下で効果が解除されてしまうか分からない状態にある。

 魔性を使役するのであれば、彼らの生態についてもっと調べなければならない。

 その為にも、氷依以外の魔性を捕らえることが急務であるのに、そのための札を氷依が使うことができない故に、二の足を踏んでいる今の状況。

 魔性を無力化する効力のある札を、同じ眷族である魔性が使うことさえできれば、ことは簡単に運ぶのに。

 それができさえすれば、次々に自分の手足となる魔性を増やす事ができ、瞬く間にルーチェは自分の望むものを手に入れることができるだろうに。

 だがしかし、そこまで行き着くのには時間が掛かる。

 今はまだ札を作成し始めたばかりであり、魔性から吸い取る魔力量の調整すらできない状態だ。

 正直、その部分をなんとか調整しなければ、使い物にならないとさえ思っている。

 氷依はそもそもの魔力量が多かったため、王宮へと連行された際はまだ生きていたが、それでもルーチェと相対した時にはかなり危険な状態であった。

 魔性は魔力を喪うと死ぬ──そんな簡単なことすら知らなかったから。

 魔力量の少ない魔性はもちろんのこと、たとえ魔力量の多い魔性であっても、捕らえた際に王宮までの距離が遠ければ、魔力を札に吸い尽くされて王宮へと到着する前に息絶えてしまう可能性がある。

 それでは何の意味もない。

「時間が足りない……」 

 様々な種類の札を作り、実験する時間がない。

 政務に時間をとられ、落ち着いて札を作る暇がないこともあるが……被検体の数が絶対的に足りないことが一番の問題であった。

「もう、なり振りかまっていられないな……」

 氷依を見つめながら、ルーチェは唇を噛み締める。

 目の前にいるこの女魔性をどう使うか──それが今後の運命を決めるような気がした。



 

 

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