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第七章 不可思議な力
狂気
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感じたものが、あった。
何の前触れもなく、突然にそれを感じた。
全く何の気配もない、その欠片すら感じたことのなかった強大な力の、唐突な発現。
それは今まで感じたこともなかった、異様な種類の力。
「何故、こんなものが突然……」
深い深い深淵なる海の底。
目視することなど到底かなわぬ水底に建てられた城の中、青く透き通る美しい髪を足首まで伸ばした青年は、驚愕に瞳を見開いた。
「…………っ!」
刹那、すぐさま立ち上がりその正体を知ろうとして動いたのは、彼が魔性の頂点たる『魔神』という地位に就いているだけの能力を有しているが故か。
はたまた、そういった有事の行動力や判断力に長けているからこそ、魔神として認められたのか。理由は定かではない。
だがどちらにせよ、彼は感じた力の源を確かめるべく、配下に指示を出そうと玉座から立ち上がった。
「青麻! 青麻はいるか?」
自らの側近である人物を呼びつけながら、彼が動くよう指示を出すか、自分自身が確かめに向かうか、ほんの僅か逡巡する。
が、そんな僅かの間に事が終わってしまうなどと、一体誰が思うだろうか。
「なに……?」
気付けば、異様な力の気配は既に消え去っていた。
力の残滓を追おうにも、まるで最初からなかったかのように、痕跡残さず何も感じられなくなっていて。
「馬鹿な……」
あり得ない事実に、青年は倒れ込むようにして玉座へと腰掛けた。
それでも、魔神たる自分を誤魔化せる筈はない。そこまで綺麗さっぱり無かったことにできる筈はないと、懸命に気配を探す。
だが何も、見つけられなかった。
魔神の位を有す自分が探せないなど、見失うなど、あってはならない。あり得ないことだ。
しかしそれは、目を逸らすことのできない事実でもあり。
「どういうことだ……?」
目を閉じ、意識を集中させ、何百年ぶりかに本気を出した彼は、その時大切なことに気付かなかった。
つい先程呼びつけた、自分の片腕とも呼べる存在である側近が姿を現していないことに。
いつでも何処でも名を呼べばすぐさま姿を見せていた側近が、いつまで経っても現れないことに、彼は気付きもしなかったのだ。
気付いていれば、或いは、何かが変わったかもしれない。
そのことに気付いた青年が行動を起こしたのなら、確実に何かが変わったことだろう。
しかし、実際の彼は何も気付かず、そのため行動に移すことはなかった。
この時彼が動いてさえいれば、少なくとも哀れな女魔性が命を散らすことはなかったなかっただろうに……──。
※ ※ ※ ※ ※
「今の力は……なんだ?」
突如感じた違和感に、死灰栖は重い腰を上げた。
感じたのは、今までに感じたことのない強大な力。
だがどこか、見知っているような感覚のある、不可思議な力。
「………………」
何もない空間を見つめ、死灰栖は物思いに耽る。
今感じた力の出処は、暫く前、気紛れに人間の少女の奥底へと潜ませた、自分の力への干渉だった。
何者かが、少女の中にある自分の気配を排除しようとしたのだ。尤も、どうやらそれは失敗に終わったようだが。
「我の力を、そう簡単に排除できるなどと思わぬことだ……」
失敗したであろう者達が今まさに浮かべているであろう悔し気な表情を思い浮かべると、笑みが漏れる。
果たしてどのような者達が、少女の中にある自分の力へと手を伸ばしたのだろうか。
相手の顔を見てやろうと思い行方を探るも、何故か少女の居場所は探れず、眉間に皺を寄せる。
何故だ……?
アランという人間の騎士に手を貸した時──あの時までは、確かに少女の行方を知る事ができた。
その後も、殆どの意識はアランへ向けていたとはいえ、少女の気配も何となくは感じていた。
なのに何故、今突然、それを探れなくなった?
「考えられる可能性は、一つしかないが……」
少女に干渉した人物がそれを為した、としか考えられない。
だが、どうやって?
どのようにして自分の力の干渉を拒んだというのだろうか?
魔神に勝るとも劣らぬと自負する自分の力を。
「我の力に干渉した……妙な力。あれが原因か?」
寧ろそうとしか考えられないが、どうやったら他の魔性による干渉を遮断することができるのか、その方法が分からなかった。
普段殆ど動かない分、死灰栖は能力の使い方については他の魔性に比べ、かなり長けていると思っている。
だからこそ、自分にできないことは何もない。自分を阻むことはできないと思い込んでもいた。
それが崩されたとなると……。
「我より能力の使い方に長けた者がいるとでも? 馬鹿な……」
そのようなことはあり得ない、信じられないと唇の端に笑みを浮かべる。
しかし、そうでないなら。
自分以上に能力の扱い方に長けた者がいないのならば、何故少女の行方が分からないのか。
少女の身体の奥底、生半可な魔性であれば絶対に干渉できない場所に罠を仕掛けたというのに、どうしてその罠を解除しようと試みることができたのか。
「結局失敗したということは、我の勝ちで間違いはないが……」
それでも気分は最悪であった。
誰よりも、何よりも強い自分の邪魔をする者がいる。
単なる暇潰し。気紛れに仕掛けた罠には違いないが、それでも見知らぬ輩に解除されそうになるなど、決して看過できるようなことではなかった。
ならば、どうするか。
「………………」
考えることが、また増えた。
力を吸い取る紙切れのこと。青い髪の女魔性について。そして今度は──。
「あああああああああ、鬱陶しい!!」
突如叫び声をあげると、死灰栖は心のままに力を振るった。
彼の全身から溢れ出した灰が城中を埋め尽くし、玉座やら柱やらを全て呑み込み、灰へと変えていく。
死灰栖が作り出した漆黒の城は、作成者である彼によって壊され、瞬く間に灰燼と化した。
「ああああああああ! うああああああああああ!」
次元と次元の狭間、何もなくなったその場所で、死灰栖は暫くの間気が狂ったかのように叫び続けていたのだった。
何の前触れもなく、突然にそれを感じた。
全く何の気配もない、その欠片すら感じたことのなかった強大な力の、唐突な発現。
それは今まで感じたこともなかった、異様な種類の力。
「何故、こんなものが突然……」
深い深い深淵なる海の底。
目視することなど到底かなわぬ水底に建てられた城の中、青く透き通る美しい髪を足首まで伸ばした青年は、驚愕に瞳を見開いた。
「…………っ!」
刹那、すぐさま立ち上がりその正体を知ろうとして動いたのは、彼が魔性の頂点たる『魔神』という地位に就いているだけの能力を有しているが故か。
はたまた、そういった有事の行動力や判断力に長けているからこそ、魔神として認められたのか。理由は定かではない。
だがどちらにせよ、彼は感じた力の源を確かめるべく、配下に指示を出そうと玉座から立ち上がった。
「青麻! 青麻はいるか?」
自らの側近である人物を呼びつけながら、彼が動くよう指示を出すか、自分自身が確かめに向かうか、ほんの僅か逡巡する。
が、そんな僅かの間に事が終わってしまうなどと、一体誰が思うだろうか。
「なに……?」
気付けば、異様な力の気配は既に消え去っていた。
力の残滓を追おうにも、まるで最初からなかったかのように、痕跡残さず何も感じられなくなっていて。
「馬鹿な……」
あり得ない事実に、青年は倒れ込むようにして玉座へと腰掛けた。
それでも、魔神たる自分を誤魔化せる筈はない。そこまで綺麗さっぱり無かったことにできる筈はないと、懸命に気配を探す。
だが何も、見つけられなかった。
魔神の位を有す自分が探せないなど、見失うなど、あってはならない。あり得ないことだ。
しかしそれは、目を逸らすことのできない事実でもあり。
「どういうことだ……?」
目を閉じ、意識を集中させ、何百年ぶりかに本気を出した彼は、その時大切なことに気付かなかった。
つい先程呼びつけた、自分の片腕とも呼べる存在である側近が姿を現していないことに。
いつでも何処でも名を呼べばすぐさま姿を見せていた側近が、いつまで経っても現れないことに、彼は気付きもしなかったのだ。
気付いていれば、或いは、何かが変わったかもしれない。
そのことに気付いた青年が行動を起こしたのなら、確実に何かが変わったことだろう。
しかし、実際の彼は何も気付かず、そのため行動に移すことはなかった。
この時彼が動いてさえいれば、少なくとも哀れな女魔性が命を散らすことはなかったなかっただろうに……──。
※ ※ ※ ※ ※
「今の力は……なんだ?」
突如感じた違和感に、死灰栖は重い腰を上げた。
感じたのは、今までに感じたことのない強大な力。
だがどこか、見知っているような感覚のある、不可思議な力。
「………………」
何もない空間を見つめ、死灰栖は物思いに耽る。
今感じた力の出処は、暫く前、気紛れに人間の少女の奥底へと潜ませた、自分の力への干渉だった。
何者かが、少女の中にある自分の気配を排除しようとしたのだ。尤も、どうやらそれは失敗に終わったようだが。
「我の力を、そう簡単に排除できるなどと思わぬことだ……」
失敗したであろう者達が今まさに浮かべているであろう悔し気な表情を思い浮かべると、笑みが漏れる。
果たしてどのような者達が、少女の中にある自分の力へと手を伸ばしたのだろうか。
相手の顔を見てやろうと思い行方を探るも、何故か少女の居場所は探れず、眉間に皺を寄せる。
何故だ……?
アランという人間の騎士に手を貸した時──あの時までは、確かに少女の行方を知る事ができた。
その後も、殆どの意識はアランへ向けていたとはいえ、少女の気配も何となくは感じていた。
なのに何故、今突然、それを探れなくなった?
「考えられる可能性は、一つしかないが……」
少女に干渉した人物がそれを為した、としか考えられない。
だが、どうやって?
どのようにして自分の力の干渉を拒んだというのだろうか?
魔神に勝るとも劣らぬと自負する自分の力を。
「我の力に干渉した……妙な力。あれが原因か?」
寧ろそうとしか考えられないが、どうやったら他の魔性による干渉を遮断することができるのか、その方法が分からなかった。
普段殆ど動かない分、死灰栖は能力の使い方については他の魔性に比べ、かなり長けていると思っている。
だからこそ、自分にできないことは何もない。自分を阻むことはできないと思い込んでもいた。
それが崩されたとなると……。
「我より能力の使い方に長けた者がいるとでも? 馬鹿な……」
そのようなことはあり得ない、信じられないと唇の端に笑みを浮かべる。
しかし、そうでないなら。
自分以上に能力の扱い方に長けた者がいないのならば、何故少女の行方が分からないのか。
少女の身体の奥底、生半可な魔性であれば絶対に干渉できない場所に罠を仕掛けたというのに、どうしてその罠を解除しようと試みることができたのか。
「結局失敗したということは、我の勝ちで間違いはないが……」
それでも気分は最悪であった。
誰よりも、何よりも強い自分の邪魔をする者がいる。
単なる暇潰し。気紛れに仕掛けた罠には違いないが、それでも見知らぬ輩に解除されそうになるなど、決して看過できるようなことではなかった。
ならば、どうするか。
「………………」
考えることが、また増えた。
力を吸い取る紙切れのこと。青い髪の女魔性について。そして今度は──。
「あああああああああ、鬱陶しい!!」
突如叫び声をあげると、死灰栖は心のままに力を振るった。
彼の全身から溢れ出した灰が城中を埋め尽くし、玉座やら柱やらを全て呑み込み、灰へと変えていく。
死灰栖が作り出した漆黒の城は、作成者である彼によって壊され、瞬く間に灰燼と化した。
「ああああああああ! うああああああああああ!」
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