天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第六章 因縁

奥底の熱

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「隊長ぉぉぉぉぉっ!」

 突如すぐ側から聞こえた声に、ミルドはギクリとして身を翻した。

 咄嗟のことではあったが、刹那つい一瞬前まで自分のいた場所に突き立てられた剣を見て、冷や汗を垂らす。

 危なかった……。もう一瞬動くのが遅れていたら、命がなかったかもしれない。

 味方だと思っていた女魔性に突然弾き飛ばされたと思ったら、かなりの距離を飛んだ所で落下し、全身を否応なく地面へと叩きつけられた。そして、その痛みに呻く暇もなく、アランの声が聞こえたのだ。

 そこからはもう無我夢中だった。
 
 次から次へと襲いかかって来るアランの攻撃を必死に躱し、隙を見て剣を抜いたは良いものの、正体不明の黒い靄への対処方法が分からず。

 ならばと剣を切り結べば、靄によって黒く染められたアランの剣から、ミルドの剣までをも侵食するかのように黒い靄が伸びてきた。

「くっ……!」

 防戦一方では埒が明かないと思いながらも、下手に手を出してアランの巻き添えになるのはごめんだとばかりに、ミルドは必死に距離を取る。

 既にアランの全身は黒い靄に覆われており、靄から頭と腕だけが出ている姿はとても異様で、人間だとは思えない。

 あいつがこうなってしまったのは、自分のせいなのか?

 ふと、そんな疑問がミルドの頭の中に浮かぶ。

 自分がアランを見捨てなければ、こんなことにはならなかったのか? せめてアランの腕をもっと真剣に探し、見つけて街まで連れて行ってやっていたなら、こんな風になることはなかったのか?

 全て今更だと思いつつも、今のアランの状態の酷さから、ミルドはそう考えずにはいられない。

 あの状態から元に戻すことはできるのか? だとしたら、その方法は?

 それとも、もう全てを靄に呑み込まれるしかないのか? アランをそこから救い出すことは不可能なのか?

「アラン……お前はその黒い靄の正体が、何だか分かっているのか?」

 既に此方の声が聞こえるかどうかも分からない状態のアランに、呟くかのように問う。

 それの正体を知りつつも、お前はそれを己の身に取り込んだのか? と。

 知っていて取り込んだのであれば、助ける気などない。黒い靄に呑み込まれて、勝手に自滅してしまえ、と思う。

 だが、もし何者かに無理矢理纏わせられたものであるとしたなら──そうなるきっかけを自分が作ってしまったかもしれないことへの贖罪として、できることをしても良いと考えてもいた。

 アランを見捨てたことに後悔はない。だが、自分が彼を見捨てた結果がこれでは、あまりにも後味が悪すぎる。

 だから、ミルドはそうアランに尋ねたのだ。

 しかしその時のミルドは、アランのことを考えるあまり、周囲への注意力が散漫になっていた。となれば、つけ込まれるのは当然といえば当然の流れであり。

「ミルド隊長ぉぉぉっ!」

 黒い靄の塊と化したアランが、大きく跳躍する。

 それを見上げたミルドは、刹那、驚愕に大きく目を見開いた。

 ミルドの頭上より高い位置へと跳躍したアラン──その事にも驚きはあったが、ミルドが瞳を見張った理由は、そんなものではなかった。

 跳躍したアランがミルドに向かって剣を振り下ろすより早く、黒い靄がミルドへと襲いかかって来ていたのだ。

 頭上へと跳んだアランとは別に、ミルドが気付かぬ間に地上から黒い触手が伸びてきていた。

「ぐぅっ……!」

 取り込まれる──と思った。

 黒い靄が、鞭のようにミルドの両足に巻き付き、そのまま上半身へと這い上って来る。

 嫌だ、こんなものに取り込まれたくはない。私は、まだ──。

 まだ……なんだ?

 自分の思考にミルドは不明なものを感じるも、それについて考えている余裕はない。

「嫌だ……やめろ。私は、私は……私はまだ……」

 こんな所でやられるわけにはいかない。

 心の底から強く、そう思う。

 瞬間、ミルドは身体の奥深くに、何やら温かい灯火のような熱を感じた。

 それはまるで、小さな灯りが灯されたかのような。身体の芯に、ポツリと灯が点いたかのような、そんな熱。

「なんだ? 何か温かいものを感じる……これは一体?」

 自分の胸に手を置き、その原因に集中しようと瞳を閉じる。しかしその瞬間、何故だかルーチェの顔が脳裏に浮かび上がり、激しい頭痛に顔を歪めた。



 

 




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