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第六章 因縁
騎士二人
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アランとミルドは、お互いの姿を凝視していた。
漸く見つけた、やっと追いついた──そう思うアランと、片や、どうして此処に? 今更何をしに来た? と思うミルドと。
明らかに喜びの表情を浮かべているアランに対し、ミルドは懐疑的な表情で目を細めている。二人はまさに正反対の雰囲気を放ちながら、まるで凍り付いているかのように、その場から動かない。
どちらかが動けば、もう片方も動く。それが分かっているからこそ、どちらも動く機会を窺っていた。
「隊長……やっと見つけましたよ」
そんな中、先に言葉を発したのはアランだった。
満面に笑みを浮かべ、嬉しそうにしているわりには、瞳に仄暗い光を宿らせている。
アランの全身を覆うようにして纏わりついている黒い靄は、まるで生き物のように蠢いているが、彼はまったく気にしていないようだ。
「アラン……お前に何があった?」
見れば、いつの間にやら失くなった筈の腕が元通りになっている。
騎士達を総動員して探しても、見つけることのできなかった腕だ。しかも、森の中には当然医者も医療施設もないから、たとえ腕を見つけたところで、元通りにすることなど不可能だった筈なのに。
何故腕が元通りになっている?
それに、あの黒い靄はなんだ?
先程までのアランは、あんなものを身に纏ってはいなかった。
この短時間の間に、彼の身に何が起こったというのか。
「一体お前に何があったというんだ? 答えろ!」
是が非でも、答えてもらう。誤魔化すことは許さない、という響きを込めて。
ミルドが声を荒げれば、アランは面倒臭そうに頬を掻き、唇を尖らせた。
「なんなんですか……。せっかく俺が五体満足になって戻って来たっていうのに、それを喜ばないばかりか怒鳴りつけるなんて。前から薄々感じてはいたんすけど、やっぱミルド隊長って、俺のこと嫌ってますよね?」
ギクリ、と。図星を刺されたことで、ミルドはつい目を見開いてしまった。
胸の内をアランに悟られないようにするためには、どんな些細な変化も見せてはいけなかったのに。
「そんな訳ないだろう。お前は何を言っているんだ?」
だから懸命に、誤魔化した。
僅かなりともアランに疑われないように。激しく動揺する胸の内を知られないよう、無表情を決め込んで。
だが、アランは騙されてはくれなかった。騙される筈がなかった。
好戦的で、騎士団内の誰よりも多く犯罪者を始末してきたアランだ。その経緯から、人の心の機微に聡く、微かな変化を見逃すことはない。そんなこと、ミルドは百も承知であった。承知していたのだが──。
『我が意を得たり』といった表情をしたアランは、徐に剣を抜いた。
「ま、待てアラン! お前、剣など抜いて何をする気だ?」
無論、答えなど分かっていた。
それでも敢えて、ミルドは尋ねたのだ。
自分の想像する答えが間違っているように、アランが思い留まるようにと祈りながら。
だが、そういった場合の祈りこそ、最も届かぬものである。
案の定、ミルドの祈りは届かなかった。
たとえどんなに嫌いな部下でも、いくら命令違反を犯したとしても、自らの部下に手をかけたくないというミルドの思いは、アランには通じなかった。
しかもそれは、あくまでミルドの個人的な考えであり、彼に見捨てられたアランには、なんら問題ではなく。
かくしてアランは残忍な笑みを浮かべると、躊躇うことなくミルドに向かい、斬りかかってきたのだ。
「やめろ、アラン!」
ミルドとて、自分がアランにした仕打ちは酷いものであったと理解していた。だがだからといって、大人しく斬り捨てられる筋合いはない。
即座に剣を抜き放ち、真正面からアランの剣を受け止める。
重い……。
斬り結ばれた刃と刃がギリギリと音を立て、ミルドは予想以上の一撃の重さに歯を食いしばった。
アランが強いことは分かっていたが、まさかここまでだったとは……。
何度か一緒に任務を遂行したものの、魔性という脅威に常時晒されているなかで、犯罪を犯す人間など微々たるものであった。故にアランの真の実力を、ミルドは知らなかったのだ。否、知る機会がなかったといえよう。
それが今、こうして初めて相対して秘められたアランの実力を知り、ミルドは焦った。恐らく本人は、秘めているつもりなどなかっただろうが。
これは……まずいかもしれない。
ミルドの頬を冷や汗が伝う。
以前のままのアランであれば、今の実力でも少しぐらいミルドに分があったかもしれない。
だがアランは今、身体全体が悍ましい黒い靄に包まれ、彼と切り結んでいるミルドにまで、その触手を伸ばしてきているのだ。
このままでは、自分もあれに纏わり付かれるかもしれない……。
そう思うと、アランと切り結んでいることに一抹の恐怖すら感じてしまう。
あんなものに取り込まれたら終わりだ。
アランはまだ何ともないように思えるが、仄暗く光る瞳は以前の彼とは明らかに違っている。
犯罪者を始末する時は、あんな暗い光ではなく、寧ろ爛々と瞳を輝かせていたのに。
「くそっ……!」
ミルドは咄嗟に腰を落とすと、それにより勢い余って伸し掛かってきたアランの腹に上手く足裏を当て、力一杯後方に蹴り飛ばした。
「うわっ!」
ふっ飛ばされたアランに直ぐさま追撃を仕掛けるべく身を翻した瞬間、背中を強かに打ち付けたアランの纏っていた黒い靄が目に見えて薄くなったことに驚き、思わず動きを止める。
「なに……?」
どういうことかと見つめていると、不意に目の前で青く美しい髪が靡いた。
「ここからは、共同戦線といきましょう。どうやらあの人間、与えられた能力の使い方を知らないようだから」
叩くなら今しかないわ。と言われ、それまで単に観戦されていたということに、ミルドは何とも言えない気持ちを抱かないでもなかったが、それでも彼は頷いた。
自分一人では、どう足掻いても今のアランには勝てない。
そう悟っていたが故に──。
漸く見つけた、やっと追いついた──そう思うアランと、片や、どうして此処に? 今更何をしに来た? と思うミルドと。
明らかに喜びの表情を浮かべているアランに対し、ミルドは懐疑的な表情で目を細めている。二人はまさに正反対の雰囲気を放ちながら、まるで凍り付いているかのように、その場から動かない。
どちらかが動けば、もう片方も動く。それが分かっているからこそ、どちらも動く機会を窺っていた。
「隊長……やっと見つけましたよ」
そんな中、先に言葉を発したのはアランだった。
満面に笑みを浮かべ、嬉しそうにしているわりには、瞳に仄暗い光を宿らせている。
アランの全身を覆うようにして纏わりついている黒い靄は、まるで生き物のように蠢いているが、彼はまったく気にしていないようだ。
「アラン……お前に何があった?」
見れば、いつの間にやら失くなった筈の腕が元通りになっている。
騎士達を総動員して探しても、見つけることのできなかった腕だ。しかも、森の中には当然医者も医療施設もないから、たとえ腕を見つけたところで、元通りにすることなど不可能だった筈なのに。
何故腕が元通りになっている?
それに、あの黒い靄はなんだ?
先程までのアランは、あんなものを身に纏ってはいなかった。
この短時間の間に、彼の身に何が起こったというのか。
「一体お前に何があったというんだ? 答えろ!」
是が非でも、答えてもらう。誤魔化すことは許さない、という響きを込めて。
ミルドが声を荒げれば、アランは面倒臭そうに頬を掻き、唇を尖らせた。
「なんなんですか……。せっかく俺が五体満足になって戻って来たっていうのに、それを喜ばないばかりか怒鳴りつけるなんて。前から薄々感じてはいたんすけど、やっぱミルド隊長って、俺のこと嫌ってますよね?」
ギクリ、と。図星を刺されたことで、ミルドはつい目を見開いてしまった。
胸の内をアランに悟られないようにするためには、どんな些細な変化も見せてはいけなかったのに。
「そんな訳ないだろう。お前は何を言っているんだ?」
だから懸命に、誤魔化した。
僅かなりともアランに疑われないように。激しく動揺する胸の内を知られないよう、無表情を決め込んで。
だが、アランは騙されてはくれなかった。騙される筈がなかった。
好戦的で、騎士団内の誰よりも多く犯罪者を始末してきたアランだ。その経緯から、人の心の機微に聡く、微かな変化を見逃すことはない。そんなこと、ミルドは百も承知であった。承知していたのだが──。
『我が意を得たり』といった表情をしたアランは、徐に剣を抜いた。
「ま、待てアラン! お前、剣など抜いて何をする気だ?」
無論、答えなど分かっていた。
それでも敢えて、ミルドは尋ねたのだ。
自分の想像する答えが間違っているように、アランが思い留まるようにと祈りながら。
だが、そういった場合の祈りこそ、最も届かぬものである。
案の定、ミルドの祈りは届かなかった。
たとえどんなに嫌いな部下でも、いくら命令違反を犯したとしても、自らの部下に手をかけたくないというミルドの思いは、アランには通じなかった。
しかもそれは、あくまでミルドの個人的な考えであり、彼に見捨てられたアランには、なんら問題ではなく。
かくしてアランは残忍な笑みを浮かべると、躊躇うことなくミルドに向かい、斬りかかってきたのだ。
「やめろ、アラン!」
ミルドとて、自分がアランにした仕打ちは酷いものであったと理解していた。だがだからといって、大人しく斬り捨てられる筋合いはない。
即座に剣を抜き放ち、真正面からアランの剣を受け止める。
重い……。
斬り結ばれた刃と刃がギリギリと音を立て、ミルドは予想以上の一撃の重さに歯を食いしばった。
アランが強いことは分かっていたが、まさかここまでだったとは……。
何度か一緒に任務を遂行したものの、魔性という脅威に常時晒されているなかで、犯罪を犯す人間など微々たるものであった。故にアランの真の実力を、ミルドは知らなかったのだ。否、知る機会がなかったといえよう。
それが今、こうして初めて相対して秘められたアランの実力を知り、ミルドは焦った。恐らく本人は、秘めているつもりなどなかっただろうが。
これは……まずいかもしれない。
ミルドの頬を冷や汗が伝う。
以前のままのアランであれば、今の実力でも少しぐらいミルドに分があったかもしれない。
だがアランは今、身体全体が悍ましい黒い靄に包まれ、彼と切り結んでいるミルドにまで、その触手を伸ばしてきているのだ。
このままでは、自分もあれに纏わり付かれるかもしれない……。
そう思うと、アランと切り結んでいることに一抹の恐怖すら感じてしまう。
あんなものに取り込まれたら終わりだ。
アランはまだ何ともないように思えるが、仄暗く光る瞳は以前の彼とは明らかに違っている。
犯罪者を始末する時は、あんな暗い光ではなく、寧ろ爛々と瞳を輝かせていたのに。
「くそっ……!」
ミルドは咄嗟に腰を落とすと、それにより勢い余って伸し掛かってきたアランの腹に上手く足裏を当て、力一杯後方に蹴り飛ばした。
「うわっ!」
ふっ飛ばされたアランに直ぐさま追撃を仕掛けるべく身を翻した瞬間、背中を強かに打ち付けたアランの纏っていた黒い靄が目に見えて薄くなったことに驚き、思わず動きを止める。
「なに……?」
どういうことかと見つめていると、不意に目の前で青く美しい髪が靡いた。
「ここからは、共同戦線といきましょう。どうやらあの人間、与えられた能力の使い方を知らないようだから」
叩くなら今しかないわ。と言われ、それまで単に観戦されていたということに、ミルドは何とも言えない気持ちを抱かないでもなかったが、それでも彼は頷いた。
自分一人では、どう足掻いても今のアランには勝てない。
そう悟っていたが故に──。
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完結確約 9話完結です。
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