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第五章 闇に堕ちた騎士
新たな興味
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次元の狭間にある漆黒の城内で、死灰栖は長い灰色の髪を弄びながら、一人玉座へと腰掛けていた。
ここへ座るのは、どれくらいぶりになるだろう? そんなことも忘れてしまう程久方振りに、ここへ腰掛けた。
この城を作ったばかりの頃は、意気揚々と座っていた覚えがある。あの頃は、自分が魔神となることを疑いもせず、多くの配下を従えた時のことを考えては、ほくそ笑んでいたものだ。
しかし、現実は死灰栖が考えていた程甘くはなく、予定通りに魔神となることはできなかった。
強大な能力を持ち、戦えば現存する魔神にすら負けぬ自信はあるのにも関わらず、魔神として認められなかったのだ。
魔神とは、自ら名乗りを上げてなるものではない。他者に認められ、崇められることによってなれるものだ。
故に、その為の計画を着々と進めていたというのに──。
そんな折、とある島を魔性と天使とで取り合いになり、激しい戦いが巻き起こった。
何十年、何百年と続いた戦いは熾烈を極め、死灰栖は途中まで静観を決め込んでいたものの、今こそ自分の力を誇示する瞬間では? という考えに至り、此処ぞという場面で重い腰を上げた。
だが、そんな死灰栖と同じことを考えたのか。
死灰栖と同じ──否、彼よりも早く、強大過ぎる力を持って戦いを終焉に導いた魔性がいたのだ。
彼の存在は殆ど知られておらず、戦争終了後も姿を現すことはなかったから、当初は謎の魔性として随分と噂になった。
魔性側の勝利で戦争を終結させ、且つ自らの活躍を語ることなく姿を消すなど、魔性にあるまじき謙虚さを持ち合わせているとして。結果、多くの魔性達が憧れ、特定の主を持たぬ者達は彼の配下になりたいと切に願い、懸命にその姿を探した。
そうして短くはない時が経過した後、戦争の最中にその姿を見たという者が漸く見つかり、その者の証言によって謎の魔性は『赤闇の魔神』という名で呼ばれるようになった。その瞬間から、彼の存在は広く周知されることとなったのだ。
「忌々しい……」
本来であれば、死灰栖こそがそうなる筈であった。
それなのに絶好のタイミングで、それを邪魔した男。
激しい戦いの最中はまったく姿を見せなかったくせに、最後の最後で一番美味しい場面を攫って行った男。
アイツさえいなければ……と、幾度思ったことだろう。
真っ赤な髪を持つ魔性の目撃情報など、死灰栖はそれまで一度たりとも耳にしたことがなかった。
敵の総大将である大天使を討ち滅ぼすほどの力を有しながら、何者にも知られることなく生きてきたなど信じ難い。絶対に何処かで目撃されている筈。
そう思い、死灰栖も自分なりに赤い髪の魔性を探したのだが、『これじゃない』感が半端ない者達しか見つけることができなかった。
燃えるような赤い髪をしているものの、その能力は貧弱であったり、大きな炎を生み出して見せるものの、死灰栖の生み出した灰に、アッサリ呑み込まれてしまう程度のものであったり。
そんな者達ばかりで、一向に件の魔性に辿り着くことはできなかった。極度の面倒臭がりである死灰栖がそこまでしたのに、痕跡一つ見つけ出すことができなかったのだ。
まるで、最初からそれが狙いであったかのように。
かくしてその魔性は、死灰栖が喉から手が出るほどに欲する魔神の地位をあっさり手に入れ、そのまま姿を消してしまった。ただ単に魔神の地位が欲しかっただけなのか、それとも男の身に何事かが起こり、姿を消さざるを得なかったのかは分からぬままであるが。
どちらにせよ、その男の成したことは偉業として魔性達に讃えられ、そのせいで死灰栖が魔神となる道は、厳しく険しいものとなってしまった。
その男の功績が大き過ぎて、生半可なことでは魔神として認められなくなってしまったのだ。
あまりに魔神が増え過ぎると、世界の均衡が崩れるといった懸念もある。
だが実際は、赤闇の魔神の強さに魅せられ、彼の配下になりたいと願う魔性が未だ多過ぎるが故に、いくら死灰栖が自らの力を示そうとも、興味を持って見つめる者がいないということが最たる原因であった。
「本当に、忌々しい……」
恨んでも恨んでも、まだ恨み足りない。
幾ら恨みを募らせたところで、それをぶつける本人が見つからなければ晴らしようもないのだが、だからといって恨みがなくなるわけではない。
だから仕方なく、死灰栖は思い付く限りの様々な悪戯を目に付いた者へと仕掛け、憂さ晴らしをしているのだが──。
「一向に気が晴れないな」
それが素直な気持ちであった。
これまで仕掛けた悪戯は、何一つとして死灰栖の心を晴らしてはくれなかった。
だからこそ、つい先程、ほんの微かな能力の欠片を分け与えた騎士にも、大した期待はかけていない。
ただ少しばかり退屈を紛らわせてくれれば、それで十分といった程度。
人間にしては珍しく魔性寄りの魂を持っていたから、上手くいけば化けるかもしれないと思いはしたが、物事は早々思い通りにならないということは、長過ぎる生によって嫌になる程経験と共に思い知らされている。
それでも、ほんの僅かばかりでも良いから楽しませてくれればと、態々玉座へと移動したのだ。──真実は、腕を失くした人間の元へ行った後、その勢いのまま玉座へと移動しただけであるが。
「我の気を紛らわせるもの……何かないだろうか?」
ただ一人きりの空間で問いを口にし、見つめるのは──覚束ない足取りで歩を進める、一人の男。
与えた力は滓とすら言えない程に僅かであったにも関わらず、短時間で黒い靄を大きく育て、全身へと纏わせている。
「隊長……どうして俺を……ミルド隊長……」
男の口から絶えず漏れているのは、隊長と呼ぶ者へと対する疑問ばかり。
疑問? いや、既にあれは……。
考えている間に、男が大きく靄を膨れ上がらせ、何処ぞへとそれを放った。
「おお、凄い凄い」
全くそう思っていないくせに、そんなことを言いながら死灰栖は楽し気に拍手さえする。
男が放った攻撃は、残念ながら突如現れた氷の壁によって阻まれてしまったが。
「少しぐらいは楽しめるか……?」
何故か人間に手を貸す女魔性と、腕を失くした男に尋常ではない気持ちを向けられている、もう一人の人間の男。
どういったものなのかは分からぬが、二人の身体は不可解な光に包まれているように見える。
「あれは何だ?」
だがもっと分からないのは、二人が魔性と人間であるのにも関わらず、根本が同じであるかのような気配を感じることだ。
あれは一体……? このような気配、今まで感じたことがない……。
自らの力を与えた男に対する興味はあっという間に消え失せ、死灰栖は並び立つ女魔性と人間の男を一心に見つめた。
ここへ座るのは、どれくらいぶりになるだろう? そんなことも忘れてしまう程久方振りに、ここへ腰掛けた。
この城を作ったばかりの頃は、意気揚々と座っていた覚えがある。あの頃は、自分が魔神となることを疑いもせず、多くの配下を従えた時のことを考えては、ほくそ笑んでいたものだ。
しかし、現実は死灰栖が考えていた程甘くはなく、予定通りに魔神となることはできなかった。
強大な能力を持ち、戦えば現存する魔神にすら負けぬ自信はあるのにも関わらず、魔神として認められなかったのだ。
魔神とは、自ら名乗りを上げてなるものではない。他者に認められ、崇められることによってなれるものだ。
故に、その為の計画を着々と進めていたというのに──。
そんな折、とある島を魔性と天使とで取り合いになり、激しい戦いが巻き起こった。
何十年、何百年と続いた戦いは熾烈を極め、死灰栖は途中まで静観を決め込んでいたものの、今こそ自分の力を誇示する瞬間では? という考えに至り、此処ぞという場面で重い腰を上げた。
だが、そんな死灰栖と同じことを考えたのか。
死灰栖と同じ──否、彼よりも早く、強大過ぎる力を持って戦いを終焉に導いた魔性がいたのだ。
彼の存在は殆ど知られておらず、戦争終了後も姿を現すことはなかったから、当初は謎の魔性として随分と噂になった。
魔性側の勝利で戦争を終結させ、且つ自らの活躍を語ることなく姿を消すなど、魔性にあるまじき謙虚さを持ち合わせているとして。結果、多くの魔性達が憧れ、特定の主を持たぬ者達は彼の配下になりたいと切に願い、懸命にその姿を探した。
そうして短くはない時が経過した後、戦争の最中にその姿を見たという者が漸く見つかり、その者の証言によって謎の魔性は『赤闇の魔神』という名で呼ばれるようになった。その瞬間から、彼の存在は広く周知されることとなったのだ。
「忌々しい……」
本来であれば、死灰栖こそがそうなる筈であった。
それなのに絶好のタイミングで、それを邪魔した男。
激しい戦いの最中はまったく姿を見せなかったくせに、最後の最後で一番美味しい場面を攫って行った男。
アイツさえいなければ……と、幾度思ったことだろう。
真っ赤な髪を持つ魔性の目撃情報など、死灰栖はそれまで一度たりとも耳にしたことがなかった。
敵の総大将である大天使を討ち滅ぼすほどの力を有しながら、何者にも知られることなく生きてきたなど信じ難い。絶対に何処かで目撃されている筈。
そう思い、死灰栖も自分なりに赤い髪の魔性を探したのだが、『これじゃない』感が半端ない者達しか見つけることができなかった。
燃えるような赤い髪をしているものの、その能力は貧弱であったり、大きな炎を生み出して見せるものの、死灰栖の生み出した灰に、アッサリ呑み込まれてしまう程度のものであったり。
そんな者達ばかりで、一向に件の魔性に辿り着くことはできなかった。極度の面倒臭がりである死灰栖がそこまでしたのに、痕跡一つ見つけ出すことができなかったのだ。
まるで、最初からそれが狙いであったかのように。
かくしてその魔性は、死灰栖が喉から手が出るほどに欲する魔神の地位をあっさり手に入れ、そのまま姿を消してしまった。ただ単に魔神の地位が欲しかっただけなのか、それとも男の身に何事かが起こり、姿を消さざるを得なかったのかは分からぬままであるが。
どちらにせよ、その男の成したことは偉業として魔性達に讃えられ、そのせいで死灰栖が魔神となる道は、厳しく険しいものとなってしまった。
その男の功績が大き過ぎて、生半可なことでは魔神として認められなくなってしまったのだ。
あまりに魔神が増え過ぎると、世界の均衡が崩れるといった懸念もある。
だが実際は、赤闇の魔神の強さに魅せられ、彼の配下になりたいと願う魔性が未だ多過ぎるが故に、いくら死灰栖が自らの力を示そうとも、興味を持って見つめる者がいないということが最たる原因であった。
「本当に、忌々しい……」
恨んでも恨んでも、まだ恨み足りない。
幾ら恨みを募らせたところで、それをぶつける本人が見つからなければ晴らしようもないのだが、だからといって恨みがなくなるわけではない。
だから仕方なく、死灰栖は思い付く限りの様々な悪戯を目に付いた者へと仕掛け、憂さ晴らしをしているのだが──。
「一向に気が晴れないな」
それが素直な気持ちであった。
これまで仕掛けた悪戯は、何一つとして死灰栖の心を晴らしてはくれなかった。
だからこそ、つい先程、ほんの微かな能力の欠片を分け与えた騎士にも、大した期待はかけていない。
ただ少しばかり退屈を紛らわせてくれれば、それで十分といった程度。
人間にしては珍しく魔性寄りの魂を持っていたから、上手くいけば化けるかもしれないと思いはしたが、物事は早々思い通りにならないということは、長過ぎる生によって嫌になる程経験と共に思い知らされている。
それでも、ほんの僅かばかりでも良いから楽しませてくれればと、態々玉座へと移動したのだ。──真実は、腕を失くした人間の元へ行った後、その勢いのまま玉座へと移動しただけであるが。
「我の気を紛らわせるもの……何かないだろうか?」
ただ一人きりの空間で問いを口にし、見つめるのは──覚束ない足取りで歩を進める、一人の男。
与えた力は滓とすら言えない程に僅かであったにも関わらず、短時間で黒い靄を大きく育て、全身へと纏わせている。
「隊長……どうして俺を……ミルド隊長……」
男の口から絶えず漏れているのは、隊長と呼ぶ者へと対する疑問ばかり。
疑問? いや、既にあれは……。
考えている間に、男が大きく靄を膨れ上がらせ、何処ぞへとそれを放った。
「おお、凄い凄い」
全くそう思っていないくせに、そんなことを言いながら死灰栖は楽し気に拍手さえする。
男が放った攻撃は、残念ながら突如現れた氷の壁によって阻まれてしまったが。
「少しぐらいは楽しめるか……?」
何故か人間に手を貸す女魔性と、腕を失くした男に尋常ではない気持ちを向けられている、もう一人の人間の男。
どういったものなのかは分からぬが、二人の身体は不可解な光に包まれているように見える。
「あれは何だ?」
だがもっと分からないのは、二人が魔性と人間であるのにも関わらず、根本が同じであるかのような気配を感じることだ。
あれは一体……? このような気配、今まで感じたことがない……。
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