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第五章 新たな魔性
呼び声
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「わたくしが共に行くわけはないでしょう? 彼の方からのご命令を守るためには、お前を生かしておく必要がある。故にわたくしはあれを足止めしなければならないの。分かるわね?」
まるで子供を諭すかのように言われ、ミルドは面白くない気持ちを抱えながらも「ああ……」と頷く。
氷依の言うことは尤もだ。自分が死ねば、ルーチェは赤い髪の魔性を手に入れられなくなるかもしれない。
だから自分は一刻も早く逃げるべきなのだと、分かってはいる。分かってはいるのだが、今も変わらず自分の身体に纏わり付いているものと、先ほどの魔性同士の戦いの結果を思うと、どうしても躊躇ってしまう。
本当に氷依一人を残していってしまって大丈夫なんだろうか? 彼女は無事に自分達の元へと戻って来られるのだろうか?
もしも氷依が戻らなければ、目当ての二人を見つけられなくなってしまう。否、それだけではなく、うまい具合に彼等を見つけたとしても、氷依の助けなしに男の身体へ札を貼り付けるなど不可能だ。
どうする……?
手助けをしようにも、自分では足手纏いにしかならない。
なにせ今度の相手は、気配などというものをほぼ感じたことのないミルドでさえも気付くほどの嫌な気配の持ち主だ。そんな相手に対し、ただの人間である自分に一体何ができるというのか。
しかし、それでも──。
自らの取るべき行動を決めかね、ミルドは考えあぐねる。
すると不意に、誰かに名前を呼ばれたような気がした。
「………………?」
一体誰だ?
耳を澄ませ、警戒しながら周囲を見回す。しかし、目に見える範囲には誰一人として見当たらない。
気のせいか……?
確かに聞こえた気がしたが──と、僅かに首を傾げてミルドが再び考えに耽ろうとした瞬間──。
「ミル……隊……」
また、声が聞こえた。今度は、先ほどよりもハッキリと。
しかも、その声には聞き覚えがあった。
自分の側近くで、幾度も耳にしたことのある、耳に馴染んだ声。
好きではなかった。寧ろ嫌いだとさえ感じていた、もう二度と聞かなくて済むと思っていた男の声。
しかし、そんなはずはないと、ミルドは頭に浮かんだ男の姿を打ち消す。これは、幻聴だ。
「隊……長、ミルド……隊長……」
だが、幻聴は消えてくれない。まるでミルドの考えを嘲笑うかのように、その声は消えることなく、徐々に大きく、ハッキリと聞こえてくる。
違う、この声は違う。気のせいだ。アイツの声が聞こえるはずはない。
まるで自分自身に言い聞かせるかのように、ミルドは内心で呟き続ける。
アイツは森の中に置いて来た。片腕を失くし、そのせいで馬に乗ることもできず、ただ地面に這いつくばっていた。
自力で立ち上がることはできるだろうが、腕を失くしたばかりだ。身体のバランスを取ることができず、まともに歩くことはできないだろう。
そんな状態で、かなり離れた場所に置いて来たのだ。どうしたって、此処へ辿り着くのは不可能なはず。
そう思うのに、この漠然とした不安はなんなのか。
「隊長……どうしてですか、隊長……」
耳を打つ……というより直接脳に響いてくるかのようなその声は、少しずつ、本当に少しずつではあるが、ミルドを追い詰めてくるかのようだ。
耳を塞いだところで無駄なのだろう。それは分かってはいるが、自分を責めるかのような響きを帯びたその声に、ミルドは耳を塞がずにはいられなかった。
しかもその声の主は、確実に自分へと近づいて来ているのだ。
幻聴などではない。これは──アイツだ。
そう確信した瞬間、ゾクリ、とミルドは全身に寒気を感じた。
まるで子供を諭すかのように言われ、ミルドは面白くない気持ちを抱えながらも「ああ……」と頷く。
氷依の言うことは尤もだ。自分が死ねば、ルーチェは赤い髪の魔性を手に入れられなくなるかもしれない。
だから自分は一刻も早く逃げるべきなのだと、分かってはいる。分かってはいるのだが、今も変わらず自分の身体に纏わり付いているものと、先ほどの魔性同士の戦いの結果を思うと、どうしても躊躇ってしまう。
本当に氷依一人を残していってしまって大丈夫なんだろうか? 彼女は無事に自分達の元へと戻って来られるのだろうか?
もしも氷依が戻らなければ、目当ての二人を見つけられなくなってしまう。否、それだけではなく、うまい具合に彼等を見つけたとしても、氷依の助けなしに男の身体へ札を貼り付けるなど不可能だ。
どうする……?
手助けをしようにも、自分では足手纏いにしかならない。
なにせ今度の相手は、気配などというものをほぼ感じたことのないミルドでさえも気付くほどの嫌な気配の持ち主だ。そんな相手に対し、ただの人間である自分に一体何ができるというのか。
しかし、それでも──。
自らの取るべき行動を決めかね、ミルドは考えあぐねる。
すると不意に、誰かに名前を呼ばれたような気がした。
「………………?」
一体誰だ?
耳を澄ませ、警戒しながら周囲を見回す。しかし、目に見える範囲には誰一人として見当たらない。
気のせいか……?
確かに聞こえた気がしたが──と、僅かに首を傾げてミルドが再び考えに耽ろうとした瞬間──。
「ミル……隊……」
また、声が聞こえた。今度は、先ほどよりもハッキリと。
しかも、その声には聞き覚えがあった。
自分の側近くで、幾度も耳にしたことのある、耳に馴染んだ声。
好きではなかった。寧ろ嫌いだとさえ感じていた、もう二度と聞かなくて済むと思っていた男の声。
しかし、そんなはずはないと、ミルドは頭に浮かんだ男の姿を打ち消す。これは、幻聴だ。
「隊……長、ミルド……隊長……」
だが、幻聴は消えてくれない。まるでミルドの考えを嘲笑うかのように、その声は消えることなく、徐々に大きく、ハッキリと聞こえてくる。
違う、この声は違う。気のせいだ。アイツの声が聞こえるはずはない。
まるで自分自身に言い聞かせるかのように、ミルドは内心で呟き続ける。
アイツは森の中に置いて来た。片腕を失くし、そのせいで馬に乗ることもできず、ただ地面に這いつくばっていた。
自力で立ち上がることはできるだろうが、腕を失くしたばかりだ。身体のバランスを取ることができず、まともに歩くことはできないだろう。
そんな状態で、かなり離れた場所に置いて来たのだ。どうしたって、此処へ辿り着くのは不可能なはず。
そう思うのに、この漠然とした不安はなんなのか。
「隊長……どうしてですか、隊長……」
耳を打つ……というより直接脳に響いてくるかのようなその声は、少しずつ、本当に少しずつではあるが、ミルドを追い詰めてくるかのようだ。
耳を塞いだところで無駄なのだろう。それは分かってはいるが、自分を責めるかのような響きを帯びたその声に、ミルドは耳を塞がずにはいられなかった。
しかもその声の主は、確実に自分へと近づいて来ているのだ。
幻聴などではない。これは──アイツだ。
そう確信した瞬間、ゾクリ、とミルドは全身に寒気を感じた。
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