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第五章 闇に堕ちた騎士
動き出した気配
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「なんだ……貴様は」
赤い装束を身に纏い、どこもかしこも全身を真っ赤に染め上げた男を見つめ、氷依は声を震わせた。
こんなことはあり得ない。自分の力を叩きつけられ、無傷で元いた場所に立っているなんて。
ギリギリで避けたのならば、まだ分かる。けれど男に動いたような気配はない。
ならばどうやって自分の攻撃を躱したというのだ!?
こんなことはあり得ない、あっていい筈がない。
だから、問う。
「貴様は一体なんだというの!」
そんな氷依の問いに、男は僅かに首を傾げた。
「なんだと言われても……俺は俺でしかないんだけどなぁ?」
なんだ、その答えは。こいつはふざけているのか?
怒りの感情に支配される。が、怒りのまま力を放ったところで、目の前の男はまた無傷で姿を現すのだろう。
何故だ? この男のどこにそんな力があるというのだ? こんなにも弱そうなこの男に!
「人を見かけで判断すると痛い目に遭うって聞いたことないか?」
男は突然そんなことを言い出した。
「いや……だが、貴様はどう見ても──」
弱いだろう? とは、口にしなかった。
事実、氷依はほぼ全力で攻撃をしたのにも関わらず、男に傷を負わせることすらできなかったのだ。
この時点で、男の方が氷依より強いことは明白である。ならば、滅多なことは口にすべきではない。
替わりに、氷依はこんなことを言ってみた。
「貴様はそれだけの力を持ちながら、何故人間の女などと一緒にいる?」
氷依とて、決して弱いわけではないと自負している。
それでも人間などに捕まってしまったのは、単に運が悪かっただけだ。それと、人間が妙な物をもっていたから。
でなければ自分が捕まる筈などなかったし、こんな風に人間に使役されるようなことにもならなかった。
自分はただ、ひたすらに運が悪かった、それだけ。
だというのに目の前の男は、自らの意思で人間の少女と一緒にいるように見える。
狙われているのが彼自身でなく少女であるなら、とっとと放って逃げれば良いのに、男はそうせず、あろうことか少女を自分の背に庇ってまで見せたのだ。
とても魔性のやることだとは思えなかった。
だが、氷依の質問に返された男の答えは明白で。
「単純に、気に入ったから……だけど?」
それの何が悪い? とでも言いた気に、心底不思議そうな様子で言ったのだ。
信じられなかった。
単に気に入ったからという理由だけで、こんなにも力のある魔性が人間の少女と一緒にいるなど。
看過するわけにはいかなかった。
こんなのは、宝の持ち腐れでしかない。
「貴様ほどの力があれば、もっと──」
瞬間、喉に鋭い痛みがはしり、氷依は言葉を続けられなかった。
喉から鮮血が噴き出し、それに驚いて大声をあげるミルド達を横目に氷依は首へと手をやり、瞬時に傷を癒す。
見えなかった……この男の攻撃が。
見た目的には然程変わりがない──寧ろ氷依の方が数段美しい──と思えるのに、ここまで力の差があるものなのか!?
受けた衝撃を隠しきれず、氷依はごくりと唾を飲み込む。
人間と一緒にいる魔性如き、大した相手ではないと思っていた。多少痛めつけてミルドに札を使わせれば、簡単に捕らえられると思っていた。
だが、こいつは……まずい、と思う。
どれだけの力を持っているのか、どんな能力を使うのか、まったく見当もつかない。
基本的に魔性がその身に宿す色は、自身が持つ能力と結びついていることが多いため、男の纏う色から連想するならば──能力は火にまつわるものである可能性が高いのだが。
先程首に受けた攻撃の感じからすると、あれは火炎系とは別の能力のようだった。尤も、違うようだと感じるだけで、本当に違うかどうかの確証はないが。
確かめてみたい、とは思う。けれどその方法が分からない。男の攻撃が見えなければ、確認する術はないのだから。
どうしたら良い?
考える氷依の意識の片隅で、ずっと感じていた妙な気配に動きを感じたのは、その時だった。
「二つに分かれた!?」
思わず、声をあげた。
それまで一つだと思っていた奇妙な気配が、突如二つに分裂したのだ。
そして、その内の一つは消え、もう一つは動き始めた──此方へと向かって。
「まさか……此処へ、来る?」
え、何が? と言ってどよめく騎士達。
赤い髪の男へと視線を向ければ、いつの間にやら少女を抱きかかえて、妙な気配とは反対方向へと走り出している。
「貴様っ! 待て……!」
後を追おうとするも、王宮騎士達を放っておいて、それはできない。
あの妙な気配がなんだか分からない以上、彼らを放って行くわけにはいかないのだ。
「なんと面倒なものを……」
押し付けられたものか。
否、いっそのことここへ放置して、あの妙な気配のものに騎士達を始末させてしまえば良いのでは?
そんな不穏な考えを抱いた瞬間──。
「女魔性。ルーチェ様からの命令は、私を手助けすることであったな?」
不意に、ミルドがそんなことを聞いてきた。
「え、ええ。それがどうかしたのかしら?」
あまりにもタイミングが良すぎて、一瞬自分の抱いた考えが読まれたのかと思い、氷依は口元を引き攣らせる。
するとミルドは、ニヤリと笑ってこう言った。
「私の手助けをするのであれば、私が生きていることは必要不可欠。分かってるよな?」
赤い装束を身に纏い、どこもかしこも全身を真っ赤に染め上げた男を見つめ、氷依は声を震わせた。
こんなことはあり得ない。自分の力を叩きつけられ、無傷で元いた場所に立っているなんて。
ギリギリで避けたのならば、まだ分かる。けれど男に動いたような気配はない。
ならばどうやって自分の攻撃を躱したというのだ!?
こんなことはあり得ない、あっていい筈がない。
だから、問う。
「貴様は一体なんだというの!」
そんな氷依の問いに、男は僅かに首を傾げた。
「なんだと言われても……俺は俺でしかないんだけどなぁ?」
なんだ、その答えは。こいつはふざけているのか?
怒りの感情に支配される。が、怒りのまま力を放ったところで、目の前の男はまた無傷で姿を現すのだろう。
何故だ? この男のどこにそんな力があるというのだ? こんなにも弱そうなこの男に!
「人を見かけで判断すると痛い目に遭うって聞いたことないか?」
男は突然そんなことを言い出した。
「いや……だが、貴様はどう見ても──」
弱いだろう? とは、口にしなかった。
事実、氷依はほぼ全力で攻撃をしたのにも関わらず、男に傷を負わせることすらできなかったのだ。
この時点で、男の方が氷依より強いことは明白である。ならば、滅多なことは口にすべきではない。
替わりに、氷依はこんなことを言ってみた。
「貴様はそれだけの力を持ちながら、何故人間の女などと一緒にいる?」
氷依とて、決して弱いわけではないと自負している。
それでも人間などに捕まってしまったのは、単に運が悪かっただけだ。それと、人間が妙な物をもっていたから。
でなければ自分が捕まる筈などなかったし、こんな風に人間に使役されるようなことにもならなかった。
自分はただ、ひたすらに運が悪かった、それだけ。
だというのに目の前の男は、自らの意思で人間の少女と一緒にいるように見える。
狙われているのが彼自身でなく少女であるなら、とっとと放って逃げれば良いのに、男はそうせず、あろうことか少女を自分の背に庇ってまで見せたのだ。
とても魔性のやることだとは思えなかった。
だが、氷依の質問に返された男の答えは明白で。
「単純に、気に入ったから……だけど?」
それの何が悪い? とでも言いた気に、心底不思議そうな様子で言ったのだ。
信じられなかった。
単に気に入ったからという理由だけで、こんなにも力のある魔性が人間の少女と一緒にいるなど。
看過するわけにはいかなかった。
こんなのは、宝の持ち腐れでしかない。
「貴様ほどの力があれば、もっと──」
瞬間、喉に鋭い痛みがはしり、氷依は言葉を続けられなかった。
喉から鮮血が噴き出し、それに驚いて大声をあげるミルド達を横目に氷依は首へと手をやり、瞬時に傷を癒す。
見えなかった……この男の攻撃が。
見た目的には然程変わりがない──寧ろ氷依の方が数段美しい──と思えるのに、ここまで力の差があるものなのか!?
受けた衝撃を隠しきれず、氷依はごくりと唾を飲み込む。
人間と一緒にいる魔性如き、大した相手ではないと思っていた。多少痛めつけてミルドに札を使わせれば、簡単に捕らえられると思っていた。
だが、こいつは……まずい、と思う。
どれだけの力を持っているのか、どんな能力を使うのか、まったく見当もつかない。
基本的に魔性がその身に宿す色は、自身が持つ能力と結びついていることが多いため、男の纏う色から連想するならば──能力は火にまつわるものである可能性が高いのだが。
先程首に受けた攻撃の感じからすると、あれは火炎系とは別の能力のようだった。尤も、違うようだと感じるだけで、本当に違うかどうかの確証はないが。
確かめてみたい、とは思う。けれどその方法が分からない。男の攻撃が見えなければ、確認する術はないのだから。
どうしたら良い?
考える氷依の意識の片隅で、ずっと感じていた妙な気配に動きを感じたのは、その時だった。
「二つに分かれた!?」
思わず、声をあげた。
それまで一つだと思っていた奇妙な気配が、突如二つに分裂したのだ。
そして、その内の一つは消え、もう一つは動き始めた──此方へと向かって。
「まさか……此処へ、来る?」
え、何が? と言ってどよめく騎士達。
赤い髪の男へと視線を向ければ、いつの間にやら少女を抱きかかえて、妙な気配とは反対方向へと走り出している。
「貴様っ! 待て……!」
後を追おうとするも、王宮騎士達を放っておいて、それはできない。
あの妙な気配がなんだか分からない以上、彼らを放って行くわけにはいかないのだ。
「なんと面倒なものを……」
押し付けられたものか。
否、いっそのことここへ放置して、あの妙な気配のものに騎士達を始末させてしまえば良いのでは?
そんな不穏な考えを抱いた瞬間──。
「女魔性。ルーチェ様からの命令は、私を手助けすることであったな?」
不意に、ミルドがそんなことを聞いてきた。
「え、ええ。それがどうかしたのかしら?」
あまりにもタイミングが良すぎて、一瞬自分の抱いた考えが読まれたのかと思い、氷依は口元を引き攣らせる。
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