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第五章 闇に堕ちた騎士
絶対的強者
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つい先程まで自分達がいた場所に、妙な気配が現れたことを氷依は感じ取っていた。
あれは……なに?
自分と同じ魔性のような気配ではあるが、どこか違う。何かが歪んでいるような、妙な気配。
「そこな男。貴様はこの妙な気配をどう見る?」
答えに思案し、氷依はまず目の前にいる男にそれを問うた。
人間には決して分からない。だが自分と同じ魔性である男なら、確実に察知しているであろう、この気配。
この男なら、どう見る?
その答え如何によって、男の力量も同時に測れるだろう。
魔性の強さは、表面上の美しさである程度判別できると言われているが、顔に数値が付いているわけではないため、魔人同士では実際の力量を測りかねることが多々ある。
加えて『最強の魔神』と称される赤闇の魔神の唯一の配下である緋色の髪の男などは、大した力もないくせに、魔神もかくやという程に美しいと聞く。その見た目には、魔神でさえも惹かれ、自らの伴侶とするべく狙っている者もいるのだとか。
そんな事情も鑑みると、見た目だけで実力を決めつけてはいけないことは、嫌でも分かろうというもの。
故に、見た目的には然程力があるようにも見えず、顔の造形も大したことない──あくまでも、魔性基準でだが──男でも、氷依は油断することなく、その力量を見極めようと思ったのだ。
さて……この男、どう答えるか。
青い瞳をうっすらと細め、自分とは正反対の色彩を持つ、目の前の男を凝視する。
男は、人間である少女を氷依から庇うかのように自らの背後に隠し、そして──。
一言だけ、こう言った。
「興味ないな」
と。
「なんと愚かな……!」
男の答えに対する氷依の言葉は、それだった。
それだけが全てだった。
あの妙な気配を、どう考えてみても普通ではあり得ない奇妙な気配を「興味ない」のたった一言で断じるとは!
こんなにも愚かで、危機感のない魔性に会ったのは初めてだ。
こんな考え無しが魔人であると? まだ、魔人の下である魔使であると言われた方が納得がいくぐらいだ。
こんな男に力があるわけがない。知能のない魔人など、人の姿を模ることさえできぬ魔使と同じ!
そう考えると同時、氷依は赤い色彩を纏った男に向けて、力を放っていた。
とてもではないが自分と同じ魔人であるとは認められぬ男と、その背に庇われた少女。
二人を同時に貫こうと巨大な氷刃を数多降らせる。
「ま、待て! それでは娘の命が……」
慌てたような声が背後から聞こえたが、氷依は耳を貸さなかった。
悪いのは自分ではない。力のない魔性の男が悪いのだ。
あいつにもっと力があれば、少女ぐらいは助けられたかもしれない。だが、それがないから悪いのだ。
「悪いのはお前であって、わたくしではないわ」
仕損じることのないよう入念に氷刃を降らせ、駄目押しとばかりに地中からは氷柱を突き出させる。
これで終わりだ。
魔性の男も人間の女も穴だらけになり、身体は抜け殻となっている筈。
あとは二人の身体を元通りに修復し、ルーチェ様の元へと持っていくだけでいい。
なんて簡単で、手応えのない仕事。こんなことすら、人間は束になってもできないなんて。
先程感じた妙な気配は、まだ消えていない。今から確かめに行っても、十分間に合うだろう。
「わたくしは少し、席を外します」
「はっ!? な、何故!?」
慌てるミルドに、氷依は態とらしく大きなため息を吐いてみせた。
「問題の二人は片付けたわ。ならば少しぐらい自由にしても良いのではなくて?」
「し、しかし……」
氷依の放った氷刃が原因で、周囲には未だ冷気が濃く漂っているため、その中心にいるであろう二人は、どうなっているかが分からない。
生きているのか、死んでいるのか。氷刃に身体を貫かれているのか、それとも氷柱に突き上げられているのか、それすらも。
「なんにせよ命がないことだけは間違いないわ。ならば問題はないでしょう?」
少しだけ苛つきながらもミルドに問うのは、自らの主であるルーチェに言われたからだ。
『ミルドの手助けをしろ』と──。
だからこそ、ミルドがもう手助けは必要ないと思わなければ、もう十分だと言ってくれなければ、氷依は自由に動けない。動いたところで、強制的にミルドの元へと戻らされてしまう。
けれど、あの気配──放置して良いものだとは、どうしても思えないのだ。
ならば、行くしかない。行って確かめるしか手段はない。
それを、邪魔しようと言うのなら!
氷依の手に、新たな冷気が宿る。
ルーチェ様には、手助けをしろとしか言われていない。この人間を殺すなとは言われなかった。
ならば──!
右手を氷の刃物へと変化させ、ミルドの喉へと狙いをつける。
わたくしの邪魔をしたことを、あの世で悔いるがいいわ!
邪魔な人間の命を刈り取るべく、氷依が手を振り上げた刹那──。
その手は、既の所で第三者に掴まれた。
「何者っ!?」
反射的にそちらへと顔を向け、次の瞬間、氷依は愕然とした。
何故ならそこには、自分が始末したと思っていた、赤い髪の男が立っていたからだ。
男は無傷だった。否、命があった時点で自ら傷を癒したのかもしれないが、どこにも死に掛けた形跡は見当たらなかった。
「どう……して」
だからつい、氷依は問い掛けるかのように呟きを漏らしてしまったのだ。
この男が生きている筈はない。自分の攻撃は完璧だった。
なのにどうして、この男はここにいる?
氷依の問いに、男は楽し気に喉を鳴らした。
そうして徐に背後を振り返ると、未だ意識を失ったままである人間の少女を指差し、こう言った。
「お前なんぞの攻撃が、俺に届くとでも思ったのか?」
絶対的強者が、そこにいた──。
あれは……なに?
自分と同じ魔性のような気配ではあるが、どこか違う。何かが歪んでいるような、妙な気配。
「そこな男。貴様はこの妙な気配をどう見る?」
答えに思案し、氷依はまず目の前にいる男にそれを問うた。
人間には決して分からない。だが自分と同じ魔性である男なら、確実に察知しているであろう、この気配。
この男なら、どう見る?
その答え如何によって、男の力量も同時に測れるだろう。
魔性の強さは、表面上の美しさである程度判別できると言われているが、顔に数値が付いているわけではないため、魔人同士では実際の力量を測りかねることが多々ある。
加えて『最強の魔神』と称される赤闇の魔神の唯一の配下である緋色の髪の男などは、大した力もないくせに、魔神もかくやという程に美しいと聞く。その見た目には、魔神でさえも惹かれ、自らの伴侶とするべく狙っている者もいるのだとか。
そんな事情も鑑みると、見た目だけで実力を決めつけてはいけないことは、嫌でも分かろうというもの。
故に、見た目的には然程力があるようにも見えず、顔の造形も大したことない──あくまでも、魔性基準でだが──男でも、氷依は油断することなく、その力量を見極めようと思ったのだ。
さて……この男、どう答えるか。
青い瞳をうっすらと細め、自分とは正反対の色彩を持つ、目の前の男を凝視する。
男は、人間である少女を氷依から庇うかのように自らの背後に隠し、そして──。
一言だけ、こう言った。
「興味ないな」
と。
「なんと愚かな……!」
男の答えに対する氷依の言葉は、それだった。
それだけが全てだった。
あの妙な気配を、どう考えてみても普通ではあり得ない奇妙な気配を「興味ない」のたった一言で断じるとは!
こんなにも愚かで、危機感のない魔性に会ったのは初めてだ。
こんな考え無しが魔人であると? まだ、魔人の下である魔使であると言われた方が納得がいくぐらいだ。
こんな男に力があるわけがない。知能のない魔人など、人の姿を模ることさえできぬ魔使と同じ!
そう考えると同時、氷依は赤い色彩を纏った男に向けて、力を放っていた。
とてもではないが自分と同じ魔人であるとは認められぬ男と、その背に庇われた少女。
二人を同時に貫こうと巨大な氷刃を数多降らせる。
「ま、待て! それでは娘の命が……」
慌てたような声が背後から聞こえたが、氷依は耳を貸さなかった。
悪いのは自分ではない。力のない魔性の男が悪いのだ。
あいつにもっと力があれば、少女ぐらいは助けられたかもしれない。だが、それがないから悪いのだ。
「悪いのはお前であって、わたくしではないわ」
仕損じることのないよう入念に氷刃を降らせ、駄目押しとばかりに地中からは氷柱を突き出させる。
これで終わりだ。
魔性の男も人間の女も穴だらけになり、身体は抜け殻となっている筈。
あとは二人の身体を元通りに修復し、ルーチェ様の元へと持っていくだけでいい。
なんて簡単で、手応えのない仕事。こんなことすら、人間は束になってもできないなんて。
先程感じた妙な気配は、まだ消えていない。今から確かめに行っても、十分間に合うだろう。
「わたくしは少し、席を外します」
「はっ!? な、何故!?」
慌てるミルドに、氷依は態とらしく大きなため息を吐いてみせた。
「問題の二人は片付けたわ。ならば少しぐらい自由にしても良いのではなくて?」
「し、しかし……」
氷依の放った氷刃が原因で、周囲には未だ冷気が濃く漂っているため、その中心にいるであろう二人は、どうなっているかが分からない。
生きているのか、死んでいるのか。氷刃に身体を貫かれているのか、それとも氷柱に突き上げられているのか、それすらも。
「なんにせよ命がないことだけは間違いないわ。ならば問題はないでしょう?」
少しだけ苛つきながらもミルドに問うのは、自らの主であるルーチェに言われたからだ。
『ミルドの手助けをしろ』と──。
だからこそ、ミルドがもう手助けは必要ないと思わなければ、もう十分だと言ってくれなければ、氷依は自由に動けない。動いたところで、強制的にミルドの元へと戻らされてしまう。
けれど、あの気配──放置して良いものだとは、どうしても思えないのだ。
ならば、行くしかない。行って確かめるしか手段はない。
それを、邪魔しようと言うのなら!
氷依の手に、新たな冷気が宿る。
ルーチェ様には、手助けをしろとしか言われていない。この人間を殺すなとは言われなかった。
ならば──!
右手を氷の刃物へと変化させ、ミルドの喉へと狙いをつける。
わたくしの邪魔をしたことを、あの世で悔いるがいいわ!
邪魔な人間の命を刈り取るべく、氷依が手を振り上げた刹那──。
その手は、既の所で第三者に掴まれた。
「何者っ!?」
反射的にそちらへと顔を向け、次の瞬間、氷依は愕然とした。
何故ならそこには、自分が始末したと思っていた、赤い髪の男が立っていたからだ。
男は無傷だった。否、命があった時点で自ら傷を癒したのかもしれないが、どこにも死に掛けた形跡は見当たらなかった。
「どう……して」
だからつい、氷依は問い掛けるかのように呟きを漏らしてしまったのだ。
この男が生きている筈はない。自分の攻撃は完璧だった。
なのにどうして、この男はここにいる?
氷依の問いに、男は楽し気に喉を鳴らした。
そうして徐に背後を振り返ると、未だ意識を失ったままである人間の少女を指差し、こう言った。
「お前なんぞの攻撃が、俺に届くとでも思ったのか?」
絶対的強者が、そこにいた──。
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