天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第五章 闇に堕ちた騎士

呼び寄せた者

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 どうしてこうなった?

 あの娘はどこへ行った?

 いや、それよりも──俺の片腕は、どうしてないんだ?

 突如耐え難い苦痛に全身を苛まれ、それから逃れるため無我夢中で暴れ回っていたアランは、不意にその苦痛から解放された時、その場の状況を理解することができなかった。

 俺は一体どうなっていた?

 身体はもう……痛くは無い。だが、右腕がないのは何故だ?

 確か自分は、森の中で捕縛対象の娘を見つけて……少しばかり痛めつけてやろうとした。

 転んだ娘の髪を掴んで引き寄せ、身体の上に乗ったところまでは覚えている。だが、その後は?

 娘の顔を掴んでこちらを向かせて──それから? それからどうなった?

「俺の腕は……」

 痛みはない。

 腕の先は布に覆われているため見えないが、出血していないことから、傷跡の状態は然程酷くはないだろうことは分かる。だが、どうして失くなったのかが思い出せない。

「俺の腕はどこだ? どこへ行った!? 探せっ!」

 自分を見つめる周囲の騎士達に命令を下せば、彼らはすぐさま従った。

 腕を失くした理由なんて、どうでも良い。とにかく腕の先を見つけなけりゃ……。

 そうすれば、まだ元通りに繋げられるかもしれない。腕を失くさずに済むかもしれない。

 そんな可能性に縋り、アランは腕の先を探し続ける。

「どこだ? 俺の腕はどこへ行ったんだ!?」

 たとえ斬り飛ばされたとしても、そんなに遠くへは行ってない筈。

 だったら周辺にあると思うのだが、どこにも見つけられない。

 どこだ? どこにある? 俺の腕はどこへ行った!?

 必死になって腕を探す最中、不意にアランはミルドの姿を認めた。

「隊長!」

 天の助けのような気がして、片腕を失くしたせいでバランスの取りづらい身体をなんとか動かし、ミルドの元へと駆け寄る。

 この人なら、きっと自分の腕を見つけてくれる。見つかるまで、懸命に探してくれる。そう思って。

 自分の気持ちを分かってもらおう。自分は今、とんでもなく酷い目に遭っているのだから。

 小隊の隊長として、副隊長である自分を放っておく筈はない。隊長なら、きっと何とかしてくれる。

 そんな期待を持って、ミルドの元へと向かったのだが──。

「お前とはここまでだ。今までご苦労だった」

 言うが早いか、踵を返された。

「待っ……」

 追いかけようとするも、自分の足に躓き、無様に倒れ込む。

 片腕ではすぐに立ち上がることができず、アランは助けを求めて周囲を見回した。

 誰か──。

 しかし皆、既に馬の背へと跨っていた。

 そして、その中の誰一人として、アランに目を向けることはなかった。

 彼らは皆一様にアランから視線を背け、ミルドの後をついて行く。

「おい、嘘だろ?」

 つい先程まで仲間であった者達が、部下であった者達が、アランを無視して先へ先へと進んで行く。

「待てよ……おい! 俺がまだ馬に乗ってねぇだろ?」

 声を張り上げるが、彼らは皆申し合わせたかのように無視を決め込み、無表情で馬を操り遠ざかって行った。

 そんな……馬鹿な……。

 辛うじて身体を支えていた左腕が力をなくし、アランはその場にごろりと転がる。

 今まで一度だって、仲間の騎士達が自分を無視することなどなかった。

 何と言ってもアランは小隊の副隊長であるし、実力もあると認められていたから、部下達は皆、忠実に従ってくれていた。

 だというのに。今のこの状況はなんだ? 何故みんな、俺を無視して行ってしまう?

「待てよ……待ってくれよ、俺達の関係って、こんなもんじゃなかっただろ? ……なあ、待ってくれって──」

 徐々に仲間達の姿が見えなくなって行く。

 一人、また一人とアランの視界から消え、やがて全員がいなくなる。

「嘘だろ……? 誰か戻って来てくれるんだよな?」

 悪い冗談だ。

 そう考えて、仲間の姿が一人残らず見えなくなっても、アランはまだ現実を受け入れられずにいた。

 仲間達が自分を見捨てる筈がない。あの情に厚いミルドが、自分を置いて行く筈がないと。

 信じていた。

 これまで自分が犯した命令違反や暴力行為は完全に棚に上げ、隊長であれば必ず戻って来てくれる、少しの間放置して、自分が反省した頃に必ず迎えに来てくれると、信じて。

 そして、裏切られた。

 待てど暮らせど──と言う程時間は経っていないが──ミルドは戻って来なかった。

 ミルドどころか、騎士隊の誰も姿を現す気配すらなかった。

 アランは、真実見限られたのだ。

 その事に気付いた瞬間、彼の口からは叫び声が漏れた。

 人間の声とも獣の声ともつかぬ叫び声。

 何を言っているわけでもない。意味のある言葉でもない。

 ただ、心の底から湧き上がってくる絶望を、声にして吐き出し続けているだけの。

 そんな絶望の叫びは、やがて人ならざる者をその場へと呼び寄せた。

 アランが望んだわけではない。誰に頼まれたわけでもない。

 単なる暇潰し、或いは道具として、アランはその存在に見出されたのだ。

「良いな、貴様。気に入った」
「っ!?」

 突如として目の前に現れた、全身灰色ずくめの男。

 その現れ方、その見た目、どちらも男が魔性であることを如実に訴えてきていた。

 利き腕を失くしたこの状態で、更に魔性なんかに出会すなんてな……。

 自分のあまりの運の悪さに、然しものアランも諦めを心に抱いたのだった。
 
 
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