天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

文字の大きさ
上 下
52 / 94
第五章 闇に堕ちた騎士

分からないこと

しおりを挟む
「ここで会ったが百年目……とは、よく言ったものだが」

 聞き覚えのある声に、ラズリは嫌な予感がして声のした方を見る。

 そこにいたのは──村で会ったのを最後に、それから一度も姿を見ていなかったミルドだった。

 先程の場所に彼はいなかったと思うのだが、どこかで合流でもしたのだろうか?

 そのわりに、騎士達の人数は増えていないようにも見える。

 もしかしたら合流したのは彼一人で、何かの用事で別行動をしていたのかもしれない。

 それならば辻褄は合う。だが、だとしたら彼は何をしに行っていたのだろう?

「まさか……」

 頭に思い浮かんだことがあった。それを確認すべく、ラズリは氷依の姿を見、それからミルドへと視線を戻す。

 まさか、そこにいる女魔性を自らの主から借り受けるため、城へ戻っていた?

 そんなことが本当にあり得るのか? 人間が魔性を従えるなど。

 けれどそれ以外に、氷依が目の前にいる現実に説明をつけられない。

「一体どうやって……」

 呟くも、答えは当然ながら返されない。

 奏に尋ねても、きっと彼は分からないと言うだけだろう。

 ならばミルドに聞くしかないのだが、聞いたところで教えてくれる保証はない。否、あれば絶対にその方法を奏に対して用いてくる筈。

 ラズリには、そんな確信があった。

「ラズリ殿」

 そんな時、ミルドが不意にラズリの名を呼んだ。

「私の部下が一人、片腕を失くして任務から離脱したのですが、あなたにやられたと口にしているのです。詳しく話を聞いたところ、あなたの身体から発生した黒い靄に腕を喰われたと言われたのですが、その黒い靄はなんなのかを教えていただいても?」

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 やはり彼らも、そう思っているのか。

 ラズリの身体から発生したと思われる黒い靄。誤魔化すつもりは毛頭ないが、あれが自分の身体から発生し、騎士の腕を喰らった──ように見えた──と、自分だけではなく、その様を見ていた騎士達もまた、そのように思っているのだ。

 だとしたら、やはりあれは自分の身体から出たもので間違いないのだろうか?

 あの時の記憶はあやふやで、ラズリは自分の記憶に自信が持てないでいる。

 けれど現場にいた騎士達がそうだと言うのなら、間違いはないのだろう。

 だが──。

「よく、分からない……」

 ラズリの答えは、それだった。

 自分だって、あれが何だったのか知りたいと思う。何故あんなものが自分の身体から発生したのか、気になって気になって仕方がない。

 しかしラズリがあの時のことで覚えている事といえば、何処からか聞き覚えのない声が聞こえて来たという事だけなのだ。

 それを言ったところで、絶対に信じてもらえないだろう事は容易に分かる。だからラズリは何も言うことができない。信じてもらえなければ、何を言っても無駄なのだから。

「そんな筈はないだろう?」

 当然ながら、その答えでは納得できないとばかりに、ミルドが苛立った声をあげた。

「黒い靄は、あなた自身の身体から発生したものだという。ならば、その発生源であるあなたに分からない筈がない。そう考えるのは、至極真っ当な事だろう?」

 それは、そうだ。

 発生源である自分が、黒い靄がどんなものなのか分からないと言えば、他に分かるものなどいないだろう。

 だから、ミルドの言い分は正しい。正しいのだが、如何せん、ラズリは本当に黒い靄の正体が分からなかった。

 何故、あんなものが自分の身体から発生したのか。あの時聞こえた声は何だったのか。そしてあの声は、誰のものであったのか。

 分からないことが多すぎて。

「大丈夫だ」

 その時、不意に奏の両腕が優しくラズリの身体を包んだ。

「ラズリは何も気にしなくて良い。俺が何とかしてやるから」

 ちゅ、と音をたてて、奏に頭へと口づけられる。刹那、急激な眠気を感じて、ラズリはその場へ崩れ落ちた。

「貴様……!」

 怒りを露わにして剣を抜き放つミルドを、しかし止めたのは氷依で。

「待ちなさい。剣を抜いたところで、あなた達人間が魔性に勝てる筈はないでしょう? ここはわたくしに任せてちょうだい」

 言われて、ミルドはハッとしたように剣を戻し、唇を噛んで首肯した。

 魔性には何をしても敵わないから、絶対に手を出すなと部下に言い聞かせていた手前、隊長である自分が愚かな真似をするわけにはいかないと思ったのだ。

 毎回いいところで邪魔をする赤い髪の青年魔性を、自らの手で叩きのめしてやりたいという気持ちはある。

 だが、今はまだその時ではない。

 氷依との連携により青年の油断を誘い、ここぞというタイミングでもって魔性封じの札を貼り付けなければいけないのだ。

 力を奪いさえすれば、後はどうにでもできる。

 好き勝手に嬲り、憂さを晴らしても許されるだろう。それ程までに、自分は彼に煮え湯を飲まされて来たのだから。

 ミルドは一歩後方へと退がり、剣を抜き放っている部下達も退がらせる。
 
「お手並み拝見といこうじゃないか」

 魔性同士の戦いなど、滅多にお目に掛かれる代物ではない。

 しかも、どちらも見目美しい力溢れるもの同士。

 となれば、どれ程激しい戦いが目の前で繰り広げられるのか──。

 そう思うと、ミルドの心は激しく躍った。
 









 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

処理中です...