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第五章 闇に堕ちた騎士
分からないこと
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「ここで会ったが百年目……とは、よく言ったものだが」
聞き覚えのある声に、ラズリは嫌な予感がして声のした方を見る。
そこにいたのは──村で会ったのを最後に、それから一度も姿を見ていなかったミルドだった。
先程の場所に彼はいなかったと思うのだが、どこかで合流でもしたのだろうか?
そのわりに、騎士達の人数は増えていないようにも見える。
もしかしたら合流したのは彼一人で、何かの用事で別行動をしていたのかもしれない。
それならば辻褄は合う。だが、だとしたら彼は何をしに行っていたのだろう?
「まさか……」
頭に思い浮かんだことがあった。それを確認すべく、ラズリは氷依の姿を見、それからミルドへと視線を戻す。
まさか、そこにいる女魔性を自らの主から借り受けるため、城へ戻っていた?
そんなことが本当にあり得るのか? 人間が魔性を従えるなど。
けれどそれ以外に、氷依が目の前にいる現実に説明をつけられない。
「一体どうやって……」
呟くも、答えは当然ながら返されない。
奏に尋ねても、きっと彼は分からないと言うだけだろう。
ならばミルドに聞くしかないのだが、聞いたところで教えてくれる保証はない。否、あれば絶対にその方法を奏に対して用いてくる筈。
ラズリには、そんな確信があった。
「ラズリ殿」
そんな時、ミルドが不意にラズリの名を呼んだ。
「私の部下が一人、片腕を失くして任務から離脱したのですが、あなたにやられたと口にしているのです。詳しく話を聞いたところ、あなたの身体から発生した黒い靄に腕を喰われたと言われたのですが、その黒い靄はなんなのかを教えていただいても?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
やはり彼らも、そう思っているのか。
ラズリの身体から発生したと思われる黒い靄。誤魔化すつもりは毛頭ないが、あれが自分の身体から発生し、騎士の腕を喰らった──ように見えた──と、自分だけではなく、その様を見ていた騎士達もまた、そのように思っているのだ。
だとしたら、やはりあれは自分の身体から出たもので間違いないのだろうか?
あの時の記憶はあやふやで、ラズリは自分の記憶に自信が持てないでいる。
けれど現場にいた騎士達がそうだと言うのなら、間違いはないのだろう。
だが──。
「よく、分からない……」
ラズリの答えは、それだった。
自分だって、あれが何だったのか知りたいと思う。何故あんなものが自分の身体から発生したのか、気になって気になって仕方がない。
しかしラズリがあの時のことで覚えている事といえば、何処からか聞き覚えのない声が聞こえて来たという事だけなのだ。
それを言ったところで、絶対に信じてもらえないだろう事は容易に分かる。だからラズリは何も言うことができない。信じてもらえなければ、何を言っても無駄なのだから。
「そんな筈はないだろう?」
当然ながら、その答えでは納得できないとばかりに、ミルドが苛立った声をあげた。
「黒い靄は、あなた自身の身体から発生したものだという。ならば、その発生源であるあなたに分からない筈がない。そう考えるのは、至極真っ当な事だろう?」
それは、そうだ。
発生源である自分が、黒い靄がどんなものなのか分からないと言えば、他に分かるものなどいないだろう。
だから、ミルドの言い分は正しい。正しいのだが、如何せん、ラズリは本当に黒い靄の正体が分からなかった。
何故、あんなものが自分の身体から発生したのか。あの時聞こえた声は何だったのか。そしてあの声は、誰のものであったのか。
分からないことが多すぎて。
「大丈夫だ」
その時、不意に奏の両腕が優しくラズリの身体を包んだ。
「ラズリは何も気にしなくて良い。俺が何とかしてやるから」
ちゅ、と音をたてて、奏に頭へと口づけられる。刹那、急激な眠気を感じて、ラズリはその場へ崩れ落ちた。
「貴様……!」
怒りを露わにして剣を抜き放つミルドを、しかし止めたのは氷依で。
「待ちなさい。剣を抜いたところで、あなた達人間が魔性に勝てる筈はないでしょう? ここはわたくしに任せてちょうだい」
言われて、ミルドはハッとしたように剣を戻し、唇を噛んで首肯した。
魔性には何をしても敵わないから、絶対に手を出すなと部下に言い聞かせていた手前、隊長である自分が愚かな真似をするわけにはいかないと思ったのだ。
毎回いいところで邪魔をする赤い髪の青年魔性を、自らの手で叩きのめしてやりたいという気持ちはある。
だが、今はまだその時ではない。
氷依との連携により青年の油断を誘い、ここぞというタイミングでもって魔性封じの札を貼り付けなければいけないのだ。
力を奪いさえすれば、後はどうにでもできる。
好き勝手に嬲り、憂さを晴らしても許されるだろう。それ程までに、自分は彼に煮え湯を飲まされて来たのだから。
ミルドは一歩後方へと退がり、剣を抜き放っている部下達も退がらせる。
「お手並み拝見といこうじゃないか」
魔性同士の戦いなど、滅多にお目に掛かれる代物ではない。
しかも、どちらも見目美しい力溢れるもの同士。
となれば、どれ程激しい戦いが目の前で繰り広げられるのか──。
そう思うと、ミルドの心は激しく躍った。
聞き覚えのある声に、ラズリは嫌な予感がして声のした方を見る。
そこにいたのは──村で会ったのを最後に、それから一度も姿を見ていなかったミルドだった。
先程の場所に彼はいなかったと思うのだが、どこかで合流でもしたのだろうか?
そのわりに、騎士達の人数は増えていないようにも見える。
もしかしたら合流したのは彼一人で、何かの用事で別行動をしていたのかもしれない。
それならば辻褄は合う。だが、だとしたら彼は何をしに行っていたのだろう?
「まさか……」
頭に思い浮かんだことがあった。それを確認すべく、ラズリは氷依の姿を見、それからミルドへと視線を戻す。
まさか、そこにいる女魔性を自らの主から借り受けるため、城へ戻っていた?
そんなことが本当にあり得るのか? 人間が魔性を従えるなど。
けれどそれ以外に、氷依が目の前にいる現実に説明をつけられない。
「一体どうやって……」
呟くも、答えは当然ながら返されない。
奏に尋ねても、きっと彼は分からないと言うだけだろう。
ならばミルドに聞くしかないのだが、聞いたところで教えてくれる保証はない。否、あれば絶対にその方法を奏に対して用いてくる筈。
ラズリには、そんな確信があった。
「ラズリ殿」
そんな時、ミルドが不意にラズリの名を呼んだ。
「私の部下が一人、片腕を失くして任務から離脱したのですが、あなたにやられたと口にしているのです。詳しく話を聞いたところ、あなたの身体から発生した黒い靄に腕を喰われたと言われたのですが、その黒い靄はなんなのかを教えていただいても?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
やはり彼らも、そう思っているのか。
ラズリの身体から発生したと思われる黒い靄。誤魔化すつもりは毛頭ないが、あれが自分の身体から発生し、騎士の腕を喰らった──ように見えた──と、自分だけではなく、その様を見ていた騎士達もまた、そのように思っているのだ。
だとしたら、やはりあれは自分の身体から出たもので間違いないのだろうか?
あの時の記憶はあやふやで、ラズリは自分の記憶に自信が持てないでいる。
けれど現場にいた騎士達がそうだと言うのなら、間違いはないのだろう。
だが──。
「よく、分からない……」
ラズリの答えは、それだった。
自分だって、あれが何だったのか知りたいと思う。何故あんなものが自分の身体から発生したのか、気になって気になって仕方がない。
しかしラズリがあの時のことで覚えている事といえば、何処からか聞き覚えのない声が聞こえて来たという事だけなのだ。
それを言ったところで、絶対に信じてもらえないだろう事は容易に分かる。だからラズリは何も言うことができない。信じてもらえなければ、何を言っても無駄なのだから。
「そんな筈はないだろう?」
当然ながら、その答えでは納得できないとばかりに、ミルドが苛立った声をあげた。
「黒い靄は、あなた自身の身体から発生したものだという。ならば、その発生源であるあなたに分からない筈がない。そう考えるのは、至極真っ当な事だろう?」
それは、そうだ。
発生源である自分が、黒い靄がどんなものなのか分からないと言えば、他に分かるものなどいないだろう。
だから、ミルドの言い分は正しい。正しいのだが、如何せん、ラズリは本当に黒い靄の正体が分からなかった。
何故、あんなものが自分の身体から発生したのか。あの時聞こえた声は何だったのか。そしてあの声は、誰のものであったのか。
分からないことが多すぎて。
「大丈夫だ」
その時、不意に奏の両腕が優しくラズリの身体を包んだ。
「ラズリは何も気にしなくて良い。俺が何とかしてやるから」
ちゅ、と音をたてて、奏に頭へと口づけられる。刹那、急激な眠気を感じて、ラズリはその場へ崩れ落ちた。
「貴様……!」
怒りを露わにして剣を抜き放つミルドを、しかし止めたのは氷依で。
「待ちなさい。剣を抜いたところで、あなた達人間が魔性に勝てる筈はないでしょう? ここはわたくしに任せてちょうだい」
言われて、ミルドはハッとしたように剣を戻し、唇を噛んで首肯した。
魔性には何をしても敵わないから、絶対に手を出すなと部下に言い聞かせていた手前、隊長である自分が愚かな真似をするわけにはいかないと思ったのだ。
毎回いいところで邪魔をする赤い髪の青年魔性を、自らの手で叩きのめしてやりたいという気持ちはある。
だが、今はまだその時ではない。
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力を奪いさえすれば、後はどうにでもできる。
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ミルドは一歩後方へと退がり、剣を抜き放っている部下達も退がらせる。
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魔性同士の戦いなど、滅多にお目に掛かれる代物ではない。
しかも、どちらも見目美しい力溢れるもの同士。
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