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第五章 闇に堕ちた騎士
新たな魔性
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不意に、奏が背後を振り返った。
「どうかしたの?」
後ろの方で何かあったのかと、奏の視線を辿り、ラズリも同じように振り返る。
背後で気になることといえば、随分前に森で出会った騎士達のこと以外にないような気がするけれど。
「あの人達に何かあったとか?」
奏の顔色を窺うように尋ねるも、彼は無言で首を横に振った。
「ラズリが気にするようなことは何もない。それよりも──」
刹那、奏は舌打ちをすると共に、ラズリの身体を抱え込んだ!
同時に、二人の周囲には大小様々な大きさの氷刃が降り注ぎ、地面へと突き刺さる。
奏のお陰で自分達に被害はないが、どう考えてもこれはおかしい。
今の季節は夏だというのに、この氷は一体どこから?
しかしそのことは、考えるまでもなかった。理由を探す必要すらなかった。
何故なら、上空から冷えた氷の如き、冷たい声が降ってきたからだ。
「お初にお目にかかります。わたくしの名は氷依。主の命により、貴女方を足止めさせていただきます」
見上げた先にいたのは、全身を青に染め上げた美しい女性だった。
背丈より長いと思われる美しい髪を風に靡かせ、女であれば誰もが憧れるようなプロポーションでもって、ラズリ達を見下ろしている。
彼女の纏う色彩からも、空に浮かぶ不可思議な能力からも、その女性が魔性であることは疑いようがなく。
「奏……あの人知ってる?」
と同じ魔性である青年に尋ねれば、「いや、全然」と間髪入れずに返答された。
「じゃあ、どうして私達の足止めなんて……」
「あいつの主ってのが、俺達のどっちかを狙ってるんだろ」
さらりと告げられた言葉にラズリは驚愕し、言葉を失う。
魔性を自分の代わりに差し向ける主って? 魔性に命令してる時点で、雇い主も魔性なんじゃないの?
とは思うが、確かめる術はない。
でも、相手が魔性だということは、狙われてるのは多分奏なのよね?
チラリと奏を見、ラズリはなんとなく胸を撫で下ろす。
非常識なことは分かっているが、自分ばかり狙われて、一方的に奏へ迷惑をかけ続けるのは、肩身が狭いと感じていたから。
「でもまぁ俺からしたら、そんなのどうでも良いけどなっ!」
ラズリを下ろし、奏が片腕を振った瞬間、周囲の氷刃が粉々に砕け散る。
「こんなもんで足止めしようなんて、甘いんだよ」
ラズリを背に庇いつつ、ふわりと地面に降り立った氷依と名乗る女魔性に、奏は口を尖らせた。
「それは申し訳ありません。わたくしが今回仰せつかったお役目は、あくまでも人間達の補助であり、自分がメインとなるものではない故に」
「どういうことだ?」
氷依の物言いに奏が眉根を寄せる。が、彼女はそれ以上話すつもりはないようで、にこりと微笑んで肩を竦めた。
人間の補助を魔性がする? しかもそれは、氷依の主が彼女に命じたことであるという。
何がどうなっているのか、まったく訳が分からない。
「ねぇ奏、この人の主って──」
人間ってことはないわよね? とラズリが言おうとした時だった。
やや遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきたのは。
「もしかして、あれは……」
自分を追う騎士達が、馬に乗っていたことを思い出す。
まさか、あの人達の主が魔性を? え、でもそうすると、目の前の魔性の主も同じ人ってことになるのよね?
王宮でラズリのことを待っている人がいる、とミルドは言っていた。
そんな人にはまったく心当たりがなくて、だからこそラズリは今の今まで半分忘れかけていたのだが。
自分を待っている人が、女魔性の主?
だとしたら、それはどんな人なんだろう?
人間の能力を遥かに超える、人間ではどう頑張っても敵わない力を有した魔性を従えてしまう人物なんて、この世に実在するのだろうか?
否、実在しているからこそ、今目の前に氷依がいるのだろうけれど。
「奏……魔性を従えられる人間なんているの?」
徐々に近づいてくる馬の蹄の音と氷依、両方に気を配りながら、ラズリは奏に尋ねる。
「普通は人間なんかに魔性は絶対従えられない筈なんだが……俺みたいに、その人間が気に入った。とかなら、ないこともないかもしれねぇな」
「そっか……そうだよね。そう言われれば、奏も私に従ってるわけじゃないしね」
「けどなぁ……う~ん……」
と、奏は何やら難しい顔で考え出す。
どうやら彼は、氷依に対し、何か引っ掛かることがあるらしい。
じっと彼女を見つめながら、何事かをぶつぶつと呟いている。
どうしたんだろう?
奏の様子にラズリが首を傾げていると、不意に氷依が味方──ラズリ達にとっては敵──の到着を告げた。
「そら、人間達が到着したようだぞ」
姿を現したのは、やはり王宮騎士達で。
ついさっき別れたばかりだというのに、何故またこうもすぐに彼らと出会わなければいけないのか。
気が向いたら王宮へ行くと言っているのに、どうして放っておいてくれないのだろう?
嫌々ながらも段々と見慣れて来てしまった王宮騎士達の姿に、ラズリは知らず唇を噛み締めた。
「どうかしたの?」
後ろの方で何かあったのかと、奏の視線を辿り、ラズリも同じように振り返る。
背後で気になることといえば、随分前に森で出会った騎士達のこと以外にないような気がするけれど。
「あの人達に何かあったとか?」
奏の顔色を窺うように尋ねるも、彼は無言で首を横に振った。
「ラズリが気にするようなことは何もない。それよりも──」
刹那、奏は舌打ちをすると共に、ラズリの身体を抱え込んだ!
同時に、二人の周囲には大小様々な大きさの氷刃が降り注ぎ、地面へと突き刺さる。
奏のお陰で自分達に被害はないが、どう考えてもこれはおかしい。
今の季節は夏だというのに、この氷は一体どこから?
しかしそのことは、考えるまでもなかった。理由を探す必要すらなかった。
何故なら、上空から冷えた氷の如き、冷たい声が降ってきたからだ。
「お初にお目にかかります。わたくしの名は氷依。主の命により、貴女方を足止めさせていただきます」
見上げた先にいたのは、全身を青に染め上げた美しい女性だった。
背丈より長いと思われる美しい髪を風に靡かせ、女であれば誰もが憧れるようなプロポーションでもって、ラズリ達を見下ろしている。
彼女の纏う色彩からも、空に浮かぶ不可思議な能力からも、その女性が魔性であることは疑いようがなく。
「奏……あの人知ってる?」
と同じ魔性である青年に尋ねれば、「いや、全然」と間髪入れずに返答された。
「じゃあ、どうして私達の足止めなんて……」
「あいつの主ってのが、俺達のどっちかを狙ってるんだろ」
さらりと告げられた言葉にラズリは驚愕し、言葉を失う。
魔性を自分の代わりに差し向ける主って? 魔性に命令してる時点で、雇い主も魔性なんじゃないの?
とは思うが、確かめる術はない。
でも、相手が魔性だということは、狙われてるのは多分奏なのよね?
チラリと奏を見、ラズリはなんとなく胸を撫で下ろす。
非常識なことは分かっているが、自分ばかり狙われて、一方的に奏へ迷惑をかけ続けるのは、肩身が狭いと感じていたから。
「でもまぁ俺からしたら、そんなのどうでも良いけどなっ!」
ラズリを下ろし、奏が片腕を振った瞬間、周囲の氷刃が粉々に砕け散る。
「こんなもんで足止めしようなんて、甘いんだよ」
ラズリを背に庇いつつ、ふわりと地面に降り立った氷依と名乗る女魔性に、奏は口を尖らせた。
「それは申し訳ありません。わたくしが今回仰せつかったお役目は、あくまでも人間達の補助であり、自分がメインとなるものではない故に」
「どういうことだ?」
氷依の物言いに奏が眉根を寄せる。が、彼女はそれ以上話すつもりはないようで、にこりと微笑んで肩を竦めた。
人間の補助を魔性がする? しかもそれは、氷依の主が彼女に命じたことであるという。
何がどうなっているのか、まったく訳が分からない。
「ねぇ奏、この人の主って──」
人間ってことはないわよね? とラズリが言おうとした時だった。
やや遠くから、馬の蹄の音が聞こえてきたのは。
「もしかして、あれは……」
自分を追う騎士達が、馬に乗っていたことを思い出す。
まさか、あの人達の主が魔性を? え、でもそうすると、目の前の魔性の主も同じ人ってことになるのよね?
王宮でラズリのことを待っている人がいる、とミルドは言っていた。
そんな人にはまったく心当たりがなくて、だからこそラズリは今の今まで半分忘れかけていたのだが。
自分を待っている人が、女魔性の主?
だとしたら、それはどんな人なんだろう?
人間の能力を遥かに超える、人間ではどう頑張っても敵わない力を有した魔性を従えてしまう人物なんて、この世に実在するのだろうか?
否、実在しているからこそ、今目の前に氷依がいるのだろうけれど。
「奏……魔性を従えられる人間なんているの?」
徐々に近づいてくる馬の蹄の音と氷依、両方に気を配りながら、ラズリは奏に尋ねる。
「普通は人間なんかに魔性は絶対従えられない筈なんだが……俺みたいに、その人間が気に入った。とかなら、ないこともないかもしれねぇな」
「そっか……そうだよね。そう言われれば、奏も私に従ってるわけじゃないしね」
「けどなぁ……う~ん……」
と、奏は何やら難しい顔で考え出す。
どうやら彼は、氷依に対し、何か引っ掛かることがあるらしい。
じっと彼女を見つめながら、何事かをぶつぶつと呟いている。
どうしたんだろう?
奏の様子にラズリが首を傾げていると、不意に氷依が味方──ラズリ達にとっては敵──の到着を告げた。
「そら、人間達が到着したようだぞ」
姿を現したのは、やはり王宮騎士達で。
ついさっき別れたばかりだというのに、何故またこうもすぐに彼らと出会わなければいけないのか。
気が向いたら王宮へ行くと言っているのに、どうして放っておいてくれないのだろう?
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