天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第五章 闇に堕ちた騎士

灰色の魔性

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 次元と次元の狭間に位置する不安定な空間がある。

 そこは、人間などでは到底たどり着くことのできない未知の空間ともいえる場所であり、また、たとえ辿り着くことができたとしても、足を踏み込んだ途端その不安定さによって息をすることもままならなくなる──そんな危ういところでもある。

 しかしそこには、空間を同じくしながらまるで異次元に建っているかのように浮かび上がる、漆黒の城があった。

「つまらんな……」

 外観と同じく、どこもかしこも黒一色に染め上げられた城の中、静まり返った玉座の間にいる一人の男が、ポツリと呟く。

 男は目の前に椅子があるというのにそれには座らず、長すぎる灰色の髪を床に散らばらせながら、床の上に寝そべっている。

 動くのが面倒くさい。椅子に座ることさえ億劫だ。

 だったらベッドで横になっていれば良いのだが、城へ来客が来た時に一々玉座の間へと移動するのがまた面倒で、だから結局ずっとここに横たわっている。

 そんな無気力この上ない男のすぐ側に落ちているのは──人間の腕。

 つい先程、何もない空間から突然現れ、ごとり、と音を立てて床に転がったもの。

 さして興味も湧かない、ただの異物。

「こんなものか……」

 指先一つでそれを消し去ると、男はため息を吐いた。

 おかしい……。これだけ待って、戦利品があんな物ひとつだけとは。

 本当なら、今頃もっと沢山、様々な物がこの場所へ送られてきていてもおかしくはないのに。

 何が? どうして? どうなっている?

 自問自答などする柄ではない。ただ問いだけが積み重なって行く。

 何年も前、男は一人の少女にを仕込んだ。

 とても不幸な境遇にいる少女で、だからこそ仕込み甲斐がある、遊び甲斐があると、嬉々として手を出した。

 だが──それから全く音沙汰がないのは、どういうわけなのか。

 ほんの数回、数える程の回数でしかないが、自分のかけた術が発動した手応えは、確かに感じた。感じたが、それだけだ。手応えを感じるものの、他には何もなく、今回漸くもたらされたものが、人間の腕たった一つだけとは。

「もっと色々な物が送り込まれて来ると思っていたが……」

 完全に期待外れだった、と言わざるを得ない。

 一度だけ、どうにも我慢できずに少女の暮らしぶりを覗き、あまりにも幸せそうにしている姿を見て、これでは面白くないと、少女の住む村全体を覆っていた謎の結界を、力任せにぶち壊したことがあった。

 然程強い結界ではなかったため簡単に壊れ、結果、人間の騎士達が、探していた少女の存在に気付いた。しかし、面白い事は何もなかった。

 何故なら騎士達は、少女を馬上に置き去りにすると、すぐにどこかへと行ってしまったからだ。

 彼らにしてみれば戦利品ともいえる少女に、もっと無体な真似を働くと期待していたのだが。

 独りぼっちにされた少女をいつまでも観察していてもつまらないと、自分はそこで少女を見るのをやめてしまった。その後何も送られて来なかったことを考えると、騎士達は少女を丁重に扱ったに違いない。

 多少乱暴に扱ってくれた方が、自分にとっては面白い展開になったというのに。

「これだから人間はつまらない」

 せっかく少女が生まれ持った素質も、発現しないのならば意味がない。

 少しでもその助けになればと思い、少女が他者に虐げられた時に発動するよう罠を仕掛けたが、それも殆ど功を奏していない現状。

「我が直接出張っても良いが、出張ったところで発現する保証はないからな……」

 そこまでして確実に発現するなら出張る価値もあるが、そうでなかった場合や、また、発現したは良いものの、その能力が乏しかった場合、動いた事を激しく後悔することになる。

 そう思えてしまう程、男は面倒臭がりの極地にいた。

 出来る事なら、動かずこのまま世界を好きに操りたい。自分は何もしなくとも、周りに上手く取り計らってもらいたい。

 それこそが男の望み。

 自分には力がある──とても強い力。他の追随を許さぬ力。

 なのに男は魔神と呼ばれる存在ではない。

 その一歩手前の魔人止まりだ。

「魔神になるには、我の力を多くの者達に認めさせる必要がある……」

 魔神にさえなることができれば、配下と呼べる者ができ、今よりもっと楽して楽しく時を過ごせる。

 態々自分が動かなくとも、配下達が全て良い様にしてくれるのだ。こんなに素晴らしい事はない。

 だが、魔人である今の状態では、配下など作るべくもないのだ。

「その為の近道は……」

 最も手っ取り早いのは、魔神を一人殺し、そこに自分がすげ替わること。

 けれど魔神達は、基本的に大量の配下を従えている為、おいそれとは近付けないし、近づいたところで大多数を一人で相手取るのは面倒極まりない。だから、出来ればやりたくないというのが本音だ。

 しかし、魔神にはどうしてもなりたい。自分こそが魔神として相応しい。

 何故なら自分は、それに相応しい強大な能力を有しているのだから。

「その後押しとして、あの女の素質が欲しいな……」

 どんなものかは知ることができないが、少女の身体の奥底で輝きを放つ不可思議な素質。

 あれを解放し、手に入れることができれば、或いは……。

 灰色の男の瞳に、昏い輝きが宿る。

 男はその瞳で再び少女を見ようとしたが、ふと気が変わって別の人物へと視点を合わせた。

 そして──。

「ふっ……面白い。こいつは使えるかもしれんな」

 新しい玩具を見つけたと言わんばかりに口角を上げ、歪んだ笑みを浮かべる。

 男の灰色の瞳には、利き腕の先をなくし、絶望に叫び続ける一人の人間の姿が映されていた。









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