天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第四章 再出発

常識が通じない

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 ある程度の量のキノコと木の実を採取したラズリは、休憩がてら適当な切り株に腰を下ろしていた。

 これまで夢中になってキノコを採取していたが、さすがに何時間も続けられることではない。

 木の実は奏が採ってくれたから良いとしても、ラズリはキノコを採るためにしゃがみ、採ったら歩き、またしゃがみ──を何度も繰り返していたのだ。足がクタクタになるのは当然だった。

「なぁラズリ、木の実食べるか? せっかく採ったし、人間は水分補給が大事なんだろ? ほぼほぼ水みたいな面白いやつも幾つかあるんだ。それぐらいだったら闇に確認しなくても、食べて大丈夫なんじゃないか?」

 言いながら、奏が何もない空間から突如木の実を取り出して、手渡してくる。

 それを受け取り、色や匂いを慎重に確認すると、ラズリは恐る恐るといった態で木の実を口に入れた。

「どうだ?」

 噛んだ瞬間ジュワッと水分が溢れ出し、乾燥していた口内が一瞬で潤う。然程甘みもなくサッパリしていて、これなら水代わりとして十分使えそうだ。

 だからラズリは、自分が休憩している間にもう少し集めて欲しいと、奏に頼もうとしたのだが。

「奏、今くれた木の実をいっぱい集めて来て欲しいんだけど──」
「分かった!」

 全てを言い終わる前に、奏の姿が掻き消える。

 根こそぎ全部取るのはやめてね、という大事な一言を言う前に。

「大丈夫かな……」

 奏が街で調子にのって果物を買い過ぎたことは、まだ記憶に新しい。あの時は『果物を腐らせると勿体無いから』と説明したけれど、木の実も同じように腐るということを──ともすれば木の実の方が傷むのが早いということを──彼は果たして知っているのだろうか?

「絶対知らないわよね……」

 というか、そんな事は考えもしないだろうということに、ラズリはため息を吐くしかない。

 せめてもう少し、闇程とは言わないけれど、もう少しだけそういったことを考えてくれればと思ってしまうのは、過ぎた願いなのだろうか。

 けれど、これからずっと一緒にいるのなら、覚えていってもらう必要があることは間違いない。魔性と違い、人間は飲食する必要があるし、食べ物飲み物には限りがある為、いつでも好きなように、それらが手に入るとは限らないのだから。

 だが多分奏であれば、ラズリが望めば何時でも何処でも食べ物を手に入れてくるのだろう。そこが不安で堪らない。

 街で買った果物を宿屋に転移させていたことから考えると、その逆もできる筈。いや、できるに決まっている。

 何もない場所で、もしも奏に「ご飯が食べたい」と言ったなら、何処からともなく絶対に食べ物を調達してくるに違いない。迷いなくそう思えてしまうぐらいには、奏の人間界での常識のなさを、ラズリは理解してしまっている。

 しかもそれが、果物なり野菜なりといった素材そのものであるならまだ良い。だが、調理済みのものであったら大問題だ。

 自分の軽い一言のせいで奏は食べ物を盗んだ犯罪者となり、自分は共犯者となってしまう。

 そんな事には絶対なりたくないし、したくもない。尤も、人間の中のルールで魔性が縛れるかというと、それはそれで別の問題となるのだが。

「……前途多難ね」

 やれやれとため息を吐いて、ラズリは頭を抱えた。

 世間知らずの自分と、常識のない魔性との二人旅なんて、この先不安しかない。闇が奏の友人としていることだけが、僅かな希望ではあるけれど。

「そうは言っても、いつも一緒にいてくれるわけでもないし……」

 今だって、闇がいてくれればキノコも木の実も安全な物とそうでない物に選り分けができていた筈。でも、ラズリと奏の二人では、毒に怯えておっかなびっくり食べるのが精一杯で。

 その手の知識を勉強できれば良いのだろうが、今更どうやってそれをしたら良いのかも分からない。

 しかも、自分達は追われる身。ここ何日かは平和な日々を過ごしていたから、若干忘れそうになっていたけれど、本来呑気に勉強などしている場合ではないのだ。

「こんな状態で、今更どうにもできないわよね……」 

 頭を抱えたままの体勢で呟く。刹那、土を踏み締める音がすぐ側で聞こえて、ラズリは慌てて顔を上げた。

「あ……っ!」
「見つけたぞ!」

 思ったよりも近い距離に驚きながら、咄嗟に身体を捻って騎士の腕を躱す。

 そのまま地面に手をついて素早く立ち上がると、ラズリは鋭い瞳で目の前の騎士を睨み付けた。

「なんだ、お前一人か? 魔性には見捨てられたか」

 相手は四人。先頭にいるのは、村で暴言を吐いたアランという男。

「大人しく捕まれば、痛い思いはしなくても済むぞ。だが、抵抗するなら容赦はしない。……どうする?」

 どうするも何も、捕まる気があるなら、最初から逃げたりなどしない。

 油断なく騎士達に視線を配りながら、ラズリはジリジリと後ずさった。

 そんなラズリを捕まえようと、横に広がりながら少しずつ距離を詰めてくる騎士達。

 まさに一触即発。どちらかが隙を見せたら、その瞬間に全員が同時に動く──そんな緊迫感が漂っていた。





 




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