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第四章 再出発
新たな手札
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時は少し遡る。
ラズリがまだ、初めての街での暮らしを楽しんでいた頃──王宮に馬を走らせたミルドは、主であるルーチェの前で膝を折り、頭を垂れていた。
「……じゃあ、魔性のことは君に任せてしまって良いんだね?」
ミルドの意思を確認するように、ルーチェが声を掛けてくる。
それに無言で頷くと、ミルドは恭しく両手を前に差し出した。
「渡してあげて」
ルーチェの言葉に、「畏まりました」と答えた男が、差し出されたミルドの手の上に札のような物を何枚か乗せる。
「僕も中々に忙しくてね。効果が立証されたから制作枚数を増やしたいんだけど、僕以外に作れる者がいないせいで、今はそれだけしかないんだ。でも、君なら大丈夫だよね?」
大丈夫じゃないと言ったなら、どうにかして貰えるのだろうか?
一瞬、そんな思考がミルドの脳裏を過る。だが、この主相手にそれはない。言うだけ無駄だと、ミルドは内心でため息を吐く。
弱音を吐くことなど許されない。弱音を吐こうものなら、すぐに戦力外通告をされて、良くて追放、悪くて死罪だ。
目当ての娘を連れ帰ることができなかった時点で死罪を覚悟していたが、意外にも、ルーチェは戻ってきたミルドの話に耳を傾け、赤い髪の魔性を捕らえるという新たな任務まで課してくれた。
任務の数が増えれば大変になるのは間違いないが、どうせ目当ての娘を捕らえるにあたり、一緒にいる魔性をなんとかしなければならないのだ。であれば、それについても任務としてもらった方が断然良い。
任務が増えれば、その分増えた任務に応じた資金が新たに支給される。今回は内容が内容だけに、危険手当てなども相俟って、かなりの金額が支給されることとなった。その金があれば、もう暫くは生きながらえることができるだろう。
ギリギリのところで、なんとか首と皮が繋がったと、ミルドは顔を伝う冷や汗を拭った。
「必ずやこの札で、赤い髪の魔性を仕留めて参ります」
「うん、頼んだよ。ああ、それと──」
不意に、ルーチェが手を叩く。刹那、青い髪の女が何もない空間から突然姿を現し、ルーチェの隣に控えた。
「そ、その女は……!」
驚愕に目を見張り、ミルドは青い髪の女を指差す。
現れた女は、過去にミルドがルーチェに渡された札の力で、奇跡的に捕らえることに成功した魔性であった。
「ど、どうしてそいつが……」
女を指差したまま、はくはくと口を動かすミルドに、ルーチェの愉快そうな瞳が向けられる。
「彼女は僕の忠実なしもべとなった。だから心配することは何もないよ。彼女には君達の任務を手伝ってもらうことにしたから、今後は色々と協力したらいい」
「そんなことを言われても……」
彼女を捕らえたのはミルドだ。
魔性の力を封じる札を試作したから使ってこいと、半ば無理矢理ルーチェに追い立てられ、魔性の目撃証言の多い場所へと強制的に行かされた。
何故自分が、実験方法は他にないのかと喚いたが聞き入れられず、最終的には主の意に逆らうのかと逆に脅され、従っても逆らっても死ぬのならと、僅かでも生き残る可能性の高い方に賭けたのだ。その結果、見事捕縛に成功した女魔性。
彼女を捕らえた経験があったから、ミルドは赤い髪の魔性と対峙するにあたって、以前使った魔性封じの札を貰いに、王宮へと戻って来たのだが。まさか、その時に捕らえた魔性が主のしもべになっていようなど、思いも寄らなかった。
彼女が味方であるのなら、心強いことこの上ない。だが、彼女を捕縛したのは間違いなく自分なのだ。恨まれている可能性は捨てきれない。否、確実に恨まれていることだろう。
「共にいても、危険はないのですか?」
今は大人しくしていても、王宮から出た途端、襲われては堪らない。残して来た部下の為にも、自分は戻らなければならないのだから。
そんなミルドの不安を知ってか知らずか、ルーチェはにこやかに微笑んだ。
「魔性であった頃の記憶はないから大丈夫だよ。尤も、僕の言うことしか聞かないから、その辺りの注意は必要だけどね」
それは大丈夫というのだろうか。
今度の相手は魔性だ。その時々の状況によって動きを変えなければ、小隊全員の命が危険に晒される。
いくら味方であるとはいえ、現場にいないルーチェの命令に基づいてのみ行動する魔性など、足手纏いにしかならないではないか。
「でしたら、彼女に下した命令内容を教えていただけますか?」
その内容如何によって、女魔性に関しては最低限の働きだけを求めるに止めなければならない。
便利であるし心強いからといって、あまりにも魔性に頼りすぎては、何かあった時に対応できないからだ。
「応用のきく内容にしておいたから、不便はないと思うけど。……まぁ、いいよ。教えてあげる」
そう言って、ルーチェはミルドに命令内容を教えてくれた。
任務を熟すメインとなるのは自分達騎士隊であり、魔性はあくまでも補助使い。そのように周知しなければ、魔性に頼って手を抜く者も出て来るだろうと予想した上でのこと。
特に、アランの奴が心配だ……。
利用できるものは何でも利用して、手を抜くこと、自分の楽しみを追求することだけに長けた男。
魔性など連れ帰ったら、すぐに自分の手足とすべく手段を講じるであろうことは考えるまでもない。
アランに取り込まれたら厄介だな。いっそ、いなくなってくれれば良いのに。
最近では、そんな物騒な考えすら抱くようになっていた──。
ラズリがまだ、初めての街での暮らしを楽しんでいた頃──王宮に馬を走らせたミルドは、主であるルーチェの前で膝を折り、頭を垂れていた。
「……じゃあ、魔性のことは君に任せてしまって良いんだね?」
ミルドの意思を確認するように、ルーチェが声を掛けてくる。
それに無言で頷くと、ミルドは恭しく両手を前に差し出した。
「渡してあげて」
ルーチェの言葉に、「畏まりました」と答えた男が、差し出されたミルドの手の上に札のような物を何枚か乗せる。
「僕も中々に忙しくてね。効果が立証されたから制作枚数を増やしたいんだけど、僕以外に作れる者がいないせいで、今はそれだけしかないんだ。でも、君なら大丈夫だよね?」
大丈夫じゃないと言ったなら、どうにかして貰えるのだろうか?
一瞬、そんな思考がミルドの脳裏を過る。だが、この主相手にそれはない。言うだけ無駄だと、ミルドは内心でため息を吐く。
弱音を吐くことなど許されない。弱音を吐こうものなら、すぐに戦力外通告をされて、良くて追放、悪くて死罪だ。
目当ての娘を連れ帰ることができなかった時点で死罪を覚悟していたが、意外にも、ルーチェは戻ってきたミルドの話に耳を傾け、赤い髪の魔性を捕らえるという新たな任務まで課してくれた。
任務の数が増えれば大変になるのは間違いないが、どうせ目当ての娘を捕らえるにあたり、一緒にいる魔性をなんとかしなければならないのだ。であれば、それについても任務としてもらった方が断然良い。
任務が増えれば、その分増えた任務に応じた資金が新たに支給される。今回は内容が内容だけに、危険手当てなども相俟って、かなりの金額が支給されることとなった。その金があれば、もう暫くは生きながらえることができるだろう。
ギリギリのところで、なんとか首と皮が繋がったと、ミルドは顔を伝う冷や汗を拭った。
「必ずやこの札で、赤い髪の魔性を仕留めて参ります」
「うん、頼んだよ。ああ、それと──」
不意に、ルーチェが手を叩く。刹那、青い髪の女が何もない空間から突然姿を現し、ルーチェの隣に控えた。
「そ、その女は……!」
驚愕に目を見張り、ミルドは青い髪の女を指差す。
現れた女は、過去にミルドがルーチェに渡された札の力で、奇跡的に捕らえることに成功した魔性であった。
「ど、どうしてそいつが……」
女を指差したまま、はくはくと口を動かすミルドに、ルーチェの愉快そうな瞳が向けられる。
「彼女は僕の忠実なしもべとなった。だから心配することは何もないよ。彼女には君達の任務を手伝ってもらうことにしたから、今後は色々と協力したらいい」
「そんなことを言われても……」
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魔性の力を封じる札を試作したから使ってこいと、半ば無理矢理ルーチェに追い立てられ、魔性の目撃証言の多い場所へと強制的に行かされた。
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「共にいても、危険はないのですか?」
今は大人しくしていても、王宮から出た途端、襲われては堪らない。残して来た部下の為にも、自分は戻らなければならないのだから。
そんなミルドの不安を知ってか知らずか、ルーチェはにこやかに微笑んだ。
「魔性であった頃の記憶はないから大丈夫だよ。尤も、僕の言うことしか聞かないから、その辺りの注意は必要だけどね」
それは大丈夫というのだろうか。
今度の相手は魔性だ。その時々の状況によって動きを変えなければ、小隊全員の命が危険に晒される。
いくら味方であるとはいえ、現場にいないルーチェの命令に基づいてのみ行動する魔性など、足手纏いにしかならないではないか。
「でしたら、彼女に下した命令内容を教えていただけますか?」
その内容如何によって、女魔性に関しては最低限の働きだけを求めるに止めなければならない。
便利であるし心強いからといって、あまりにも魔性に頼りすぎては、何かあった時に対応できないからだ。
「応用のきく内容にしておいたから、不便はないと思うけど。……まぁ、いいよ。教えてあげる」
そう言って、ルーチェはミルドに命令内容を教えてくれた。
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特に、アランの奴が心配だ……。
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魔性など連れ帰ったら、すぐに自分の手足とすべく手段を講じるであろうことは考えるまでもない。
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完結確約 9話完結です。
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