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第三章 天涯孤独になりました
闇は怒らせない方が良い
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宿屋で入浴後、ベッドで一時の休憩をしたラズリは、再度街の散策へと繰り出していた。
「食事などの準備は此方でしておきますので、ラズリ殿は心置きなく街を見て回って来るといいですよ」
闇に優しくそう言われ、黒いフードを被された奏と共に、機嫌良く送り出されたのだ。
出来ればラズリも街を見て回りたかったし、でも一人では心配でもあった為、奏が同行してくれることには安堵を覚えた。けれど、休憩前は奏が女性達の視線を集めすぎたせいで自由に動けなかったから、今回は大丈夫なの? という不安もあり、そんなラズリに闇は、フードを被せておけば何も問題ないからと言って、奏にしっかりと自分が羽織っていたフードを被せてくれたのだ。
あまりにも深く被せるものだから、そんな状態で前が見えるのかと心配すれば、物理的に見えなくても問題ないからと微笑まれた。それよりも、奏の顔が女性達に見られてしまうことの方が大問題である為、本人がそれで良い──奏的には不満気だったけれど、闇が押し切った──のならと、その状態で外へ出ることにしたのだった。
「ねぇねぇ、あの果物美味しそう。あれはどんな味がするのかな?」
危険がないよう手を繋ぎ、街中を歩くラズリの興味は、もっぱら食べ物に向いている。
物欲なんてものを最初からほぼ持ち合わせていなかったラズリは、服や装飾品などといった物に、欠片も興味を引かれなかったからだ。
本で見たお姫様に憧れたことは当然あるが、自分にあんな格好は似合わないと思ったし、第一、そんな格好をして行く場所もないからと早々に諦めた。ある意味、生まれ育った環境のせいで現実的すぎたともいえる。
ともかく、そんな風に育ってきたラズリは、今後の着替え用に何着か服を見繕って帰るようにと闇に言われたのにも関わらず、街頭に並ぶ食べ物の屋台ばかりを次々に見て回り、感嘆の声をあげていたのだ。
気の良い店主の何人かは、そんなラズリに幾つか無償で果物を渡してくれ、その見返りにと奏がそこで多量の買い物をした。無駄遣いを好まないラズリがその場面を目にしていたら、恐らく奏のその行為は諌められていたに違いないが、初めて見る果物の見た目や味に夢中になっていたラズリは、奏の暴挙に気付かなかった。
或いは、大量に購入した物を奏が両腕に抱えてさえいたならば、まだ気付けたかもしれない。
しかし奏は魔性である。魔性というのは人間と違い、かなり便利な能力を色々と有しているわけで。
空を飛ぶ、空間移動をするなどは当たり前。手を触れず自由に物を動かしたり、何もない空間から物を出したり仕舞ったり──全然別の場所にある物を、その場に引き寄せることだってできる。
つまり何が言いたいかというと……ラズリが果物を貰ったお礼がわりに購入した果物を、奏は自分で持つことなく、買った端から次から次へと無造作に別空間へと投げ入れていたのだ。
無償で果物を貰ってしまったことに恐縮するラズリに「美味しければ俺が必要量購入するから気にするな」と言って。
それに安心して頷いたラズリだったが、寝食を必要としない魔性である奏に、ラズリ一人分の食料の必要量など分かるわけがない。ついでに言えば、食べ物の賞味期限などもあることを、そもそも知らないのだ。
そんな奏に、正しい分量の買い物など出来る筈もなく。
結果、買い物途中に現れた鬼の形相をした闇に、二人は強制的に宿屋へと連れ戻されることとなってしまった。
「なんで? どうして?」
とラズリは思ったが、宿屋へと戻ってみれば、奏が何をやらかしたのかは一目瞭然で。
宿屋の部屋中に溢れた果物と、それらから発せられる芳香が混ざり合った匂い。一つ一つは熟した果物の発する良い匂いなのだが、それらが何種も混ざり合うと、なんともいえない強い匂いが鼻につき、長時間嗅がされるのはキツイなと思ってしまう。
宿屋へ戻ったばかりのラズリでも、そんな風に思う程なのだ。そこで二人の帰りを待っていた闇にしてみれば、地獄のようなものだったろう。
かくして、部屋の端に寄せられた果物の横に並んで座らされたラズリと奏は、目の前で仁王立ちする闇によって、お説教をされる羽目になってしまったのだった。
「貴方方二人は、買い物すらまともに出来ないのですか? 私は服を買ってくるようにとは言いましたが、食べ物を買って来いとは一言も言っていませんよね? しかも、こんなに大量に……。これ、腐る前に全部食べきれますか? 絶対に無理ですよね?」
「そうですね……」
緋色の瞳に見据えられ、ラズリも奏もしょんぼりと下を向くことしか出来ない。
確かに服を買うように言われたけれど、服なんかより目新しい果物を見る方が楽しいし、なにより美味しかったから……。
「新しい服がなければ着替えも出来ないんですよ? 毎回宿に泊まれるわけではありませんし……裸でも問題ないのなら、私は構いませんけどね」
「え! それは嫌!」
それについて、ラズリは瞬時に言い返した。
裸だなんて冗談じゃない。裸で生活するぐらいなら、何日かは同じ服を着て過ごす方がよっぽどマシだ。
けれど当然、それ見た事かと言わんばかりの顔を闇にされ、ラズリは悔しさに唇を噛む。
外での生活に関しては、闇の方が一枚も二枚──若しくは十枚ぐらい?──も上手。引きこもった生活をしていたラズリに刃向かえるわけがない。
せめて奏がもう少し頼りになったら……と思うけれど、今日の感じからして、あんまり頼りにならなさそうで。
「ごめんなさい……」
ラズリが素直に謝ると、闇は少しだけ表情を緩めてくれた。
「私の言う事を理解していただけたのなら、それで良いのです。こう見えても、私はもの凄く忙しい身なので──」
「だったら口出しにわざわざ来なくても──」
「奏!!」
余計な事を言う奏に、ラズリは慌てて声を上げたが、遅かった。
「私がいなければ今後どうなっていたか……いえ、今だってどうなっていたか分からないというのに、貴方は本当に何も分かっていないようですね」
闇の背後に、緋色の炎のようなものが見える。
それは見た目からして炎である筈なのに、そこから感じる空気は肌を刺す程に冷たいもので。
「これは……お仕置きが必要ですね」
ゆっくりと、闇が奏に向かって足を踏み出す。
「や、あの、ごめん、ごめんなさい。俺が悪かった、ほんとに俺が悪かったです。謝るから、許して──」
「問答無用!」
怯える奏の胸ぐらを掴んだ闇は、ラズリに「暫くお待ち下さい」の一言だけを言い置いて、奏と共に姿を消した。
どして、大量の果物と一緒に残されたラズリは、未だ匂いを放つ果物に目をやると、
「食べられるだけ食べよう……」
と、少しでも果物を減らすべく、手を伸ばしたのだった。
「食事などの準備は此方でしておきますので、ラズリ殿は心置きなく街を見て回って来るといいですよ」
闇に優しくそう言われ、黒いフードを被された奏と共に、機嫌良く送り出されたのだ。
出来ればラズリも街を見て回りたかったし、でも一人では心配でもあった為、奏が同行してくれることには安堵を覚えた。けれど、休憩前は奏が女性達の視線を集めすぎたせいで自由に動けなかったから、今回は大丈夫なの? という不安もあり、そんなラズリに闇は、フードを被せておけば何も問題ないからと言って、奏にしっかりと自分が羽織っていたフードを被せてくれたのだ。
あまりにも深く被せるものだから、そんな状態で前が見えるのかと心配すれば、物理的に見えなくても問題ないからと微笑まれた。それよりも、奏の顔が女性達に見られてしまうことの方が大問題である為、本人がそれで良い──奏的には不満気だったけれど、闇が押し切った──のならと、その状態で外へ出ることにしたのだった。
「ねぇねぇ、あの果物美味しそう。あれはどんな味がするのかな?」
危険がないよう手を繋ぎ、街中を歩くラズリの興味は、もっぱら食べ物に向いている。
物欲なんてものを最初からほぼ持ち合わせていなかったラズリは、服や装飾品などといった物に、欠片も興味を引かれなかったからだ。
本で見たお姫様に憧れたことは当然あるが、自分にあんな格好は似合わないと思ったし、第一、そんな格好をして行く場所もないからと早々に諦めた。ある意味、生まれ育った環境のせいで現実的すぎたともいえる。
ともかく、そんな風に育ってきたラズリは、今後の着替え用に何着か服を見繕って帰るようにと闇に言われたのにも関わらず、街頭に並ぶ食べ物の屋台ばかりを次々に見て回り、感嘆の声をあげていたのだ。
気の良い店主の何人かは、そんなラズリに幾つか無償で果物を渡してくれ、その見返りにと奏がそこで多量の買い物をした。無駄遣いを好まないラズリがその場面を目にしていたら、恐らく奏のその行為は諌められていたに違いないが、初めて見る果物の見た目や味に夢中になっていたラズリは、奏の暴挙に気付かなかった。
或いは、大量に購入した物を奏が両腕に抱えてさえいたならば、まだ気付けたかもしれない。
しかし奏は魔性である。魔性というのは人間と違い、かなり便利な能力を色々と有しているわけで。
空を飛ぶ、空間移動をするなどは当たり前。手を触れず自由に物を動かしたり、何もない空間から物を出したり仕舞ったり──全然別の場所にある物を、その場に引き寄せることだってできる。
つまり何が言いたいかというと……ラズリが果物を貰ったお礼がわりに購入した果物を、奏は自分で持つことなく、買った端から次から次へと無造作に別空間へと投げ入れていたのだ。
無償で果物を貰ってしまったことに恐縮するラズリに「美味しければ俺が必要量購入するから気にするな」と言って。
それに安心して頷いたラズリだったが、寝食を必要としない魔性である奏に、ラズリ一人分の食料の必要量など分かるわけがない。ついでに言えば、食べ物の賞味期限などもあることを、そもそも知らないのだ。
そんな奏に、正しい分量の買い物など出来る筈もなく。
結果、買い物途中に現れた鬼の形相をした闇に、二人は強制的に宿屋へと連れ戻されることとなってしまった。
「なんで? どうして?」
とラズリは思ったが、宿屋へと戻ってみれば、奏が何をやらかしたのかは一目瞭然で。
宿屋の部屋中に溢れた果物と、それらから発せられる芳香が混ざり合った匂い。一つ一つは熟した果物の発する良い匂いなのだが、それらが何種も混ざり合うと、なんともいえない強い匂いが鼻につき、長時間嗅がされるのはキツイなと思ってしまう。
宿屋へ戻ったばかりのラズリでも、そんな風に思う程なのだ。そこで二人の帰りを待っていた闇にしてみれば、地獄のようなものだったろう。
かくして、部屋の端に寄せられた果物の横に並んで座らされたラズリと奏は、目の前で仁王立ちする闇によって、お説教をされる羽目になってしまったのだった。
「貴方方二人は、買い物すらまともに出来ないのですか? 私は服を買ってくるようにとは言いましたが、食べ物を買って来いとは一言も言っていませんよね? しかも、こんなに大量に……。これ、腐る前に全部食べきれますか? 絶対に無理ですよね?」
「そうですね……」
緋色の瞳に見据えられ、ラズリも奏もしょんぼりと下を向くことしか出来ない。
確かに服を買うように言われたけれど、服なんかより目新しい果物を見る方が楽しいし、なにより美味しかったから……。
「新しい服がなければ着替えも出来ないんですよ? 毎回宿に泊まれるわけではありませんし……裸でも問題ないのなら、私は構いませんけどね」
「え! それは嫌!」
それについて、ラズリは瞬時に言い返した。
裸だなんて冗談じゃない。裸で生活するぐらいなら、何日かは同じ服を着て過ごす方がよっぽどマシだ。
けれど当然、それ見た事かと言わんばかりの顔を闇にされ、ラズリは悔しさに唇を噛む。
外での生活に関しては、闇の方が一枚も二枚──若しくは十枚ぐらい?──も上手。引きこもった生活をしていたラズリに刃向かえるわけがない。
せめて奏がもう少し頼りになったら……と思うけれど、今日の感じからして、あんまり頼りにならなさそうで。
「ごめんなさい……」
ラズリが素直に謝ると、闇は少しだけ表情を緩めてくれた。
「私の言う事を理解していただけたのなら、それで良いのです。こう見えても、私はもの凄く忙しい身なので──」
「だったら口出しにわざわざ来なくても──」
「奏!!」
余計な事を言う奏に、ラズリは慌てて声を上げたが、遅かった。
「私がいなければ今後どうなっていたか……いえ、今だってどうなっていたか分からないというのに、貴方は本当に何も分かっていないようですね」
闇の背後に、緋色の炎のようなものが見える。
それは見た目からして炎である筈なのに、そこから感じる空気は肌を刺す程に冷たいもので。
「これは……お仕置きが必要ですね」
ゆっくりと、闇が奏に向かって足を踏み出す。
「や、あの、ごめん、ごめんなさい。俺が悪かった、ほんとに俺が悪かったです。謝るから、許して──」
「問答無用!」
怯える奏の胸ぐらを掴んだ闇は、ラズリに「暫くお待ち下さい」の一言だけを言い置いて、奏と共に姿を消した。
どして、大量の果物と一緒に残されたラズリは、未だ匂いを放つ果物に目をやると、
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