35 / 94
第三章 天涯孤独になりました
ミルドの恐怖
しおりを挟む
鬱蒼とした森の中、一箇所だけ焼け野原となった開けた場所で、王宮騎士であるミルドは一人、ただただ立ち尽くしていた。
どうしたらいい? 私はこれからどうするべきなんだ?
目的であった娘──ラズリは、既に魔性の手によって連れ去られてしまった。
慌てて後を追おうとしたが、空を自由に飛べる相手を、視界の悪い森の中で追いかけることなど不可能であり。方向だけはなんとか知ることができたが、何処へ向かったのかまでは分からず、取り敢えず村の前に戻っては来たが。
一瞬であの大火を消してしまうような能力を持つ者相手に、どうやって戦えば良いというのか。
たとえ居場所を見つけたところで、返り討ちに遭うのがおちだろう。それでは何の意味もない。
「一度……城へ戻る必要があるか……」
娘を手に入れるまで戻るなと厳命されているが、魔性が現れたとなれば話は違う。
ミルドの主君であるルーチェは、何故だか魔性に対して異常とも思える興味を持っているようだった。
自分達人間が魔性と戦うのは不可能で、運悪く彼等と遭遇してしまった際は、命を手放す覚悟だけが唯一できることであるのだと、この島に住む人間なら誰だって知っている。
故に誰も、魔性に対抗しようなどとは考えない。彼等の目に付かないよう、間違っても気を惹くことなどないよう、目立たず騒がずを心掛けて生きるのだ。
だというのに、ルーチェだけは最初からそうではなかった。
人知れず魔性のことを調べ、研究し、その為の機関まで彼は城内に作り上げた。
一体何の為に──?
疑問には思ったが、立場的に聞くことは叶わず、首を傾げるしかなかった。
何をどう研究したところで、魔性に敵う筈はない。やるだけ無駄だ……。
誰もがそう思っていた。
だが、違った。驚くべきことに、そうではなかったのだ。
「魔性を大人しくさせる札の試作品ができたんだ。これ、試して来てくれる?」
ある日突然呼び出されたミルドは、そう言って一枚の札を渡された。
何やら不思議な光を放っているが、それ以外では、特にこれといった特徴のない札だった。薄い小さな長方形をしただけの薄い紙。
「恐れながら申し上げます。こんな小さな紙っぺら一枚で、魔性を抑えることができるとは思えません」
それが正直な感想だった。
主君に意見を述べることは命懸けだと理解していたが、魔性と戦わされるよりはマシだと思い、恐れに若干声を震わせながらも勇気を奮い立たせ、申し立てた。
だが──。
「僕が作った物が信用できない? それって、主君を信じられないってことだよね。じゃあ仕方ないか。反逆罪ってことで──」
「お、お待ちくださいっ! 承知致しました! すぐさま検証へと行ってまいります!」
慌てて立ち上がり、札を懐へ仕舞い込むと、ミルドは頭を下げて謁見の間を辞した。
「最初から素直にそう言えばいいのに。面倒だなぁ」
そう言うルーチェの言葉を、背中に受けながら。
その時は、死にたくない一心で無謀な任務を引き受けたが、これはもう脅しだと分かっていた。
任務を断れば叛意を疑われ、反逆罪と称して牢に入れられる。
そこでまだ自分の使い道が見つかれば良し、見つからなければそのまま死ぬまで牢の中だ。
たとえ相手が一国の王であろうと、そんな暴挙は許されないと思うのに、王宮騎士になりたい者は後を絶たず、その為ルーチェは手駒に困ることがない。
所詮、自分達は主君にとって、使い捨ての駒でしかないのだ──。
王がルーチェになる前は、決してそんなことはなかったのに。
何故、あんな若者が。どうして急に。
前王は、まだ退位するほど老齢ではなかった。寧ろ、これから後継者を選び、育てても間に合うほどに若く、溌剌としていた。
それが突然の王位継承。
理由はまったく語られず、次代がルーチェになった根拠すらも語られなかった。
王宮騎士も国民も、いきなりの出来事に戸惑いと困惑を隠せなかったが、新たな王としてルーチェが姿を見せた瞬間、それまでの不安がなかったかのように、国民は大きく沸き立った。
何て美しい王だろう。これ程の人物が王になってくれるなんて。自分達はなんて幸運なんだろう。
そんな声が広場のあちこちから聞こえた。
そしてそれは、王城や王宮に勤める者達も一律同じで。誰もが皆、新しい君主に心奪われたのだ。
あれはもう魅了といっても間違いないだろう。
人間離れした美貌、所作、永遠に聴いていたくなるような声──。
気持ちは分かる。あれほど人間らしくない、美しい人間はこれまで見たことがない。だから、皆の気持ちは理解できる。
だが、それでも。
美しい見た目に削ぐわない残忍な性格。
ルーチェに仕え始めてから気付いたあの性格に、ミルドはいつしか恐怖を覚えるようになっていた。
この世の者とも思えぬ美貌で、無慈悲に部下の命を奪う。
まるで魔性のようだ、とミルドは思った。
しかしルーチェは魔性ではなく、逆に魔性を大人しくさせる術を、長年の研究によって見つけ出した。
だから彼は魔性ではない、と決めつけるのも早計だとは思うが、それでも彼は魔性ではないのだろう、と何故だか感じるものがある。
「とにかく今は、そんなことより……」
ラズリを連れ去った魔性を捕らえるため、魔性封じの札をルーチェからもらわなければならない。
過去に一度試して、効果は実証済み。あれさえあれば、態度のでかいあの魔性も、なんとかなるはず。
「よし……。皆、話があるから集まってくれ!」
一時王城へ帰還するため、ミルドは部下達に声を掛けた。
どうしたらいい? 私はこれからどうするべきなんだ?
目的であった娘──ラズリは、既に魔性の手によって連れ去られてしまった。
慌てて後を追おうとしたが、空を自由に飛べる相手を、視界の悪い森の中で追いかけることなど不可能であり。方向だけはなんとか知ることができたが、何処へ向かったのかまでは分からず、取り敢えず村の前に戻っては来たが。
一瞬であの大火を消してしまうような能力を持つ者相手に、どうやって戦えば良いというのか。
たとえ居場所を見つけたところで、返り討ちに遭うのがおちだろう。それでは何の意味もない。
「一度……城へ戻る必要があるか……」
娘を手に入れるまで戻るなと厳命されているが、魔性が現れたとなれば話は違う。
ミルドの主君であるルーチェは、何故だか魔性に対して異常とも思える興味を持っているようだった。
自分達人間が魔性と戦うのは不可能で、運悪く彼等と遭遇してしまった際は、命を手放す覚悟だけが唯一できることであるのだと、この島に住む人間なら誰だって知っている。
故に誰も、魔性に対抗しようなどとは考えない。彼等の目に付かないよう、間違っても気を惹くことなどないよう、目立たず騒がずを心掛けて生きるのだ。
だというのに、ルーチェだけは最初からそうではなかった。
人知れず魔性のことを調べ、研究し、その為の機関まで彼は城内に作り上げた。
一体何の為に──?
疑問には思ったが、立場的に聞くことは叶わず、首を傾げるしかなかった。
何をどう研究したところで、魔性に敵う筈はない。やるだけ無駄だ……。
誰もがそう思っていた。
だが、違った。驚くべきことに、そうではなかったのだ。
「魔性を大人しくさせる札の試作品ができたんだ。これ、試して来てくれる?」
ある日突然呼び出されたミルドは、そう言って一枚の札を渡された。
何やら不思議な光を放っているが、それ以外では、特にこれといった特徴のない札だった。薄い小さな長方形をしただけの薄い紙。
「恐れながら申し上げます。こんな小さな紙っぺら一枚で、魔性を抑えることができるとは思えません」
それが正直な感想だった。
主君に意見を述べることは命懸けだと理解していたが、魔性と戦わされるよりはマシだと思い、恐れに若干声を震わせながらも勇気を奮い立たせ、申し立てた。
だが──。
「僕が作った物が信用できない? それって、主君を信じられないってことだよね。じゃあ仕方ないか。反逆罪ってことで──」
「お、お待ちくださいっ! 承知致しました! すぐさま検証へと行ってまいります!」
慌てて立ち上がり、札を懐へ仕舞い込むと、ミルドは頭を下げて謁見の間を辞した。
「最初から素直にそう言えばいいのに。面倒だなぁ」
そう言うルーチェの言葉を、背中に受けながら。
その時は、死にたくない一心で無謀な任務を引き受けたが、これはもう脅しだと分かっていた。
任務を断れば叛意を疑われ、反逆罪と称して牢に入れられる。
そこでまだ自分の使い道が見つかれば良し、見つからなければそのまま死ぬまで牢の中だ。
たとえ相手が一国の王であろうと、そんな暴挙は許されないと思うのに、王宮騎士になりたい者は後を絶たず、その為ルーチェは手駒に困ることがない。
所詮、自分達は主君にとって、使い捨ての駒でしかないのだ──。
王がルーチェになる前は、決してそんなことはなかったのに。
何故、あんな若者が。どうして急に。
前王は、まだ退位するほど老齢ではなかった。寧ろ、これから後継者を選び、育てても間に合うほどに若く、溌剌としていた。
それが突然の王位継承。
理由はまったく語られず、次代がルーチェになった根拠すらも語られなかった。
王宮騎士も国民も、いきなりの出来事に戸惑いと困惑を隠せなかったが、新たな王としてルーチェが姿を見せた瞬間、それまでの不安がなかったかのように、国民は大きく沸き立った。
何て美しい王だろう。これ程の人物が王になってくれるなんて。自分達はなんて幸運なんだろう。
そんな声が広場のあちこちから聞こえた。
そしてそれは、王城や王宮に勤める者達も一律同じで。誰もが皆、新しい君主に心奪われたのだ。
あれはもう魅了といっても間違いないだろう。
人間離れした美貌、所作、永遠に聴いていたくなるような声──。
気持ちは分かる。あれほど人間らしくない、美しい人間はこれまで見たことがない。だから、皆の気持ちは理解できる。
だが、それでも。
美しい見た目に削ぐわない残忍な性格。
ルーチェに仕え始めてから気付いたあの性格に、ミルドはいつしか恐怖を覚えるようになっていた。
この世の者とも思えぬ美貌で、無慈悲に部下の命を奪う。
まるで魔性のようだ、とミルドは思った。
しかしルーチェは魔性ではなく、逆に魔性を大人しくさせる術を、長年の研究によって見つけ出した。
だから彼は魔性ではない、と決めつけるのも早計だとは思うが、それでも彼は魔性ではないのだろう、と何故だか感じるものがある。
「とにかく今は、そんなことより……」
ラズリを連れ去った魔性を捕らえるため、魔性封じの札をルーチェからもらわなければならない。
過去に一度試して、効果は実証済み。あれさえあれば、態度のでかいあの魔性も、なんとかなるはず。
「よし……。皆、話があるから集まってくれ!」
一時王城へ帰還するため、ミルドは部下達に声を掛けた。
10
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる