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第二章 赤い魔性
見せられた地獄
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「おい、待てって言ってるだろ!」
炎まであと一歩という所で奏に腕を掴まれ、ラズリは強制的に足を止めさせられた。
炎はもう目の前で、チリチリとした音が聞こえ、顔や身体に熱を感じる。
止められなければ、確実に炎の中へと飛び込んでいた。何の算段もないままに。
けれど──。
「離して! 早く火を消さないと、みんなが……!」
奏の手を振り払おうともがくも、彼の手はまるでラズリの腕に固定されているかのように離れない。叩いても引っ掻いても効果はなく、寧ろ掴んでいる手に力を込められ、ラズリは痛みに悲鳴をあげる。
「痛い! 離してよ、馬鹿!」
「離したら、お前は炎の中に飛び込んで行っちまうだろうが! よく考えろ! お前が炎に飛び込んで何ができる? 一瞬で火だるまになって死ぬだけだろ!」
「それは……そうかもしれないけど……」
そんな事を言われても、どうしたら良いのか分からない。
ただ、一分一秒でも早く火を消さないと……それしか考えられなかったから。
「だったら、どうすれば良かったの? 早くしないと、村が巻き込まれるかもしれないのに!」
こんな大きな炎に呑み込まれたら、自分の住んでいた村など一溜まりもないだろう。
だからこそ、そうなる前に何とかしなければと思い、取り敢えず向かって行ったのだが。それに対する奏の反応は、ラズリが予想していたものとは違うものだった。
「……へ?」
何を言われたのか分からない、といった表情。
若しくは、言われた言葉の意味が分かっていないというような、きょとんとした顔。
切羽詰まった気持ちのラズリは、そんな奏の反応に、怒りが込み上げてくる。
「早く消さないと、炎が村に飛び火するかもしれないでしょ! だから……」
どうして分かってくれないの?
もどかしい気持ちで、奏に訴えかけようとした時だった。
「燃えてるのは、その村だけど?」
アッサリと告げられたその内容に、瞬間、ラズリは大きく目を見開いた。
燃えてるのは……村?
……いや、待って。落ち着いて。
もしかしたら、聞き間違いかもしれない。もう一度、ちゃんと確認しないと。
何度か深呼吸を繰り返し、ラズリは懸命に気持ちを落ち着ける。
大丈夫、大丈夫よ。きっとさっきのは聞き間違い。村が燃えてるなんて事、あるわけないわ。
そう自分に言い聞かせ、そのうえで、再度奏に尋ねる。
「燃えてるのは村って……どういう事なの?」
「え……また?」
しかし、ラズリの質問に対し、奏には思いっきり嫌な顔をされた。
確かに先程も同じ事を二度聞いてしまったけれど、大事な事だから仕方がないと思ってほしい。
何でもかんでも一度聞いただけで納得するなんて事、できるわけないのだから。
「だって仕方ないでしょう? 突然村が燃えてるなんて言われて、納得できるはずないじゃない」
それで納得できていたら、こんな風に質問を繰り返したりなどしていない。ただ受け入れる事しかできず、泣き崩れていただろう。けれど今はまだ、その段階ではない。奏の言葉を受け入れるだけの確証は、何一つないのだ。
「……まあ、そうだな。確かにお前の言う事も一理あるか」
何事かを考えるように手を顎に当てた奏が、呟くように言う。かと思ったら、次の刹那、ラズリの身体は宙に浮かび上がっていた。
「ええっ⁉︎」
「お前がちゃんと納得できるように、上空から見せてやるよ。……ただ、危ないから、あんま暴れないでくれよな」
いつの間に抱えられていたのか。
驚くラズリを気に留める風もなく、奏はラズリを片腕に抱き抱えた状態で、危なげなく上空へと上がっていく。
ラズリは別に高所恐怖症というわけではないが、片腕一本のみによって支えられた状態での空中浮遊は、それでも単純に恐怖だった。
……これ、落とされたら確実に死ぬわよね……。
実際は落とされたとしても大丈夫なのだが、そうと知らないラズリは自分から抱き付くように、奏の身体へと腕を回す。
「お前って……結構大胆なんだな」
その行動に何を思ったのか。
意外そうな、嬉しそうな声で奏に言われ、ラズリは「え、何が?」と首を傾げた。
けれど、そんな風に和やかな雰囲気でいられたのは、そこまでで。
「……着いたぞ。こっからなら、村の様子が分かるだろう?」
言われてラズリが、恐る恐る視線を下へと向けると。
そこには──地獄が広がっていた。
炎まであと一歩という所で奏に腕を掴まれ、ラズリは強制的に足を止めさせられた。
炎はもう目の前で、チリチリとした音が聞こえ、顔や身体に熱を感じる。
止められなければ、確実に炎の中へと飛び込んでいた。何の算段もないままに。
けれど──。
「離して! 早く火を消さないと、みんなが……!」
奏の手を振り払おうともがくも、彼の手はまるでラズリの腕に固定されているかのように離れない。叩いても引っ掻いても効果はなく、寧ろ掴んでいる手に力を込められ、ラズリは痛みに悲鳴をあげる。
「痛い! 離してよ、馬鹿!」
「離したら、お前は炎の中に飛び込んで行っちまうだろうが! よく考えろ! お前が炎に飛び込んで何ができる? 一瞬で火だるまになって死ぬだけだろ!」
「それは……そうかもしれないけど……」
そんな事を言われても、どうしたら良いのか分からない。
ただ、一分一秒でも早く火を消さないと……それしか考えられなかったから。
「だったら、どうすれば良かったの? 早くしないと、村が巻き込まれるかもしれないのに!」
こんな大きな炎に呑み込まれたら、自分の住んでいた村など一溜まりもないだろう。
だからこそ、そうなる前に何とかしなければと思い、取り敢えず向かって行ったのだが。それに対する奏の反応は、ラズリが予想していたものとは違うものだった。
「……へ?」
何を言われたのか分からない、といった表情。
若しくは、言われた言葉の意味が分かっていないというような、きょとんとした顔。
切羽詰まった気持ちのラズリは、そんな奏の反応に、怒りが込み上げてくる。
「早く消さないと、炎が村に飛び火するかもしれないでしょ! だから……」
どうして分かってくれないの?
もどかしい気持ちで、奏に訴えかけようとした時だった。
「燃えてるのは、その村だけど?」
アッサリと告げられたその内容に、瞬間、ラズリは大きく目を見開いた。
燃えてるのは……村?
……いや、待って。落ち着いて。
もしかしたら、聞き間違いかもしれない。もう一度、ちゃんと確認しないと。
何度か深呼吸を繰り返し、ラズリは懸命に気持ちを落ち着ける。
大丈夫、大丈夫よ。きっとさっきのは聞き間違い。村が燃えてるなんて事、あるわけないわ。
そう自分に言い聞かせ、そのうえで、再度奏に尋ねる。
「燃えてるのは村って……どういう事なの?」
「え……また?」
しかし、ラズリの質問に対し、奏には思いっきり嫌な顔をされた。
確かに先程も同じ事を二度聞いてしまったけれど、大事な事だから仕方がないと思ってほしい。
何でもかんでも一度聞いただけで納得するなんて事、できるわけないのだから。
「だって仕方ないでしょう? 突然村が燃えてるなんて言われて、納得できるはずないじゃない」
それで納得できていたら、こんな風に質問を繰り返したりなどしていない。ただ受け入れる事しかできず、泣き崩れていただろう。けれど今はまだ、その段階ではない。奏の言葉を受け入れるだけの確証は、何一つないのだ。
「……まあ、そうだな。確かにお前の言う事も一理あるか」
何事かを考えるように手を顎に当てた奏が、呟くように言う。かと思ったら、次の刹那、ラズリの身体は宙に浮かび上がっていた。
「ええっ⁉︎」
「お前がちゃんと納得できるように、上空から見せてやるよ。……ただ、危ないから、あんま暴れないでくれよな」
いつの間に抱えられていたのか。
驚くラズリを気に留める風もなく、奏はラズリを片腕に抱き抱えた状態で、危なげなく上空へと上がっていく。
ラズリは別に高所恐怖症というわけではないが、片腕一本のみによって支えられた状態での空中浮遊は、それでも単純に恐怖だった。
……これ、落とされたら確実に死ぬわよね……。
実際は落とされたとしても大丈夫なのだが、そうと知らないラズリは自分から抱き付くように、奏の身体へと腕を回す。
「お前って……結構大胆なんだな」
その行動に何を思ったのか。
意外そうな、嬉しそうな声で奏に言われ、ラズリは「え、何が?」と首を傾げた。
けれど、そんな風に和やかな雰囲気でいられたのは、そこまでで。
「……着いたぞ。こっからなら、村の様子が分かるだろう?」
言われてラズリが、恐る恐る視線を下へと向けると。
そこには──地獄が広がっていた。
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