天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第一章 回り出した歯車

人選ミス

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 やめて……。皆……駄目よ!

「うーっ! うーーっ!」

 村人達を止めようと、精一杯大きな声を出し、ラズリは大きく全身を左右に揺する。

 けれど、必死なラズリの願いも虚しく、村人達の動きは止まらなかった。

「ラズリを返せぇぇぇぇぇっ!」

 勢い良く、騎士に向かってウォルターの鍬が振り下ろされる!

 だが、騎士の男は素手で難なくそれを掴むと、そのままの体勢で大きな笑い声をあげた。

「ははははっ! そんなへっぴり腰で俺様に当てられると思ったのか? 笑わせてくれるなあ。人を攻撃したことなどないくせに!」

 ウォルターから鍬を取り上げ、騎士の男は適当にそれを遠くへ放り投げてしまう。

「わあっ! 大事な鍬が!」
「あはははっ! そんなに大事なら、使わず倉庫の奥にでも仕舞っておけよ。捨てるんじゃなくて、へし折ってやれば良かったか」

 慌てて鍬を拾いに走るウォルターを見た騎士の男が再び笑い声をあげると、武器を振り上げていた村人達は、躊躇うかのようにお互いの顔を見合わせた後、一斉に男へと襲い掛かった。

「笑うなっ! ラズリを返せ!」
「そうだぞ! いくら王宮から来たと言っても、こんな人攫いのような真似、許されるわけがねぇ!」
「とっととラズリを置いて、村から出て行け!」

 喚きながら村人達は懸命に農具を振るうが、騎士の男はただ笑いながら、彼等の攻撃を受け流す。

「ほらほら。そんな攻撃じゃ、いつまで経っても俺様を倒すことなんざできねえぞ。もっと死ぬ気でかかって来いよ」

 嘘──。

 村人達が死ぬ気で向かっていったところで、敵わないと知ってるくせに。

 騎士の男に怒りが込み上げ、ラズリはギリギリと口の中の布を噛む。

 その間にも、村人達による騎士への攻撃は続いていて──。

 やがて、太い枝が折れたような、木が悲鳴を上げたような、大きな音がその場に響いた。



※※※



「……では、私達はこれでお暇させていただきますね」

 ミルドは力無く項垂れる老人にそう告げると、村の出口へと足を向けた。

 質問に答えることを最初は嫌がっていた老人だったが、王宮騎士を騙した罪で死刑にすると脅せば、簡単に口を割った。

 閉じられた村を作った理由については単純極まりないもので、宝の存在を期待していたミルドにとっては落胆しかなかったが、それでも、娘の秘密について知った時には、それを遥かに凌駕する驚きと喜びに胸が満たされた。

 どこからどう見ても平凡で、どこにでもいそうな娘が、まさかあんな秘密を隠し持っていたとは──。

 今の任務に就いてからというもの、辛酸ばかりを舐めさせられてきたが、漸く報われる時が来たのかもしれない。永かった任務を終わらせる事ができるかもしれない。

 そんな期待をするには十分だった。

 後は王宮へと無事に娘を連れて行き、主君を頷かせる事さえできれば、任務は完了する。それによって昇格を果たし、こんな働き蟻のような立場からおさらばするのだ。

 任務完了の際、褒賞として一つだけ願いが聞き届けられることになっている。今回ミルドは、それを利用して王宮勤務への配置換えを願い出るつもりだった。

 王宮勤務は、普段危険が少ない分手当てなども少ないが、そんなことは微々たる問題であると、今回の任務で痛感した。危険な任務に身を晒し、如何に金を稼いだところで、命を失っては何にもならない。よしんば命が助かったとしても、任務が長引けば長引いた分だけ扱き下ろされ、追加の金すら与えられず、身銭を切ることを強要されるなど以ての外だ。

 今までは特に何の問題もなく、順調に任務をこなせていたから気付かなかったが、今回のような事態に陥って、初めて王宮外勤務の法外ともいえる給金の高さの理由を、理解したのだ。

 こうなる前に気付くことが出来ていたなら、せっかくの貯えを減らさずに済んだというのに。

「くそっ」

 とても騎士とは思えぬ一言を発すると、ミルドは膝程の高さの草むらを越えた。

 そこで、信じられない光景を目の当たりにし、思わず足を止める。

 ……なんなんだ、これは。

 幾人もの村人達が、そこかしこで倒れ、呻き声をあげていた。

 全員命に別状はないようだが、余程手酷くやられたのか、起き上がることはできないようだ。

 何とかして身を起こそうと試みている者もいるが、その度に呻いては、再び地面へと突っ伏している。

「人選を間違えたな……」

 瞬時に誰がやったのかを理解し、ミルドは背後に付き従っている部下を一瞥すると、盛大に舌打ちした。

 少しでも娘からの心象を良くするために、村人には手を出すなと言っておいた筈だった。老人を拘束したのも、ミルドからすれば配慮のつもりであったのだ。

 騎士の力で下手に押さえつけるより、縛った方が老人の体にかかる負担は少ないだろうと考えたうえで、ああした。

 なのに、あの部下は──アランは、もしかするとあれで誤解したのかもしれない。

 邪魔をする者を縛る──無力化することは許される、と。

 ミルドの率いる部隊内でも一、二を争う程に好戦的なアランなら、そう解釈してもおかしくはない。寧ろ、常にそっち方面へ持って行こうと考えを巡らせる様は、然しものミルドも辟易する程だった。

 それでも今回、村を訪れるにあたって伴ったのは、その性格に見合うだけの実力があったからだ。それなのに──。

「こんな老人ばかりの村だと知っていたらな……。間違っても指名したりしなかったんだが」

 額に手を当て、ミルドはやれやれとため息を吐いた。

 これではもう、娘の機嫌をとるどころではない。

 馬に乗せて王宮まで連れ帰らなければならない関係上、抵抗されるのは御免被りたかったが。

「まさか荷物のように、馬に縛り付けて運ぶわけにもいかないしな。……くそっ、頭が痛い」

 なかった筈の問題が新たに増えた事に、ミルドは頭を抱えた。

 








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