11 / 94
第一章 回り出した歯車
人選ミス
しおりを挟む
やめて……。皆……駄目よ!
「うーっ! うーーっ!」
村人達を止めようと、精一杯大きな声を出し、ラズリは大きく全身を左右に揺する。
けれど、必死なラズリの願いも虚しく、村人達の動きは止まらなかった。
「ラズリを返せぇぇぇぇぇっ!」
勢い良く、騎士に向かってウォルターの鍬が振り下ろされる!
だが、騎士の男は素手で難なくそれを掴むと、そのままの体勢で大きな笑い声をあげた。
「ははははっ! そんなへっぴり腰で俺様に当てられると思ったのか? 笑わせてくれるなあ。人を攻撃したことなどないくせに!」
ウォルターから鍬を取り上げ、騎士の男は適当にそれを遠くへ放り投げてしまう。
「わあっ! 大事な鍬が!」
「あはははっ! そんなに大事なら、使わず倉庫の奥にでも仕舞っておけよ。捨てるんじゃなくて、へし折ってやれば良かったか」
慌てて鍬を拾いに走るウォルターを見た騎士の男が再び笑い声をあげると、武器を振り上げていた村人達は、躊躇うかのようにお互いの顔を見合わせた後、一斉に男へと襲い掛かった。
「笑うなっ! ラズリを返せ!」
「そうだぞ! いくら王宮から来たと言っても、こんな人攫いのような真似、許されるわけがねぇ!」
「とっととラズリを置いて、村から出て行け!」
喚きながら村人達は懸命に農具を振るうが、騎士の男はただ笑いながら、彼等の攻撃を受け流す。
「ほらほら。そんな攻撃じゃ、いつまで経っても俺様を倒すことなんざできねえぞ。もっと死ぬ気でかかって来いよ」
嘘──。
村人達が死ぬ気で向かっていったところで、敵わないと知ってるくせに。
騎士の男に怒りが込み上げ、ラズリはギリギリと口の中の布を噛む。
その間にも、村人達による騎士への攻撃は続いていて──。
やがて、太い枝が折れたような、木が悲鳴を上げたような、大きな音がその場に響いた。
※※※
「……では、私達はこれでお暇させていただきますね」
ミルドは力無く項垂れる老人にそう告げると、村の出口へと足を向けた。
質問に答えることを最初は嫌がっていた老人だったが、王宮騎士を騙した罪で死刑にすると脅せば、簡単に口を割った。
閉じられた村を作った理由については単純極まりないもので、宝の存在を期待していたミルドにとっては落胆しかなかったが、それでも、娘の秘密について知った時には、それを遥かに凌駕する驚きと喜びに胸が満たされた。
どこからどう見ても平凡で、どこにでもいそうな娘が、まさかあんな秘密を隠し持っていたとは──。
今の任務に就いてからというもの、辛酸ばかりを舐めさせられてきたが、漸く報われる時が来たのかもしれない。永かった任務を終わらせる事ができるかもしれない。
そんな期待をするには十分だった。
後は王宮へと無事に娘を連れて行き、主君を頷かせる事さえできれば、任務は完了する。それによって昇格を果たし、こんな働き蟻のような立場からおさらばするのだ。
任務完了の際、褒賞として一つだけ願いが聞き届けられることになっている。今回ミルドは、それを利用して王宮勤務への配置換えを願い出るつもりだった。
王宮勤務は、普段危険が少ない分手当てなども少ないが、そんなことは微々たる問題であると、今回の任務で痛感した。危険な任務に身を晒し、如何に金を稼いだところで、命を失っては何にもならない。よしんば命が助かったとしても、任務が長引けば長引いた分だけ扱き下ろされ、追加の金すら与えられず、身銭を切ることを強要されるなど以ての外だ。
今までは特に何の問題もなく、順調に任務をこなせていたから気付かなかったが、今回のような事態に陥って、初めて王宮外勤務の法外ともいえる給金の高さの理由を、理解したのだ。
こうなる前に気付くことが出来ていたなら、せっかくの貯えを減らさずに済んだというのに。
「くそっ」
とても騎士とは思えぬ一言を発すると、ミルドは膝程の高さの草むらを越えた。
そこで、信じられない光景を目の当たりにし、思わず足を止める。
……なんなんだ、これは。
幾人もの村人達が、そこかしこで倒れ、呻き声をあげていた。
全員命に別状はないようだが、余程手酷くやられたのか、起き上がることはできないようだ。
何とかして身を起こそうと試みている者もいるが、その度に呻いては、再び地面へと突っ伏している。
「人選を間違えたな……」
瞬時に誰がやったのかを理解し、ミルドは背後に付き従っている部下を一瞥すると、盛大に舌打ちした。
少しでも娘からの心象を良くするために、村人には手を出すなと言っておいた筈だった。老人を拘束したのも、ミルドからすれば配慮のつもりであったのだ。
騎士の力で下手に押さえつけるより、縛った方が老人の体にかかる負担は少ないだろうと考えたうえで、ああした。
なのに、あの部下は──アランは、もしかするとあれで誤解したのかもしれない。
邪魔をする者を縛る──無力化することは許される、と。
ミルドの率いる部隊内でも一、二を争う程に好戦的なアランなら、そう解釈してもおかしくはない。寧ろ、常にそっち方面へ持って行こうと考えを巡らせる様は、然しものミルドも辟易する程だった。
それでも今回、村を訪れるにあたって伴ったのは、その性格に見合うだけの実力があったからだ。それなのに──。
「こんな老人ばかりの村だと知っていたらな……。間違っても指名したりしなかったんだが」
額に手を当て、ミルドはやれやれとため息を吐いた。
これではもう、娘の機嫌をとるどころではない。
馬に乗せて王宮まで連れ帰らなければならない関係上、抵抗されるのは御免被りたかったが。
「まさか荷物のように、馬に縛り付けて運ぶわけにもいかないしな。……くそっ、頭が痛い」
なかった筈の問題が新たに増えた事に、ミルドは頭を抱えた。
「うーっ! うーーっ!」
村人達を止めようと、精一杯大きな声を出し、ラズリは大きく全身を左右に揺する。
けれど、必死なラズリの願いも虚しく、村人達の動きは止まらなかった。
「ラズリを返せぇぇぇぇぇっ!」
勢い良く、騎士に向かってウォルターの鍬が振り下ろされる!
だが、騎士の男は素手で難なくそれを掴むと、そのままの体勢で大きな笑い声をあげた。
「ははははっ! そんなへっぴり腰で俺様に当てられると思ったのか? 笑わせてくれるなあ。人を攻撃したことなどないくせに!」
ウォルターから鍬を取り上げ、騎士の男は適当にそれを遠くへ放り投げてしまう。
「わあっ! 大事な鍬が!」
「あはははっ! そんなに大事なら、使わず倉庫の奥にでも仕舞っておけよ。捨てるんじゃなくて、へし折ってやれば良かったか」
慌てて鍬を拾いに走るウォルターを見た騎士の男が再び笑い声をあげると、武器を振り上げていた村人達は、躊躇うかのようにお互いの顔を見合わせた後、一斉に男へと襲い掛かった。
「笑うなっ! ラズリを返せ!」
「そうだぞ! いくら王宮から来たと言っても、こんな人攫いのような真似、許されるわけがねぇ!」
「とっととラズリを置いて、村から出て行け!」
喚きながら村人達は懸命に農具を振るうが、騎士の男はただ笑いながら、彼等の攻撃を受け流す。
「ほらほら。そんな攻撃じゃ、いつまで経っても俺様を倒すことなんざできねえぞ。もっと死ぬ気でかかって来いよ」
嘘──。
村人達が死ぬ気で向かっていったところで、敵わないと知ってるくせに。
騎士の男に怒りが込み上げ、ラズリはギリギリと口の中の布を噛む。
その間にも、村人達による騎士への攻撃は続いていて──。
やがて、太い枝が折れたような、木が悲鳴を上げたような、大きな音がその場に響いた。
※※※
「……では、私達はこれでお暇させていただきますね」
ミルドは力無く項垂れる老人にそう告げると、村の出口へと足を向けた。
質問に答えることを最初は嫌がっていた老人だったが、王宮騎士を騙した罪で死刑にすると脅せば、簡単に口を割った。
閉じられた村を作った理由については単純極まりないもので、宝の存在を期待していたミルドにとっては落胆しかなかったが、それでも、娘の秘密について知った時には、それを遥かに凌駕する驚きと喜びに胸が満たされた。
どこからどう見ても平凡で、どこにでもいそうな娘が、まさかあんな秘密を隠し持っていたとは──。
今の任務に就いてからというもの、辛酸ばかりを舐めさせられてきたが、漸く報われる時が来たのかもしれない。永かった任務を終わらせる事ができるかもしれない。
そんな期待をするには十分だった。
後は王宮へと無事に娘を連れて行き、主君を頷かせる事さえできれば、任務は完了する。それによって昇格を果たし、こんな働き蟻のような立場からおさらばするのだ。
任務完了の際、褒賞として一つだけ願いが聞き届けられることになっている。今回ミルドは、それを利用して王宮勤務への配置換えを願い出るつもりだった。
王宮勤務は、普段危険が少ない分手当てなども少ないが、そんなことは微々たる問題であると、今回の任務で痛感した。危険な任務に身を晒し、如何に金を稼いだところで、命を失っては何にもならない。よしんば命が助かったとしても、任務が長引けば長引いた分だけ扱き下ろされ、追加の金すら与えられず、身銭を切ることを強要されるなど以ての外だ。
今までは特に何の問題もなく、順調に任務をこなせていたから気付かなかったが、今回のような事態に陥って、初めて王宮外勤務の法外ともいえる給金の高さの理由を、理解したのだ。
こうなる前に気付くことが出来ていたなら、せっかくの貯えを減らさずに済んだというのに。
「くそっ」
とても騎士とは思えぬ一言を発すると、ミルドは膝程の高さの草むらを越えた。
そこで、信じられない光景を目の当たりにし、思わず足を止める。
……なんなんだ、これは。
幾人もの村人達が、そこかしこで倒れ、呻き声をあげていた。
全員命に別状はないようだが、余程手酷くやられたのか、起き上がることはできないようだ。
何とかして身を起こそうと試みている者もいるが、その度に呻いては、再び地面へと突っ伏している。
「人選を間違えたな……」
瞬時に誰がやったのかを理解し、ミルドは背後に付き従っている部下を一瞥すると、盛大に舌打ちした。
少しでも娘からの心象を良くするために、村人には手を出すなと言っておいた筈だった。老人を拘束したのも、ミルドからすれば配慮のつもりであったのだ。
騎士の力で下手に押さえつけるより、縛った方が老人の体にかかる負担は少ないだろうと考えたうえで、ああした。
なのに、あの部下は──アランは、もしかするとあれで誤解したのかもしれない。
邪魔をする者を縛る──無力化することは許される、と。
ミルドの率いる部隊内でも一、二を争う程に好戦的なアランなら、そう解釈してもおかしくはない。寧ろ、常にそっち方面へ持って行こうと考えを巡らせる様は、然しものミルドも辟易する程だった。
それでも今回、村を訪れるにあたって伴ったのは、その性格に見合うだけの実力があったからだ。それなのに──。
「こんな老人ばかりの村だと知っていたらな……。間違っても指名したりしなかったんだが」
額に手を当て、ミルドはやれやれとため息を吐いた。
これではもう、娘の機嫌をとるどころではない。
馬に乗せて王宮まで連れ帰らなければならない関係上、抵抗されるのは御免被りたかったが。
「まさか荷物のように、馬に縛り付けて運ぶわけにもいかないしな。……くそっ、頭が痛い」
なかった筈の問題が新たに増えた事に、ミルドは頭を抱えた。
30
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる