天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

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第一章 回り出した歯車

飛んで火に入る

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「……中に入るぞ」
 
 部下に告げ、扉を二度、強く叩く。

 それにより来客を告げると同時に扉を開け放つと、ミルドは無遠慮に家屋内へと足を踏み入れた。

 自分達はこの村にとって侵入者。乱暴な行いをするのに、躊躇いなど少しもなかった。

「な、なんじゃお前達は!」

 室内に入ったところで、老人の咎めるような声が耳に入る。

 だが、それは承知の上。

 老人に答えるより先に、部下達へ家中くまなく調べるように指示を出すと、ミルドはゆっくり老人へと向き直った。

「突然のご無礼、申し訳ありません。私はミルドと申す者。この度、ここに住んでいらっしゃいますお嬢様を王宮へお連れするべく、こちらへ派遣されて参りました」

 多少でも事が円滑に進むよう、丁寧な言葉遣いで恭しく頭を下げる。

 許可なく家に侵入している時点で穏便に済むとは思っていないが、王宮勤めの騎士として、最低限の礼儀は通しておかなければならない。といっても、この程度の村の人間に伝わるとは思えないから、形式上だけだが。

 こういった下位の人間に対して大事なのは、言葉の内容より、明らかに自分より上位にいる者が頭を下げたと言う事実。これだけで普段から他者と繋がりのない人間は萎縮し、その後の交渉が楽になる。すべて計算尽くでの行動だ。

 かくして、ミルドの思惑通り、老人は明らかに狼狽した様子を見せた。

「い、いや、頭を下げるのはやめてくだされ。そんなことをされても、儂はどうしていいやら……」

 思い通りの展開に、ミルドは内心でほくそ笑む。

 あまりに予想通りすぎて、多少興醒めした感じは否めないが、これはこれで話が早くていい。

 ならばさっさと終わらせてしまおうと、ミルドはいきなり核心をついた。

「では、この家の娘さんにお目にかかりたいのですが、お目通り願えますか?」

 笑顔は崩さず、そのままに。出来る限りの優しい声音で。

 いきなり連れて行くのはさすがに警戒されるだろうから、まずは本人に会うだけでも……と思ったのだが。

 娘という単語を口に出した瞬間、老人の態度が一変した。

「娘などおらん! 儂はこの家にずっと一人で暮らしておる。娘なんぞいたことはない!」

 椅子から音をたてて立ち上がり、同時にバン! と机を叩く。

 何事かとミルドの部下達が調査途中の部屋から顔を覗かせたが、問題ないと手を振った。

 そんなミルドの様子に気付くことなく、老人は大声で叫ぶ。

「そんな馬鹿な話をしに来たのなら、今すぐ出て行ってくれ! この村に娘などおりゃせん。儂を含め初老のものばかりの村じゃ。お前さん達は来る場所を間違えておる!」

 この老人の態度こそ娘がいるという確証になるのだが、それにすら気付かず大声で叫ぶ老人に、ミルドは冷ややかな瞳を向ける。
 
「……そうですか。この村に娘さんは一人もいないと……ふむ」

 事前に仕入れた情報により、この家に娘が住んでいることは分かっている。だが、こうもハッキリ嘘を言い切るとは。

 探したところで見つからないと、高を括っているのか……?

 自分達が確かな情報を得たうえで訪問しているなどとは、微塵も考えていないらしい。否、たとえ情報を得ていなかったとしても、この態度では嘘をついていると言外に伝えているようなものなのだが、本人はその事に気付いていないらしく、焦りを顕に肩で大きく息をしている。

 そういえば……。

 そこでふと、ミルドの脳裏に先程出会った娘の姿が過ぎった。

 この村には初老の人間しかいないと言ったが、では道中で声をかけたあの娘は……?

 この家に向かう途中で見かけた、どこにでもいそうな普通の娘。

 もしかしたらと思って声をかけたが、特に何かを感じることもなく、後回しでいいと思ったから一旦放置した。しかし、ここまでの道中目にした若い娘は彼女一人だけであり、且つ、娘はいないと老人が言い切る根拠を推察するならば。

 もしやこの村に、娘は一人しかいないのではないか?

 だとすると、必然的にあの娘が自分達の目当ての人物ということになる。

「…………っ!」

 答えに辿り着いた瞬間、思わず口角が上がりそうになり、ミルドはそれを慌てて咳払いで誤魔化した。

「ゴホン……分かりました。どうやらこちらの勘違いだったようですね。では、本日はひとまずこれでお暇することに致しましょう」

 明らかにほっとした老人の様子に確信を強め、ミルドは部下を呼び戻す。

 いないと言うなら、それでいい。先程の娘が目的の人物であると分かった以上、村内を探して捕らえればいいだけだ。

 あまりにも平凡極まりない娘だったため、先程はつい見逃してしまったが、どうせ後から捕まえることになるのだ。後回しになどせず、捕まえるだけ捕まえておけば良かった。平凡だからハズレ、と決まっていないことは、過去の経験から十分過ぎるほどに分かっていた筈であったのに。

 任務を始めたばかりの頃、ミルドは王宮に探されるぐらいだからと派手で綺麗めな娘ばかりを連れ帰り、主君に冷ややかな目を向けられたことがあった。

 ゾッとするほど冷たい瞳で、目を合わせたら最後、心臓が止まるのではないかという恐怖さえ抱くほど、冷徹な瞳で見つめられた。あの時に、娘の見た目には二度と騙されまいと誓った筈ではなかったか。

「私は一体何をやっているんだ……」

 内心で、ミルドは頭を抱えた。

 これでは以前から何も成長していない。自分の物差しでしか人を見る事ができず、失敗ばかりしていたあの頃と何も変わっていないではないか。

「……隊長、どうかされましたか?」

 戻ってきた部下に声をかけられると、ミルドは平静を装いつつ、戦慄く両手を強く握りしめた。

「なんでもない。…‥行くぞ」

 老人に会釈すると家を後にし、歩き出す。

 娘のこと以外にも気になる事はあるが、今はなにより娘を捕まえることが先決だ。それが自分達小隊に課せられた、至上命令であるのだから。

「……ミルド様、よろしいのですか? あの家には明らかに娘のいる形跡が……」
「分かっている」

 娘の家であることが分かっていながら、ミルドが村長宅を辞した理由が部下には理解できないらしく、チラチラと背後を振り返っては、訝し気に首を捻っている。だが、幾ら痕跡があったところで本人がいなければ何の意味もない。

 確かに、娘の家があそこである以上、待っていれば必ずいつかは帰ってくるのだろう。

 だが今は確実に不在であるし、いつ帰ってくるか分からない娘を待つより、こちらから捕まえに行く方が圧倒的に早いことは確かだ。だからミルドは村長宅を早々に辞し、こうして外へ出て来たわけなのだが──。

 どうすれば、あの娘を捕まえられる?

 その答えを、見つけることができずにいた。

 村内はさほど広くはない。

 しかし、重い甲冑を着けた自分達が追いかけっこをしたところで、娘を捕まえることができないのは火を見るより明らかだ。

 加えて娘は、かなり足が速かった。

 一瞬追いかけようかと逡巡した隙に、忽然と姿を消してしまっていた程だ。甲冑なしで追ったとしても、追いつけるかどうか分からない。
 
「ならば、どうするか……」

 小隊の人数を活かして、徐々に追い詰めて行くか?

 いや、それでは村全体に大捕物をしていると知らしめるようなものだし、娘どころか村人全員を怯えさせてしまう恐れがある。

 いざとなれば手荒な手段を用いることもやむを得ないとは思うが、娘を捕らえた後のことを考えると得策ではないし、それは最終手段にするべきだ。可能な限り穏便に事を運び、娘を捕らえた後、この村の秘密について村人達に問いたださねばならない。あまり乱暴な事をすれば、村人達は何も話してはくれなくなってしまうだろう。

「となると、後は……」

 新たな策を考えようと、ミルドは眉間に皺を寄せる。

 刹那、いきなり目の前に現れた人物の姿に、驚いて目を瞠った。

「お、お前は……!」

 飛んで火に入る夏の虫、だった。








 




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