天涯孤独になった筈が、周りで奪い合いが起きているようです

迦陵 れん

文字の大きさ
上 下
5 / 94
第一章 回り出した歯車

人の手の及ばぬ何か

しおりを挟む
 ついに……来た。

 目的であった家の扉の前で、青いマントを羽織った男は、歓喜に身体を震わせていた。

『一人の娘を連れて来い』という任務を受けて後、ここまで辿り着くのに、一体どれ程の苦労を強いられただろう。

 この任務が終わるまで休暇はなしだと厳命され、休む間もなく働いた結果、幾人もの部下達を過労により失った。

 必要賃金だと渡された金も底をつき、かといって手ぶらで帰るわけにもいかず、仕方なく自らの蓄えを切り崩しながら、ここまで来た。

 無論、そんな状態に疑問を感じたことがなかったわけではない。

 こうまでして任務を達成することに意味はあるのか? 多くの部下の命を失い、自腹を切ってまで続けなければならないものなのか? ……だとしたら、それはいつまで?

 幾度となく自問自答し、悩み、けれども自己判断で任務を放棄することはどうしてもできず、今日までずるずると続けてきてしまった。

 自分一人が逃げて済むなら、間違いなくそうしていただろう。

 だが、隊長である自分の判断は、否応なしに部下を巻き込む。任務放棄はクビだ。クビになれば当然給料はもらえず、生活に困ることになる。

 すぐに別の仕事に就くことができればまだ良いだろうが、それでも王宮騎士である今の給料とは比べるべくもないだろうし、下手をすれば、任務放棄を知られた時点で命を奪われる危険性だってあるのだ。

 自分が逃げ出せば、なんの罪もない部下達まで疑われ、処罰されるかもしれない。

 一介の隊長でしかないミルドには、部下達の命や今後の人生まで背負う覚悟はなかった。

 どんなに辛く、危険な任務であろうとも、所詮雇われ騎士である自分達に、選択の余地はないのだ。

 そうして、目当ての娘を探しに探し続けて、とうとうこんな辺鄙な場所にまで来てしまったわけなのだが──それがようやく報われることになろうとは。

 目の前の扉を開き、その中にいるであろう一人の娘を目的の場所へと連れ帰れば、恐らく──というのは、目当ての娘にこれといった特徴や目印などがない為、連れ帰らなければ対象人物かどうかの判断がつかないからだ──任務は完了する。

 これまで数えきれない数の娘達を連れ帰り、その度に主君によって無能扱いされ辛酸を舐めてきたが、今回ばかりは何故かある確信めいた思いがミルドの中にあった。

「万一ここに目当ての娘が居なかったとしても、この村には必ず何かある筈だ……」

 扉の取手に、手をかけながら呟く。

 思いがけない幸運のおかげで、こうして村内へと侵入することができたわけだが、それがなかったら未だ自分達は深い森の中を彷徨い歩いていたに違いない。そう思わずにいられない程、この村の入口は完璧に擬態され、隠されていた。

 そもそも、村一つ見つけ出すのにここまで苦労する事自体、普通では考えられないことなのだ。

 いくら入口を隠したところで、村の存在自体を隠し続けることは、ほぼ不可能に近い。その理由は幾つかあるが……最たるものは、外部との繋がりだろう。

 生活していく上で、外部との繋がりは必要不可欠なものだが、繋がりがあれば当然綻びもできるわけで、どんなに隠したくとも何かしらの情報は必ず漏れるものだ。

 なのに、この村に関しては、これまでの必死な捜索の最中にも、その存在の手掛かりすら見つけることはできなかった。島内に存在する町という町、村という村、そのほか人が済んでいると思われる場所を隈なく探し続けた時ですら、この村の話はどこからも、誰からも聞く事はなかったのだ。

 まるでに、守られているかのように。

「フッ……馬鹿らしい」

 ふと思い付いた自分の考えを、ミルドは鼻で笑い飛ばした。

 こんな場所にある小さな村が、何かに守られている筈などない。今まで見付けられなかったのは、単に鬱蒼とした周囲の森に、村が同化し過ぎていたせいだ。

 だが、こんな辺鄙な場所に、わざわざ村を作った理由は絶対にあるだろう。

 たとえ今回の任務がまた失敗だったとしても、その理由によっては、任務達成以上の成果を得られるかもしれない。

 まずは目当ての娘を手に入れ、その後で……。

 把手を握る手に力をこめながら、久しぶりに湧き上がる高揚感に、ミルドは口から笑いがこぼれるのを禁じえなかった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

処理中です...