上 下
50 / 52

魔道士アンドレアスによる土魔法技術者養成

しおりを挟む
物語は終盤に差し掛かっておりますが、ここで新キャラ登場です。

ーーーーー


 ここはザゴルノ・ズラバフ新基地建設予定地。

 風で土埃が上がる、宿舎脇の空き地に、魔道士の修業をすべく王国中から集まった30名の者達が整列していた。

 これから、統括魔道士の訓示である。

 建設系魔道技術士の最高峰に位置する者。土魔法の高位技術者の証である濃いえんじ色のマントを翻して、その男は現れた。

 
「君らの指導を仰せつかったアンドレアス・オーバーディークだ」

 低めの、よく通る声。

 統括魔道士のアンドレアスは、皆が想像していたのと違った。若かった。二十代前半にしか見えない。(※25歳です)

 並んだ講習生達の間にも、ざわめきが広がる。

 超ベテランか40代以上の人物が出てくると想像していたのだ。

 目元も涼やかな美男であった。サラサラとした銀色の髪は肩の長さでパツンと切り揃えられており、意思の強そうな目が光る。

 細いが筋肉は付いている。冷たい印象を与える美形。

 「なんだ?若くて驚いたか?私より歳が上の者もいるようだが、もし君らの中に歳下の者からは教わりたくないという者がいるのならいつでもここから去ってくれて構わない。────、最初に言っておくが私は厳しいぞ。国の禄を食みながら学べる機会を、諸君は無駄にせぬように。
 …君たちには、短期間で即戦力になってもらいたい。めちゃくちゃ詰め込むしその後は仕事も山ほどやってもらうから 覚悟しておけ」

 アンドレアスがビシッと言いニタリ…と笑う。

 フランツも皆も縮み上がる。(怖い怖い怖い!その笑い方怖いよ!働きながら学べるのはいいけど!)

 ヒイッ、という声があちこちから上がった。

 ちなみに、アンドレアス師匠が自分よりも歳下であったのはフランツを含め5人いたが
 誰一人としてそれを嫌がる者などいなかった。




 未熟な10名は午前中は座学中心で学び、午後は新基地建設予定地の地ならしの前段階の雑務や諸々の作業に駆り出される。10名は適性はあるものの魔力が引き出せていない上に、魔力制御もままならないからだ。

 土魔法が使える者20名は、習熟者に混じって、港を作るため岩礁を海中に下げる作業などに従事していた。

 フランツを含む10人は、適性はあるものの魔力が少ない。アンドレアスから厳しい指導を受ける日々が始まった。





「魔力が少ないんじゃない、人間の内に秘められた魔力の引き出し方を会得してないんだ 教会での魔力調べで高い数値が出ないのは大抵がそれだ」

「違う!そうじゃない!」

「そこは違う方式で」

「呼吸を止めるな!常に呼吸は意識しろ」

「もう一回」
「もう一回」
「もう一回」

「何度でも立ち上がれ!」

「これは全部明日までに覚えておくように」

 アンドレアスから容赦ない指示と声が飛ぶ。

「いいか、動かそうとしてる対象と、君たちとの間に繋がりを作るんだ」

「魔力を対価に、対象物を動かすんだ、疲弊は覚悟しろ」

「いいか 頭の中にヴィジョンを描け……対象物の中に入り込んで、それがまるで自分の鼻や指であるかのように、中から感じるんだ…やってみろ」

「もう一回」
「もう一回」
「もう一回」

 教えを乞う全員が肩を上下させ、ゼーハーと息をしながら心の中だけで叫んだ。

(((((む…難しい!!!)))))

 ただ、「無理」とは思わなかった。皆、建設魔道技術士の資格を得るための第一段階なのだと必死だった。

 夜は勉強しながら寝落ちした。アンドレアスの厳しい指導と現場の業務……1ヶ月が過ぎる頃には
 魔力の少なかった10人も、皆と一緒に働けるレベルに上がっていた。




 【建設魔道技術士の資格について】

 有資格者は建設魔道技術士の称号を使用し、技術業務を行える。王国から認定されたことになる。

 土魔法によって行われる地歴調査、土質、透水、圧密、岩石等の各種試験、土壌、地下水の調査、地質と土質の調査のための貫入試験では地盤を深く掘らないといけない。

 硬い岩盤がある場合、いかに魔力が高くても少人数で掘削すると魔力の消費量が多すぎた。
 そこでの人海戦術である。大人数で掘削。

 (特にザゴルノ・ズラバフ周辺は、古代に滅んだ巨大甲殻系魔物の化石が堆積されていて特に硬度が高い土地であった)

 こうして、育成のためのコストをかけても、建設に特化した技術者集団を作ることにはメリットがあった。

 土魔法ゆえ、農業分野への応用も可能。

 戦争で荒れた王国の復興。若者たちはそれぞれに静かに燃えていた。


 建設した後の構造物点検、調査にも、建設魔道技術士が活躍する。

 基地が完成した後、魔力で塗膜を吹き付けるのだが、その塗膜のメンテナンスも必要。


◆◆◆



~ そして1年が経った ~

 そんな厳しい訓練を経て、新基地の建設に携わりながら30人の講習生たちは土魔法系統の建設魔道技術士の資格を得た。

 1人も欠けることなく、全員が1年間を終えることが出来た。

 一番下のランクだが、兎にも角にも資格を得ることが出来た。
 
 新基地も8割がた完成。あと残っているのは周辺の整備や構内のこまごました所のみとなった。

 一緒に資格を得た同僚たちの「これから」もさまざま。故郷に帰って復興に携わる者、王都で技術士として働く者。ここの基地に残る者もいた。

 新人の育成の為に、王都の学術機関からザゴルノ・ズラバフへ来たアンドレアス師匠は、もう一年こちらに残るんだそうだ。

 なんでも、これからやってくる軍の部隊に特別講習をするんだとか………、アンドレアスは土魔法だけでなく他の属性も持っている。




 (よし、帰ろう。トルーデの元へ)

 荷造りをしながらフランツは、1年間住んだ宿舎の部屋を眺める。

 開け放ってあったドアを、コンコンコンと叩く音がした。
 ドアにもたれ、アンドレアスが立って微笑んでいた。

「僕としては基地のメンテナンスもあるから、フランツにはここにずっと居てほしいなー 
 あれだけ頼んだのに断られるなんて!嗚呼、僕って哀れ…残念だ…ああ本当に残念だな~…」

 フランツは、クスッと笑って立ち上がりアンドレアスの正面に立つ。

「師匠、本当にお世話になりました」

「分かってるって!君の愛する婚約者が待ってるんだろ?早く帰ってやらないとな」

(王都に婚約者がいるフランツ……むうう…ああ、本当に残念でならない……しかも、超絶美人で筋肉も凄いっていうじゃないか…)

 なぜに筋肉。ここでも筋肉。

(遠距離恋愛だから、隙が出来たらそこに付け込んでからめ手で籠絡しようとも思ってたんだけど ───フランツってば彼女のことをものすごく愛しちゃってて 僕が入るスキマなんか微塵も無かったー!

 フランツを初めて教えた時は【僕の運命】だと思った。なぜだかすごく惹かれた。 仕方ない……完敗さ フフフ…弟子を、気持ちよく送り出してあげなきゃ)


 アンドレアスは実は、フランツに対して秘めた恋心を抱いていた。(トルーデ兄・ヴィリーの懸念はある意味当たっていたのかも)

 同性のカップルも結婚も当たり前の王国。
 アンドレアスはいまだピンとくる相手に巡り会えないでいた。

(初めて自分から欲するような好ましい相手に出会っても既にお相手がいた、か…)

 そんなアンドレアスに、従者であるカールヘンは言う。

「たとえ若にパートナーが出来なくとも、私がずっとおそばにいてお世話致します。老後の心配はございません ご安心下さい」

「いやいやいや僕、老後の安心の為に恋人を探してるわけじゃないから!」

 アンドレアスは、天才ゆえに幼少期に王国のエリート養成寄宿舎に放り込まれたのだが、その時に身の回りの世話をする従者として、乳兄弟のカールヘンが同行した。アンドレアスの生家であるオーバーディーク公爵家は古くからの魔術の名家。当代の公爵は王弟。その四男として生まれたアンドレアスは身の回りの世話は従者やメイドが行うのが当たり前という環境で育った。湯浴みの際に服を脱ぐのさえ、自分では脱がなくていいし濡れた身体を拭くのも従者の仕事だ。
 だから寄宿舎への入舎にはカールヘンが同行した。

 野営実習などもあるから、10歳までにはさすがの貴族の坊・アンドレアスも一通り自分の身の回りは自分で出来るようになった。

 そんなわけでアンドレアスとカールヘンは、かれこれ20年は一緒に暮らしている。
 
 
 アンドレアスにとってカールヘンは、乳兄弟であり幼なじみであり従者であり親友であり家族であった。

 今回のザゴルノ・ズラバフ勤務では、カールヘンはアンドレアスの世話全般のかたわら事務作業などの補助要員として働いた。

 ふふっとカールヘンは笑う。

(今は若のそばにいられるだけでいい。それで満足だ。若の幸せが私の望みだ ────…パートナーが出来て離れろと言われたらその時は離れるさ……)

 そこまで考えて、チクッと生じた心の痛みに蓋をした。


 アンドレアスもアンドレアスで、従者なしで暮らせないこともないのだがカールと一緒の暮らしに慣れすぎてもう単身住まいをする気にはなれないのであった……。果たしてそれは今まで共に暮らした者としての情なのか、それとも別の情愛なのか。二人がそれぞれ相手と向き合うまで分からない問題なのかもしれない。

ーーーーー


 魔術の師匠をこの回に出すというのは決めていました。細かい設定をせずになんとなく書き始めたら自然とこの2人が出てきてここにスッポリ収まってしまいました。
 物語の大筋に関わるキャラクターではないのですが、作者として非常に愛着がある2人です。



お読みいただきありがとうございます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

処理中です...