【完結】戦争から帰ったら妻は別の男に取られていましたが 上官だった美貌の伯爵令嬢と恋をする俺の話

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祈り

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 意識不明になったフランツをお世話する健気なトルーデの回です。




「お嬢様、お願い致します」

「ん」

 トルーデは、執事のエトムントから程よく湿らせたあたたかいタオルを受け取るとフランツの肩から首、顔を丁寧に拭いて清めていく。




 フランツの意識が無くなってその身体を屋敷で世話するようになって以降、フランツの身体を清潔に保つのにまず男性であるエトムントやハンスが全身を拭いて綺麗に保つ。2日に一回は男衆が運んで浴室で湯浴みもさせ髪も洗う。

 最後の仕上げがトルーデ。

 妻でもなく、婚約者でもない間柄で、全身を見るわけにもいかない。そこでの「顔と肩」である。

 もとより、貴族であるトルーデが使用人のするようなことをやる必要などないのだが
 憔悴しきったトルーデを見かねてエトムントが勧めてみたのである。

「お嬢様…これでお顔を拭いて差し上げて下さい」

 それはエトムントにとっては、お嬢様に、彼に触れる機会を与えたいという苦し紛れの口実のようなものではあったが
 トルーデはやつれた顔に久々の笑顔を浮かべその提案に応じた。


 エトムントは、トルーデが笑ってくれたことにほっとした。

 (はじめはおずおずと、おっかなびっくり触れていたお嬢様が、愛おしげな顔でフランツ様のお顔をやさしく撫でるように拭いて差し上げている…)

 エトムントは、その様子を見ながら(せめて今の僅かな時間だけは、お嬢様の気持ちも平穏でいられますように)と祈った。


⌘⌘⌘


 トルーデの心の中

( ────…こうして触れればあたたかい…心臓も動いている、呼吸だってしている……でも、ここに、この肉体に、フランツはいないのか…

 空っぽになった肉体は、果たしてフランツ自身だと言えるのだろうか?…いいや、フランツはフランツだ。
 常にじっとしていなくて、いつも何か手を動かしていて、人のことを気遣い、笑うと目尻にギュッとシワが寄る、お人好しのフランツはフランツだ。フランツがフランツであることに変わりはない。そのフランツはここにいる。
 きっと…きっと…目には見えない細い糸のようなもので、その夢魔の次元とやらと今でも繋がっているんだ
……)

 こうしてフランツの顔を拭いている時は、心が落ち着く。彼の顔にそっと触れながらいろいろと考えを巡らせるのが、今のトルーデの精神安定には必要なことであるらしかった。

 ベッドに片膝を乗せフランツの顔を上から見つめる。

 伏せた目、まつ毛。頰。眉。鼻。顎。唇。髪。愛しい人の身体。でもここには今「心」がない。「魂」がない。

(どうか無事で戻ってきて……早くここに、私のもとに戻ってきて…フランツの声が聞きたい。起きて、自分に呼びかけてほしい ────…)
 トルーデは、毎日毎日そう祈っていた。

(祈りなど無意味だという人がいる。でも私はそうは思わない。祈りは、願いを明確にして、祈る本人にそれを再認識させる。明確な願いになったものは、実現されるんだ…きっと…きっと……!)

 フランツのひたいに自分のひたいを当ててしばらくそのままで目を瞑るトルーデ。

 涙が盛り上がってきそうになるのをかろうじて抑える。

 ベッドから降り椅子に座り直し、深呼吸をして気持ちを整える。ふーー、すーー、…よし、私が挫けたらだめだ。諦めちゃダメだ。


 フランツの住む離れの庭で、後ろから抱きすくめられた時のことが随分と昔のことのように感じられた。



「エト────清拭は終わった。魔道士様をお呼びして」

「かしこまりました」

 身体を綺麗にした後は、魔道士が腕から魔力を注いでくれて、なるべく衰弱しないようにと整えてくれるのだ。

 中年の男の魔道士が入室し、トルーデに頭を下げてフランツの「施術」に取りかかる。

 触れている腕のあたりがほわぁっと光る。この施術のおかげか、生命維持はなんとか出来ているが
フランツの身体は、やはり日に日に細くなってきていた。

 そしてその同じ頃、フランツの意識体は……


ーーーーー


お読みいただきありがとうございます。
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