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事件⑥ sideゴダード(被害者その1)
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被害者であるゴダード視点の回です。
※暴力的な描写、残酷な描写が出てきます。一部グロ注意。苦手な方はご注意下さい。
※依存症及びPTSDの描写があります。筆者には、それらの疾病等を貶める意図は全くありません。
ーーー
(ゴダードの心の中)
────どんなに軍務で疲れていても、夜は眠れない。少しウトウトして後は悪夢。
夢には決まって大きくて真っ黒な靄(もや)が出てくる。それがまた恐ろしくて恐ろしくて。
その靄が追いかけてくる ────…靄に追いつかれると…追いつかれちゃダメだ…靄の中に誰かの顔が見える。
戦場で死んだ友か、戦場で初めて殺した帝国人か、それともクソ親父か、俺をずっと支配してきた魔女みたいな母親か。
その全部かもしれないし、そうじゃなかったかもしれなかった。俺が自分で生み出した幻なのだとも考えたが、どんなふうに考えようと、靄と彼らが出てくることには違いなかった。
悪夢の中の靄は、どこまでもどこまでも俺を追ってきた。
帝国と戦った5年戦争の戦地が、いつも夢に出てきた。
心は戦場をさまよい、夢の中で、感じる恐怖ゆえに叫び、自分の叫び声で飛び起きることもあった。
起きるといつも嫌な汗をぐっしょりと全身にかいていた。
────眠れなくなったのはいつからだった?身体に疲労があれば眠れる、と人は言うが、タチの悪い不眠は身体疲労のあるなしは関係ない。身体が疲れてるのに眠れない、という最悪のケース。一睡も出来なかったのに朝、仕事に行く日の気分ってのはそりゃ最悪に決まってる。
いつしか俺は酒の力を借りるようになった。酒を飲むと眠れると言うのは実は嘘で、酒を飲むと眠りは浅くなる。だが全く眠れないよりは少しはマシで、俺の酒量は次第に増えていった。
深酒をする習慣のせいか、頻繁に遅刻するようになった。朝、なかなか起きられないからだ。
戦地から戻ってきて新たに配属されて働いていたのは補給部隊。事務だけでなく、あちこち行って調整したり買い付けに行ったり、在庫のチェックをしたり。
そんな仕事の合間にも俺はサボってばかりいた。酒が抜け切らないうちにこっそり持ち込んだ瓶で飲むようになっていた俺はある日、上司に呼び出された。いいかげんに真面目に仕事しろと。そういえばこないだ勤務時間中に倉庫で横になっていたところを同僚に見つかったんだった。
俺は「はい、申し訳ありません」と一応頭は下げたが、上司は苦々しい顔をしたまま、顎をしゃくって早く出ていけとばかりに俺を促した。
その後、俺は3日ばかり何とか酒を飲まずに仕事に行ったが、4日目に何もかもどうでもよくなって仕事に行くのをやめた。
有り金を持って酒を買いに行き、すぐ飲みたくて道端で飲み、貧民街の空き家に入り込んで眠りまた酒を飲み、何日経ったのだろう?日にちの感覚がもう無い。官舎にもずっと帰っていない。
靄もやの中の人達は、今や眠っていても起きていても俺から見えるところにいる。そして語りかけてくる。気が狂いそうだ ────いいや、もう狂ってるか。
初めて殺した敵国の帝国人は、武器を持っていなかった。(いや分からんぞ、非戦闘員のフリをした兵士かも…)戦争が終わってからも、その最初の帝国人の血まみれの姿が脳裏にこびりついて離れなかった。
木こりのような服装をした40代くらいの男だった。同じ隊の奴は『気にすんな』と言った。
だが、その時はフタをした感情も、後からこうやって生き返ってまた俺を苛む。
◆
ああ、多分俺は今日も酔っ払っている。有り金が無くなってきたから腕時計やブレスレットを売って現金に換えた。酒を買う為だ。
シラフでいることには耐えられない。酒の酩酊状態でいることに救いを求めていたのかもしれない。
俺は、肩でぶつかってきやがった金髪の坊主頭の兄ちゃんに難癖を付けて殴りかかった。
気に食わねえ。なにもかもが。ずっと俺から離れない靄も、目の前のこの兄ちゃんも。
「…靄がよ…追いかけてくんだよ…靄に追いつかれると…追いつかれちゃダメなんだよ…」
そいつを殴る。殴る。理由なんか無い。遥か昔に受けた軍事教練の時の教官の言葉が蘇る。
《お前たちは何者だ?答えろ!声が小さい!お前たちのしたい事はなんだ? 俺たちは答える、殺す! 聞こえんぞ! 殺す! 》
軍という組織におけるイカれた煽りの言葉の数々が今でも耳の奥に残っているような気がした。
そんなわけで俺はこの哀れな野郎をボコボコにタコ殴りしていた。
「うあああああーーーーっっ…!」
その時 突然、誰かの叫ぶ声がした。その声の主は俺に近づいてきて
「やめろ」と言った。
肩をぐいと掴まれる。そして俺に殴られていた男を無理に俺から引き剥がそうとする。なんだコイツ、邪魔すんなよ。
「あぁ?なんだてめえ…」
その男は、俺を見て驚き、目を見開いた。
「ーーーーオヤジ…?オヤジ、なの…か?」
へっ?いや俺たぶんすげえ酔っ払ってるとは思うけどよ、俺にはこんなデかい息子はいねえぞ。結婚して製造した覚えも、女から「あなたの息子よ認めて」って言われた覚えもねえ。
「はあ?なんだおめえ…知らねえよ 離せよ」
俺ははもじゃもじゃ男を振り払い、また目の前の金髪男を殴りつける。
「やめろ!いくらなんでもそんな小さな子を…」
────ん?「小さな子」?おかしなことを言いやがる…コイツは誰のことを言ってるんだ?なんだこのもじゃもじゃ野郎。
「やめろっつってんだろ!!!」
もじゃもじゃ男は叫ぶと、ショボいナイフを取り出した。刃がギラリと光る。ナリはショボいがすげえ研いでるナイフだな。そんな細かいことが妙に気になった。
しかし腰が引けてる。ふん。度胸はあるが実戦経験はねえか。
「…はっ そんなもん屁でもねえーーーー…随分とチャチなシロモンだなあ?おにーさんよぉ…」
「その子を殴るのを今すぐやめろ」
「ーーーそんな持ち方で刺せっかよ…へっぴり腰だなあ~ いいか、教えてやらあ、実戦じゃな、お前みたいな弱っちいやつが真っ先に敵に殺されるんだ」
ナイフを、どんな角度で突き立てると確実に殺やれるのか、教えてやろうか?ああ?このクソガキが……!
殴るのを中断された怒りが俺の全身を駆け巡る。
俺は金髪男の胸ぐらを掴んでいた手を離した。男は地面にドサリと倒れこむ。
そいつはもう起き上がれずぐったりしていた。
さて、このお子様のお相手をしようか。
「やめろ やめないと…」
「おーおー 刺してみろよ?ホラ、度胸があるならな?」
俺は両手を広げ、もじゃもじゃ野郎を挑発した。
一瞬だけ、ためらいがあった。しかしその後ナイフごと男が向かってきた。
「ぐうッッ…」
────っってええなおい…血管のドク、ドク、という音が耳の中で響く。刃物で刺されるとは、こういうことなのか。
もじゃもじゃ野郎と目が合う。感情の抜け落ちたような目。自分の感情を、凍らせた目。
──良くできました。坊や。上出来上出来。 ハハッ!不覚…こーんなに酔っ払っててよう……自分が軍人だった頃みてえに動けるなんて思ってなかったけど……アッサリ刺されてバカだな俺も。
眠れなくて、やっと眠れても黒い靄が追いかけてきて俺にくっついてきて…ああ、それももう終わるのか。
まあいいや…もうなにもかもどうでもいい…。
やっと眠れ…る…
◆
【ゴダードの命は尽きようとしていた。
その時ゴダードは見た。
黒い靄の中の人達が出てきて、ゴダードの周りを取り囲み、ただ静かに笑っていた。
ゴダードが殺したあの名も知らぬ帝国人のあの男も。ゴダードの両親も、戦争で死んでいった友も。
みな穏やかな顔でゴダードのそばにいた。彼の命が尽きるまで。】
◆
ゴダードが殺した帝国人までもが静かに笑っているのは変、というご意見もあろうかと思いますが
そもそもゴダードが『自分を恨んでいるに違いない』という罪悪感にさいなまれた末に見ていた幻影だったので、その幻影からやっと解放されたという描写です。
ーーーーー
お読みいただきありがとうございます。一応この作品は作者的には恋愛カテゴリー作品なのです…( ・∇・)
※暴力的な描写、残酷な描写が出てきます。一部グロ注意。苦手な方はご注意下さい。
※依存症及びPTSDの描写があります。筆者には、それらの疾病等を貶める意図は全くありません。
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(ゴダードの心の中)
────どんなに軍務で疲れていても、夜は眠れない。少しウトウトして後は悪夢。
夢には決まって大きくて真っ黒な靄(もや)が出てくる。それがまた恐ろしくて恐ろしくて。
その靄が追いかけてくる ────…靄に追いつかれると…追いつかれちゃダメだ…靄の中に誰かの顔が見える。
戦場で死んだ友か、戦場で初めて殺した帝国人か、それともクソ親父か、俺をずっと支配してきた魔女みたいな母親か。
その全部かもしれないし、そうじゃなかったかもしれなかった。俺が自分で生み出した幻なのだとも考えたが、どんなふうに考えようと、靄と彼らが出てくることには違いなかった。
悪夢の中の靄は、どこまでもどこまでも俺を追ってきた。
帝国と戦った5年戦争の戦地が、いつも夢に出てきた。
心は戦場をさまよい、夢の中で、感じる恐怖ゆえに叫び、自分の叫び声で飛び起きることもあった。
起きるといつも嫌な汗をぐっしょりと全身にかいていた。
────眠れなくなったのはいつからだった?身体に疲労があれば眠れる、と人は言うが、タチの悪い不眠は身体疲労のあるなしは関係ない。身体が疲れてるのに眠れない、という最悪のケース。一睡も出来なかったのに朝、仕事に行く日の気分ってのはそりゃ最悪に決まってる。
いつしか俺は酒の力を借りるようになった。酒を飲むと眠れると言うのは実は嘘で、酒を飲むと眠りは浅くなる。だが全く眠れないよりは少しはマシで、俺の酒量は次第に増えていった。
深酒をする習慣のせいか、頻繁に遅刻するようになった。朝、なかなか起きられないからだ。
戦地から戻ってきて新たに配属されて働いていたのは補給部隊。事務だけでなく、あちこち行って調整したり買い付けに行ったり、在庫のチェックをしたり。
そんな仕事の合間にも俺はサボってばかりいた。酒が抜け切らないうちにこっそり持ち込んだ瓶で飲むようになっていた俺はある日、上司に呼び出された。いいかげんに真面目に仕事しろと。そういえばこないだ勤務時間中に倉庫で横になっていたところを同僚に見つかったんだった。
俺は「はい、申し訳ありません」と一応頭は下げたが、上司は苦々しい顔をしたまま、顎をしゃくって早く出ていけとばかりに俺を促した。
その後、俺は3日ばかり何とか酒を飲まずに仕事に行ったが、4日目に何もかもどうでもよくなって仕事に行くのをやめた。
有り金を持って酒を買いに行き、すぐ飲みたくて道端で飲み、貧民街の空き家に入り込んで眠りまた酒を飲み、何日経ったのだろう?日にちの感覚がもう無い。官舎にもずっと帰っていない。
靄もやの中の人達は、今や眠っていても起きていても俺から見えるところにいる。そして語りかけてくる。気が狂いそうだ ────いいや、もう狂ってるか。
初めて殺した敵国の帝国人は、武器を持っていなかった。(いや分からんぞ、非戦闘員のフリをした兵士かも…)戦争が終わってからも、その最初の帝国人の血まみれの姿が脳裏にこびりついて離れなかった。
木こりのような服装をした40代くらいの男だった。同じ隊の奴は『気にすんな』と言った。
だが、その時はフタをした感情も、後からこうやって生き返ってまた俺を苛む。
◆
ああ、多分俺は今日も酔っ払っている。有り金が無くなってきたから腕時計やブレスレットを売って現金に換えた。酒を買う為だ。
シラフでいることには耐えられない。酒の酩酊状態でいることに救いを求めていたのかもしれない。
俺は、肩でぶつかってきやがった金髪の坊主頭の兄ちゃんに難癖を付けて殴りかかった。
気に食わねえ。なにもかもが。ずっと俺から離れない靄も、目の前のこの兄ちゃんも。
「…靄がよ…追いかけてくんだよ…靄に追いつかれると…追いつかれちゃダメなんだよ…」
そいつを殴る。殴る。理由なんか無い。遥か昔に受けた軍事教練の時の教官の言葉が蘇る。
《お前たちは何者だ?答えろ!声が小さい!お前たちのしたい事はなんだ? 俺たちは答える、殺す! 聞こえんぞ! 殺す! 》
軍という組織におけるイカれた煽りの言葉の数々が今でも耳の奥に残っているような気がした。
そんなわけで俺はこの哀れな野郎をボコボコにタコ殴りしていた。
「うあああああーーーーっっ…!」
その時 突然、誰かの叫ぶ声がした。その声の主は俺に近づいてきて
「やめろ」と言った。
肩をぐいと掴まれる。そして俺に殴られていた男を無理に俺から引き剥がそうとする。なんだコイツ、邪魔すんなよ。
「あぁ?なんだてめえ…」
その男は、俺を見て驚き、目を見開いた。
「ーーーーオヤジ…?オヤジ、なの…か?」
へっ?いや俺たぶんすげえ酔っ払ってるとは思うけどよ、俺にはこんなデかい息子はいねえぞ。結婚して製造した覚えも、女から「あなたの息子よ認めて」って言われた覚えもねえ。
「はあ?なんだおめえ…知らねえよ 離せよ」
俺ははもじゃもじゃ男を振り払い、また目の前の金髪男を殴りつける。
「やめろ!いくらなんでもそんな小さな子を…」
────ん?「小さな子」?おかしなことを言いやがる…コイツは誰のことを言ってるんだ?なんだこのもじゃもじゃ野郎。
「やめろっつってんだろ!!!」
もじゃもじゃ男は叫ぶと、ショボいナイフを取り出した。刃がギラリと光る。ナリはショボいがすげえ研いでるナイフだな。そんな細かいことが妙に気になった。
しかし腰が引けてる。ふん。度胸はあるが実戦経験はねえか。
「…はっ そんなもん屁でもねえーーーー…随分とチャチなシロモンだなあ?おにーさんよぉ…」
「その子を殴るのを今すぐやめろ」
「ーーーそんな持ち方で刺せっかよ…へっぴり腰だなあ~ いいか、教えてやらあ、実戦じゃな、お前みたいな弱っちいやつが真っ先に敵に殺されるんだ」
ナイフを、どんな角度で突き立てると確実に殺やれるのか、教えてやろうか?ああ?このクソガキが……!
殴るのを中断された怒りが俺の全身を駆け巡る。
俺は金髪男の胸ぐらを掴んでいた手を離した。男は地面にドサリと倒れこむ。
そいつはもう起き上がれずぐったりしていた。
さて、このお子様のお相手をしようか。
「やめろ やめないと…」
「おーおー 刺してみろよ?ホラ、度胸があるならな?」
俺は両手を広げ、もじゃもじゃ野郎を挑発した。
一瞬だけ、ためらいがあった。しかしその後ナイフごと男が向かってきた。
「ぐうッッ…」
────っってええなおい…血管のドク、ドク、という音が耳の中で響く。刃物で刺されるとは、こういうことなのか。
もじゃもじゃ野郎と目が合う。感情の抜け落ちたような目。自分の感情を、凍らせた目。
──良くできました。坊や。上出来上出来。 ハハッ!不覚…こーんなに酔っ払っててよう……自分が軍人だった頃みてえに動けるなんて思ってなかったけど……アッサリ刺されてバカだな俺も。
眠れなくて、やっと眠れても黒い靄が追いかけてきて俺にくっついてきて…ああ、それももう終わるのか。
まあいいや…もうなにもかもどうでもいい…。
やっと眠れ…る…
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【ゴダードの命は尽きようとしていた。
その時ゴダードは見た。
黒い靄の中の人達が出てきて、ゴダードの周りを取り囲み、ただ静かに笑っていた。
ゴダードが殺したあの名も知らぬ帝国人のあの男も。ゴダードの両親も、戦争で死んでいった友も。
みな穏やかな顔でゴダードのそばにいた。彼の命が尽きるまで。】
◆
ゴダードが殺した帝国人までもが静かに笑っているのは変、というご意見もあろうかと思いますが
そもそもゴダードが『自分を恨んでいるに違いない』という罪悪感にさいなまれた末に見ていた幻影だったので、その幻影からやっと解放されたという描写です。
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お読みいただきありがとうございます。一応この作品は作者的には恋愛カテゴリー作品なのです…( ・∇・)
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