【完結】妻は知っていた

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あの時の真相

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「ばあさんや」
「なんだい じいさんや」

「ワシが腰痛で動けない時、いつもそばにいてくれてありがとうよ」

 じいさんはその時、ぎっくり腰。ここ数年、ぎっくり腰がクセになってしまったのか繰り返すようになってしまっていた。

 なにしろ腰を少しでも曲げると激痛が走るので、動くのも寝るのもとにかく生活全般をばあさんに頼りきりであった。

「おや 珍しいこともあるもんだ。あんたから感謝の言葉が聞けるとは」
「ワシ、そんなに『オレ様夫』だった?」

「…メシ、フロ、寝る、…昔、結婚したばかりのあんたからは短い言葉しか聞いたことがなかったねえ」

「うぐ……」

「あんたが少しはマシに変わったのは、確か…
 ああ、アレだよ冒険者ギルドの受付の女の子と浮気してその彼女が消えて居なくなってからのことだったかね」


 グホッッ じいさんが急にむせた。

「ギルド長になったばかりの頃、新人の可愛い子と”いい仲”になったことがあったろ?」

「な、なぜそれを…」

 ばあさんはクククッとおかしそうに笑う。

「妻の目を欺けたと思ってた?残念でしたー。

 あの頃あんたはあの受付の子に熱を上げてさ~
『妻とは別れる!この地を離れよう 2人で新たな人生を歩もう』…な~んて言ってたから さすがにこりゃダメだと思って

 あの子の両親に全部話して、娘を引き取りに来てもらったのさ」

「…ばあさん、なんであの時のワシと彼女の会話の内容を知っとるん…?そ、それに、彼女の両親に知らせたって」

「知ってるに決まってるじゃないか。妻たる者、夫に音声記録魔道具を装着してすべてを記録しておくことなんか常識だよ。
 あんたのピアスと靴は音声記録魔道具。────なんだい、そんなにびっくりして。あんたがギルド長になった時にきちんと説明したじゃないか。
 責任ある地位に就くんだから、なにかあった時のために音声を記録しておける魔道具を身につけておきましょうね、って」

「えええええ、あのピアス、ギルド長就任のお祝いじゃなかったのおおおおおお?どうりで石がやけに豪華だと思ってた…」

「単なる宝石じゃなくて魔石だからね はぁ…そういや説明した時のあんたはどっか上の空だったっけ。
 人の説明を聞いてなかったんだ…昔からバカだね…… おおかたあんな可愛い子と一緒に働けて嬉しいグヘへへ、…とか思ってたんだろ」

 図星である。
 冷や汗をタラタラ流すじいさん。

「いやぁ~ビックリしたよ 記録された音声を聞いてたら、あんたがあの子を必死で口説いてんだから。しばらくしたら今度はアレの声さ…いやはや、官能小説も真っ青の言葉責めには感服したよ!ヨッ!作家先生!あんたにあんなに語彙があろうとは!エロ言葉限定でね」

「ばあさん、ワシ、もう…KO負けってことにしてくんないかな…?」

 じいさんは真っ白な灰になりかけていた。

「いやホント「ギルド長、お盛んですね、今日もお楽しみでしたね」って言ってやろうかって毎日思ってたよ。息子の手前、そんな話をするわけにもいかなかったけど。
 でも、いくらシチュエーションに燃えるからって執務室の机の上で『致す』のは感心しないねえ。書庫で『致す』のもね。ホコリだらけで汚いし……あの子もあんたも声が大きかったから、残業してたギルド職員には丸聞こえだったの気付いてた?────あ!それで二人の興奮が倍増したとか」

 楽しげにパチン、と手を叩くばあさん。

「居なくなる前に、手紙ぐらい書いていけってアドバイスしたんだけどあの子は黙っていなくなったのかい ───薄情だねえ…あんたと将来を誓い合った仲だったってのに」

 じいさんはもう蒼白である。

「あの子が急に姿を消してから必死で探し回ってたことも知ってる」
「……」

「それこそ、血眼になって、毎日毎日彼女の知り合いや一緒に行った店を探し回ったりしてたよね」
「…」

「あんたもつらかっただろうけど、あたしもつらかったよ ────想像してみたことがある?」

 妻の言葉を聞いて、うなだれるじいさん。

「すま、ない…本当に」

「そして彼女に捨てられたあんたは、しばらくしおれてたけど ある日急に家族サービスを始めた」

(バ、バレてたのか、アレ…)

「ミエミエだったけどそれはそれでいいと思って。あたしゃあんたと離縁する気は無かった。息子たちがまだ小さかったから…それにそのあとあたしには『生きがい』『生きる甲斐』が出来たから…フフフ…フフッ」

 思い出し笑いをしながら、ばあさんが顔を赤らめる。

(な、なんだ?まさか妻にも愛人がいた、とか?そういえばワシに息子たちを預けて時々妙に帰りが遅い日があったような…)

 にやけた顔を少しだけ元に戻しながら、ばあさんが椅子に座り直す。
「 ────ああ、そうそう、迷惑料って言って彼女のご両親はまとまった額の金貨を置いていったんだけど『ギルド長ではなく奥様がお使い下さい』って言って」

「め、迷惑料…」
「あんたが女遊びに浪費したし、あのあとアンタはヒラのギルド職員に降格されただろう?給料はガタッと減ったけど その迷惑料のおかげで随分家計は助かってたのさ あの時、なんで急にヒラにされたんだろうね?やっぱりあれしかないよねえ」

 不倫騒動のしばらく後に、管理本部の統括ギルド長から呼び出されて職務怠慢を理由にヒラに落とされたのである。

 ばあさんの喋りは続く。
「時間貸しの宿屋には行かなかったのかい?そういう処がいっぱいあったよね?」
「…」

 じいさんはぎっくり腰で動けないのである。よってばあさんのこの「昔語り」から逃げることも出来ない。



「薬の時間だよ」

 息子が部屋に入ってくる。
 話し込んでいたら、だいぶ時間が経っていたようだ。

「お、おお…すまんな」

 じいさんは明らかにホッとし、ばあさんはチッと舌打ちした。
「なんだい。いいところで邪魔して…ノッてきたところだってのに」

「明日は俺の恋人が初めてこの家に挨拶にやってくる日だよ。父さんも母さんも今日はゆっくり休んで明日は万全の体調にしといてくれよ───父さんがぎっくり腰だってのは言ってあるから。それは仕方ないし」

「そうだったね。明日お客様に出す焼き菓子でも焼こうか……は~、よっこいしょっと…ああ、ずっと座ってたから腰が痛いったらないね」

 ばあさんが台所へと行ってから、じいさんは大きなため息をついた。

「母さんとのおしゃべり、ずいぶん盛り上がってみたいだけど、何の話をしてたの?」
「いや たいした話じゃない …ゴホゴホ」

 この末息子は、女運が悪く 捨てられたり騙されたりしてやっとこの度、素晴らしいお相手に巡り合ったのだ。じいさんもばあさんも、もう未婚でいくものと思っていたのだ。だが本人が見つけてきたのならそれは大歓迎。



 次の日。



 息子と交際しているというその女性は実に感じのいい人物だった。

 ひとつだけ、難があるといえば
 その女性の母親の妹が、じいさんの昔の浮気相手だったことだろうか。

 えっ?ばあさんはそれにどう反応したかって?ばあさんはカラッと笑っていた。
「世の中狭いねえ!」と言って。

 むしろじいさんのほうが、オタオタしていたとさ。



=======


 ちなみにばあさんの『生きがい』『生きる甲斐』は、歌劇団の舞台観賞です。浮気ではありません。


 お読みいただきありがとうございます!


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お読みいただきまして誠にありがとうございます。新たにざまぁ部分を加筆いたしました。お読みいただいた方、ブクマして下さった方、ありがとうございます。

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