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第五章 魔の森の奥深く
ロザリア・カルテローニの矜持
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乙女が部屋を出ていくとウバルドは「さてと」とロザリアを見下ろした。
「おまえの度胸は認めてやる。その様子では相応の覚悟はできているようだな」
ロザリアは負けじと睨み返した。
「一体何をお考えなのですか? 火石を暴発させ、民の生活を脅かし、王弟のなさることとは思えません。王太子殿下の失明も、ウバルド殿下の手引きなのではないのですか?」
ロザリアの言葉を聞き、ウバルドは鼻で笑った。
「それに答えてやる義務は私にはないのだがな。それに今更その理由を知ったからとて、死にゆくおまえには何の役にも立つまい」
ウバルドがグラート以外の二人の魔法士に合図を送ると、両脇から腕を掴まれ、無理やり立たされた。この中で唯一頼みとなりそうなグラートは、しかしロザリアから目を背けた。
ウバルドは、舌なめずりしながら長剣の切っ先をロザリアの首にあてがい、すっと横に引いた。致命傷となるほど深くは切らず、表皮だけを傷つける。血がすーっと流れ落ちていった。
ウバルドは長剣でロザリアのおとがいを持ち上げると、切れた首筋を見て目を細めた。
「泣いて命乞いをしてみろ。みっともなく這いつくばって、許しを請うてみろ」
ロザリアはきっと口をつぐむと奥歯を噛み締めた。本当は足は震えているし、怖くて怖くてたまらない。切られれば痛いし、それも命を奪われるほど切られるのだ。怖いに決まっている。
今世で出会った人達の顔が次々に脳裏をよぎった。
でも、ここで命乞いをしたからといって、おそらくウバルドはロザリアを亡き者にするだろう。それならば、最期の瞬間まで、こんな自分を愛してくれた家族に恥じないよう、ロザリア・カルテローニとしての矜持を持っていたい。
ロザリアが、あくまでウバルドの意思通りの行動はするまいと睨み返すと、ウバルドの顔色が変わった。不興をかったのは明らかだった。
ウバルドはロザリアを見下ろし、剣の先を下へと動かした。いよいよ最期の瞬間がきたかと歯を食いしばったが、剣はロザリアの着ていたワンピースの首元にかかり、そのまま下に引き裂いた。
「えっ……」
ワンピースは首元から胸の辺りまできれいに避け、肌着として身につけているコルセットが露わになった。戸惑いを隠せないロザリアに、ウバルドは満足そうに口端をにやりと釣り上げた。
「なかなかに白い肌をしている。さすがは社交界の華と謳われた女の娘だ。ただ殺すには惜しい。そうは思わないか?」
問いかけられた魔法士二人は、下卑た笑い声を漏らした。
「はい。ウバルド殿下」
「好きにして良いぞ。存分に楽しんだあとは、殺して魔の森に捨てておけ。よいな」
「はい」
あ然とするロザリアを残し、ウバルド自身はこの酔狂に加わるつもりはないようで剣を引くと部屋を出ていった。
「殿下のご命令だ。悪く思うなよ」
「へへっ。ほんとにきれいな肌だな」
ロザリアを両脇から抑えていた魔法士は口々にそう言うなり、ロザリアを床に押し倒した。前を下にして倒されたものだから、顔を床に打ち付け息がつまる。一瞬意識が遠のきかけたが、背後から乱暴にワンピースを裂かれ、直接男の手が大腿をなぞり、ロザリアの全身に怖気が走った。
「やめて! いやだっ……。放して」
命乞いなんかしないと思ったさっきまでの強気は、どこかへ行ってしまった。本を読んで夢にまで見た初めての体験が、こんなのってあんまりだ。しかもこの先には死が待っている。
ロザリアは唯一動かせる足を懸命に蹴って抵抗したが、相手は二人がかりだ。かなうはずもない。
「グラートさん、助けて……」
まだ目を背けたままのグラートに、一縷の望みをかけて懇願した。が、グラートは苦しそうな顔をしてますます顔を背けてしまう。ロザリアの胸を絶望感が襲った。グラートは助けてはくれない……。でも、自力で逃げ出せるほどロザリアは強くはない。非力で魔力もない……。
悔しくてロザリアは拳を握りしめた。
自分一人では何もできない。魔の森への出発前、セストを頼れと言ったペアーノ室長の言葉が頭の中を反芻した。ベネデッタに追いかけられた時点で、真っ先にセストの名を呼んで助けを求めればよかった……。あるいは閉じ込められた部屋で気がついた時点で、セストの名を叫べばよかった……。
セストならきっとロザリアの声に応えてくれたはずだ。セストが見ているのが自分ではないとわかって、悲しくて、悔しくて、もう決してセストには触れまいと意地を張って、けれど心の何処かでは渇望していた。
もっと素直になればよかった……。
その間にもロザリアをおさえた魔法士二人は、ワンピースを剥ぎ取り、シュミーズをたくしあげショーツに手をかけてくる。
節くれだった熱い手が双丘をなぞり、気持ち悪さと恐怖に歯の根がカチカチと鳴った。ただ怖くて、抵抗することさえできなくなる。
大人しくなったロザリアに、男二人は何を勘違いしたのか、野卑な笑いを漏らした。
「へへっ。ほんとはお前もこういうの、好きなんだろう。今挿れてやる」
男の手が無理矢理ロザリアの腰を持ち上げた。足を大きく開かれ、頬を床に押し付けた無様な体勢を取らされ、ロザリアが更なる絶望に襲われた時、不意に目の前の床に転移の渦が現れた―――。
***
転移によって目的の部屋へと移動し、セストの目に飛び込んだ光景は―――。
半裸で足を大きく開かされ、床に転がされた状態で、男二人におさえつけられているロザリアの姿だった。ロザリアがいつも好んで着ている動きやすそうなワンピースは無惨に剥ぎ取られ、シュミーズもたくし上げられショーツも中途半端に片膝に引っ掛かっている。
ベルトを外し、トラウザーズの前を寛げた男達が何をしようとしているのかは一目瞭然だった。ロザリアをおさえつけている魔法士二人は、王弟派としてセストも警戒していた者達だ。本来なら転移できないはずの隔離の魔法が施された部屋にセストが現れたので、二人の魔法士は豆鉄砲でも食らったかのように目を丸くし動きを止めた。側にはグラートもいて、セストを見て呆然としている。ロザリアが乱暴されようとしているのを、静観していたようだ。
当のロザリアは、セストが現れたことにも気がついていない。床に頬を押し付け、目をぎゅっと閉じて爪で石床を掴みながら震えている。よほど力を入れているのだろう。爪が割れて血が滲み出していた。
セストは湧き上がる怒りに、物も言わず魔力をふるった。手加減などしてやるつもりはなかった。どんな経緯によって、このような事に及ぶ状況になったのかも聞くつもりはなかった。セストが力を抑えることなく放った魔力は、ロザリアを掴んでいる男二人を的確に襲った。男達は声もなく硬直し、おそらく何が我が身に起こったのかもわからぬままに、ただの肉塊となって床に倒れた。
「あ、あ……」
グラートは目を見張って声にならない声を上げた。反射的に逃げ出そうとした足に、セストは魔力を放ち骨を砕いた。バタンっと音を立ててグラートがその場に崩折れる。次いで足をおさえて、ぎゃーっと叫んだ。足の骨が全て砕けたのだ。想像を絶する激痛のはずだ。だからといって同情の余地など微塵もない。
足を抑えてのたうち回っているグラートを無視し、セストは深緑のローブを取るとロザリアにかけた。グラートの悲鳴に顔を上げていたロザリアは、きょとんとしてセストを見上げた。
「あ、れ? セスト?……」
まだ状況がのみこめていないのか。ロザリアはボゥとした顔で身を起こす。そしてはっとして両手で胸を隠した。
「わたし、あの……」
まだ混乱した様子のロザリアの体を、セストは深緑のローブできっちりとくるみ、手を差し出した。
「ほら、立てるか?」
でもロザリアは、セストの差し出した手に一瞬びくりと体を震わせ、我が身をきつく抱きしめ、頭を振った。
「だめ、来ないで…」
ロザリアは泣きそうに顔を歪め、お尻でじりじりと後ずさった。ロザリアの頬は、石床に擦りつけてできた傷で赤く腫れ、泣き腫らした目の周りも赤い。それによく見ると首筋に一筋の切創がある。
首を切られ、男二人に抑えられて半裸にされたのだ。怖くないわけがない。今のロザリアには、自分の存在でさえも怖いのかもしれない。
セストは差し出した手を一旦引っ込め、膝をついてロザリアと視線を合わせた。
「ひとまずこの部屋を出たい。今は俺のことも怖いのかもしれないが、ひとまずこっちに来てくれないか? ロザリア」
セストが優しく声をかけると、ロザリアは大きく頭を振った。
「……違う…。セストが、怖いわけじゃない……」
「だったら、抱き上げてもいいか? 転移したいんだ」
セストがそろりとロザリアに近づくと、
「だめっ!」
ロザリアがローブの裾を握りしめてセストを見上げた。
「……こんな姿、セストに見られたくない…」
泣き腫らした顔で言われ、セストは「ああ」と頷いた。
なるほど。確かに今のロザリアは、いつもの身だしなみを整え、凛とした姿とは程遠い。けれどセストにとっては、どんな姿でもロザリアだ。魔力酔いでぐったりしている時も、ディーナのことで泣きながら胸を叩いてきた時も、変わらずロザリアはセストの心の大半を掴んでいった。
「ああ、そうか。俺も大馬鹿者だな……」
セストはがしがしと前髪を乱した。答えはとっくに出ていたのに、ディーナディーナディーナ、そればかりでどうしてもっと早くに自分の心と向き合わなかったのだろう。
セストは大股でロザリアに近づくと、ロザリアを抱き上げた。ロザリアは、「来ないで!」と必死になって声を上げたが、セストは半ば強引にロザリアを抱き上げ、乱れたその髪を梳いた。
「もう、大丈夫だ。二度とおまえをこんな目には遭わせない」
「何よ、セストの馬鹿! 放してって言ってるのに」
「無理するな。怖かったろう。我慢する必要はない。泣いていいんだぞ」
「……そんな、優しいこと言ったって…、だめなんだからね…」
ロザリアの声は尻すぼみに小さくなっていき、セストが宥めるようなキスを傷ついた頬に落とすと、ロザリアはセストの首に腕を回してきた。体が震えている。服越しにでもわかるほど、ロザリアが目を押し当てた辺りが涙で濡れてきた。
「……セスト…。……セスト…」
「ああ。もう大丈夫だ。ひとまず俺の家に戻って、テオに傷の手当を頼もう」
「……うん」
「行くぞ。しっかりつかまっていろよ」
「……わかった…」
ロザリアが泣きながらもしがみついたのを確認し、セストもロザリアをしっかりと腕に抱きしめると、転移の渦に飛び込んだ。
「おまえの度胸は認めてやる。その様子では相応の覚悟はできているようだな」
ロザリアは負けじと睨み返した。
「一体何をお考えなのですか? 火石を暴発させ、民の生活を脅かし、王弟のなさることとは思えません。王太子殿下の失明も、ウバルド殿下の手引きなのではないのですか?」
ロザリアの言葉を聞き、ウバルドは鼻で笑った。
「それに答えてやる義務は私にはないのだがな。それに今更その理由を知ったからとて、死にゆくおまえには何の役にも立つまい」
ウバルドがグラート以外の二人の魔法士に合図を送ると、両脇から腕を掴まれ、無理やり立たされた。この中で唯一頼みとなりそうなグラートは、しかしロザリアから目を背けた。
ウバルドは、舌なめずりしながら長剣の切っ先をロザリアの首にあてがい、すっと横に引いた。致命傷となるほど深くは切らず、表皮だけを傷つける。血がすーっと流れ落ちていった。
ウバルドは長剣でロザリアのおとがいを持ち上げると、切れた首筋を見て目を細めた。
「泣いて命乞いをしてみろ。みっともなく這いつくばって、許しを請うてみろ」
ロザリアはきっと口をつぐむと奥歯を噛み締めた。本当は足は震えているし、怖くて怖くてたまらない。切られれば痛いし、それも命を奪われるほど切られるのだ。怖いに決まっている。
今世で出会った人達の顔が次々に脳裏をよぎった。
でも、ここで命乞いをしたからといって、おそらくウバルドはロザリアを亡き者にするだろう。それならば、最期の瞬間まで、こんな自分を愛してくれた家族に恥じないよう、ロザリア・カルテローニとしての矜持を持っていたい。
ロザリアが、あくまでウバルドの意思通りの行動はするまいと睨み返すと、ウバルドの顔色が変わった。不興をかったのは明らかだった。
ウバルドはロザリアを見下ろし、剣の先を下へと動かした。いよいよ最期の瞬間がきたかと歯を食いしばったが、剣はロザリアの着ていたワンピースの首元にかかり、そのまま下に引き裂いた。
「えっ……」
ワンピースは首元から胸の辺りまできれいに避け、肌着として身につけているコルセットが露わになった。戸惑いを隠せないロザリアに、ウバルドは満足そうに口端をにやりと釣り上げた。
「なかなかに白い肌をしている。さすがは社交界の華と謳われた女の娘だ。ただ殺すには惜しい。そうは思わないか?」
問いかけられた魔法士二人は、下卑た笑い声を漏らした。
「はい。ウバルド殿下」
「好きにして良いぞ。存分に楽しんだあとは、殺して魔の森に捨てておけ。よいな」
「はい」
あ然とするロザリアを残し、ウバルド自身はこの酔狂に加わるつもりはないようで剣を引くと部屋を出ていった。
「殿下のご命令だ。悪く思うなよ」
「へへっ。ほんとにきれいな肌だな」
ロザリアを両脇から抑えていた魔法士は口々にそう言うなり、ロザリアを床に押し倒した。前を下にして倒されたものだから、顔を床に打ち付け息がつまる。一瞬意識が遠のきかけたが、背後から乱暴にワンピースを裂かれ、直接男の手が大腿をなぞり、ロザリアの全身に怖気が走った。
「やめて! いやだっ……。放して」
命乞いなんかしないと思ったさっきまでの強気は、どこかへ行ってしまった。本を読んで夢にまで見た初めての体験が、こんなのってあんまりだ。しかもこの先には死が待っている。
ロザリアは唯一動かせる足を懸命に蹴って抵抗したが、相手は二人がかりだ。かなうはずもない。
「グラートさん、助けて……」
まだ目を背けたままのグラートに、一縷の望みをかけて懇願した。が、グラートは苦しそうな顔をしてますます顔を背けてしまう。ロザリアの胸を絶望感が襲った。グラートは助けてはくれない……。でも、自力で逃げ出せるほどロザリアは強くはない。非力で魔力もない……。
悔しくてロザリアは拳を握りしめた。
自分一人では何もできない。魔の森への出発前、セストを頼れと言ったペアーノ室長の言葉が頭の中を反芻した。ベネデッタに追いかけられた時点で、真っ先にセストの名を呼んで助けを求めればよかった……。あるいは閉じ込められた部屋で気がついた時点で、セストの名を叫べばよかった……。
セストならきっとロザリアの声に応えてくれたはずだ。セストが見ているのが自分ではないとわかって、悲しくて、悔しくて、もう決してセストには触れまいと意地を張って、けれど心の何処かでは渇望していた。
もっと素直になればよかった……。
その間にもロザリアをおさえた魔法士二人は、ワンピースを剥ぎ取り、シュミーズをたくしあげショーツに手をかけてくる。
節くれだった熱い手が双丘をなぞり、気持ち悪さと恐怖に歯の根がカチカチと鳴った。ただ怖くて、抵抗することさえできなくなる。
大人しくなったロザリアに、男二人は何を勘違いしたのか、野卑な笑いを漏らした。
「へへっ。ほんとはお前もこういうの、好きなんだろう。今挿れてやる」
男の手が無理矢理ロザリアの腰を持ち上げた。足を大きく開かれ、頬を床に押し付けた無様な体勢を取らされ、ロザリアが更なる絶望に襲われた時、不意に目の前の床に転移の渦が現れた―――。
***
転移によって目的の部屋へと移動し、セストの目に飛び込んだ光景は―――。
半裸で足を大きく開かされ、床に転がされた状態で、男二人におさえつけられているロザリアの姿だった。ロザリアがいつも好んで着ている動きやすそうなワンピースは無惨に剥ぎ取られ、シュミーズもたくし上げられショーツも中途半端に片膝に引っ掛かっている。
ベルトを外し、トラウザーズの前を寛げた男達が何をしようとしているのかは一目瞭然だった。ロザリアをおさえつけている魔法士二人は、王弟派としてセストも警戒していた者達だ。本来なら転移できないはずの隔離の魔法が施された部屋にセストが現れたので、二人の魔法士は豆鉄砲でも食らったかのように目を丸くし動きを止めた。側にはグラートもいて、セストを見て呆然としている。ロザリアが乱暴されようとしているのを、静観していたようだ。
当のロザリアは、セストが現れたことにも気がついていない。床に頬を押し付け、目をぎゅっと閉じて爪で石床を掴みながら震えている。よほど力を入れているのだろう。爪が割れて血が滲み出していた。
セストは湧き上がる怒りに、物も言わず魔力をふるった。手加減などしてやるつもりはなかった。どんな経緯によって、このような事に及ぶ状況になったのかも聞くつもりはなかった。セストが力を抑えることなく放った魔力は、ロザリアを掴んでいる男二人を的確に襲った。男達は声もなく硬直し、おそらく何が我が身に起こったのかもわからぬままに、ただの肉塊となって床に倒れた。
「あ、あ……」
グラートは目を見張って声にならない声を上げた。反射的に逃げ出そうとした足に、セストは魔力を放ち骨を砕いた。バタンっと音を立ててグラートがその場に崩折れる。次いで足をおさえて、ぎゃーっと叫んだ。足の骨が全て砕けたのだ。想像を絶する激痛のはずだ。だからといって同情の余地など微塵もない。
足を抑えてのたうち回っているグラートを無視し、セストは深緑のローブを取るとロザリアにかけた。グラートの悲鳴に顔を上げていたロザリアは、きょとんとしてセストを見上げた。
「あ、れ? セスト?……」
まだ状況がのみこめていないのか。ロザリアはボゥとした顔で身を起こす。そしてはっとして両手で胸を隠した。
「わたし、あの……」
まだ混乱した様子のロザリアの体を、セストは深緑のローブできっちりとくるみ、手を差し出した。
「ほら、立てるか?」
でもロザリアは、セストの差し出した手に一瞬びくりと体を震わせ、我が身をきつく抱きしめ、頭を振った。
「だめ、来ないで…」
ロザリアは泣きそうに顔を歪め、お尻でじりじりと後ずさった。ロザリアの頬は、石床に擦りつけてできた傷で赤く腫れ、泣き腫らした目の周りも赤い。それによく見ると首筋に一筋の切創がある。
首を切られ、男二人に抑えられて半裸にされたのだ。怖くないわけがない。今のロザリアには、自分の存在でさえも怖いのかもしれない。
セストは差し出した手を一旦引っ込め、膝をついてロザリアと視線を合わせた。
「ひとまずこの部屋を出たい。今は俺のことも怖いのかもしれないが、ひとまずこっちに来てくれないか? ロザリア」
セストが優しく声をかけると、ロザリアは大きく頭を振った。
「……違う…。セストが、怖いわけじゃない……」
「だったら、抱き上げてもいいか? 転移したいんだ」
セストがそろりとロザリアに近づくと、
「だめっ!」
ロザリアがローブの裾を握りしめてセストを見上げた。
「……こんな姿、セストに見られたくない…」
泣き腫らした顔で言われ、セストは「ああ」と頷いた。
なるほど。確かに今のロザリアは、いつもの身だしなみを整え、凛とした姿とは程遠い。けれどセストにとっては、どんな姿でもロザリアだ。魔力酔いでぐったりしている時も、ディーナのことで泣きながら胸を叩いてきた時も、変わらずロザリアはセストの心の大半を掴んでいった。
「ああ、そうか。俺も大馬鹿者だな……」
セストはがしがしと前髪を乱した。答えはとっくに出ていたのに、ディーナディーナディーナ、そればかりでどうしてもっと早くに自分の心と向き合わなかったのだろう。
セストは大股でロザリアに近づくと、ロザリアを抱き上げた。ロザリアは、「来ないで!」と必死になって声を上げたが、セストは半ば強引にロザリアを抱き上げ、乱れたその髪を梳いた。
「もう、大丈夫だ。二度とおまえをこんな目には遭わせない」
「何よ、セストの馬鹿! 放してって言ってるのに」
「無理するな。怖かったろう。我慢する必要はない。泣いていいんだぞ」
「……そんな、優しいこと言ったって…、だめなんだからね…」
ロザリアの声は尻すぼみに小さくなっていき、セストが宥めるようなキスを傷ついた頬に落とすと、ロザリアはセストの首に腕を回してきた。体が震えている。服越しにでもわかるほど、ロザリアが目を押し当てた辺りが涙で濡れてきた。
「……セスト…。……セスト…」
「ああ。もう大丈夫だ。ひとまず俺の家に戻って、テオに傷の手当を頼もう」
「……うん」
「行くぞ。しっかりつかまっていろよ」
「……わかった…」
ロザリアが泣きながらもしがみついたのを確認し、セストもロザリアをしっかりと腕に抱きしめると、転移の渦に飛び込んだ。
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