魔の森の奥深く

咲木乃律

文字の大きさ
上 下
30 / 55
第四章 セストの秘密

この苛立ちの正体は

しおりを挟む
「魔石の品質って、目視で確認するだけなんでしょうか」

 棚の続く通路をしばらく進み、作業台のあるスペースへ引き返してきた。ロザリアは歩きながらコルラードに質問した。
 ここ最近頻発している火石の暴発。手が加えられているとすれば魔収室の可能性が高いというところまではわかっている。
 一見したところ、魔石の保管されている棚には、特に見張りが立っているわけではない。暴発を起こさせる魔法をかける隙はいくらでもありそうだ。それに手作業で仕分けされる段階で、わざと品質の悪いものを残しておくこともできる。
 いずれも魔収室の室員でなければ難しいが、逆に言えば室員ならば容易に手を加えることはできる。

 ロザリアの疑問にコルラードは、

「目視で確認しているだけのように見えますが、手で魔石の中の魔力を感じ取り、状態を確認しているんですよ。それも違う二人以上の室員が確認することになっているので、見落としはほとんどありません」

「そうなんですね」

 それならば収納されている段階で、手が加えられているのだろうか。あるいは暴発に加担している室員が何人かいるという可能性もある。それならば仕分け段階で悪石を混ぜ込むこともできる。
 
 考えてみれば、魔事室で収集した魔石関係の事故は、この魔収室にもフィードバックすべきことなのだろう。どの魔石に見落としが多かったか。魔収室の室員が共有することで、今回のように特定の魔石に暴発が多発していることがわかれば、室員の選別作業の注意力があがるはずだ。それが抑止力にも繋がる。

 王都へ戻ったら、早速ペアーノ室長に提案してみよう。

 魔収室を出て砦の廊下をコルラードと並んで歩いていると、狩りに行った乙女たちの一行が戻ったとの触れが回っていた。

「わたし、乙女たちのお出迎えに行きますね。案内していただいて、ありがとうございました」

「いえいえどういたしまして。あの、私も出迎えに行きます。伝達事項など確認したいので」

 そう言うので一緒に狩りの作戦室に向かった。









***









 今日の狩りは全くの空振りだった。昨日の狩りで、一角獣の角は予定より多く集められている。雲行きも怪しく、これ以上の狩りの続行は意味がない。セストは早めに撤収の指示を出した。
 砦に帰り着き作戦室に落ち着くと、ロザリアとコルラードが並んで広間に入ってきた。妙な取り合わせだ。セストがちらりとロザリアに視線を向けると、ロザリアはセストと目が合う前にすっと視線をそらせた。

 昨日のことを思えば、当然と言えば当然の反応だ。ディーナのことを隠してロザリアに近づいたのだ。でもロザリアはいっさいセストを詰ったり、声を荒げたりはしなかった。それでも伏せた瞳が傷ついた心を映していたし、相当なショックを受けていることもわかった。

 ディーナを求めて、再び手に入れたくて、そのことしかセストの頭にはなかった。再び一緒に暮らせることを願い、ロザリアを、その核にあるディーナを手に入れたかった。ロザリアがそのことをどう思うかなど、考えもしなかった。

 そもそもあいつは、俺になびいたりはしなかった。

 どれだけセストが言葉を尽くしても、ロザリアはいつも相手にはしなかった。ただ、最近のロザリアは少なくともセストを嫌ってはいなかったはずだ。好意さえ抱いていたかもしれない。そうでなければ、身持ちの固そうなロザリアが、セストとキスを交わしたりはしないだろう。

 だとしたら余計に俺は最悪だ。

 けれど一つ言い訳ができるなら、ロザリアとキスを交わしてからのセストは、ディーナの存在抜きにロザリアのことを見ていた。
 そのことだけは伝えたかった。

 セストは、ロザリアがコルラードに会釈して、ソファに座っている乙女達の元へ向かうのを目で追った。コルラードに向けたロザリアの会釈はよそ行きだったが、にこりと笑んだ顔は清楚でかわいかった。セストにはいつもつっけんどんで、愛想笑いの一つもしないくせに。
 
 セストは今日の狩りの状況と、明日の配置確認をしながら、目はロザリアを追っていた。ロザリアは今日は一頭も現れなかったと残念そうな乙女達の肩に手を置き、優しく宥めていた。セストの視線を感じているだろうに、こちらの方は一切見ようとはしない。昨日はあれだけ何度も視線を交わしていたのに。
 当然の仕打ちではあるが、苛々するのはなぜなのだろう。
 もともとディーナの身代わりだった。ロザリアの心が欲しかったわけではない。傷つけた自覚もある。最低のことをしたという負い目もある。
 そんな全部をひっくるめて、怒っているなら怒っていると直接自分に言えばいい。少し赤みの残る目で、今日の狩りを休んだ理由なんて丸分かりだ。それなのに何も言わず、目をそらし続けるだけ。

 そして俺に言い訳の一つもさせてほしい。

 セストは一通りの打ち合わせが終わると、椅子から立ち上がり、乙女の側に跪いて、まだ宥めているロザリアの二の腕をつかんだ。
 ロザリアはセストの顔を見て目をまん丸にして驚いたが、次の瞬間には目をそらした。

「離してください」

「目をそらすな。話がある」

「わたしにはありません」

「ないわけがないだろう。来い」

「いやです。離してください。腕が痛い―――」

「―――強情な女だな、とにかく来い」

 周りにはまだ今日の狩りに参加した魔法士達がいる。乙女をはじめ、広間にいた者達がセストとロザリアのやり取りを、固唾をのんで見ていた。これ以上好奇の目に晒されるのはごめんだ。
 セストはロザリアの腕をつかんだまま、転移の渦を出すと、ロザリアの同意も得ずに飛び込んだ。瞬間、

「きゃーっ」とロザリアが叫び、セストにしがみついてきた。あれだけ拒否していたくせに、やっぱり転移は怖いとみえる。ぎゅっと抱きついてくる。

 いつもそうやって素直にしていればかわいいのに。

 セストは、震えながらしがみついているロザリアを抱きしめた。自分の腕の中にロザリアがいることが、ただ単純に嬉しかった。
 ロザリアを見るたび、ディーナとの違いにイライラしていた。ディーナの記憶を持たないロザリアは、ディーナではない。わかっていながら、ディーナらしくないロザリアに、勝手に腹を立てていた。
 でも違う。そうではないとやっと気がついたところだった。

 それなのにロザリアに距離をとられると、心の隙間に冷たい風が吹いているような気がする。ロザリアはディーナの身代わりではない。いつの間にかセストの心の多くをしめている。

 セストは自分の屋敷に転移すると、ロザリアをそっと離した。雨が勢いよく降り出した。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。

入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。

【完結】異世界で婚約者生活!冷徹王子の婚約者に入れ替わり人生をお願いされました

樹結理(きゆり)
恋愛
ある時目覚めたら真っ白な空間にお姫様みたいな少女と二人きりだった。彼女は冷徹王子と呼ばれる第一王子の婚約者。ずっと我慢してたけど私は婚約したくない!違う人生を歩みたい!どうか、私と人生交換して!と懇願されてしまった。 私の人生も大したことないけど良いの?今の生活に未練がある訳でもないけど、でもなぁ、と渋っていたら泣いて頼まれて断るに断れない。仕方ないなぁ、少しだけね、と人生交換することに! 見知らぬ国で魔術とか魔獣とか、これって異世界!?早まった!? お嬢様と入れ替わり婚約者生活!こうなったら好きなことやってやろうじゃないの! あちこち好きなことやってると、何故か周りのイケメンたちに絡まれる!さらには普段見向きもしなかった冷徹王子まで!? 果たしてバレずに婚約者として過ごせるのか!?元の世界に戻るのはいつ!? 異世界婚約者生活が始まります! ※2024.10 改稿中。 ◎こちらの作品は小説家になろう・カクヨムでも投稿しています

国王陛下は悪役令嬢の子宮で溺れる

一ノ瀬 彩音
恋愛
「俺様」なイケメン国王陛下。彼は自分の婚約者である悪役令嬢・エリザベッタを愛していた。 そんな時、謎の男から『エリザベッタを妊娠させる薬』を受け取る。 それを使って彼女を孕ませる事に成功したのだが──まさかの展開!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

離縁を申し出たら溺愛されるようになりました!? ~将軍閣下は年下妻にご執心~

姫 沙羅(き さら)
恋愛
タイトル通りのお話です。 少しだけじれじれ・切ない系は入りますが、全11話ですのですぐに甘くなります。(+番外編) えっち率は高め。 他サイト様にも公開しております。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

伏して君に愛を冀(こいねが)う

鳩子
恋愛
貧乏皇帝×黄金姫の、すれ違いラブストーリー。 堋《ほう》国王女・燕琇華(えん・しゅうか)は、隣国、游《ゆう》帝国の皇帝から熱烈な求愛を受けて皇后として入宮する。 しかし、皇帝には既に想い人との間に、皇子まで居るという。 「皇帝陛下は、黄金の為に、意に沿わぬ結婚をすることになったのよ」 女官達の言葉で、真実を知る琇華。 祖国から遠く離れた後宮に取り残された琇華の恋の行方は?

【第二部完結】レティと魔法のキッチンカー

矢口愛留
恋愛
魔の森には、恐ろしい魔法使いが住んでいるという。 ドラゴンをも使役し、皆に畏怖される彼の者は、『凍れる炎帝』アデルバート。 レティシアは、ある出来事をきっかけに『凍れる炎帝』に拾われる。訳あって元いた村に戻れないレティは、アデルバートと共に魔の森で暮らすことに。 だが―― 聞いていた噂と違って、アデルは全然怖くなくてむしろレティを甘やかして溺愛してくるし、ドラゴンは可愛い妖精さんだし、魔の森は精霊の恵みに満ちた豊かな森だった! レティは、村にいた頃からの夢だったレストランを、森の妖精相手に開業する。 けれど、植物の恵みだけが豊かなこの森では、手に入らない食材も多数。さらに今後のためには、自給自足だけではなく、まとまった資金が必要だ。 足りない食材を求めて、また、森から出られないアデルに代わって資金を調達するために、レティは魔法のキッチンカーで、人の住む街や妖精の住処を巡ることに。 ドラゴンの妖精をお供につけて、レティのキッチンカーは今日も空飛び世界各地を巡るのだった! *カクヨム、小説家になろうでも公開しております。 * 作者の別作品(色のない虹は透明な空を彩る)と同一世界観の作品ではありますが、全く異なる時代設定(数百年前のお話)です。  一部の妖精が両作品で登場するほか、地名などが共通していますが、それぞれ単体でお楽しみいただける内容となっております。  世界観の説明も都度記載していますので、どちらの作品からお読み下さってもお楽しみいただけます!

処理中です...