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第四章

素敵な夢

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 部屋の中には、天蓋のある大きな寝台が中央に据えられていた。

 アランはフードをぬぐと寝台に近づき、天蓋の紗を片手で上げた。

 寝台には、金の首枷をはめたヨハンナが眠っていた。

 胸の頂きも下生えも見える透けた夜着に身を包み、少しだけ首を傾け、あどけない顔で眠っている。

 もし軍の行軍が一日でも遅く、オルブライト侯爵がいまここに立っていたかもしれないと思うと、アランははらわたが煮えるほどの怒りを覚えた。

「ヨハンナ……」

 声をかけるとうっすらとエメラルドの瞳が開いた。

 が、焦点があっておらず、ぼんやりとした目をしている。

「ヨハンナ。わかるか? 俺だ。アランだ。……ヨハンナ?」
 
 何度か呼びかけても反応がない。生気のない半分眠ったような眼差しがぼぅっと上を向いている。

 何か飲まされたのだろう。

 ヨハンナが嫌がって暴れることを見越し、体の自由を奪ったことは明白だった。

 アランはそっとエメラルドのふわふわとした髪を撫でた。ヨハンナからは甘い香油の香りがした。

 胸から下肢へと目をやると、夜着の上からでも内股が濡れて光っているのがわかった。香りはそこからしているようだ。

 破瓜の痛みを和らげるため、秘所に塗りつけられた香油が大腿を伝ったのだろう。

 サイドテーブルにはその香油が入っていると思われる小瓶、目隠し、細縄、張り型など、思わず眉をしかめたくなる淫具が並べられている。

 アランは足元にたたまれ置かれていた上掛をヨハンナにかけた。

 怒りのままに、寝台にこぶしを叩き込みたくなる衝動をぐっとこらえ、震える呼気を吐き出し、気持ちを落ち着ける。

「ヨハンナ……」

 目元が少し赤い。泣いていたのかもしれない。
 頬をそっと撫でると、ヨハンナは安心したように息を吐き、目を瞬き、ゆっくりと閉じた。頬を撫でるアランの手に、頬ずりするように擦り寄ってくる。

 アランはヨハンナの手を握り締め、いつまでもその髪と頬を撫で続けた。




 二刻ほどして、部屋の扉がノックされた。

「ラッセです。お帰りの時間でございます」

「入ってくれ」

 アランが言うと、ラッセはしなやかに扉のこちら側へ入ってきた。

 音もなく扉をきっちりと閉めると、「何でございましょう」と聞いてくる。

「ヨハンナを連れて帰る」

「そうおっしゃると思っておりました。ですがそれはできません」

「おまえが手引してくれれば可能だろう」

「私は協力はいたしません。それに、お帰りの際は必ずテンドウ族の者数人でお見送りすることになっております。中には神子をお気に召し、我々の目を盗んで連れ帰ろうとなさる方がいらっしゃるからです。勝手に神子を連れて帰られては困りますので、帰りは腕の立つ者がお見送りし、監視体制を厳しくしております」

 それに、とラッセは続ける。
 
「ヨハンナがいなくなったとあっては、セヴェリ様も警戒なさいます。セヴェリ様に逃げられては、また同じことの繰り返し。明日の行軍にも差し障りがあるのでは?」

 やはりまるでセヴェリが捕まればいいとも言っているように聞こえる。

 そのくせこの男は、セヴェリのことを裏切ることはないとアランに言った。

「おまえ、何を考えている?」

 この男の本心が見えない。

 訝しげにアランがラッセを見ると、ラッセは「お早く」と退出の準備を促す。

 この男の言う通りだとすれば、いま意識のないヨハンナを連れ出すことは確かに難しいだろう。

 それにセヴェリを取り逃しては、また同じことの繰り返しだ。確実にあの男を引きずり下ろしてやりたい。

 日が昇るまであと少し。
 夜明けと共にハーネヤンの軍船は出発することになっている。

 アランはもう一度ヨハンナの頬を撫で、額に軽くキスを落とした。

「少しだけ待っててくれ。すぐにまた迎えに来る」





 とても素敵な夢を見た。

 すぐ側にアランがいて、優しい琥珀の瞳でこちらを見下ろし、大きな手で頬や髪を撫でてくれる夢。

 手もぎゅっと握ってくれて、とても温かい。

 時々額にアランの唇が落ちてきて、くすぐったくて首をすくめたら、ふっと笑う吐息が聞こえる。

「……ア、ラン…」

 呼びかけて目を開くとアランの影は急速に遠ざかり、目の前にはくすんだエメラルドの瞳があった。

「やぁ、目が覚めた?」

 レイモンだ。レイモンはヨハンナを助け起こし、サイドテーブルの水差しから水を注ぐとヨハンナに渡した。

「なんだかいい夢を見てたみたいだね。とても幸せそうな顔して寝てたよ」

 カルデラ湖に面したいつものヨハンナの部屋ではない。天蓋のある豪奢な寝台とサイドテーブルだけが置かれた部屋だ。そのサイドテーブルの上には、香油の瓶に張り型。何に使うのか細縄や目隠しまで置いてある。

「私……。っ……」

 一気に昨夜に至るまでのことが蘇り、思わずヨハンナはえずいた。けれど何も食べていなかったので、ただ空咳だけを繰り返す。

「大丈夫かい?」

 レイモンはヨハンナの背をさすり、落ち着いたところで再び水を差し出した。

「昨夜はちゃんとお務めを果たせたようだね。さっき龍枷を外しにセヴェリ様がきてたんだ」

 首元に手をやると、確かに冷たい枷が外されていた。

「セヴェリ様も、ちゃんとできたヨハンナにご満足されていたよ。どう? 体はつらくない?」

 記憶は全く無かった。体も、なんともない。昨夜塗りつけられた香油が内股を濡らしていて気持ちが悪いだけだ。

 けれどレイモンの言う通りならば、自分は昨夜、誰ともしれない男に抱かれたということだ。

 思わず秘所へと手をやると、レイモンは何を勘違いしたのか優しくなだめてきた。

「よくがんばったね、ヨハンナ。ざっと見た感じ、そんなにひどくは抱かれなかったみたいでよかったよ。どう? 破瓜の血は出てない?」

 見せてみろと上掛けを剥いでくるので、ヨハンナは抵抗した。

 この上レイモンにまでまた体を見られるのは嫌だった。

「じゃあお風呂に入れてあげるよ。その、あちこち気持ち悪いだろう? きっと体を舐められてるし、精だってかけられているかもしれないしね」

 そう言って抱き上げてくるので、ヨハンナは懸命に首を振った。

「いい。一人で入るから」

「そう?」

 レイモンは無理強いはしなかった。
 じゃあごゆっくりと、奥の扉を開いた。




 
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