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第四章

潜入

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 野営地の外が騒がしい。

 アランはセキとコクが毛布にくるまって眠ったあとも、気持ちが昂り眠れずにいた。

 酒でも飲もうかと酒瓶を引き寄せたが、いまひとつ呑む気にもなれない。

 体だけでも休めようと目をつむってしばらくした頃だ。

 外がやけに騒がしい。
 何かあったのかもしれない。

 アランはがばりと毛布を剥がすと軍服を整えテントを出た。

 周りには同じようなテントが並んでいる。煌々と明かりが灯され、見張りが立つ。港に接岸されたハーネヤンの船の向こう、沖合には数十隻のハーネヤンの軍船が明かりを灯して浮かんでいる。

 側を駆け抜けようとした者をつかまた。

「どうした? 何かあったか?」

「アラン殿下! 今テントへお声がけに行こうとしておりました。さきほどこの近くの海岸にてオルブライト侯爵殿を捕縛いたしました」

「オルブライト侯爵?」

 オルブライト侯爵といえばマシューの父だ。

 ここ数年、体調が思わしくなく、爵位を息子のマシューに譲った男だ。

 その息子のマシューは、テンドウ族に加担したとして爵位を剥奪され、今はナーバーにある屋敷に幽閉されている。

 本来ならそのままお家取り潰しとなるところだが、父親のオルブライト侯爵は輝かしい軍功の持ち主だ。

 協議の結果、過去の功績により温情が認められ、マシューから侯爵位が再び父親に戻された。

 聞くところによると、マシューの白の神殿信仰は、父親の病気平癒のためだとも言われていた。






 本営のテントには、すでに多くの部隊長級の者が集まっていた。

 その中央には顔色の悪いオルブライト侯爵が座し、細めた鋭い眼光で周りに居並ぶ者を睨めつけていた。白髪を全て後ろに流して固めている。秀でた額には深いしわが刻まれている。

「オルブライト侯爵殿。貴殿は一体何用であのようなところに?」

 グラントリーが聞くと、オルブライト侯爵はふんっと鼻を鳴らした。

「私がどのようなところにおろうと、グラントリー殿下に文句を言われる筋合いはございません」

「それはその通りではあるが、あのように人気のない海岸線に、貴殿のような身分の者が共も連れずにお一人でおられるというのは不自然なこと。それに現在あの辺り一帯は、テンドウ族監視のため、フェリクスの部隊が張っていることはご承知のはず。誰何の上、取り調べの対象となるのは当然のこと」

「そんなことは私は知らん。急ぐゆえ失礼する」

 軍人として歴戦を戦い抜いてきたオルブライト侯爵は、グラントリーや居並ぶ部隊長たちを睥睨し、立ち上がる。

 アランはオルブライト侯爵の前へ出た。

「お待ち下さい、侯爵殿」

「なんだ?」

 アランがオルブライト侯爵を琥珀の瞳で見下ろすと、オルブライト侯爵は腕を組んだ。

 白いものが混じった眉がぴくりと動く。

 目を逸らそうとするオルブライト侯爵に、アランは殊更ゆっくりと言葉を紡いだ。

「テンドウの里には、小舟で近づける海路が一つだけあるそうです。その海路を使って、里は神子を売っています。ご存知ですか?」

「わ、私はそんなことは知らん! 神子を売る? 一体何のことだ!」

「おや、オルブライト侯爵がご存知ないはずがありません。十八年前、里への攻撃に侯爵も参加されたはず。その目的もご存知だったのでは?」

「確かに、アランの言う通りだ」

 グラントリーが頷く。

「作戦の指揮の一翼を担っておられたではないか。オルブライト侯爵殿」

「わ、私は……」

 明らかにオルブライト侯爵は狼狽した。

 さきほどまでの居丈高な態度はなりをひそめ、せわしなく視線が右往左往する。

「洗いざらい吐かれてはどうです。あまり見苦しいのはよくない」

 アランが琥珀の瞳で見下ろすと、その威圧感に負けたオルブライト侯爵は諦めたように再び椅子に腰を下ろした。

 そして、人気のない海岸線にいた理由を吐き出した。





「本当に行くのか? アラン」

「止めても無駄ですよ、グラントリー兄上。明朝には必ず戻ります。作戦は予定通りお願いいたします」

「誰も止めやしないさ。おまえの言い出したら聞かないことは、嫌というほど知っているからな」

 グラントリーは、がしがしとアランの肩を叩いた。

 アランは軍服から、シャツにトラウザーズを履いた軽装へと着替え、藪の中からグラントリーと共に、海岸線を見渡していた。

 オルブライト侯爵が、この人気のない海岸線で一人でいたのは、テンドウの里へ渡るための迎えの舟を待つためだった。

 大枚をはたき、神子の処女を買ったという。オルブライト侯爵は、今夜その神子を抱きに行くところだった。

 オルブライト侯爵は、十八年前、志を共にし、里の解体へ尽力した男だ。それが十八年経ち、今度はその神子を貪ろうとしている。

 オルブライト侯爵は直ちに縄をかけられた。

 神子の処女と聞いて、アランはヨハンナのことを考えずにはいられなかった。

 あれから三週間だ。

 セキとコクが、ヨハンナの様子がおかしかったと言っていたことも気になる。

 波間の向こうから、一艘の小舟が近づいてきた。

 月明かりの下、櫂を漕ぎながらこちらに近づいてくる。

 アランは頭からすっぽりとマントを被り、薄く色のついた眼鏡をかけて背中を丸めた。

 体格の良さは隠しようもないが、ばれればその時はその時だ。

「気をつけろよ、アラン」

 グラントリーを藪の中に残し、アランはふらりと小舟に近づいた。

 
 
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