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第一章

転落

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「危ない! ステラ」

 ドレスの裾を踏み、ステラの転んだ先は階段だ。
 ヨハンナは咄嗟にステラの小さな体を抱きしめたが、転んだ勢いを止めることはできなかった。

 ヨハンナはステラの体を腕に囲いかばったまま、背中から倒れこみ、一気に階下まで肩と背中を打ち付けながら転げ落ちた。

「きゃっー!」

 下で見ていたアマンダが悲鳴を上げたときには、ヨハンナは最下層まで転げ落ちたところで、ヨハンナの腕から抜け出したステラが真っ青な顔で自分を見下ろしていた。

「ヨハンナ。ヨハンナ。ごめんなさい……。うっく…。だいじょ…ぶ?」
 
 怖かったのだろう。ステラは見る間に涙をあふれさせ、ヨハンナをゆすった。

「……大丈夫…。ステラ、怪我はない?」

 本当は肩と背中が割れそうに痛かったが、腕を伸ばし、安心させるようにステラの涙をぬぐってやる。
 ステラは「だいじょぶ…」と何度も頷き、またぶわっと涙をあふれさせた。

 そのステラの首根っこをラッセの手がむんずと掴んだ。


 帰宅したばかりで玄関にいたセヴェリが駆け付けてきた。

「誰か、ヘリを呼んで来るんだ」

 セヴェリはヨハンナの体を一通り確認し、ヘリを呼びに行かせる。

 その間にもラッセが、首をつかんだまま足が浮くほどステラを吊り上げるので、ヨハンナは思わず身を起こして叫んだ。

「やめて! ステラが苦しそう」

 起き上がったとたん、全身に激痛が走り、顔をしかめたヨハンナをセヴェリが抱き留め、ゆっくりとその場に横たわらせる。

「動いてはいけないよ、ヨハンナ。骨が折れていたら大変だからね。ヘリはまだか?」

「はい。ここに、セヴェリ様」

「ヨハンナを見てやってくれ。――ヨハンナ、ヘリには医術の心得があるんだ。大丈夫…」

 ヘリはヨハンナのそばに跪くと、ヨハンナの体を子細に調べだした。
 
 セヴェリは、ラッセにつるされたステラのもとへ行くと、いきなりその小さく柔らかな頬に平手を打った。

 ステラは何が起こったのかわからなかったのだろう。
 一瞬きょとんとした顔をし、次の瞬間「わーっ」と火が付いたように泣き出した。

 ほかの子供たちも呆気にとられて呆然としている。
 それはその場にいたアマンダにしても、ダニエラにしても同じだっただろう。

 この場にいた誰もが、セヴェリはステラに怖かったねと慰めの言葉をかけると思ったはずだ。
 いつも穏やかで優しいセヴェリの突然の怒りに、誰もが息をのんで立ち尽くした。

 セヴェリの冷たい声が問いかける。

「ステラ。廊下を走ってはいけないと習わなかったのか?」
「うっく……。うっ……」
「泣いていてはわからないよ。どうなんだい?」
「うっ……っく。な…らいました…。でも……」
「言い訳はいらないよ。神子にけがをさせるような悪い子は、ここにはいらない」

 ステラの目からまた涙があふれだした。

「ごめんなさ……い。ごめ…んなさい…。うっく…」

「ヘリ」

 セヴェリは泣きじゃくって謝るステラに冷淡な目を向け、診察の終わったヘリに問いかけた。

「大丈夫です。セヴェリ様。骨には異常はありません。肩を強く打ち付けているので、しばらくは痛むでしょうが、じきに治ります」

「そうか」

 セヴェリは頷き、ヨハンナの背と膝の後ろに腕を差し入れるとその体を抱き上げた。

「ラッセ。あとは頼んだよ」
「はい、セヴェリ様」

 黒の三つ揃いを着たラッセの腰につけられた、不思議な色合いの根付が揺れた。

 誰も動けない中を、セヴェリはヨハンナを抱いたまま悠然とその場を立ち去った。
 ステラのしゃくりあげる声だけが辺りに響いている。





「待って。セヴェリ様。ステラは? ステラをどうするの?」
「気になるかい?」

 セヴェリは、ヨハンナの部屋の寝台にヨハンナを寝かせるとその傍らに座り、エメラルドの髪を指で梳いてきた。けれど今はそんなことを気にしている場合ではない。

「ここにはいらないって…。ステラはセヴェリ様のことをとても慕って」
「それが何になるというんだい?」
「それは」
「大事な君に怪我を負わせたんだ。それ相応の責任は取るべきだ。違うかい?」
「でも……」
「さぁ、もう黙って。大丈夫。ステラには厳しく言い聞かせるだけだよ。君がそう望むなら、ここに置いておいてやるさ」

 その答えを聞いて、ヨハンナはほっと息をついた。
 アマンダも、ステラも、ここにいることを望んでいる。ステラはいつもセヴェリ様セヴェリ様と慕っている。

 ステラだって、セヴェリにとって大事な神子の一人だ。
 結果的にはヨハンナもステラも無事だったのだから、何も問題はないはずだ。

 疑問に思い、セヴェリを見上げると、常になく怒りを露わにしたさきほどの様子とは一変して優しくヨハンナに触れる。

 ヨハンナが問いかけるより先に、セヴェリの顔が近づいてきて、掠めるように唇が合わさった。








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