14 / 99
第一章
転落
しおりを挟む
「危ない! ステラ」
ドレスの裾を踏み、ステラの転んだ先は階段だ。
ヨハンナは咄嗟にステラの小さな体を抱きしめたが、転んだ勢いを止めることはできなかった。
ヨハンナはステラの体を腕に囲いかばったまま、背中から倒れこみ、一気に階下まで肩と背中を打ち付けながら転げ落ちた。
「きゃっー!」
下で見ていたアマンダが悲鳴を上げたときには、ヨハンナは最下層まで転げ落ちたところで、ヨハンナの腕から抜け出したステラが真っ青な顔で自分を見下ろしていた。
「ヨハンナ。ヨハンナ。ごめんなさい……。うっく…。だいじょ…ぶ?」
怖かったのだろう。ステラは見る間に涙をあふれさせ、ヨハンナをゆすった。
「……大丈夫…。ステラ、怪我はない?」
本当は肩と背中が割れそうに痛かったが、腕を伸ばし、安心させるようにステラの涙をぬぐってやる。
ステラは「だいじょぶ…」と何度も頷き、またぶわっと涙をあふれさせた。
そのステラの首根っこをラッセの手がむんずと掴んだ。
帰宅したばかりで玄関にいたセヴェリが駆け付けてきた。
「誰か、ヘリを呼んで来るんだ」
セヴェリはヨハンナの体を一通り確認し、ヘリを呼びに行かせる。
その間にもラッセが、首をつかんだまま足が浮くほどステラを吊り上げるので、ヨハンナは思わず身を起こして叫んだ。
「やめて! ステラが苦しそう」
起き上がったとたん、全身に激痛が走り、顔をしかめたヨハンナをセヴェリが抱き留め、ゆっくりとその場に横たわらせる。
「動いてはいけないよ、ヨハンナ。骨が折れていたら大変だからね。ヘリはまだか?」
「はい。ここに、セヴェリ様」
「ヨハンナを見てやってくれ。――ヨハンナ、ヘリには医術の心得があるんだ。大丈夫…」
ヘリはヨハンナのそばに跪くと、ヨハンナの体を子細に調べだした。
セヴェリは、ラッセにつるされたステラのもとへ行くと、いきなりその小さく柔らかな頬に平手を打った。
ステラは何が起こったのかわからなかったのだろう。
一瞬きょとんとした顔をし、次の瞬間「わーっ」と火が付いたように泣き出した。
ほかの子供たちも呆気にとられて呆然としている。
それはその場にいたアマンダにしても、ダニエラにしても同じだっただろう。
この場にいた誰もが、セヴェリはステラに怖かったねと慰めの言葉をかけると思ったはずだ。
いつも穏やかで優しいセヴェリの突然の怒りに、誰もが息をのんで立ち尽くした。
セヴェリの冷たい声が問いかける。
「ステラ。廊下を走ってはいけないと習わなかったのか?」
「うっく……。うっ……」
「泣いていてはわからないよ。どうなんだい?」
「うっ……っく。な…らいました…。でも……」
「言い訳はいらないよ。神子にけがをさせるような悪い子は、ここにはいらない」
ステラの目からまた涙があふれだした。
「ごめんなさ……い。ごめ…んなさい…。うっく…」
「ヘリ」
セヴェリは泣きじゃくって謝るステラに冷淡な目を向け、診察の終わったヘリに問いかけた。
「大丈夫です。セヴェリ様。骨には異常はありません。肩を強く打ち付けているので、しばらくは痛むでしょうが、じきに治ります」
「そうか」
セヴェリは頷き、ヨハンナの背と膝の後ろに腕を差し入れるとその体を抱き上げた。
「ラッセ。あとは頼んだよ」
「はい、セヴェリ様」
黒の三つ揃いを着たラッセの腰につけられた、不思議な色合いの根付が揺れた。
誰も動けない中を、セヴェリはヨハンナを抱いたまま悠然とその場を立ち去った。
ステラのしゃくりあげる声だけが辺りに響いている。
「待って。セヴェリ様。ステラは? ステラをどうするの?」
「気になるかい?」
セヴェリは、ヨハンナの部屋の寝台にヨハンナを寝かせるとその傍らに座り、エメラルドの髪を指で梳いてきた。けれど今はそんなことを気にしている場合ではない。
「ここにはいらないって…。ステラはセヴェリ様のことをとても慕って」
「それが何になるというんだい?」
「それは」
「大事な君に怪我を負わせたんだ。それ相応の責任は取るべきだ。違うかい?」
「でも……」
「さぁ、もう黙って。大丈夫。ステラには厳しく言い聞かせるだけだよ。君がそう望むなら、ここに置いておいてやるさ」
その答えを聞いて、ヨハンナはほっと息をついた。
アマンダも、ステラも、ここにいることを望んでいる。ステラはいつもセヴェリ様セヴェリ様と慕っている。
ステラだって、セヴェリにとって大事な神子の一人だ。
結果的にはヨハンナもステラも無事だったのだから、何も問題はないはずだ。
疑問に思い、セヴェリを見上げると、常になく怒りを露わにしたさきほどの様子とは一変して優しくヨハンナに触れる。
ヨハンナが問いかけるより先に、セヴェリの顔が近づいてきて、掠めるように唇が合わさった。
ドレスの裾を踏み、ステラの転んだ先は階段だ。
ヨハンナは咄嗟にステラの小さな体を抱きしめたが、転んだ勢いを止めることはできなかった。
ヨハンナはステラの体を腕に囲いかばったまま、背中から倒れこみ、一気に階下まで肩と背中を打ち付けながら転げ落ちた。
「きゃっー!」
下で見ていたアマンダが悲鳴を上げたときには、ヨハンナは最下層まで転げ落ちたところで、ヨハンナの腕から抜け出したステラが真っ青な顔で自分を見下ろしていた。
「ヨハンナ。ヨハンナ。ごめんなさい……。うっく…。だいじょ…ぶ?」
怖かったのだろう。ステラは見る間に涙をあふれさせ、ヨハンナをゆすった。
「……大丈夫…。ステラ、怪我はない?」
本当は肩と背中が割れそうに痛かったが、腕を伸ばし、安心させるようにステラの涙をぬぐってやる。
ステラは「だいじょぶ…」と何度も頷き、またぶわっと涙をあふれさせた。
そのステラの首根っこをラッセの手がむんずと掴んだ。
帰宅したばかりで玄関にいたセヴェリが駆け付けてきた。
「誰か、ヘリを呼んで来るんだ」
セヴェリはヨハンナの体を一通り確認し、ヘリを呼びに行かせる。
その間にもラッセが、首をつかんだまま足が浮くほどステラを吊り上げるので、ヨハンナは思わず身を起こして叫んだ。
「やめて! ステラが苦しそう」
起き上がったとたん、全身に激痛が走り、顔をしかめたヨハンナをセヴェリが抱き留め、ゆっくりとその場に横たわらせる。
「動いてはいけないよ、ヨハンナ。骨が折れていたら大変だからね。ヘリはまだか?」
「はい。ここに、セヴェリ様」
「ヨハンナを見てやってくれ。――ヨハンナ、ヘリには医術の心得があるんだ。大丈夫…」
ヘリはヨハンナのそばに跪くと、ヨハンナの体を子細に調べだした。
セヴェリは、ラッセにつるされたステラのもとへ行くと、いきなりその小さく柔らかな頬に平手を打った。
ステラは何が起こったのかわからなかったのだろう。
一瞬きょとんとした顔をし、次の瞬間「わーっ」と火が付いたように泣き出した。
ほかの子供たちも呆気にとられて呆然としている。
それはその場にいたアマンダにしても、ダニエラにしても同じだっただろう。
この場にいた誰もが、セヴェリはステラに怖かったねと慰めの言葉をかけると思ったはずだ。
いつも穏やかで優しいセヴェリの突然の怒りに、誰もが息をのんで立ち尽くした。
セヴェリの冷たい声が問いかける。
「ステラ。廊下を走ってはいけないと習わなかったのか?」
「うっく……。うっ……」
「泣いていてはわからないよ。どうなんだい?」
「うっ……っく。な…らいました…。でも……」
「言い訳はいらないよ。神子にけがをさせるような悪い子は、ここにはいらない」
ステラの目からまた涙があふれだした。
「ごめんなさ……い。ごめ…んなさい…。うっく…」
「ヘリ」
セヴェリは泣きじゃくって謝るステラに冷淡な目を向け、診察の終わったヘリに問いかけた。
「大丈夫です。セヴェリ様。骨には異常はありません。肩を強く打ち付けているので、しばらくは痛むでしょうが、じきに治ります」
「そうか」
セヴェリは頷き、ヨハンナの背と膝の後ろに腕を差し入れるとその体を抱き上げた。
「ラッセ。あとは頼んだよ」
「はい、セヴェリ様」
黒の三つ揃いを着たラッセの腰につけられた、不思議な色合いの根付が揺れた。
誰も動けない中を、セヴェリはヨハンナを抱いたまま悠然とその場を立ち去った。
ステラのしゃくりあげる声だけが辺りに響いている。
「待って。セヴェリ様。ステラは? ステラをどうするの?」
「気になるかい?」
セヴェリは、ヨハンナの部屋の寝台にヨハンナを寝かせるとその傍らに座り、エメラルドの髪を指で梳いてきた。けれど今はそんなことを気にしている場合ではない。
「ここにはいらないって…。ステラはセヴェリ様のことをとても慕って」
「それが何になるというんだい?」
「それは」
「大事な君に怪我を負わせたんだ。それ相応の責任は取るべきだ。違うかい?」
「でも……」
「さぁ、もう黙って。大丈夫。ステラには厳しく言い聞かせるだけだよ。君がそう望むなら、ここに置いておいてやるさ」
その答えを聞いて、ヨハンナはほっと息をついた。
アマンダも、ステラも、ここにいることを望んでいる。ステラはいつもセヴェリ様セヴェリ様と慕っている。
ステラだって、セヴェリにとって大事な神子の一人だ。
結果的にはヨハンナもステラも無事だったのだから、何も問題はないはずだ。
疑問に思い、セヴェリを見上げると、常になく怒りを露わにしたさきほどの様子とは一変して優しくヨハンナに触れる。
ヨハンナが問いかけるより先に、セヴェリの顔が近づいてきて、掠めるように唇が合わさった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
媚薬を飲まされたので、好きな人の部屋に行きました。
入海月子
恋愛
女騎士エリカは同僚のダンケルトのことが好きなのに素直になれない。あるとき、媚薬を飲まされて襲われそうになったエリカは返り討ちにして、ダンケルトの部屋に逃げ込んだ。二人は──。
クソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われて無職になったので、全力で追いかけて責任取らせます
ぎんげつ
恋愛
チャラいクソイケメンな吟遊詩人にはじめてを奪われたせいで勘当までされちゃった女騎士が「責任取れよ!」って追いかけてみたら――から始まる、クズ男が直情型脳筋乙女騎士にハマってツンデレてデレデレになるまでの話
※全152話
※第一話「はじまり」に、世界地図があります
※女騎士は乙女回路を搭載した脳筋です
※吟遊詩人はクズです
※いつものようにムーンライトノベルズからの転載です
※各章最終話の後書きみたいなポジションに、町の設定語りみたいなものが入ってますが、そこは飛ばしても問題ありません。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
騎士団長の欲望に今日も犯される
シェルビビ
恋愛
ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。
就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。
ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。
しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。
無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。
文章を付け足しています。すいません
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる