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第三章

告白

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 別の神官の案内のもと、神殿の中を奥へと歩いていくと、回廊の向こうに一面のハララが目に飛び込んだ。

「うわぁ……」

 思わず感嘆の声が漏れ、ヨハンナは回廊から外へ出ると引き寄せられるようにふらふらとハララに向かって歩いた。

 背後でアランが、案内の神官へ礼を言っているのにも、一緒に付いてきた護衛が配置につき、侍女が木陰に敷物を敷き、昼食の準備に取り掛かっているのにも気づかず、ヨハンナはハララの群生に向かっていき、最後は走っていった。

 黄色い小花が風に揺れている。

 息を思い切り吸い込むと、甘い香りが肺一杯に流れ込んでくる。

 空を見上げるといくつもの白い尖塔が青空にそびえ立ち、その尖塔よりももっと上空に赤龍と黒龍の、時折銀に光るうろこが陽光に反射してきらきらと煌いている。
 
 目を再び転じれば、小高い丘一面がハララだった。

 どこまでも広がる草地は、どこかイクサカ地方の牧羊地にも似ている。首都ナーバーから程近い場所に、こんな場所があるなんて不思議だった。

 かがんでハララの小花についた白露を指ですくう。それをふぅっと吹けば、幾粒もの水滴となって霧散する。
 立ち上がり、少し駆けてはまたしゃがむ。

 思った以上に足は、ヨハンナの思い通りに動いた。
 その場でしゃくしゃくと鳴る草を踏みしめ、足に力をこめてみる。
 痛みが走ることもなく、自然と大地を踏みしめることができた。
 
 これならもう、一人でやっていけるかもしれない。

 後ろを振り返れば、優しい琥珀の瞳のアランがこちらに歩いてくる。
 差し出されるその手に縋って甘えたい気持ちが頭をもたげるが、ヨハンナはその感傷を振り払った。

 隣に立ったアランを見上げ、ヨハンナはぽつりと決意を口にする。

「私、働きたい……」
「働く?」
 
 アランは鸚鵡返しに驚いた声を出し、ヨハンナを見下ろした。

「働くといったって、その足ではまだ無理だろう。きちんと治してからでないとだめだ。治りが中途半端なまま無理をすれば、本当に動かなくなることだってあるんだ」
 
 アランはゆっくり傷を癒し、いつまででもここにいてもいいとヨハンナに言う。
 だから焦らずしっかり養生し、傷を癒せばいいと。

 その好意はとてもありがたい。
 銃創で動くこともできなかった身だ。
 本来なら働くことはおろか、日々の生活を営むことさえ困難だっただろう。食事一つとるにしても困ったはずだ。
 
 それなのにこうして何不自由のない生活を送らせてもらっている。アランと、テッドをはじめ、屋敷の人達の好意には本当に感謝している。

 けれどいつまでもその好意に甘えているわけにはいかない。自分には返せるものが何もない。ヨハンナにはそう焦る気持ちもある。

 滞在費用など無用ですよとテッドは言ってくれた。山の裾で働いて、コツコツ貯めたお金は、突然攫われたことによって宿のベッドの隙間に今も残したままだ。

 今頃はもう誰かが見つけて、お金は残ってはいないだろう。ヨハンナは今一文無しなのだ。それならばせめて、この優しい人達の手を煩わせることのないよう、一日でも早く、出て行かなくてはならない。

「働いてお金を貯めて、羊を買うの。小さな小屋を建てて、イクサカ地方で羊と一緒に暮らしたいの。もちろん、アランにお世話になったお礼もちゃんとするね。きっと、足りないだろうけど……」

「ヨハンナ……」

 アランはヨハンナを支えようと伸ばしかけた手を握りこんだ。

「ヨハンナの夢は、とてもいい夢だ」

 でも、とアランは寂しそうに笑う。

「俺は、ヨハンナとずっと一緒にいたいと思っている。――ヨハンナと共にありたい…。馬車でセキとコクにばらされちまったけどな。ヨハンナ、好きだよ――」

 アランは今度は躊躇いなくヨハンナに腕を伸ばすと、その胸にヨハンナの頭を引き寄せる。

 固い胸と逞しい腕とに囲われ、ヨハンナは胸がどきどきし、同時に泣きたくなるほど心が痛くなった。

「私も――」とアランの背に腕を回し、その胸に頬を摺り寄せれば、苦しい気持ちと同じくらい大きな安心感と安らぎに包まれる。

 アランの手が頬に添えられ、上向かされた。アランの唇が落ちてくるのを、ヨハンナは自然と受け止めていた。今度はセヴェリのことは思い出さなかった。ただ陶然とアランの唇を受け止め、差し込まれてくる舌に小さく体を震わせただけだ。
 
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