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第三章

家令テッドの奔走 2

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 アランがヨハンナを連れ帰ったのは、テッドが王宮へと馬車を走らせた次の日の明朝。まだ夜も明けきらぬ時間帯のことだった。

 家令テッドの朝は早い。
 使用人たちもすでに動き出している。それでも朝もやの中、まだ眠っている静かな空気を裂いて、肩から血を滲ませた凄惨な姿の主が駆け込んできたのには驚いた。

 テッドは急ぎ侍医を連れてくるよう指示を出し、自らも主の傷の具合を確かめる。

「ランドルフ様は?」

 共に出かけたはずの主の友人の安否を問うと、「あいつは無事だ」とすでに自分の屋敷へと戻ったことを告げる。
 
 アランは一人の少女を腕に抱いていた。

 少女は輝くばかりのエメラルドの髪をしており、夜着姿のままだった。瞳は閉じられており、浅く呼吸をしている。苦しそうだ。濡れた額に髪が張り付いている。熱があるのかもしれない。

「そのお方が?」
「ああ」

 連れ帰る予定だった方のようだ。
 夜着からのぞく少女の両足には包帯があつく巻かれている。そこからうっすらと血が滲み出している。こちらの方も急ぎ手当てが必要のようだ。

「私がお預かりしても?」

 テッドはアランに手を差し出した。
 いくら軽そうな女性とはいえ、負傷した肩で抱いているのはつらいだろう。傷にも障る。

 けれどアランはテッドの申し出を首を振って断った。

「いや、いい。部屋はどこだ?」
「こちらです」

 他人の手に任せる気はないらしい。それならばとテッドは素早く主人を部屋へと案内する。
 アランはベッドに少女を下ろすと、その場に跪いた。

「アラン様」

 テッドはすぐさま主人を支え、「どうぞお手当てを」と促す。

 アランはああと頷いたものの、少女の側を離れることが気がかりらしい。

 部屋に急ぎ呼ばれた侍医のロニーが入ってきた。

 初老の域を迎えた者だが、長く黄帝城で医師を務めてきたロニーだ。腕は確かだ。
 入ってくるなり、すばやく主人の肩の具合と少女の状態とを見比べ、先に主人の肩の手当てへと取り掛かる。

「ヨハンナを先に見てやってくれ」

 アランはそう言ってロニーを押しやったが、ロニーは断固として首を振った。

「こちらのお方は大方の手当てはされているようです。アラン様はただ包帯をきつく巻いただけ。こちらが先にございます。――テッド殿。あちらの方に氷水をお願いします」

 ロニーは素早くアランの衣服を剥ぎ取り、肩の包帯を解きながら指示を出す。

 テッドは使用人へ氷水の準備を指示し、ロニーとともに主人の肩の具合を確かめる。

 アランの傷は、肩というより肩と上腕との境目辺りに大きく走っていた。一部の肉をえぐるほどの深い傷だ。

 血はすでに止まっていたが、ロニーが消毒をし、手早く包帯を巻きなおす間にも再び血が滲み出す。
 
「よくぞご無事で……」

 私用だ。犯罪の取り締まりだと言っていた主。

 軍の任務についている以上、どうしても危険は伴う。それでも今まで深手を負って主人が帰宅したことはかつてなかった。

 テッドが思わず声を詰まらせると、アランはいつものからかうような笑みを見せた。

「老けたな、テッド。この程度で涙ぐむとはな」

 こちらの緊張を解こうと軽口をたたいてみせる主。

「涙ぐんではおりません。ただ、その、少々驚きはしましたが……」
「心配かけた。すまなかった」

 アランはテッドを安心させるように笑顔を見せる。

 アランの手当てを終え、さっそくヨハンナの手当てへと取り掛かったロニーが息をのむのが聞こえた。

「これは……」

 ヨハンナの両足の包帯を解いたロニーの手が止まった。ほっそりとした華奢な二本の白い足。その大腿のどちらにも明らかに銃創とわかる穴があいている。

 テッドも我知らず息をのんだ。こんないとけない少女の両足に銃弾を打ち込むとは何と言う所業。

 アランは、氷水で絞った布で、少女の額に浮いた汗を拭った。

「途中まで走っていたんだが、急に倒れたんだ」
「走っていた、ですと?」

 アランの言葉にロニーが目を丸くする。

「走っていたとおっしゃられますか。まさか。とても信じられませんな。これだけの傷を受けていて走れたなど」

「そうだな。ありえないな……」

 主人は何か思うところがあるのか。それ以上言及はせず傷の具合をロニーへと確かめる。

 ロニーは傷を仔細に確かめ、銃弾は抜けている。処置も施されている。とアランに告げ、再びてきぱきと少女の両足に包帯を巻いた。

「処置は的確に施されております。医術に心得のある腕のいい者が手当てをしたのでしょう。しばらくは熱が続きましょうが、投薬にて様子を見ましょう」

 ロニーが去ると、アランはテッドに向き直った。

 他の使用人の人払いはすでに済ませてある。
 テッドは主人の口から語られる経緯に、静かに耳を傾けた。
 
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