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第二章

十八年前の顛末 1

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 エグバルト皇帝のすぐ下の弟、グラントリーは現在三十八歳。軍総司令部の長官として日々激務をこなしている。

 同じ軍総司令部の副官という職にあるアランだが、グラントリーの補佐役として堅苦しい任務からは遠ざかり、四男の気楽さも手伝って、遊軍として必要な時にだけあちこちを飛び回っている。

 元々大掛かりな軍隊を動かすよりも、個人で気軽に動く方が性に合っている。内偵を得意とするアランは、グラントリーの依頼を受け、各地に出向き、情報を集めている。

 久しぶりに黄帝城に参内すると、目的のグラントリーは皇帝エグバルトとの謁見中だという。

 それならテンドウ族急襲の判断を下した皇帝とともに話が聞けて都合がよい。

 取次ぎの者が慌てて止めるのを、「大丈夫だから」とひらひら手を振ってかわし、謁見の間へと踏み込んだ。

 が、玉座の据えられた謁見の間には、エグバルトとグラントリーの姿はない。

 ステンドグラスをあしらった窓に、白い大柱が天を支えるように並んでいる。その柱を目で辿っていくと、天井には黄龍のレリーフがぐわっと口を開き、こちらに睨みをきかせている。

 皇帝の権威を示す仰々しい謁見の間。そんな場所で兄二人が長い間二人で話をするわけがないことをアランはとっくに予測済みだ。

 アランは玉座の奥にある、皇帝の出入りする扉からひょいと顔を覗かせた。

 そこは何の装飾もない驚くほどに質素な控えの小部屋で、その部屋の丸いテーブルを挟んで、皇帝エグバルトと軍長官グラントリーが向かい合いに座っていた。

「よお、放蕩息子。ようやくのご帰還か?」

 十三離れている弟のアランに、グラントリーは片手を上げ気軽に応じた。ノックもなしに入ってきた末の弟を咎めもしない。

 碧眼に、アランと同じ黒髪のグラントリーは、軍人らしくがっしりとした体躯の持ち主だ。銃器による戦いが主流となりつつある今でも、軍人は体が資本と体を鍛え、剣の鍛錬も怠らない。

 指は剣を握るに相応しく節くれ立ち、軍服の上からでもその頑健さがうかがい知れる。

「アラン、おまえ突然ツハンへ行ったんだって? 家令のテッドがおまえの抜けた穴を埋めるために方々を奔走していたぞ」

「そのことですがグラントリー兄上」

 急く気持ちのまま話を続けそうになって、アランは慌ててエグバルトへと向き直った。

「ご機嫌麗しゅう、陛下」
「相変わらずだなアラン」

 エグバルト皇帝は四十歳。こちらも弟の闖入に驚くこともなく、静かな眼差しを向ける。

 挨拶もなしに話し始めようとしたアランに苦言を呈することもない。形式的なことにこだわらない、寛大な皇帝だ。

 皇帝一家の紋章である黄龍が、襟に金糸で刺繍された上衣を纏い、髪に白いものが混じり始めた黒髪を後ろへ撫で付けている。

 早世した前代皇帝に代わり、二十歳で即位したエグバルトは、上背こそグラントリーに劣るが、皇帝となっても鍛錬を怠らない。エグバルトの体躯もまた筋肉質で堂々としている。

「それで早速なんですが陛下、兄上」

 アランは時間も惜しいと用件を切り出す。エグバルトもグラントリーも余計な話は差し挟まず、アランがツハンへ行った目的、そこでの顛末を語るのを黙って聞いた。

「テンドウ族か」

 最後まで聞き終えるとエグバルトが「ふむ」と腕を組んで苦い顔をした。

「十八年前の急襲は、今でも帝国の汚点として語られているな」

 エグバルトは世間一般の評価を口にし、
「またテンドウ族が動き出したのか。厄介だな」と眉間に皺を寄せる。

「と言うと?」

 アランが先を促すと、代わりにグラントリーが口を開いた。

「おまえ、テンドウ族についてはどのくらい知っているんだ?」

 アランはグラントリーの問いに、テンドウ族は神の里で穏やかに暮らしていた一族で、それを急襲した十八年前の帝国の所業は無慈悲な悪行とみなされているという、世間一般に広く知れ渡っている事柄を話した。

 アランの話にグラントリーは「まぁそうだな、おまえはあの時まだ八歳だったからな」と納得し、「でもな」と続ける。

 それを遮ってアランは言った。

「でもそれは表向きの話で、陛下とグラントリー兄上には、神の里を武力を使ってでも解体させたい何かがあった。違いますか?」

 アランのその読みに、エグバルトもグラントリーもにやりと口端を歪めた。

「おまえのそういうところ、ぶらぶらさせておくにはもったいないと心から思うぞ」

 二人は口を揃えてそう言い、グラントリーはアランの黒髪を無骨な手でぐりぐりとかき回した。
 
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