上 下
34 / 99
第二章

ヨハンナの行方 5

しおりを挟む
 オシ街での聞き込みを終え、ツハンへ戻ると、ジャックが話せるというのでランドルフと共に診療所を訪れた。

 ジャックはアランとランドルフが顔を見せると、「助けてくれて本当にありがとうございました」と何度も何度も礼を言った。

 そうしてジャックは、自分がここへ至った経緯をアランとランドルフに語った。

 ジャックの話を一通り聞き終え、アランは三ヶ月もの間、食料を断たれ、よくぞ無事でよかったとねぎらうと、ジャックは目を伏せた。

「実は、行商の際の携行食を懐に隠し持っていたんです。日に一度のパンがなくなり、次々に死んでいく中、私は卑怯にもひとり、携行食で食いつないでいたのです……」

 ジャックの言葉に、ランドルフはその肩に優しく手を置いた。

「卑怯なんかじゃないさ。俺だって同じ状況に置かれれば同じことをするさ。忌むべきは自分ではなく、こんな状況に陥れた人間だ。そうだろ?」

「ランドルフの言うとおりだ。おまえは卑怯ではない」

 アランとランドルフの言葉に、ジャックは滂沱と涙を流した。

 ジャックが落ち着いたところで、アランはエメラルドの瞳と髪のヨハンナという名の少女を探していることをジャックに告げた。

 監禁されている間、何か手がかりとなるようなことを見聞きしなかったかと聞いた。

「私もあの時は極限状態でしたから…。連れてこられてすぐの時、背の高いくすんだエメラルドの髪と瞳の男に引き合わされ、黒髪で目を覆った陰気な男が側に控えていたことくらいしか……」

 ただ、とジャックは言った。

 これは全く関係のない話かもしれませんがと前置きし、

「くすんだエメラルドの髪と瞳の男は、テンドウ族じゃないかと思ったんです。実はイクサカ地方には、テンドウ族の生き残りが流れてきていまして、私も何人かテンドウ族の者に会ったことがあるんです。テンドウ族の者はみなくすんだエメラルドの髪と瞳を持っていて、明かりに当たるときらきら光ってみえるんです。私の引き合わされた男の髪も、窓から差し込む光にきらきらと光っていましたから」

 それと、とジャックは続ける。

「これもイクサカ地方の話なんですが、イクサカ地方にはテンドウ族の身重の女性が一人流れてきていて、その方の産んだ子がそれは見事なエメラルドの髪と瞳の赤子だったといううわさがあったんです。私は実際その赤子を見たことがないので、あくまでうわさですが……」

「その赤子がヨハンナだったかもって話しかい?」

 ランドルフがそう聞くと、ジャックは慌てて手を振った。

「それはわかりません。何しろご存知の通り、鮮やかなエメラルドの髪と瞳の者は、ハーネヤンとの国交によって珍しいものではなくなりましたから」

 ジャックはほうっと大きく息を吐き出した。

 やせ細った体には少しのおしゃべりも堪えたようだ。

 アランとランドルフは引き続きゆっくり静養するようにジャックに告げると診療所を後にした。





「……またテンドウ族だ」
「どうした?」

 陽光の中、ランドルフと肩を並べて歩いている。

 テンドウ族の持つ根付にテンドウ族の流れ着いたイクサカ地方。

 アランはランドルフに、ヨハンナを攫った者が、テンドウ族の持つ根付を持っていたことを話した。

 話しながら、ヨハンナがどこの出かをおかみに聞いておくんだったとアランは後悔した。

 もう一度オシ街へ戻り、おかみに確かめようかとも思ったが、たとえヨハンナがイクサカ地方の出だったとして、テンドウ族の流れ者の産んだ子が、ヨハンナであるのかを確かめる術はない。

「テンドウ族なぁ。帝国の汚点、だろ? 俺もおまえも当時は八歳だったからな。俺は子供心に神の里を襲うなんて、帝国には天罰が下るかもしれないと怖かったよ」

 おまえは?と聞かれ、アランは「俺は何も思わなかったな」と返す。

「帝国にとって必要だったから襲った。皇帝の兄がそう考えたのなら、そうなんだろうと」
「さすがは兄弟」

 ランドルフは恐れ入りましたとおどけて頭を下げた。

 皇帝エグバルトは弟のアランから見て、極めて実際的で能率主義者だ。

 天罰などという目に見えないものを恐れはしないし、また、ただ神の里を襲うなどという愚行を行うこともない。

 そこには必ず理由があったはずであり、人々の反感を買う以上に実利的でやむを得ない理由があったのだと思っている。

 とはいえ当時まだ子供だったアランはその辺りの内情を何も知らない。

 しかしどうやらヨハンナの失踪には、テンドウ族が絡んでいることは間違いなさそうだ。

 当時、各地に散ったテンドウ族がどうなったのか。

 ジャックとしたたかな目をした男の話に出てきた、背の高いくすんだエメラルドの男が何者なのか。それに付き従う黒髪の男と共に、調べてみる必要がありそうだ。

 同時に、なぜくすんだエメラルドの男が、同じ色を持つ者を探していたのか。その色にどんな意味があるのか…。

「ナーバーに帰るぞ、ランドルフ」

 テンドウ族のことを知るなら、当時テンドウ族急襲の指揮を執っていた次兄のグラントリーに聞くのが一番だろう。

 ツハンの領主にジャックの処遇を託し、一路アランとランドルフは首都ナーバーを目指した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染な陛下は、わたくしのおっぱいお好きですか?💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に告白したら、両思いだと分かったので、甘々な毎日になりました。  でも陛下、本当にわたくしに御不満はございませんか?

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

元男爵令嬢ですが、物凄く性欲があってエッチ好きな私は現在、最愛の夫によって毎日可愛がられています

一ノ瀬 彩音
恋愛
元々は男爵家のご令嬢であった私が、幼い頃に父親に連れられて訪れた屋敷で出会ったのは当時まだ8歳だった、 現在の彼であるヴァルディール・フォルティスだった。 当時の私は彼のことを歳の離れた幼馴染のように思っていたのだけれど、 彼が10歳になった時、正式に婚約を結ぶこととなり、 それ以来、ずっと一緒に育ってきた私達はいつしか惹かれ合うようになり、 数年後には誰もが羨むほど仲睦まじい関係となっていた。 そして、やがて大人になった私と彼は結婚することになったのだが、式を挙げた日の夜、 初夜を迎えることになった私は緊張しつつも愛する人と結ばれる喜びに浸っていた。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

ご愛妾様は今日も無口。

ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」 今日もアロイス陛下が懇願している。 「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」 「ご愛妾様?」 「……セレスティーヌ様」 名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。 彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。 軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。 後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。 死にたくないから止めてくれ! 「……セレスティーヌは何と?」 「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」 ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。 違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです! 国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。 設定緩めのご都合主義です。

【R18】侯爵令嬢、断罪からオークの家畜へ―白薔薇と呼ばれた美しき姫の末路―

雪月華
恋愛
アルモリカ王国の白薔薇と呼ばれた美しき侯爵令嬢リュシエンヌは、法廷で断罪され、王太子より婚約破棄される。王太子は幼馴染の姫を殺害された復讐のため、リュシエンヌをオークの繁殖用家畜として魔族の国へ出荷させた。 一国の王妃となるべく育てられたリュシエンヌは、オーク族に共有される家畜に堕とされ、飼育される。 オークの飼育員ゼラによって、繁殖用家畜に身も心も墜ちて行くリュシエンヌ。 いつしかオークのゼラと姫の間に生まれた絆、その先にあるものは。 ……悪役令嬢ものってバッドエンド回避がほとんどで、バッドエンドへ行くルートのお話は見たことないなぁと思い、そういう物語を読んでみたくなって自分で書き始めました。 2019.7.6.完結済 番外編「復讐を遂げた王太子のその後」「俺の嫁はすごく可愛い(sideゼラ)」「竜神伝説」掲載 R18表現はサブタイトルに※ ノクターンノベルズでも掲載 タグ注意

処理中です...